依頼人との関係は
必ず連絡しますんで――
そう言って連絡は途絶えた。
時々、会社の採用応募者のバックグラウンドチェックをご依頼頂いていた比較的古いお客様だった。お付き合いしはじめたのは代表者がまだ30代前半の頃。IT業界という一見派手な業界の印象とは違い、小柄な体躯の真面目で穏やかな人だった。ある時会社の買収問題で揉めている、散った株の行方を探して欲しいと相談に来られた。比較的すぐ見つかったものもあれば、生死もわからない名前だけの株主もいて調査は難航した。何とか探し出して1ヶ月後、ご依頼頂いたものは一通りご報告し「これでピースは揃った」と安堵されていた。
その後、何度か連絡をしようと思ったことはある。しかし不在続きの多忙な様子のクライアントに対し、こちらからそれ以上の追求は少し憚られた。その後、どうなりました?なんて、単なる出歯亀になる。しばらくの間は気になっていたものの、便りがないのは元気な証拠とばかりに、それも日々の雑務の中に埋もれていった。
三ヶ月後、これまで何度もやりとりのあったその会社の事務の方からバックグラウンドチェックの依頼メールがきた。いつもの報告先に記載されていたのは社長とは別人の名前。そういえばそろそろ若いメンバーを採用しなくてはと話されていたなと思い出し、新しい担当が就いたのかと電話をかけた。しかし、電話に出たのは確実に自分より年上の女性の声。その時、急に何かを思い出したように感じて改めて報告先と記載されていたメールの名前を見た。買収元として上がっていた会社の役員の名前だった。その時初めて気づいたのだ。
代表が変わっている―――
急いで社長の携帯番号に電話をかかけたが、使われていない旨のアナウンスが流れるだけ。かつて2時間、3時間と電話機が熱くなるまで話しした携帯番号はすでにどこにも繋がらないものになっていた。こういう時、いつも思うのだ。自分は調査依頼を受けただけのしがない調査会社であるし、単なる第三者でしかなく、報酬をもらって依頼事項をこなしただけなのだから、別にもはや先方にとって何者でもない。支払いも済んでいるし、話も終わっている。その後を連絡する何の義理もない。それでもどこか捨てられた気持ちになるのは何なのだろう。
ほら、飲み行くぞ!と今日はなぜか元気のいい上司の乗りにイマイチついていけず、上記事の顛末を話したところ、上司はピーナッツをかじりながら言う。
「バックグラウンドチェックのサービスをちゃんと次の社長へ引き継いでくださってるやんけ。義理堅い人や。」
ああ、そうだ――、仕事引き継いでくださってるやん――
最も本質の部分をつなげてくださったことに気づかぬ自分は、いつもながら情けない。