不思議
昨日、知人の墓参に行ってきた。場所は神戸の大倉山の山裾に所在する祥福寺。知人は他界して3ケ月。
何時も気にはなっていたが、雑事に追われ行けずじまいでいた。ところが昨日の午後少し暇ができたので、急遽墓参することにした。阪急電車で一路神戸へ、高速神戸で下車し、大倉山の山裾まで徒歩約30分、久しぶりの神戸を味わいながら、祥福寺へと向かった。
門前に立って圧倒。大倉山を背に、何ともいえない雰囲気をかもし出している、名刹の名に相応しいお寺であった。30年ほど前に、その知人の父親の葬儀で、このお寺に一度来ているが、その時は特別な感慨は無かった。ところが昨日は全く違った。凛とした静けさと云うか・・・素朴で重厚・・・、如何にも禅宗のお寺らしいお寺であり、何ともいえない重厚な雰囲気に圧倒された。
本堂に入り声を掛けると、20歳ソコソコの若いお坊さんが出てきた。実は・・・・・・と墓参の旨を告げると、暫くお待ち下さいとの返答。 待つこと約5分、 先ほどのお坊さんと違い、少し年季を感じさせるお坊さんが出てきて、「時間を過ぎており、お参りは本当は出来ませんが、・・・・様の墓参とか、特別にお参りしていただきますが、案内をさせますので暫くお待ち下さい・・・」とのこと。
かってが違う・・・、小生はただ本堂をお参りし、手を合わせれば位の感覚であり、まさか案内されてのお参りなど考えても居なかった。しまった、お布施も何も無い・・・。しかし、今さらジタバタしたとて、と腹をくくり、案内を待つことにした。
案内に出てきたのは、やはり20歳ソコソコの修行僧。 こちらへ・・、長い渡り廊下から参道に入り、本堂の裏に在る「弐重の塔」へと案内された。お坊さんの説明によると、弐重の塔が納骨堂になっており、そこに納骨されているとのこと。
わざに弐重の塔の鍵を開け、塔の中へと案内して頂いた。普通、五重塔とか三重塔とか、中に入れてもらえることすら滅多に無いが、私一人の為に、しかも時間外で施錠されているにも関わらず、施錠を解いて中に入れて貰えた。こちらに・・・さんはお納めされています。
確りと手を合わせお祈りをした。
境内ではお坊さんが大きな鐘を突きながら、大きな声でお経を読んでいた。こんな光景に出会ったのもはじめてであった。
墓参を済ませすがすがしい気持ちで、三ノ宮へ。実は墓参のついでにと、久しぶりに同級生と待ち合わせをしていた。6時丁度に同級生とドッキング。「安くて美味しいところ・・・」と注文をつける。なんと、彼が案内してくれた店に入って、ビックリ・・・。
その店、神戸に来るたびに行きたい行きたい、と探していた店であった。実は20年も前のこと、墓参目的の人に2・3回連れて行ってもらった店で、以来一度行きたい行きたいと思っていた店であったのだ。店に入るなり、突然大きな声を上げた。この店・・・エッ・・・ほんと・・・。
アー彼が連れてきてくれたのだな・・・。こんな事ってあるのだなー・・・、彼も一緒に来たかったのだな・・・、何ともなんとも不思議な感じであった。
祥福寺(神戸市兵庫区五宮町)

祥福寺は祥福僧堂とも呼ばれ、臨済宗の修行道場である。

本堂の裏側に見えるのが弐重の塔


Posted on : 2011年09月28日 | コメント (0) | トラックバック (0)
隠岐の海、頑張れ
野田丸の船出を歓迎してか、台風が次々とご挨拶に来る。しかも雨に嵐と、 大勢の取り巻き連中を連れてやってくる。この時期の台風など誰一人歓迎する者も居ないのに・・・・。全くもって・・・・ 何を考えているのやら?。
報道によると100万人にも及ぶ避難勧告とか・・、台風に対する備えなど、 避難以外に方法がない。
昔は家の戸板を打ちつけたり、庭のバケツや梯子や植木の片付けなど、 こまごまとした作業が結構あった様に思うが、今はそうでもない。敢えて備えに動くと、災難に会うケースの方が多いくらい。
自然の脅威には、ただほう被りをして耐えるしかない。 人間は絶対に自然には逆らえない。心も身体も自然法則順従が「命を生きる」原則であり、幾ら科学が発展しても自然法則に逆らってはならない・ ・・。そう云う意味では、原子力などは、もしかしたら自然を恐れぬ行為なのかも。
ただ自然には逆らえないが、人為的に作られる脅威には、毅然と立ち向かわなければ・・ ・。
いったい今の円高は何なのだ・・・?。経済アナリストは色々云うが、 小生のような経済音痴にはサッパリ分からない。 ギリシャのデフォルト危機に追随した訳でもあるまいに世界通貨のアメリカドルまでがデフォルトを囁かれ、結果、急激な円高が作られた。
日本の国債など三流国なみに格下げされ、財政赤字は急拡大で、 世界に冠たる財政難国家であるにもかかわらず、円は何故こんなに強いのか。
本当の事は判らないが、実体経済など全く無視し、投機筋と欧米が一体となり、 日本を相手に、赤子の手を捻るかの如き所業に出ているのでは、などとつい思ってしまう。
この円高は、日本政府のテイタラク、 外交力の弱さが原因しているように思えて仕方がない。今は野田政権に期待するしかないのかも知れないが、手もみ外交が関の山で、 毅然と立ち向かうなど有り得ない事なのか・・・。
そこで小生は、 「隠岐の海」に期待!!。幕内筆頭で4勝6敗、上位陣相手にこの成績は悪くは無い、後は白星を重ねるだけ。そして来場所は3役入り。
「隠岐の海歩」、頑張れ、がんばれ、ガンバレ・・・・・。
Posted on : 2011年09月21日 | コメント (0) | トラックバック (0)
感動
「なにもかも失われた時にも
未来だけはまだ残っている」
(クリスチャン・ ボビー 米国の作家)
今朝会社のトイレに入って、感動。 ”何それ!”って思われるでしょうが、 実は、弊社のトイレに「日めくり名言集」 が掛かっている。誰がめっくってくれたか知らないが、今朝目に飛び込んで来たのが、この言葉・・・。
そうだ・・・全くその通りだ、 小泉元総理は、大相撲で「感動」したが、小生はトイレの便器に腰掛けながら 「感度」 したのである。
日本の政治家も、下手な失言ばかりで「ゴメンなさい」の繰り返しじゃ芸が無い。これくらいの名言が吐けないものか。
その箴言の横に小さな字で、こんなのもあった。
「再出発に”もう遅いはない” 人生いつも今からだ」 (石川 洋)
この名言集は昨年暮れに頂いたものであり、震災を機にでたものではない。
Posted on : 2011年09月12日 | コメント (0) | トラックバック (0)
調査と人権
今、関西総合調査業協会の会報誌作成に追われている。そこで、会報誌に載せる原稿を書こうと思ったが、今週未だブログ更新をしていない事に気付いた。そこで何時もの奥の手、一挙に済ませようと以下の記事になった。堅苦しいブログになることをお許し下され・・・・。
今週東京で全国調査業協同組合の理事会があり、参加して来た。特段の議案はなく、来月実施される教育研修会の話しが中心であったが、その中で出た話。「探偵業法施行3年を過ぎ、見直しを含め、運用が徐々に厳しくなりつつあるのでは・・」との事であった。
探偵業法はあくまでも取締法であり、業者の育成などは眼中にない。警察は元々法に基づき取締りを行う事を主な任務とする役所であり、業者の育成などと言う思想は余り持ち合わせていないものと思う。
それにも関わらず我が調査業界は、業法の制定を希い、業法が制定されるや、これで我が業界は万々歳と祝賀パーティーまで開き大歓迎をした。
ところが、結果は如何に?。何とも酷いものである。
ただ、市況は低迷したが消費者保護は確保され、悪質業者は衰退し、良心的業者はそれなりに遣り易くなった、と云う事であれば、「業界健全化」の一つの過渡期として耐え忍ぶ事も出来ようが、私の感触はそうではない。
ところが業界団体は内向きの低レベルな問題で衝突するばかりで、外向けの活動は殆ど出来ていない。業法制定を機に「業界健全化」と「業界発展」と「消費者保護」を同じテーブルにあげ、業界が一致団結して社会に自己主張すべきと考え、微力ながら私なりに活動して来たつもりですが、狼の遠吠えどころか、我が家の廣太郎(愛犬)の泣き声ほどにも機能せず、今に至っている。
先般新聞報道にあった、京都の看護助手による爪はがし事件、新潟の集団登校へのトレーラー突っ込み事件、深夜レストランでの暴行事件、講師による塾生徒殺人事件など、何れも採用時点で経歴調査を実施していれば避けれた事件である。
にも関わらず、厚生労働省の指導よろしきを得て、採用調査を実施せず面接やペーパー試験のみで採否を決定したが為に起こった事件である。ところが業界団体は行政に物申す姿勢は全く無い。私は2部業者であるが為、大衆調査をメインとする3部業者の具体的事例は余り知らないが、個人情報保護や戸籍住民票が入手出来なくなったが為に、人の命に関わるような問題が起きた、などの事案も数あると思う。
人権団体が「差別解消」を錦の御旗に運動してきた事が遠因となり、その結果、人が生きるという最も大切な人権が侵害されるケースが数多く起きていると云うのも事実であり、公平無私を柱とする行政はこの現実に目を向けて頂きたいものである。いわんや我ら調査業者は、もっともっと調査の重要性を社会に訴え、近年の一方的な人権偏重に物申すべきでは無かろうか。
今ひそかに成立されようとしている「人権擁護法案」。一度廃案になった法案であるが、マスコミをターゲットからはずし再度上程されようとしている。もしこの人権擁護法案が成立したら、このような記事は書けなくなるかも知れない。全国に2万人とも言われる人権養護委員が選任され、その人権養護委員が私のブログや会報誌の記事を見て、これは「差別につながる」、「差別を助長しかねない」と判断すれば、私は人権委員会の調査を受け、屈辱的な扱いを受ける事になるかもしれません。
今、マスコミは自分らの言動が対象からはずされる事になった為に、余り問題視していない様ですが、今の民主党政権では成立の可能性が高いのです。人権問題に関わりの深い我ら業界人はこの法案にもっともっと関心を持つべきではなかろうか・・・。
Posted on : 2011年09月09日 | コメント (0) | トラックバック (0)
台風12号
台風12号、大型でゆっくりとした最も性質の悪い台風のようである。 余り性質の良い台風って聞かないが、この12号は進路も少し変わっており、太平洋から日本海に、真横に横断しそうな雰囲気である。
天罰はもうけっこう・・・、日本人の多くは東北大地震で多くの事を思い知らされ、 反省もしているのだから・・?
今日は定時に終わり、早めに帰途につくことにしよう・・・・。花金と云うのに・・・ トホホ
台風と言えば思い出すことがある。 私が小学生の頃、通学に徒歩30分を要した。 しかも海岸端の地道を延々と30分歩くのである。当時は集団登校などと云う洒落たものは無かったが、自然と近所の子供同士誘い合って、4・ 5人固まって登下校する。
冬は相当厳しいが、春、秋ののどかな日など最高である。 朝はそれでも真っ直ぐに登校するが、帰りはまともに帰る事はない。海岸を歩きもって蛸を採ったり、貝を採ったり、 海鴨を見つけては石を投げる、当たる訳などないが、それでも当時は可也真剣であった。
海に飽きれば山越えをする。秋はアケビにフユビ、エブに椎の実など、 自然の宝庫であった。従って、家に帰るのは何時も夕暮れ時。そこで、母が私に付けたあだ名が「時知らず」、帰宅すると、何時も挨拶の如く、 「このトキシラズが・・」と叱られたものである。
ところが台風の日ばかりは真っ直ぐに帰途につく。しかしこれが大変・・・、 当時はろくな防波堤などなく、台風の波が道を洗う・・・正に道を洗うのである。従って、浪と浪の隙間を読み取って一気に走り、 浪が打ち寄せる瞬間に山側に非難、その繰り返しで必死で家に帰るのである。時に高波が打ち寄せると、民家の屋根にかかるくらいなのだから、 小学生に取っては大変なことであった。
それでも楽しかったナ・・・・、 なつかしいセピア色の思い出である
Posted on : 2011年09月02日 | コメント (0) | トラックバック (0)





