« 2007年07月 | メイン | 2007年09月 »
2007年08月31日
「反転」(田中森一)と中村天風
日曜日、ゴルフの打ちぱなしで汗を流していると、携帯がブルル・・・・、「もしもし、お前、田中森一の反転読んだか・・」 突然兄からの電話である。「なに、それ・・」、「今話題の小説、止めケン(検事)の田中森一が書いた本だ」、「それがどうしたん・・」、 「直ぐ買って読め・・・、これは凄い、朝から首っ引き目が離せん。境遇的に相通じる所もあるし、久し振りに感動した・・」、 少し興奮気味の電話であった。
私は、兄とは一つ違い、所謂年子である。歳は違わなくても兄と弟は全く違う。とにかく兄貴というのは凄い、 ある意味親以上に怖い存在である。その兄の命令である、きかぬ訳には行かない。早速その足で本屋に向かい、大枚1700円をはたき「反転」 を購入。
直ぐに読み始めた、ところが仕事柄もあってか兄の受けた印象と少し違い、寧ろ反発を覚えるところさえある。弁護士たる者が・・・、 守秘義務は・・・等とつい思ってしまう。それにしても、裏社会の一部を垣間見る事ができる興味深い本であったことに違いは無い。
その中で、筆者田中森一は、「終章」と「あとがき」の中で書いているが、 獄中精神的に相当参っている時に友人から送られた一冊の本に救われたという。その本がなんと、 中村天風の講演録をテープ起こしした「成功の実現」であったという。 以後、中村天風に関する本を読み漁り、今では枕元に常時、中村天風の著作「真理のひびき」を置き、何時も寝際に読んでいるという。ただ、 筆者田中森一は中村天風の本を、単なる「自己啓発本」と捉え紹介しているように取れるところがあり、 その点は少し気に入らない。と云うのも実は、中村天風は50年の長きに亙って講演活動を行いながら、 自筆の本は殆ど残していない。それには、先生なりの深い考え方があり、真理の教えは「文章で書き表せれるものではない・・」との思いと 「本を読んで簡単に判ったと思われたら、逆に教えが仇になることがある(中途半端に勉強し判った気になっていると、 イザ事があった時にできず、出来ない自分が情けなくなり落ち込みがより一層深くなる)」との考えがあったようである。所が、 戦後周囲の強い要望から断りきれず、非売を条件に3冊の本を書いている。その本が、今「天風会」 の唯一の教材となっているが市販はされていない。本の題名は、「真人生の探究」 「研心抄」「錬身抄」で、所謂、天風三部作である。その他に「安定打坐考抄」があるが、何れも非売品である。可也難解な本であるが、 市販されている中村天風関係の本とは一味も二味も違う。市販されている天風関係の本は、天風会の会員やその周辺者が書いたものが全てで、 天風先生自らの著作で無い為、単なる自己啓発のハウツー本として読まれる傾向がある。
本当に中村天風直伝の「心身統一法」を勉強するには、各地に在る天風会員の集まる所に出向き、直接学ぶしか方法はない。 京阪沿線在住者は是非「香里天風会」へおこし下さい。
住所、寝屋川市香里本通町8?8藤田医院内(事務局電話、072-832-4585 川崎宅)、毎日曜日AM9時?12時。 家族的な雰囲気で楽しくやっていますので、お気軽に立寄って下さい。
投稿者 ks110 : 13:22 | コメント (0) | トラックバック
2007年08月22日
故郷のお盆行事
今年も望郷の念にかられ、8月14・15・16と2泊3日で里帰り。私の故郷は日本海の孤島、「隠岐之島」である。過去何回かこのブログでもふれたが、隠岐之島は、本土(島根半島)から約60キロの日本海に浮かぶ孤島で、往時は、日本海の 「風待ち港」として大いに栄えた所であり、江戸から明治にかけては今より遥かに賑わっていた所である。 隠岐之島は大きくは、島前・島後の二つからなり、島前は、 西ノ島・海士島・知夫里島の三つからなる。で、 私の出身は西ノ島である。 西ノ島というのは風光明媚で知られる隠岐之島の中に在っても一際美しい「国賀海岸」を控える、それはそれは美しい島である。人口は約4,500人で16の地区からなり、 小生が生まれ育ったのは戸数60戸程の「大山」と呼ばれる地区である。この大山地区がまた素晴らしい・・。何が素晴らしいか・・?、と言われても一寸困るが一言で云えば、 「何も無いのが素晴らしい」。
そんな素晴らしい大山地区で生涯を過ごした義姉が昨年暮れに他界した。 従って今年は「初盆」、望郷の念もさることながら初盆は帰らなければならない。
そこで、故郷のお盆と初盆行事についてふれてみる事にする。
お盆の行事は宗教行事(仏教)であり、全国そう大きくは違わないと思うが、隠岐では今でも14日・15日の2日間、 お墓の周囲に綱を張り、その綱に旗をつける。旗というのは、七夕の短冊を大きくした感じのもので色紙に切り込みを入れ、 「南無阿弥陀仏」「南無大師遍照金剛」と墨書きしたものである。 この「はた」と呼ばれる短冊を、自分の家の墓は勿論、親戚縁者の墓につけてまわるのである。それも夕方5時過ぎから7時位までの間にまわる。 従って、僅か60戸の小さな地区ではあるが、この2日間の夕方のお墓だけは大変な混雑となる。しかも年に一度の里帰り、 100人が100人顔見知りであり、1・2歩あるいては「今日は・・・」「帰らしゃんしたかの・・・」 等と声を掛け合い挨拶をしなければならない。これはこれで楽しいと云うか大変と云うか・・・故郷ならでは一コマであり、 盆行事の一つとも云える光景である。また、初盆の家には、僅かばかりの御香料を持ってお参りに行く。 そこでまた僅かばかりの時間でも家に上がって挨拶をする、これも中々大変である。僅か60戸の小さな地区で、何と今年初盆の家が6軒、 全体の10%である。如何に高齢化が進んでいるかの証であり、初盆が6軒、出産はゼロ、これもまた大変な事である。
翌16日の朝は、初盆の家は全長1メートル強の帆船(精霊船・ シャーラブネ)を造り、この船に野菜や果物など仏壇に供えてあった物を載せ海に流すのである。 同じ西ノ島町でもこの行事は地区によって違い、大山は初盆の家が個別に船を造って流すが、他の地区の多くは、 小学校高学年から中学生が中心になり、大型の精霊船(藁舟)を造って流す。 これは子供にとっては大変な行事であり、夏休みの約半分はこの船造り作業にとられる。昔は集会場に泊り込みで行い、 そこでは先輩後輩のけじめなど色んな意味での勉強があった様である。この精霊船(藁舟)は大きい船だと20人ほどの大人や子供が乗れる物で、 しかも12時間くらいは海に浮かび続けるものでなければならない。
精霊船に乗って先祖の霊が帰って行くと、お盆行事は一通り終わる。そこで、当日夕方の船に乗り帰阪、 我が家に着いたのは深夜12時をまわっていた。かくして小生の短い夏休みは終ったのである。
15日朝4時45分、大山の家(兄の家)の2階から携帯で撮影、大山湾の日の出前。

15日朝5時00分、大山の家(兄の家)の2階から携帯で撮影、大山湾の日の出。

地区の小中学生が中心になって造る大型の精霊船。帆はお墓にあげるハタでつくられている。

投稿者 ks110 : 15:06 | コメント (0) | トラックバック
2007年08月08日
調査業を取巻く環境
NPO法人全国調査業協会連合会から会報発行に伴い投稿の原稿依頼があった。 「この忙しい時に・・」と言いたい所であるが、役目柄そうも言えない。そこで、眠たい目を擦りながら、 昨夜その原稿を書いた。折角書いたからには会報だけではもったいない。そこで嫌々ながら、今週のブログは、その原稿を添付することにする。 決して手抜きではない。ただ、物は常に有効に活用をしなければいけないと思うから・・・・。
「業界を取巻く環境」
調査業界を取巻く環境が今ほど厳しかったことは無かったのではないか。全般の景気は東京を中心に回復基調にあり、 地価は既にミニバブル現象を呈しているとさえ言われる程であるが、我が調査業界はここ十数年下降の一途をたどり、 浮上の兆しは全く見られない。その上、下降に拍車をかけるかの如く、消費者保護法、個人情報保護法、 住民基本台帳法及び戸籍法の一部改正と法の網がかけられ、そして今年6月1日には 「探偵業の業務の適正化に関する法律」(探偵業法)がスタートした。業界の一部には、この探偵業法施行を「待ちに待った慶事」 ととらえている所もあるようであるが、業法の内容は、検討すればする程その厳しさに驚かされる。立法趣旨は 「依頼者と被調査人の保護」にあり、業者の育成は微塵もない。主務官庁は公安委員会で、実務は都道府県警が行う事となっている。 所謂、調査業界を警察の管理下に置き、業界の実態把握と消費者保護と被調査人の保護に努めようというのである。そして、 実際の調査の現場には、人権の視点と個人情報保護の網をかけ、調査そのものを非常に難しいものにしている。 長年調査業界に身を置き、依頼者の為に日夜汗してきた者からみると、今ひとつ釈然としないものを感じる。 依頼者保護の一番の眼目は、料金も去ることながら調査の中味ではないでしょうか。幾ら低料金でも調査内容が貧弱であれば、 結果的には非常に高いものにつく。逆に、少々料金が高くても調査内容が依頼主旨に沿ったものであれば結果的には安いものにつく。 ところが、法律は依頼者保護を主眼としながら、実際の調査現場を、 人権と個人情報保護による規制で非常に難しいものにしている。 何らの権限も与えられず厳しい法規制の枠の中で、 依頼者が納得する調査を実施しなければならない。「調査員の苦労や如何に・・」 との感が強い。ただ、業法は施行したばかりで、 実際の運用はこれからである。3年後の見直しを見据えて、 じっくりと研究して行かなければ成らないと考えている。
「21世紀は人権の世紀」 と言われるが、人権を論じる難しさ、人権を論じる恐さ、人権が人権を踏みにじる矛盾、日本国憲法では 「人権は国民の不断の努力によってこれを保持し、濫用してはならない」としているが、実際には人権のはき違えから、 個人の大権のような使われ方をしている。また、個人の権利意識が錦の御旗の如く使われ、「個人情報保護法」などは、 法律の趣旨に関係なく、「個人情報は全て本人の承諾なくしては取得してはいけない」かの如く解釈し、 個人の事を調べるのは良くないこと、と全く訳の分からない事を言い出す人権論者が大手を振るに至っては、今は「世も末」 と嘆くしか打つ手がないようにさえ思える。ただ、揺り戻しが必ず来ることを信じて、今は忍の一字で耐えるしかないのかも。