調査会社の社長ブログ

熟年離婚

最近よく熟年離婚という言葉を聞く。 長年連れ添った夫婦が定年を迎える60歳前後に突然離婚するケースが急増しており、20年以上同居していた夫婦の離婚を 「熟年離婚」と定義しているらしい。

マスコミ報道によると、ここ10年で熟年離婚が2倍に増え、離婚の全体比でも2倍、 同居30年以上に限ってみると何と3倍に増えているという。

しかも、離婚の申し出は圧倒的に妻側からが多いという。世の亭主族は、額に汗して妻子の為にとセッセと働き、やっと定年を迎え、 「少しのんびりと」と思った途端に、妻から離婚届をつけ付けられるという事らしい。

夫婦関係は百人百様で、離婚の形も一概に言えるものはないと思うが、理由がハッキリしないまま長年連れ添った妻に、 ある日突然離婚届けを付きつけられる男の心境たるや、如何に・・・。

ところが私の友人にこんな夫婦が居る。後2年で60歳を迎える夫婦だが、この夫婦には子供が居ない。一般に子供が居ない夫婦は、 非常に仲良く見えるカップルが多いが、この二人もその例に漏れず、傍目にはとても仲睦まじくみえる。ところがこの夫婦、 60歳になったら離婚しようと二人で決めているという。どう云う事なのかよく判らないがそう決めたという。

その話を聞いて、一寸考えさせられた。決して仲が悪い訳ではない、経済的に苦しい訳でもない、愛がない訳でもなさそう、 所謂夫婦関係が破綻している訳でない。だからニコニコしてお互いが離婚を話し合い、納得したということらしい。どうも、 60歳で定年を迎えたらお互いが全く新たな出発をしようと云うことらしい・・。煩わしい干渉から一切離れ、 真に自分の人生を生きてみようと云うことのようだ。

お互い納得の上ならそれも良いだろうが・・、「そんなものでは無いでしょうが・・」と云いたいような気もする。 何れにしても一寸考えさせられる話であった。

Posted on : 2006年02月28日 | コメント (0) | トラックバック (0)

スキー同好会

所属する大阪船場ロータリークラブの中に親睦を目的とした各種同好会があり、その一つにスキー同好会と云うのがある。 この同好会は10名前後で年に1度、日本各地のスキー場に出向く事にしている。昨年は、 秋田の田沢湖スキー場であったが今年は北海道のニセコに行くことなり、先週末から3泊4日でスキーを楽しんできた。ところが、帰ると直ぐに、 事務局から「松谷さん、週報にスキー同好会の報告を書いて・・」とのメール。来週の週報に載せるとの事で急ぎ、以下の報告書を書いた。 そこで、今週のブログは手抜きをして、その報告書を添付することとする。

 

今年のスキー同好会は、かの有名なニセコスキー場。217日から23日組と34日組の変則スケジュールにて実施。 ○○会長の海外スキー仲間(おじんとギャルの不思議な組み合わせ)に我が同好会が合流する形となり、 総勢24名の大所帯となった。 船場RCからは○○、○○、松谷夫妻の他、OBの○○ご夫妻とお姉さんの12名が参加。 夜も明けやらぬ早朝に伊丹集合、JAL2001便にて空路千歳へ。 北海道上空にさしかかるや眼下は一面の銀世界、北海道全土が雪に覆われている。当たり前のことながら一寸した感動を覚える。 無事千歳着、バスにて支笏湖を右手に眺めながら一路ニセコへ。私の後ろに座した○○さん(弁護士)がガイド役を務めてくれる、 毒舌混じりガイド故に中々味わい深いものであった。13 30ニセコスキー場着、 早速スキーウエアーに着替えてゲレンデに集合。○○会長の指揮の下、一挙にゴンドラでヒラフの中腹に降り立つ。 11回の初級スキーヤーに取っては足がすくむ思いの中、 寒暖計を眺めると、何とマイナス17度。 武者震いか寒さゆえか振るえが止まらない、そんな状況を知ってか知らずか○○指揮官曰く「松ちゃん、 この下国体コースだから気をつけてナ・・・」、言うが早いか雪小僧のごとく何処かえ消えてしまった。 後に残されし我ら初心者集団は、寒さと不安に震えつつ指揮官なしで思いおもいの滑降に入った。しかし、 余りの寒さに2時間ともたずダウン。 夜は7時半からニセコ銀座のすし屋にて作戦会議。 夜の作戦会議は何といっても○○大将が指揮官。20名からの大所帯ゆえに中々作戦はまとまらない。 それに嫌気がさしたのか指揮官の大将、隣のテーブルに居た10名程の外人部隊 (オーストラリア人)にちょっかいを出し始めた。最初の一言二言は英語らしき単語が聞こえたが、 後はボデイーアクションと感嘆詞のオーのみである。ところが結構な盛り上がり、その内に○○中将と○○参謀が加わり、 ロータリー精神よろしく大変な国際親善と相成った。

 

18日は少し寒さは和らいだが、 それでもゲレンデ中腹の寒暖計でマイナス12度。 そこから未だ上に2つのリフトを乗り継いで上るため、多分頂上付近はマイナス15度は越えていたものと思われるが、 そんな寒さの中でもスキーとなると別。皆が幼少に帰ったのかの如く嬉々として、滑っては昇り滑っては昇りを繰り返す。 誰が考えたのか知らないが下手はへたなりに何とも楽しいスポーツである。当日の夜は、OBの○○さんご夫妻とお姉さんが合流し、 石狩鍋と蟹鍋に舌鼓をうちながら大いに親睦を深めたのであった。

 

19日は、 天候も回復基調。ひにくな事に23日組みが帰路についた午後3時過ぎ、 一挙に暗雲が消え、北海道富士と呼ばれる羊蹄山が目前に広がった。それはそれは筆舌に尽くしがたい見事な眺めであった。 道産子曰く、「2月にこれほど見事に羊蹄山が見えるのは珍しい」 とのこと。そして、翌20日は、 それにも増しての見事な晴天で、羊蹄山を眺めながらの滑降はニセコならではの素晴らしいものであった。

 

 

Posted on : 2006年02月22日 | コメント (0) | トラックバック (0)

調査業法

今週は協会活動のみで社内的な仕事は殆ど出来なかった。戦友の東田俊康氏(ピ・アイ・オ社長) と二人で議員会館回りに勤しんでいたという訳。務めとは言え中々大変だ・・・。ただ、私どもの調査業界は今未曾有の過渡期にあり、 動かざるを得ないと云うのが実情である。

最大の問題は業法である。議員立法で、今国会で成立の見込みが高いと言われている。

業法ではあるが中味は「消費者保護」を目的としたもので、業界の育成は眼中に無い。その為、規制のみで特典と言えるものは何一つ無い。 それでも業者にとっては、朗報ととらえられているようである。

何故なら、我が国に於ける調査業界の歴史は、余りにも虐げられた差別的なもので有ったからに他ならない。同じ業界でも、 欧米とは天地の差がある。

今までは野放し状態で、主務官庁さえハッキリとせず、社会的認知度の低さと運動団体のご支援のおかげで・・、公的融資は対象外、 社員の募集広告も大手媒体は掲載拒否。所謂、不用業種的扱いをされてきたが故に、業者としては、どんな法律であろうが業法が出来れば、 業そのものが「公的に認められたことになる」との考え方である。何とも情けない話であるが、それが現実である。

同じ業界でも欧米では弁護士以上に社会的信用を得ており、規模的にも雲泥の差がある。その原因は色々と考えられるが、 業界の生い立ちと云うか歴史に起因するところが大きいように思う。

そのことについては次の機会に書いて見たいと思うが、何れにしてもこれからは、人の「身体、生命、財産」を未然に擁護するという、 重大な使命を課せられた崇高な仕事である事を自覚し、自分の仕事に誇りを持って、主張すべきは主張して行きたい、 との思いを強くした1週間であった。

Posted on : 2006年02月10日 | コメント (0) | トラックバック (0)

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