調査会社の会長ブログ

精神世界

2017年03月17日

 小生、30年ほど前から精神世界に興味を持つようになり、以後、そうした集まりに顔を出したり、関係書籍に目を通すようになった。ただ、一寸首をつっこんだ程度で、精神世界を真剣に勉強している人からみれば、話にならない程浅はかな知識しか持ち合わせていない。

 ただ、平成4年に天風会に入会し、以来25年。その間自分なりに判ったことも幾らかある。「人はこの世に何故生まれてきたのか・・」「我とは何ぞや・・」などの命題にも自分なりに取り組んできて、それなりに気づきを得たこともある。

 天風先生は、講演の中では余り精神世界の直接的な話はなさっていないが、実はそのことを全て悟ったうえで、「心身統一法」を考案し、現世で生きるために必要な「心」と「身体」の問題を具体的に説き、日々の生活に落とし込んで、こと細かく懇切丁寧に教えて下さっている。従って、やるべきことは「心身統一法」の教えを、日々実行しさえすればいい。しかし、「我とは何ぞや・・」を、心底自分の中に落とし込むには・・、悟りの域に高めるには・・・。

未だその段階でいろいろと模索しているが、 過去に読んだ関係書籍を少し紹介します。

・ヒマラヤ聖者の生活体験(全5巻) 著者 B・T・スポールディング  訳 仲里 誠吉

・アウト・オン・ア・リムー愛さえも越えて  著者 シャーリーマクレーン

・転生の秘密  著者 ジナ・サーミナラ  著者 ジナ・サーミナラ  訳 多賀 瑛

・眠れる預言者エドガー・ケイシー  著者 光田 秀

・黎明(前編、後編)  著者 葦原 瑞穂

中でも、「ヒマラヤ聖者の生活体験」と葦原瑞穂の「黎明」は難解で、読みきるのに数ヶ月を費やした。ただ、それも字面を追って読んだというだけで、本当のところは全く判っていない。「黎明」などは常に枕元に置いて目を通さなければと思うが、1ページ読む説くのに時間を要し、その前に睡魔におそわれ中々進まない。ただ、これからも何回も何回も読んで、少しは理解できるレベルに達したいと思っている。尚、最近知ったが、著者の葦原瑞穂氏は昨年10月に御帰霊なさったとのこと。昨年氏の講演は聞いたが、機会さえあれば何度の何度も聞きたいと考えていたが、それもかなわなくなり、非常に残念・・・。

最近読み始めた本が、芹沢光治良の「人間の運命」(全6巻)。これは逆に面白くて、下手すると読みふけって眠気が飛んでしまう傾向にあり、寝床で読むのはやめようか等と思っている。この著者 芹沢光治良も晩年は多分に精神世界に足を踏み入れていたようであるが、作家だけに全て小説にしており、非常に読みやすく面白い。

履歴書の嘘

2017年03月03日

弊社の仕事は採用調査がメイン。それも有職者、所謂、中途採用のバックグランドチェックが主体となっている。過去何回かこのブログでも紹介したが、履歴書というのは、本人自ら自分の経歴を記載するのだから、一般的には間違いないものとされている。ところがところが、この仕事をして分かったことだが、何と履歴書に嘘の多いこと。何時からこんな社会に成ったのだろうか・・・。個人情報保護=匿名社会=不正社会=犯罪社会の図式が頭をよぎるのは小生だけであろうか。また、プライバシーや個人情報が保護されれば、本当に暮らしやすい社会に成るのだろうか・・・。凡人はついついこんな事を考えてしまう。

本当は、今日はこんなボヤキを書くつもりではなかった。ただ、書き出すとついつい何時ものボヤキになってしまう・・・反省。

書きたかったのは以下のこと。

最近の小生の主な仕事は、調査員が書いたレポートの点検。所謂、新聞社等でつかわれる「デスク」と呼ばれるポジションの仕事である。

一日何十件のレポートに目を通すが、内容は千差万別。良い人もいればとんでもない人もいる。その内の一件

氏名、山田太郎(仮名/27歳)

 平成22年3月 ○○大学 卒業

 平成22年4月 ○○㈱ 入社

 平成28年2月 ○○㈱ 退職

 平成28年5月 △△㈱ 入社

 平成29年2月 △△㈱ 退職

 (調査報告書)

所見、 「申告の履歴書は全くのデタラメ。前々職の○○㈱は、約6年間の在職となっているが、実際は5年ほど前に6ケ月勤務しただけ。しかもまともに出勤したのは入社後2ケ月程で、後は家庭事情(父が心筋梗塞で倒れたとか、病院に連れて行くため、等々の理由で)を理由に度々欠勤していた。余りに欠勤が多いため、会社の人が家庭訪問をすると、父親は心筋梗塞どころかピンピンしていた元気な姿で応対したという。そんな事から会社は本人と話し合いの場を持ち、結果勧奨退職なったとのこと。尚、前職の△△㈱は、在職期間は僅か5ケ月。しかも、父親が急死したとの理由で、特別休暇をとり、そのまま退職したとの事であった。ところが、父親は元気で今も勤めに出かける姿が近隣者に確認されており、父親の死は全くの虚言であることが判明した。以上、申告履歴に信憑性は無く、空白期間の動向も定かで無く、被調査人は虚言癖のある信頼しがたい人物と判断せざるを得ない」

尚、レポートの記事欄には、前職、前々職での勤怠状況などが細々と書かれ、上記の所見を裏付けるものと成っている。

これに類するレポートは日常茶飯事に目にする。ところが、これは調査員の努力の賜物であり、普通に正面から前職照会をかければ、「個人情報ですからお応えできません。期間は勿論、居たか居なかったかもお応えする事はできません・・」と、けんもほろろに云われるのがおちである。これが今の個人情報保護の流れである。

 

※ 但し、上記報告書の所見は、実際の報告書をそのまま転記したものではない。

中村天風先生の話

2017年02月22日

会社のTOILにかかっている日めくりカレンダーにこんな言葉があった。「明日死ぬかのように生きれ。永遠に生きるかのごとく学べ」(マハトマ・ガンジー)。便座に座りながら、「ウーン、ウーン・・なるほど」と唸った。

そこで思い出したのが、わが師「中村天風」先生の話。師は、昭和43年12月1日93歳(95才かも)でご帰霊なさったが、実はその前日、11月30日のご様子が、今2月号の「志るべ」(天風会の月刊小冊子)に掲載されていた。

なんと、亡くなる数時間前まで、心身統一道の講演(導き)での英語表現(先生は普段から講演にしばしば英文を交えて話された)について、娘婿の安武貞雄氏(東大の英文科卒,2代目天風会会長)に、氏が少々辟易するほど、細かくしつこく尋ね、より的を得た表現にしようと学んでいたと云う。その時のやり取りが詳細に紹介されていた。

(「志るべ」の一部を抜粋)

「ウム、ウム」とうなづかれたあと、「probablyとperhapsとはどう違うんだ」と尋ねられる。「あまり違いはない言葉です」と申し上げたが納得されない。そこで私の心覚えをたよりに、細かく説明する。「日本語でも同じ意味で、『恐らくは』とか『多分』とか違った言い方があるでしょう。厳密にいうと、プロバブリーの方がパーハップスより、起こる可能性が多い場合といえますが、大体においてニュアンスが違います。語源の違いがあります。プロバブリーは南欧ラテン系、パーハプスは英語古来の北欧系の言葉で、言葉の出どころが違います。丁度日本語にも中国から来た漢語と、日本古来のやまと言葉があるように、プロバブリーは少し四角張った場合、パーハプスは日常の会話によく使われるようです・・・」。ここまで申し上げると「よし分かった。サンキュー」。このサンキューが、私ひとりに与えられた哲人(天風先生)の最後の日のお言葉でした。繰り返します、先生がお亡くなりになったその日の、正午近くのことなのです・・・。

多分に天風先生は自分の死期を分かっていた(2ケ月前から病床にあった)と思う。しかし、そんな事は全く関係なく、亡くなる当日まで学ぼうとする欲、姿勢は微塵も変わることなく、「永遠に生きるかのごとく学んでいた」ことがしのばれる。

尚、天風先生は、80歳代の時に突然声が出なくなり、竹馬の友であった医師に、家族が往診を頼んだ。急ぎ往診した医師は、これはダメだ、喉頭癌で声帯がふさがっている。直ぐに入院、手術を要すると診断。声帯ごと切除しないと命が危ない、「直ぐに入院、手術」と告げる。すると、天風先生は、「俺の仕事は声を出すことだ、絶対に手術も入院もしない」とメモに書く。すると、医師は「絶対に駄目だ、すぐ入院、手術」とやはりメモに書く。すると、天風先生は「俺は耳は聞こえる」と書いたという。

実は、その翌日から北海道の講演に出る予定が入っていた。先生は、入院どころか北海道に行くといってきかない。先生には誰も逆らえない。仕方なく、翌日予定通り北海道へ。翌日の講演会場には数百名の会員(聴衆)が集まっていた。司会者が、天風先生の状態を説明、代わりに他の講師が演題に立つが、聴衆は納得しない。「天風先生の声が出ないのであれば仕方ない。しかし、お顔だけでもみたい。とにかく登壇願いたい」といって利かない。そのやり取りを控えの間で聞いていた先生は、おもむろに腰を上げ、会場へと向かう。拍手喝采、登壇した天風先生は、しばし黙って立っていたが、拍手が鳴り止むや、クンバハカ一番、腹のそこから、カッ!と声を出した。すると、喉から血だまりの肉片が飛び出し、後は血が止まらない。先生は手ぬぐいに血を吐きながら、そのまま講演を始めたという。誰が止めてもとまらない。とうとう最後まで講演をしたという。その後2日間、芸子を上げてドンちゃん騒ぎ(先生はお酒は飲まれないが)をし、帰京の途についたという逸話がある。

まさに、天風哲人は、「明日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのごとく学んだ」 人であった。

スマフォにはカバーが必要

2017年02月10日

 今週火・水(2月7・8日)と東京出張。主な目的は全国調査業協同組合の理事会。特に大きな課題がある訳ではないが、昨年末の理事会も出席できなかった為、今回は何が何でもと思い、重い腰を上げた。ところが会議室に顔を出すや否や、「久しぶり・・・、顔忘れかけていたは・・・」、挨拶代わりのヒニクを浴びせられる。何を云われても「ゴメン・・」としか言いようが無い。

理事会の内容は、組合の活性化、運動方針が主なものであった。ただ、いつもの事ながら、意見や方策は色々出るが、旗振れど踊らずで、中々実行に結びつかない。これは、この組合に限らずで、小生が会長を務める全国調査業協会連合会も同じ。先々週名古屋で理事会が開催されたが、ここもご多分にもれずで、活動らしい活動ができず、ただ継続は力なりの言葉に甘んじ、教育研修会でお茶を濁すていどの事しかできない体たらくである。

 資金なし、人なし、実績なし、.ノウハウなし、の無いないずくめで、正直業界活動は今頭打ちの状態にある。何か起爆剤はないか?と模索しているのが小生の今である。

 水曜日は早々に用事を済ませ、11時にはフリーとなった。そこで、思いつきで横浜港に足を向けた。電車の終点、横浜・中華街駅で下車。山下公園方面に出ると、そこは横浜港。ふと見ると、目の前にかの有名な氷川丸(昭和5年にシアトル航路用に建造された豪華貨客船)が、海に浮かぶ文化遺産として係留されていた。早速船内見学、船内もさることながらエンジンの大きさに驚嘆。1万トン超級の船を動かすとはこうゆう事かとただただ驚くばかりであった。その後、横浜港1周のマリンクルーズ、1時間、ジンフィーズを片手にゆったりとしたひと時を楽しんだ。下船し、歩くこと20分。新しく作られた豪華客船用埠頭、大桟橋を見学。これがまた凄い。どう表現していいのか分からない。これにもただただ驚くばかり。これはブログに載せようと、あちこちスマフォで撮影。

 ところがである。昨日、そのスマフォをぽけっとから出そうとして、なぜかポトンと床に落としてしまった。床はアスファルト、カッシャと嫌な音がした。見ると表の液晶にヒビが入り、オジャン。電源も入らず、何も表示されない。よって、写真掲載は無理・・・全くもって歳はとりたくないものだ、トホホ・・。

 スマフォには絶対にカバーが必要。

スマフォのギャラリー整理

2017年01月26日

 

 小生のスマフォには、ブログ掲載用にと思って移した写真が膨大に保存されている。ところが投稿の時期を逸したり、時間がなかったりで、そのまま放置されている。そこで、今日はその一部を何の脈略も無く投稿することにした。

 

昨年10月末に妻と二人で東北の紅葉を見ようと出かけた時の写真。

高村光太郎が詠った智恵子抄、阿多たら山の空。

 ~あどけない話~
智恵子は東京に空が無いといふ。
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間(あいだ)に在るのは、
切っても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に
毎日出ている青い空が
智恵子のほんとうの空だといふ。
あどけない空の話である。

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立石寺に立ち寄った。何百の石段であったか、そうとうに堪えた。

 

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蝉の声がしみいった岩

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立石寺に在る松尾芭蕉の銅像

 

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12月の隠岐の海(自宅の2階から写す)

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12月4日に釣り上げた13,5キロの寒ブリ

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12月3日に釣った7~8キロのブリ

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妻が丹精こめてそだてているポインセチア。11月から色つき今も綺麗に咲いている。

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元日から咲き始めた庭の紅梅。

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