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2005年08月30日

戸籍住民票

昨日自分の住民票を市役所に取りに行った。久しぶりと云う事もあるが請求用紙が以前に比べ随分変わっているのに驚いた。 中でも請求人の事項をかなり細かく書かなければならなくなっており、しかも、 その記載に間違いがないかどうかを確認する為に身分証明書の提出を義務づけている。たまたま、運転免許書を持っていたから事なきを得たが、 もし身分を証明するものを持ち合わせていなかったらどうなったであろう・・・。

窓口の担当者に「何時からそんな事になったの・・」と何時もの悪い癖で一言。担当者曰く、「今年6月からです」、ナヌ・・6月、 (兵庫での戸籍住民票不正入手問題に端を発しているのは明らか)。 「6月に法律か条例改正でもあったの?」、「イヤ・・通達で」、    むむ・・・・・、なんとすごい力を持った団体があるものだ。

役所と云うところはある意味大変な所で、文章の一字一句を変えるのに驚くほどの知恵と労力を要す。要するに、 1字を変えるという事は前任者の否定につながりかねないからだ・・。「民のため」などという事は彼らの頭の中には微塵だにない。 あるのは仲間内のかばい合いと保身である。偉くなればなるほどその気遣いはすごい。そんな役所が、時に天の一声で豹変することがある。 今回もそんな声があったのかも・・・。

投稿者 ks110 : 17:17 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月17日

お盆休み

弊社ではお盆を境に前段、後段に分けてお互い調整しながら5日間ほどの夏休みを取ることにしている。今年私は後段組に属し、 14,15,16日と2泊3日の北海道旅行に出かけたた。今までは出身地の隠岐ノ島に家族皆で帰る事が普通であったが、今年は次女 (隠岐が一番好きな子)が都合で帰れないため、少し抵抗があり、急遽北海道旅行を計画したと云うわけである。

コースは、伊丹→千歳→夕張(泊)→富良野→旭山動物園→キロロリゾート(泊)→小樽→千歳→関空。 可也の強行軍ではあったが大阪の喧騒を忘れての3日間は快適であった。中でも印象に残ったのが夕張。過疎の街というよりも死の街に近い感じ。 建物から何から全てがさびれている、しかし、炭鉱で賑った昔をどこと無く偲ばせるものがあり、独特の雰囲気をかもし出していた。何故か、 西部劇の一シーン(廃墟と化した町に砂埃がまう風景)が思い出された。今ひとつは、「幸せの黄色いハンカチ」。 私の大好きな映画の一つであるが、何と、夕張の街に入るやいなや、やたらと家の前に竿にさした黄色いハンカチが目につく。 4?5軒に1軒は黄色いハンカチを出している。あれでは夕張の亭主族は真っ直ぐに家に帰らない訳にはいかないだろう・・・。それにしても、 寂寥感と幸せ感が入り混じった不思議な雰囲気の町であった。そして、翌日は富良野。「北の国から」のイメージとは少し違ったが、 それにしても素晴らしい風景であった。北海道ならではの風景を眼にしながら着いた所が、かの有名な旭山動物園。ペンギン館、アザラシ館、 白くま館は長蛇の列。しかし、ここまで来たからには観ないわけに行かない。炎天下の中で我慢の一時であった。想像していた程では無かったが、 それでも至るところに観る人を喜ばせる工夫がなされており、小さな動物園ではあったが運営する人の心が伝わってくる場であった。 動物園に限らず、どんな仕事でも相手の立場に立って物を考え、それを実際の経営に生かして行く事の大切さ、 弊社に於いては常に依頼者の立場に立って調査し報告しなければならない・・との気持ちにさせられた、教訓的な場でもあった。 そして約3時間かけてキロロリゾートへ。翌日は朝8時の出発で小樽へ。私の頭の中では、「小樽と云えば裕次郎、裕次郎と云えば小樽」、 そんなイメージで裕次郎記念館とニシン御殿を楽しみにしていたが、現地で40分程しか時間が取れず、何れも拝観できず残念であった。 12時千歳発の飛行機で関空へ、飛び立ってまもなくした時、イヤホンでラジオを聞いていた妻が「お父さん大変・・・、 宮城で震度5強の地震だって・・・、」。妻は青春の一時代を仙台で過ごしており、宮城県には友達が沢山いるのだ、、。 それにしても空の上ではどうしようもない。予定通りPM2時過ぎに関空着。4時過ぎに自宅へ無事帰還した。

3日間のんびりと英気を養った。今日から再度気持ちを引き締め仕事にいそしむ事にする。 そんな気持ちで張り切って出勤したが世間は未だ殆どお盆休みなのか、電話一本鳴らず、少し拍子抜けした感じである。

投稿者 ks110 : 14:29 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月15日

給料泥棒

久しぶりに古いクライアントから電話が入った、「一寸相談したい事があるので来てくれませんか・・・」とのこと。
早速担当営業マンと一緒に本町の本社ビルを尋ねると、旧知の総務課長が何時にない渋い顔で、「イヤ、 恥ずかしい話しながら相談というのは社員の事でして、」と話出した。内容は概略以下の通り。

「勤続12年になる女子の営業社員。遅刻欠勤は殆どなく外見的には真面目に仕事をしている様であるが成績が全く出ないし、 夜のバイトをしているとの噂もある」、そこで、「就業時間中の行動と退社後の行動を一度みてくれないか・・」との調査依頼であった。そこで、 直ぐに詳細な打ち合わせを行い、翌々日の朝から行動調査に入ることとなった。
当日、朝の出勤時に被調査人の面割の為、調査員3名がそれぞれ配置につく。会社への入口が地下と1Fと2箇所あり、最低3名が必要であった。 上手く出勤時の彼女を確認し万全の体制で張り込み開始。尾行調査で一番気をつけなければならないのが、 対象者が動き出すまでの監視時の時間帯(張り込み)である。とにかく自然体で周りの環境に溶け込み、 違和感無く張り込みをしなければならいし、出口から片時も眼を離す事ができない、調査員にとって一番きつい時間である、 状況によってはそうした体勢で10時間も12時間も張り込みを続けなければならない事がある。
随分古いことではあるが私が直接経験した仕事で一番長かったのは、張り込みのみが1ヵ月半続いたことがある。しかし、今回はそんな事は無い。
監視1時間半で対象者が出てきた、早速尾行開始。事前情報では神戸に出向くはず、地下鉄本町駅から千里中央行電車に乗車し、梅田駅で下車。
予定通りの行動かと思えたが、実際は阪急百貨店に入り、ノンビリとした雰囲気でゆったりと商品を見て歩く。
具体的に何かを求めようとしている感じではない(意外とデパート内の尾行は難しい)、30分位ブラブラと時間を潰し、その後、 ナビオ阪急へ入りエスカレータで7Fレストラン街へ、そこに同僚と思われる女性が居て2人でレストランに入る。なんと、 そのレストランで2時間かけて食事。昼1時半に同所を出て同僚と別れ、今度は一人東通り商店街を歩きパチンコ店へ、ここで約2時間潰し、 のんびりとした足取りで阪神百貨店に入る。全く仕事をする様子はない。阪神に30分ほど居て、そのまま地下鉄へ、そして帰社したのが4時半。
調査員はそのまま会社付近で張り込み。6時10分対象者が現れる、早速尾行開始、地下鉄に乗り難波駅で下車、 そのまま南の歓楽街に向かい某スナックビルに入る。エレベータで4Fへ、 所が調査員は同じエレベータに乗るのは余りにも不自然な為4Fを確認しただけで一端尾行を中止。
7時の時間帯でスナックを覗いて歩くわけにも行かず、食事をしながら時間を潰すことにする。9時近くなった為、 調査員3名がそれぞれ手分けして4Fスナックを確認、結果10坪ほどの小さなスナックで彼女が立ち働く姿を確認し、無事調査終了と相成った。

そんな社員が居るのか・・?、と驚かれる方も多いと思うが、会社が社員に疑いを持ってこんな依頼をする場合、 行動パターンは千差万別であるが7?8割はこの様に全く仕事はしてなく、ただ無駄に時間を潰し、時間になったら素知らぬ顔で会社に帰り、 デタラメの日報を提出しているケースが大半である。

投稿者 ks110 : 13:10 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月03日

個人情報過保護法

今朝の読売新聞一面のトップ記事は個人情報保護法施行に伴う対応のまずさを指摘したものであった。文中、匿名社会の到来を危惧し、 これでは「個人情報過保護法」と嘆き、法案の見直しが必要になるのでは、とあった。我が意を得たりと、久しぶりに溜飲が下がる思いであった。

全国調査業協会(調査業の全国団体)から会報発行に伴い、「何か記事を書け」とのお達しがあり、 昨日その原稿を書いたところに今日の新聞記事である。そんな事で、今日は手抜きして、その原稿を掲載するすることにする。

 

調査業を取り巻く環境

 調査業界にとってこれほど厳しい環境になった事が過去あったであろうか・・?。バブル崩壊以後の経済環境もさる事ながら、 悪徳探偵社の横行による業界への不信感、人権プライバシー意識の高揚、個人主義の横行、戸籍住民票問題、そして個人情報保護法の施行。 よくこの厳しい環境の中で調査業を続けていられるものだ、と我ながら感心する程である。中でも問題なのが本年4月に施行された 「個人情報保護法」なるものである。この法律を簡単に言えば、コンピュータの普及に伴う情報化社会の中で、 個人情報の大量流出などが問題となり、法制化の必要性が出てきた為のものである。従って、この法律の義務規定の対象となる者は、 5000件以上の個人情報をコンピュータ等を用いて検索できるよう体系的に構成した「個人情報データベース等」 を事業のように供している事業者(個人情報取扱事業者)である。にも係わらず一般的には、 「個人情報は本人の承諾なくしては話すことも取ることもダメ」と法律で決められた、と解釈しているものが多く、 全く法律の対象でない家庭の主婦までが「そんな事は個人情報ですから言えません」などと極々普通にのたまう。 それが企業ともなると尚更である、「そんな個人の事など・・法律で禁じられたのをご存知ないんですか・・」などと説教までされるしまつ。 やり難いことこの上ない。当社は特に採用に係わる仕事が多く、7割方が雇用調査である。しかも大半が中途採用時の調査であり、 応募者本人が提出した履歴の確認が大きなウエートを占める。ところが、今年4月の個人情報保護法施行いらい多くの企業が、 この経歴確認にさえ応じなくなった。「個人情報は一切口外できません」と木で鼻を括ったような返事が返って来る。従って、 調査員は手を変え品を変えで、取材に趣向を凝らさなければならない。結果時間が倍掛かることになり、しかも、 今ひとつ歯切れの悪いレポートになってしまう。クライアントは、「時間はかかるは内容は寂しいは・・」と不満顔。 特に官公庁や大手企業は個人情報漏洩に神経質に成るあまり、人に関する事は一切話せないとの姿勢を取っている。 もし本当にそこまで規制した法律であるならば、多分今の社会生活は営めなくなる。人と人の会話は八割方人に関する話では、 ご婦人方の大好きな井戸端会議などは九割を超えるのでは・・、会社に於いても同様で結構人に関する話題が多い。退職した先輩から 「彼は今どこにいる・・」等と聞かれても、「イヤ、それは個人情報ですから」とお答えするしかなくなる。そんな法律である訳がないのに、 企業は事なかれ主義、利己主義に徹し、個人情報の名のもとに一切の口外を避けている。法律なるものは人間が人間らしい社会生活が営めるよう、 最低限護らなければ成らないことを決めているのであって、決してギクシャクした社会を作るためにつくられるものではない。 所が最近の日本人は自分なりの判断、思考というものを無くしているようで、全てお上の言うこと、会社の言うことを、 唯ただご無理ごもともと聞くマニュアル化人間に成り下がっているようである。「個人情報は言ってはダメ」と言われれば、何の疑問もなく 「ハイ判りました」としているのであろう。かくして日本は詐欺師天国、嘘のつき放題国家、ひいては犯罪国家へとひた走ることになる。 これからは、学歴も職歴も書き放題言い放題、誰も確認することができないのだから、東大、京大卒が実数の2倍3倍に増え、 元警察官がゴロゴロ、大蔵官僚がわんさかとなり、何が本当か何が嘘か全く分からなくなって行くことでしょう・・・。だって、 個人の情報は本人の承諾なしには取れなくなるし、調べてもいけないらしいから・・・。

投稿者 ks110 : 10:24 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月01日

早起きは三文の得

今朝は5時半起床(偶々)。寝床の中での運動と一人按摩を行い、「甦りの誦句」(我は今力と勇気と信念とを持って甦り・・・ で始まる非常に目覚めの良い誦句である)を暗誦しながら寝床を離れ、感謝念を持って布団をあげる。その後つま先立ちで洗面所に向かい、 鏡に向かい断定暗示を行った後冷水で洗顔、歯磨きの後、風呂場で冷水を浴びる。ウン中々優秀な天風会員である・・・。 スカッとした身体で自宅のすぐ東側に在る成田山明王院に向かう、クマゼミが今日を限りと鳴いている。そんな中、境内で呼吸操練、統一式運動、 積極体操を行い、後本堂に入り、不動明王に対座し、約20分間安生打坐(天風式座禅)を行う。本堂から出ると、5?60名の高齢者 (平均年齢70歳位か)が集まっていた。何かな・・?と興味本位に観ているとすぐに分かった、どうもラジオ体操の集まりらしい。 間もなくすると持ち寄った携帯ラジオから元気のよいラジオ体操の歌が聞こえる。何という清清しい朝だ・・・。 ついつい自分もその集団に混じって体操を始めることとなった。第一が終わり第二に・・・、何十年振りかの第二体操である、 見よう見まねで何とか思い出しながら身体を動かした。実に爽やかな朝であった。

毎日こんな朝を過ごせばいいが、普段は中々そうも行かない。天風先生の教え、「心身統一道」は日常行修にあり。 日々の生活の中に如何に教えを組み込み、行うかにかかっているとさえ云える。私自身まだまだであるが、今後このブログの中で、 天風先生の教えの一端を系統的に書いてみようと思う。こうご期待。

投稿者 ks110 : 14:37 | コメント (0) | トラックバック