人事調査と差別
「松谷さん、全調協(NPO全国調査業協会連合会)の会報原稿が今日期日ですが、 どうなってますか?。」。編集委員長からの催促の電話(可也怒っている様子・・・)。「エッ・・、申し訳ない。夕方までに何とかします。」、「20文字30行の6千字でキッチリお願いします。そのスペースしかありませんから」。そんな、 小説家でもあるまいし、文字数まで細かく決められて書けるか・・・!!。ひと言、 云いたいところではあるが期日当日までコロッと忘れていた自分が悪い。渋々パソコンに向かった・・・、 そこで出来上がった原稿を今日のブログとする。
調査と人権「採用調査と差別」 松谷廣信
米国では、従業員を採用する際に、求職者のバックグランドを調べるのは当然の事となっている。ネグリジェント・ ハイアリング(雇用主の怠慢雇用)なる考え方から、雇用主が求職者のバックグランドを調べる事無く採用した場合と、 調べて採用していた場合では、採用後に起こした事件・事故に対する使用者責任が全く違うからである。
例えば、飲酒運転の過去を持った人を運転手として採用し、 その人が事故を起こした場合は、雇用者責任を問われ、訴えられれば敗訴するのは明らかである。しかも、 アメリカでは納税者の情報はパブリックレコードとして一般に公開されており、このレコードを調査することで、 必要なバックグランドのチェックができる。犯罪歴やクレジット情報なども比較的簡単な手続きで第三者でも入手可能となっており、 採用時のみならずあらゆる機会にバックグランド調査が利用されている。従って、米国では採用調査は、 採用マネージャが行わなければならない最低用件の一つになっている。
ところが日本では採用調査を罪悪視する傾向さえあり、厚生労働省などは 「採用時の調査は差別につながるおそれがあり、調査はしてはいけない」 との行政指導を徹底して行っている。また、個人情報保護法施行以後は、履歴確認さえままならず、官公庁・学校・ 企業共に個人情報保護を理由に経歴確認にさえ応じなくなっている。犯罪歴とかクレジット情報などもっての外と云う状況にある。
いったいこの違いは何処から来るのであろう。それを単に「文化の違い」と説く人もいるが私にはとてもそうは思えない。 日本でも30年ほど前まではアメリカ同様、採用時の調査は広く行われ、 社会的にも当然の事として認知されていた。ところが、当時の採用調査には一部差別的な要素を含んでいた。そこで差別解消の為に、 採用調査を否定する動きが起こったのも当然の流れと言えなくはない。
しかし、人権団体や行政及び我ら調査業界の運動の成果で、現在の採用調査(人事調査) に差別の意図などは全くないし、そうした意図を持って依頼する企業もなくなった。
ところが行政も人権団体も十年一日の如く「調査は差別につながるおそれ・・・」として、 調査を否定する論拠としている。「何々のおそれ」で物事を否定する事が許されるなら、あらゆる事物事象が否定されるであろう。
私は、塾講師が生徒を殺害した「沙也乃ちゃん殺害事件」が起きたとき、採用調査の必要性が社会的に再認識され、 少しは改善に向かうのでは・・と密かな期待感を持った。が、未だしである。業法施行がなった今、 採用調査を含むあらゆる人事調査のあり方を今一度真剣に論議し、真の人権が護れる社会ルールを形作っていきたいものである。
Posted on : 2008年08月25日
お盆の里帰り
お盆が近づくと里帰りの虫が騒ぎ出す。今年は7月半ばに帰省したので、「お盆は大阪で」とも思ったが田舎に居る同級生から電話、 「同窓会やるから帰ってこい・・」。そうなると里帰りの虫は黙っていない。結局、15・16・17と2泊3日の予定で帰郷。 15日の早朝3時半に妻と二人で、一路島根へと出発。島根半島の七類港着07時10分、09時30分のフェリーに乗り、 12時10分隠岐の島の別府港着。
その夜は中学の同窓会。同級生120名中40名が参加、海賊風バーベキュー(サザエ、ヒヨーギ貝、岩牡蠣、魚、肉、野菜など) でドンちゃん騒ぎをし、そのまま大型クルーザーでナイトクルーズに、隠岐ならでは贅沢な遊びである。クルーザーで盆踊り会場に乗りつけ、 踊りに参加。音頭とりも同級生、2時間ほど盆踊りに興じ、再度クルーザーのキャビンでドンちゃん騒ぎ。
翌16日は、しゃーら船送りに参加し、その足で鯛釣りに連れて行ってもらった。 水深50メートルの内海であったが入食いに近い状況で結構な成果。お昼は、釣りたての鯛と鯵の刺身に舌鼓をうつ。夜には再度同級生が集まり、 大型クルーザーのキャビンで酒盛り。何とも楽しい1日であった。
17日は大鯛釣りに挑戦、外海へ出ての流し釣りであったが、これは当たり外れの激しい漁で、2時間ほど頑張ったが全く反応なく、 早々に切り上げとした。夕方4時過ぎのフェリーで隠岐をあとにし6時半、七類港着。米子自動車道から中国自動車道を一路大阪へと走り、 我が家着11時過ぎ。楽しい楽しい3日間であった。

七類港を出て一路隠岐へ。隠岐汽船フェリー。

島根半島を出るところ

隠岐独特のシャーラ船。16日の朝海に流す。地区の中学生が中心となり夏休みの大半をこの船造
りに費やす。昔は若者宿的な感覚で、泊り込みの共同作業で行っていた。


右先頭に乗っているのは同級生。


シャーラ船送りの風景。各人が船を出し沖まで送って行く。

鯛つり。手のひら大のレンコ鯛。

妻も鯛つりに挑戦。見事な戦果。

鯵と鯛が一挙に3匹。

大粒の雨が急に降ってきて・・、早々に中止。

クルーザーのキャビンで同級生と・・・。

酔いが廻り、何時の間にかこんな姿に・・・。

翌日の大鯛釣り。同級生の漁師と共に。但し、戦果なし。
Posted on : 2008年08月20日
集中豪雨、何かおかしい。
天候異変。先週水・木と業界の会合で東京へ出張していた。テレビも新聞も見ず、バタバタと過ごし木曜の夜遅く自宅に帰ると、妻が 「お父さん昨日の大雨知っている・・・」、「イヤ何も。雨降ったん・・」、「新聞も見てへんの・・、寝屋川のほう大変やったんやから・・」。 ただ、我が家は何と云う事はなく、翌日普通に出勤した。すると昼ごろ妻から電話、「お父さん大変・・。まえの家(今年3月に転居)の近所、 雨で大変やったみたい。うちは特にどうもないけど隣の○○さん、向いの○○さんは床下浸水。 4軒隣の○○さんは床上浸水でタンスの3段目まで水が来て、避難したんだって。」、「なにそれ・・・」、「で、○○さんの家、 住まれへんようやし・・。家貸してもいいかな?」、「ぜんぜん構へん、入って貰ったらいいがな・・」。 そんな事で、 空き家にしていた家に利用価値がでてきた。
それにしても最近の雨の降り方、どうなっているのだろう。部分的集中豪雨による鉄砲水で死者何名、ところが隣町は、「雨ふったん・・ ・」て云う感じ。完全な亜熱帯地方の天候に変わりつつある。多分原因は、自然環境破壊による温暖化現象のなせるわざであろう。 そして間違いなくこの現象は今後酷くなって行くであろう。
そう云えば昨年9月30日、私の出身地隠岐の島は1時間に100ミリを越す豪雨にあい、 激震災害の指定を受けたが未だその傷跡は癒えていない。
で、教訓。土地や家を買うときは、周囲の状況をよく観て、高台でも平地でも周囲と比べ低いところはダメ。川の近くは要注意。 溜池付近も要注意。道路の側溝より土地が低いとダメ、少なくとも30センチは上がっていないと、等々。
Posted on : 2008年08月12日
PL花火
8月1日、PLの花火大会に妻と二人で行ってきた。この暑いのに花火・・とは思ったが、個人宅に調理人を呼んで、 食べ放題飲み放題の可也贅沢な花火見物とのこと。ただ事前情報によると行き帰りの混雑は想像を絶するもので、 電車に乗るのに2時間近くは並ぶ覚悟がいると云う。小生、何が嫌いと云って、並ぶほど嫌いなものはない。 調理人付きの飲み放題食い放題にPL花火と並ぶ事を対比させ、悩みに悩んだ。結果、エーイままよ・・、混雑しておれば何処かで時間を潰せば・ ・・との思いで、参加を決定。
集合は5時、少し早めにと会社を3時半に出て一路「金剛」駅へ。何とスムーズなこと、1時間弱で金剛に付き、 お招き頂いた家に着いたのが4時40分。5時から宴会開始、イタリア料理であったが中々の美味。ワイン片手に2時間ほど談笑していると花火、 ドーン、ドドーン!!、まっこと綺麗じゃのー、惜しげもなく次から次から、実に見事なものであった。
食と花火を堪能し、一路帰路へ。これがまた驚き。駅に着くや直ぐに特急電車が来る、ホームで座席指定を買い、 そのままゆったりシートで難波駅まで。日常の通勤電車より余ほどスムーズ、最高の花火見物であった。
これぞまさに日頃の行いのなせるわざか?




Posted on : 2008年08月05日





