2010年03月09日
郷土力士「隠岐の海」
■社長日記■郷土、隠岐の島より関取が誕生。 こいつぁー春から縁起が良いわい!!。
本、大阪場所で郷土力士「隠岐の海歩」 が初入幕、しかも東十二枚目である。
隠岐ノ島出身の力士と云えば、50年近く前に十両まで昇進した「隠岐ノ島」関ただ一人。多分私が小学生の頃であったと思うが、微かに記憶に残っている。 よって幕内力士は隠岐史上初の事であり、新聞報道によると島根県でも88年振りとか・・・。
しかも、所属する八角部屋には隠岐ノ島出身の現役力士が3人も居る。 一人は竹谷関、 外の一人は向井君。 竹谷関は幕下で頑張っていたが今場所は三段目とか・・・、向井君は今春、私の母校である隠岐島前高等学校を卒業、 八角部屋に入ったばかりの18歳で前途洋洋。高校ではレスリング(島前高校はレスリングでは全国レベル)で大活躍した少年で、 相当期待が持てそうと言う。
最近の大相撲はモンゴル力士に席捲され、何所の国の国技・・?と云いたくなる様なていたらくであるが、 今年は隠岐の島出身力士の活躍で一大センセーショナルが巻き起こるかも・・・?。
大阪場所初日の14日(日曜)は、関西隠岐人会の役員会がお昼12時から予定されているが、出来たら早々に切り上げ、「隠岐の海」 の応援に皆で駆けつけようか・・・等と考えている。
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2010年03月01日
心身統一法「神経反射作用の調節法」
■社長日記■先週は雑事に追われ、ブログが書けずじまい。今週は何とか・・と思うが少しバタバタしそうな雰囲気なので、前回に引き続き、 天風会の心身統一法「神経反射作用の調節法」に関するレポートを先ずは添付しておきます。
「神経反射作用の調節法」が人間のもっとも神聖なる状態、
と云われることについて。
神経反射作用の調節法とは、
精神感応性能を積極化するため
に神経反射作用の調節を行う法であり、具体的には、肛門を
締め上げ、下腹部に力を充実させ、肩の力を抜いておろす動
作を同時(三位一体)に行う。そして特に刺激が強烈な時に
は瞬時呼吸を止める。この体勢を天風先生は,クンバハカ体勢
と名づけ、人間のもっとも神聖な状態とおっしゃっておられ
る。
何故、この体勢が人間のもっとも神聖な状態、霊体化した
状態なのかと云うに、この法は、「自己の本来に立ちもどる
法」と言われ、この体勢を何時でも何処でも取れるようにな
ると、本心が渙発され、ストレスに上手く対処でき、胆力は
養成され、活力は充実し、緊急事態に臨機応変に対処できる
ようになる。即ち、もっとも力の充実した虚心平気の状態を
作る体勢がこの法であり、人間の本来あるべき姿、尊く、強
く、清く、正しい(尊・強・清・正)状態、神聖化し神と直
接結びつくことの出来る、もっとも神聖な状態と言えるので
ある。
ただ、形や言葉で説明すると、上記の如く、「尻、腹、肩」
と云うことであるが、真にこの体勢を作るには、雑念妄念を
ふき払い、心は澄んだ純一無雑、三昧の鏡に入れてやり、自
然のうちに尻、腹、肩の三位一体の体勢を作り、心身相関の
理を活用することにより、本心の煥発ができる状態にしなけ
ればならない。
所謂、人間本来の自己である「本心が煥発される状態」が人
間のもっとも神聖な状態であり、肛門を締め上げ、臍下丹田
に気を込め下腹部に気力を充実させ、肩の力を抜いて下ろす
事を同時に行う、三位一体の体勢を事ある毎に行い、ひいて
は寝ても覚めてもクンバハカと云う体勢を作ることにより、
何物にも怖れない真の積極、虚心平気の状態を作り出すこと
が出来るようになる。そして、このクンバハカ体勢を作るこ
とによって、厳しい修行などにも積極的に取り組む事ができ
るようになり、心身共により一層健やかで力の充実した神聖
な本来の自分に戻ることが出来るのである。
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2010年02月19日
天風会(意志の煥発)
■社長日記■
今週は特に変化なし。何を書こうかと迷う。そこで得意
の手抜き術。そう、、使用済みのレポート添付である。
天風会「心身統一法」の講師養成研修会で昨年末に提出
したレポートです。
「意志の力の発言と精神統一」について
一般にあの人は「意志が強い」とか「意志が弱い」とか
云うが、それは意志と云うものを精神作用の一つと考え、
心から生ずるものと解釈しているが為である。ところが
、本来の意志と云うものは、心と身体を要具として使う真我
の属性であり、真我表示の方便を行う為の固有性能なのであ
る。
自己を悩ます本能心は統御しなければならない。そこで一般
には、この本能心を理性心で一生懸命に努力し統御しようと
する。ところが、それが中々上手く行かず、思い悩むのが普
通である。だが、本能心を理性心で統御するには無理があり、
余りに理性心で戦うと、仕舞いには精神的に衰弱してしまう
と云う事にさえなりかねない。それは、前記の如く、意志を
心の作用と考え、本能心を理性心で押さえ込もうとするから
の結果であり、自分よりも力強い者を力でねじ伏せようとす
るに等しく、無理からぬ事を行うから支障が生じるのである。
本能心の自己統御がキチッと出来ないと、「人の為世のため」
は勿論、幸せ感なども程遠い、怒り、嫉妬、煩悶などと云う
泥沼の世界に生きる事になる。その為、自己統御は生きるの
に成さねばならぬ絶対不可欠のものであり、この統御は自我
の属性である意志の力による以外に無い。しかし、この意志
が上手く煥発しない。何故なのか、それは意志の理解に欠け
ていたり、使い方に間違いがあったりして、発言習性が完全
に出来ていない為に、上手く意思の力が作用しない為である。
真我の属性である意志の力を発言するには、常に精神状態を
積極的に持ち、そして統一して使用することが不可欠である。
意志の力の発言と精神統一は絶対不可分の関係にあり、精神
が不統一で、雑念妄念で覆われているような状態では上手
く発言しない。即ち意志集中が上手く出来ない状態だと、
完全には発言しないことになる。そこで、意志の完全発現に
は精神統一を習性化する必要がある。その習性化の一方法と
して、自分の中で発生する肉体感覚は勿論、心から発生する
あらゆる物を客観視するように努め、それを習慣化するよう
にすることである。そして、この意識観念を確立するには、
一日のあらゆる機会をとらえ、心を静める鎭心行 (無我一念
法、安定打坐など)を行うことである。
所謂、都度自分を客観視し、あらゆる機会をとらえ心を鎮め
、常に精神状態を積極的に持ち、精神を統一させて意志の完
全なる発現をそくし、自己統御を確実に行うよう努めなけれ
ばならない。</div>
投稿者 ks110 : 18:10 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年02月12日
竜馬のように
■社長日記■今年は龍馬が大人気。
元々龍馬大好き人間。フワンクラブにまでは関係していないが、 会社の私の部屋には随分前から小生が師と仰ぐ天風先生と龍馬の写真が肩を並べている。 出勤すると先ず一番に、お二人に、「おはようございます」と挨拶するのが日課。
その龍馬が今年はNHKの大河ドラマを機に大人気。本屋の店先には、 横積みで龍馬関連の本が勢揃い。最近、本は図書館で借りるものと決めていたが、龍馬の写真につい釣られ、何時の間にかレジに並んでいた。
それを機にと云う訳ではないが、スナックでは「龍馬のように」を熱唱。仕事でも、今年は” 龍馬をやろう”と思い立ち、今週も火・水・ 木と3日間東京に出張。その調整と関係者との打ち合わせに奔走していた。
「事を成すには先ず自らを捨てること」。そんな思いではあるが中々まとめごとと云うのは難しい。 いかに自分を殺すかにかかっているのかな・・・。
そんな思いによるプレッシャーなのか、一昨日は胃潰瘍か?、と思い気兆候。これしきの事でと思うが・・・・。
もう少し、天風道、「心身統一法」を確りと遣らなければと、反省しきりの週末になった。
中村天風先生

坂本龍馬

投稿者 ks110 : 15:27 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年02月08日
映画鑑賞
■社長日記■
最近映画にはまっている。週末の土曜は暇さえあれば女房と夫婦割りでの映画鑑賞。昨年は25本観た。 今年もはや3本、 「おとうと」、「オーシャンズ」、そして一昨日が「インビクタス・ 負けざる者たち」。中でもこのインビクタスは良かった。ジョン・ カーリ原作のノンフィクション小説をクリント・ イーストウッド監督が映画化したドラマである。 どんな映画でもそれなりに感動はあるが、この映画は、 27年の長きにわたって監獄生活を送った元南ア大統領のネルソン・ マンデラとラグビー代表チームのキャプテンとのお互いの思いを題材とした物語であるが、実に良かった。 アパルトヘイトと云う非常に難しい問題をテーマにしているが、ストーリーが非常に巧みで、 重い問題をスポーツを絡めて爽やかに描いた、非常に後味の良い爽快な映画で、 日本の差別問題をテーマとした映画とは大きく異なっていた。昨年観たイーストウッドの「グラントリノ」 も良かったし、今まではそうでも無かったが、クリント・ イーストウッドに魅入られそうな感じ。明日から3日間東京、昨日も隠岐人会で盛り上がったし、 何となく疲れ気味であるが今日は友人の馬主さんの馬が優勝した為、個人的な祝勝会。仕事は超閑なのに何故だか私的なことで超多忙。全くもって・・・・。
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投稿者 ks110 : 17:10 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年02月03日
隠岐の恋歌
■社長日記■先週末、、西ノ島町(日本海に浮かぶ孤島、http://www.town.nishinoshima.shimane.jp/) を郷里とする近畿在住者の会、近畿国賀会 (隠岐島の景勝地、国賀海岸に因んでつけた名称)の役員会が開催された。
近畿国賀会は創立45年、 年に一回、懇親目的の総会を開いており、今年の総会は5月23日(日)四ツ橋の徐園(中国料理) での開催を予定している。その準備で、会の世話役を務める幹事15名が集まり、隠岐弁丸出しで2時間ほど会議。後は何時もの通り、 居酒屋で気勢を上げ、北の新地へと繰り出す。会議が目的か飲み会が目的かよく判らないほどに後者の方が盛り上がる賑やかな集いである。
特に今回は「隠岐の恋歌」 で大はしゃぎ。実は昨年、郷里西ノ島町を詠った演歌がレコーディングされた。作詞 たかたかし、作曲 弦哲也、 編曲 南郷達也、と云う超豪華トリオにより作られた歌で、歌うは演歌歌手の 「かつき奈々」 さんである。
スナックのママさんも心得たもの。私らが店に入るやいなや、カラオケから「隠岐の恋歌」が流れ始めた。トップバッター、 誰も指名しないのに勝手にマイクをとったのが○○君。かなり練習はしたようで、自信たっぷりに声を張り上げるが、どことなくチョット。 そこで、国賀会きっての演歌歌手、御歳・・才の美女がご登場。はやくも完全に自分の歌にしており、何んとも艶ぽく、聞きほれるばかり。 隠岐の情緒を見事に歌い上げてくれた。
実は、今年の国賀会総会5月23日には、この演歌歌手、かつき奈々さん に来てもらい、「隠岐の恋歌」で宴を盛り上げて貰おう・・・ と今ひそかに企画している。
後は何時もの通りで、皆が自分勝手にマイクを持ち、好き勝手に歌っている。 自分の歌が終われば大声で喋りまくり殆ど人の歌など聞いていない。だが、歌が終われば聞いてもいないのに拍手はする。 歌ったご本人はご満悦である。誠に気のおけない気ままな集まりで、日頃の憂さをはらすには絶好の場となっている。
で、今度の日曜は、国賀会を含め隠岐島全部の郷土会の役員が集まっての懇親会。実は、この大阪に隠岐島出身者の会が9つあり、 その9つの郷土会が集まって隠岐人会と云う会を組織しており、何の因果か、 私は昨春からこの隠岐人会の会長を命ぜられている。しかも、 来る4月18日には隠岐人の総会(2年に1度)を控えており、この準備も進めなければならない。 その前に、各郷土会の役員さんに集まって貰い、意見交換をしながら親睦を深め、総会に備えようとの企画である。そこで、 今ひそかに考えているのが、この隠岐人会総会にも、かつき奈々 さんに来てもらい「隠岐の恋歌」をご披露頂こう、とのことである。そして、 隠岐の恋歌 を全国区にし、 今年のNHK紅白歌合戦出場を確実なものにしようとの思いである。 トホホ・・・これでは気は休まっても身体の休まる暇が無い。
明日は定期健診日。アー・・・数字が恐い。
投稿者 ks110 : 18:17 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年01月28日
身元調査
■社長日記■関西総合調査業協会の会報誌を1月中に発行する予定であったが、日常の雑事に追われ、未だ原稿も書けていない。 そこで何時もの奥の手、このブログの一部を転載しお茶を濁すことにした。その上今週は、 その記事をこのブログに貼り付け一丁上がりと決め込むことに。何んとももはや・・・伊達に歳をとった訳ではなさそう・・・。
「新春放談」 会長 松谷 廣信
新年明けましておめでとう御座います。会員の皆様には清清しい新年を迎えられたこととお喜び申し上げます。
私は、 自社のホームページ(http://www.ks110.com/hm/) 上で「調査会社の社長ブログ」と題し、5年程前から、 その日その時にあった事、疑問に思っている事をブログに書いている。そこで、また手抜きとお叱りを受けるのを承知の上で、 その一部を引用させてもらう事にする。
「昨年末、御用納めの日のブログ」から
毎年の事ながら過ぎ去った1年は実に早い。 苦しい時の1分はとても長いが楽しい時の時間はアッと云う間。 時間の長さは世界共通であるが、感じる長さは人により皆違う。また、 同じ人でも気分や状況によってその都度違う。そんな事を考えていると何が正しいのか、何が違うのか、よく判らなくなってくる。 曰く、 「百万人の人が居れば百万の正義がある」 と云うのもうなずける。
そこでひとくさり、今年強く感じた事を書くことにする。 以前はよくこのブログで人権問題の愚痴を独善的に並べ立てていたが、 暖簾に腕押しで、書けば書くほど空しくなってくる事を悟り、 敢えて避けて来た。だが、今年ももう終わり、この事実にだけは触れない訳には行かない。
今年、死体遺棄事件で逮捕された市橋達也容疑者と云えば、 誰でもその事件背景と逃亡振りは脳裏に浮かぶと思う。この市橋達也、 仕事を転々とし最後は住み込みで土建会社に勤務していたと云う。 逃亡期間中、偽名を使い、容姿も変え、履歴は全て詐称し、就職する先々で嘘八百を並べたてて勤めていたものと思われる。 そして最後に勤めていた土建会社は、元受会社より大目玉。 「従業員の身元も確認せず誰でも採用しているような会社とは今後取引をしない」 とのお達しで、取引停止になったとか・・・。
ここで少し考えてみよう。厚生労働省は、「採用調査は差別に繋がるおそれがあるから、 しないように」との行政指導を一貫して行っている。所謂、試験と面接で採否を決めなさい、履歴確認、前職での勤怠確認、 住所氏名の確認など人に関する調査はしてはいけない、とのお達しである。で、そのお達し通りに従業員を採用していると、 取引先から大目玉と云う事になった。
企業は取引先の信用を失えば終わりである。 信用を築くには相応の年月と努力とを要するが、失墜するのは一瞬である。 「企業は人なり」、 とは言い古された言葉であるが今の情報社会でも何ら変わることはない。やはり「企業は人なり」である。 その企業の礎である人の採用に関し、調べる事は望ましくないとはどう云うことか。
厚生労働省や人権団体は、人に関する調査を一くくりにして 「身元調査」と云い、 身元調査は差別につながるおそれ云々として指導しているが、実は身元調査の定義を問うとまともに答えられない。 また、一般にも身元と云う言葉は千差万別に使われており、 その人、その状況によって使われ方が違う。そんなアバウトな言葉であるにも関わらず、身元調査と云う言葉を使っている。 ある意味、今の個人情報保護に似たようなところがある。
こんなブログで昨年を占め括ったが、本年1月7日の朝日新聞夕刊(東京)に、“市橋被告雇って苦境” 「身分確認甘い」と取引停止、と題した記事が掲載されていた。「昨年11月、市橋被告が働いていたことが報じられると、 同社にはその日から『未来永劫、取引はやめたい、ほかの作業員は大丈夫か』といった問い合わせが相次いだ。 とあり、大阪府中小建設業協会は加盟社に、 身元が明らかな作業員を雇うよう指導している。協会の岡野三郎会長は、「今は労働法制も整備され、使用者の責任も厳しく問われる」 と話す。との記事が掲載されていた。
この記事が何を意図して書かれたか私にはよく判らないが、何れにしても厚生労働省のご指導に従い、本人申告を信じ、 身元確認もせずに面接重視で採否を決定したら、「未来永劫、取引はしない」 と云う事が現実に起ったのである。たまさか運が悪かったでは済まされない。経営者は、 企業の発展に努め従業員の雇用の安定を図る責務を負わされている。ところが厚労省は、そんな事はお構いなし。 採用調査の中味など全く把握もしないで、人権団体の言われるがまま、「身元調査(採用調査)は差別につながる・・・」と、 金科玉条の如くのたまり指導している。
しかし、 我ら業界団体は行政に物申す事無く、ただただ忍の一字で耐えてきた。結果が今の成すすべも無いほどの業界不況である。私は、 「警察官が窃盗しても、ある意味仕方がない。 しかし、泥棒が警察官に成ることがあってはならない」と云うのが信条で、 23歳の時から40年人事調査一筋にこの業に携わって来た。そして、業界活動を通じ同和差別解消に努力してきたにも関わらず、 未だ大手を振って大道を歩かせては貰えない状況にある。
今年は今一度初心にかえって、真の業界活動のあるべき姿を考えてみたいと思う。会員の皆様のご理解ご協力の下に、 一生懸命頑張りたいと思いますので、本年も宜しくお願い申し上げます。
投稿者 ks110 : 11:43 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年01月20日
大忙し
■社長日記■17日の日曜日、香里天風会の新年祝賀会を予定していたが、急遽 「偲ぶ会」に変更。実は、香里天風会の産みの親である藤田和恵先生が元日にお亡くなりに成られた。 大晦日に入院、元日に他界、3日お通夜、4日葬儀と大忙しで、今年は正月らしい事は何一つせず、藤田先生に付き切りであった。 享年94歳9ケ月の大往生であったが先生は子を生さなかったため、一番近い身内が甥姪と云う事もあり、大半の事は天風会でしなければならず、 自分の親の時よりも遥かに大忙しであった。そんなこんなで、祝賀会を偲ぶ会に変更し、大勢の天風会員にお集まり頂き、 立派な偲ぶ会を開催することが出来た。
翌月曜は船場ロータリーの新年初例会。通常の例会はお昼12時半からの1時間であるが、 記念例会的なものは夜になる。所謂、お祝い事は一杯飲んでパッと遣ろうと云う訳である。で、昨日の会場は、 御堂筋沿いのラウンドクロス心斎橋。 ビルの13Fにあるが、元々美術館として作られたところで、天井も普通の倍の高さがあり、極めて豪じゃすな作りの宴会場で、 横に茶室と日本庭園も造られていた。例会の前に表千家のお茶を頂くと云う洒落た趣向もあり、楽しい新年例会であったが、 中でも私の席で朗報があった。実は例会最初の会長挨拶で、会長は今の少子高齢化を嘆き、「諸君、何とかならんのか・・・?、俺は一寸無理だが・・・」 と叱咤と嘆き節の、判ったようなわからないような話を聞いたばかりのところで、隣に座っていた一番若手の某社長が、ボソッと 「マッチャン、この13日、二人目が生まれたねん・・・ 」、「なに!、それほんと・・、エー。 とにかくおめでとう」と一人で大騒ぎ。自分の事のように嬉しくなり、 例会もそこそこに彼を引っ張り出して北新地へ・・・。結局午前さまのご帰宅となったが、何とも愉快な爽快な気分の新年例会となった。
今日は、真人塾で塾長の講演を拝聴し、明日は東京。新年会と挨拶回りで大忙しいであるが、 今年は資金繰りも大忙しになりそう・・・・。
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2010年01月14日
スキー
■社長日記■毎年の事ながら今年も年初の3連休を利用して船場ロータリークラブスキー同好会のメンバーと一緒に3泊4日のスキーに行って来た。
今年は北海道のニセコスキー場。早朝8時10分、神戸空港発、千歳行きの飛行機に勇んで搭乗。 快晴の千歳空港に降り経つやスキーバスに乗り込み一路ニセコへ。昼過ぎにはスキー場着。早速準備と思いきや、 3日も前に発送した荷物が見当たらない。不思議に思ってフロントで確認すると、「ゆうパックさんより連絡があり、 荷物にスプレー缶が入っていたため留め置かれ、今日19時にしか届かないとのこと」。トホホ・・・何とも情けない。 仕方なく温泉につかり夕食まで時間つぶす。翌9日10日は天候にも恵まれ、気持ちよいスキーを堪能。 ゲレンデは中級コースにしておけば良いものの、つい気持ちよく滑れると急勾配の上級コースに挑戦したくなる。そこで、 コースの真ん中で立ち往生などと云う無様なことにもなるが、下手はへたなりに楽しく、気のおけない仲間とワイガヤの楽しい4日間であった。
ただ、3日目の午前中、緩斜面で片足滑りを練習していると突然横腹に物凄い衝撃!!。空中に舞い上がり一回転して転倒、 まともに息が出来ない。一瞬何が起こったかと思いきや、オオストラリア人の大男がソーリ、ソーリと叫びながら私の顔を覗き込む。 こちらは暫く痛くて物も言えない・・・ただ黙って唸っていると、彼の大男、心配そうに大声で喋りまくってくる。3分も経ったであろうか、 何とか痛みも和らぎ自分を確認する余裕が出来た。痛みはあるが骨に異常はなさそうな感じ、無理して起き上がり、苦笑いをしながらOK、 OKと声を出す。相手が云う事はソーリしか判らない、こちらは文句を言おうにも云う言葉を知らない。仕方なく、ただOKを繰り返すのみ。 何とも情けない情景であった。
ただ、これも外人コンプレックスがなせる業か、自分は日本人で日本のスキー場に居て、しかもこちらは被害者なのに、 英語で応じようとする根性が情けない・・。今も横腹に痛みはあるが単なる打ち身の様で心配したことはないが、 身体の痛みより心の痛みが酷いと云った感じ。
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2010年01月06日
御用はじめ
■社長日記■新年明けましておめでとう御座います。本年も数少ない 「調査会社の社長ブログ」愛読者の皆様、 拙いブログですが、あらん限りの誠意をもって一所懸命に書いて行きます。それ故、決して見捨てないで下さい。少なくとも週1は更新します。 未だ観ぬ貴方ですが、貴方が覗くのを辞めたら一挙に3分の1落ち込みます。貴方は、私が知る限り3人の内の1人なのですから、 その責任を自覚し、嫌だろうが何だろうが週に1度はクリックして下さい。宜しくお願い致します。
5日御用はじめ。自社の祝賀行事もそこそこに得意先の年賀行事に出かけ、その足で主だったクライアントに 「今年も宜しく・・・」との想いで挨拶に回った。
車で回ったが一番に感じた事が、殆ど渋滞が無かったこと。ここ20数年同じパターンで新年の挨拶回りをしているが、 今年が一番スムーズに回れたように思う。喜ぶべきか悲しむべきか・・・、所謂例年より車が少なかったと云うことで、 それが何を意味しているか。しかも行く先々で聞ける話は愚痴に近く、殆ど景気の良い話がない。
しかし、厳しいが故に頑張り甲斐もあると云うもの。最近 「格差」と云う言葉をよく聞くが、 企業間でもこの事は歴然としてきており、業種総てが悪いと云うよりも、同業の中での格差が可也ハッキリしてきている。所謂、 先を観て適切な手を打ち適切な対処をし、社員一丸となってやる気を出している企業はそれなりの成果をあげている。ところが、 不況を他人のせいにして嘆いてばかりいるマイナス思考の企業はますます落ち込んでいる様に思う。
新年早々テレビを観ていて一つの気付きがあった。「気」の大切さ、「気」の凄さを痛烈に感じた。特に変わった事でなく、 恒例の箱根駅伝を観ていてのこと。1区から2区、2区から3区、タスキを繋ぐ何時も変わらぬ感動的なシーンである。 各選手共にタスキを繋ぐまでは確りとした足取りで、凄いスピードで走ってくるが、タスキを繋いだ途端に崩れるように倒れこみ、 後は介助なくしては一歩も歩けない様な状態になる。あれ程確り走っていた選手が突然倒れこむ。何故なのか、まさしく 「気」である。気が抜けると同時にとても同じ人と思えない状態になる。当たり前の事であるが、「アッ」 と云う気付きがあった。そうだ、今年は何より「気」を大切にし、その気になって頑張ろうと思った。
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