2008年08月25日
人事調査と差別
■社長日記■「松谷さん、全調協(NPO全国調査業協会連合会)の会報原稿が今日期日ですが、 どうなってますか?。」。編集委員長からの催促の電話(可也怒っている様子・・・)。「エッ・・、申し訳ない。夕方までに何とかします。」、「20文字30行の6千字でキッチリお願いします。そのスペースしかありませんから」。そんな、 小説家でもあるまいし、文字数まで細かく決められて書けるか・・・!!。ひと言、 云いたいところではあるが期日当日までコロッと忘れていた自分が悪い。渋々パソコンに向かった・・・、 そこで出来上がった原稿を今日のブログとする。
調査と人権「採用調査と差別」 松谷廣信
米国では、従業員を採用する際に、求職者のバックグランドを調べるのは当然の事となっている。ネグリジェント・ ハイアリング(雇用主の怠慢雇用)なる考え方から、雇用主が求職者のバックグランドを調べる事無く採用した場合と、 調べて採用していた場合では、採用後に起こした事件・事故に対する使用者責任が全く違うからである。
例えば、飲酒運転の過去を持った人を運転手として採用し、 その人が事故を起こした場合は、雇用者責任を問われ、訴えられれば敗訴するのは明らかである。しかも、 アメリカでは納税者の情報はパブリックレコードとして一般に公開されており、このレコードを調査することで、 必要なバックグランドのチェックができる。犯罪歴やクレジット情報なども比較的簡単な手続きで第三者でも入手可能となっており、 採用時のみならずあらゆる機会にバックグランド調査が利用されている。従って、米国では採用調査は、 採用マネージャが行わなければならない最低用件の一つになっている。
ところが日本では採用調査を罪悪視する傾向さえあり、厚生労働省などは 「採用時の調査は差別につながるおそれがあり、調査はしてはいけない」 との行政指導を徹底して行っている。また、個人情報保護法施行以後は、履歴確認さえままならず、官公庁・学校・ 企業共に個人情報保護を理由に経歴確認にさえ応じなくなっている。犯罪歴とかクレジット情報などもっての外と云う状況にある。
いったいこの違いは何処から来るのであろう。それを単に「文化の違い」と説く人もいるが私にはとてもそうは思えない。 日本でも30年ほど前まではアメリカ同様、採用時の調査は広く行われ、 社会的にも当然の事として認知されていた。ところが、当時の採用調査には一部差別的な要素を含んでいた。そこで差別解消の為に、 採用調査を否定する動きが起こったのも当然の流れと言えなくはない。
しかし、人権団体や行政及び我ら調査業界の運動の成果で、現在の採用調査(人事調査) に差別の意図などは全くないし、そうした意図を持って依頼する企業もなくなった。
ところが行政も人権団体も十年一日の如く「調査は差別につながるおそれ・・・」として、 調査を否定する論拠としている。「何々のおそれ」で物事を否定する事が許されるなら、あらゆる事物事象が否定されるであろう。
私は、塾講師が生徒を殺害した「沙也乃ちゃん殺害事件」が起きたとき、採用調査の必要性が社会的に再認識され、 少しは改善に向かうのでは・・と密かな期待感を持った。が、未だしである。業法施行がなった今、 採用調査を含むあらゆる人事調査のあり方を今一度真剣に論議し、真の人権が護れる社会ルールを形作っていきたいものである。
投稿者 ks110 : 17:19
2008年08月20日
お盆の里帰り
■社長日記■お盆が近づくと里帰りの虫が騒ぎ出す。今年は7月半ばに帰省したので、「お盆は大阪で」とも思ったが田舎に居る同級生から電話、 「同窓会やるから帰ってこい・・」。そうなると里帰りの虫は黙っていない。結局、15・16・17と2泊3日の予定で帰郷。 15日の早朝3時半に妻と二人で、一路島根へと出発。島根半島の七類港着07時10分、09時30分のフェリーに乗り、 12時10分隠岐の島の別府港着。
その夜は中学の同窓会。同級生120名中40名が参加、海賊風バーベキュー(サザエ、ヒヨーギ貝、岩牡蠣、魚、肉、野菜など) でドンちゃん騒ぎをし、そのまま大型クルーザーでナイトクルーズに、隠岐ならでは贅沢な遊びである。クルーザーで盆踊り会場に乗りつけ、 踊りに参加。音頭とりも同級生、2時間ほど盆踊りに興じ、再度クルーザーのキャビンでドンちゃん騒ぎ。
翌16日は、しゃーら船送りに参加し、その足で鯛釣りに連れて行ってもらった。 水深50メートルの内海であったが入食いに近い状況で結構な成果。お昼は、釣りたての鯛と鯵の刺身に舌鼓をうつ。夜には再度同級生が集まり、 大型クルーザーのキャビンで酒盛り。何とも楽しい1日であった。
17日は大鯛釣りに挑戦、外海へ出ての流し釣りであったが、これは当たり外れの激しい漁で、2時間ほど頑張ったが全く反応なく、 早々に切り上げとした。夕方4時過ぎのフェリーで隠岐をあとにし6時半、七類港着。米子自動車道から中国自動車道を一路大阪へと走り、 我が家着11時過ぎ。楽しい楽しい3日間であった。

七類港を出て一路隠岐へ。隠岐汽船フェリー。

島根半島を出るところ

隠岐独特のシャーラ船。16日の朝海に流す。地区の中学生が中心となり夏休みの大半をこの船造
りに費やす。昔は若者宿的な感覚で、泊り込みの共同作業で行っていた。


右先頭に乗っているのは同級生。


シャーラ船送りの風景。各人が船を出し沖まで送って行く。

鯛つり。手のひら大のレンコ鯛。

妻も鯛つりに挑戦。見事な戦果。

鯵と鯛が一挙に3匹。

大粒の雨が急に降ってきて・・、早々に中止。

クルーザーのキャビンで同級生と・・・。

酔いが廻り、何時の間にかこんな姿に・・・。

翌日の大鯛釣り。同級生の漁師と共に。但し、戦果なし。
投稿者 ks110 : 18:01
2008年08月12日
集中豪雨、何かおかしい。
■社長日記■天候異変。先週水・木と業界の会合で東京へ出張していた。テレビも新聞も見ず、バタバタと過ごし木曜の夜遅く自宅に帰ると、妻が 「お父さん昨日の大雨知っている・・・」、「イヤ何も。雨降ったん・・」、「新聞も見てへんの・・、寝屋川のほう大変やったんやから・・」。 ただ、我が家は何と云う事はなく、翌日普通に出勤した。すると昼ごろ妻から電話、「お父さん大変・・。まえの家(今年3月に転居)の近所、 雨で大変やったみたい。うちは特にどうもないけど隣の○○さん、向いの○○さんは床下浸水。 4軒隣の○○さんは床上浸水でタンスの3段目まで水が来て、避難したんだって。」、「なにそれ・・・」、「で、○○さんの家、 住まれへんようやし・・。家貸してもいいかな?」、「ぜんぜん構へん、入って貰ったらいいがな・・」。 そんな事で、 空き家にしていた家に利用価値がでてきた。
それにしても最近の雨の降り方、どうなっているのだろう。部分的集中豪雨による鉄砲水で死者何名、ところが隣町は、「雨ふったん・・ ・」て云う感じ。完全な亜熱帯地方の天候に変わりつつある。多分原因は、自然環境破壊による温暖化現象のなせるわざであろう。 そして間違いなくこの現象は今後酷くなって行くであろう。
そう云えば昨年9月30日、私の出身地隠岐の島は1時間に100ミリを越す豪雨にあい、 激震災害の指定を受けたが未だその傷跡は癒えていない。
で、教訓。土地や家を買うときは、周囲の状況をよく観て、高台でも平地でも周囲と比べ低いところはダメ。川の近くは要注意。 溜池付近も要注意。道路の側溝より土地が低いとダメ、少なくとも30センチは上がっていないと、等々。
投稿者 ks110 : 11:26
2008年08月05日
PL花火
■社長日記■8月1日、PLの花火大会に妻と二人で行ってきた。この暑いのに花火・・とは思ったが、個人宅に調理人を呼んで、 食べ放題飲み放題の可也贅沢な花火見物とのこと。ただ事前情報によると行き帰りの混雑は想像を絶するもので、 電車に乗るのに2時間近くは並ぶ覚悟がいると云う。小生、何が嫌いと云って、並ぶほど嫌いなものはない。 調理人付きの飲み放題食い放題にPL花火と並ぶ事を対比させ、悩みに悩んだ。結果、エーイままよ・・、混雑しておれば何処かで時間を潰せば・ ・・との思いで、参加を決定。
集合は5時、少し早めにと会社を3時半に出て一路「金剛」駅へ。何とスムーズなこと、1時間弱で金剛に付き、 お招き頂いた家に着いたのが4時40分。5時から宴会開始、イタリア料理であったが中々の美味。ワイン片手に2時間ほど談笑していると花火、 ドーン、ドドーン!!、まっこと綺麗じゃのー、惜しげもなく次から次から、実に見事なものであった。
食と花火を堪能し、一路帰路へ。これがまた驚き。駅に着くや直ぐに特急電車が来る、ホームで座席指定を買い、 そのままゆったりシートで難波駅まで。日常の通勤電車より余ほどスムーズ、最高の花火見物であった。
これぞまさに日頃の行いのなせるわざか?




投稿者 ks110 : 18:20
2008年07月28日
天風会香里賛助会、修練会
■社長日記■7月25(金)・26(土)・27(日)の3日間、 財団法人天風会香里賛助会の夏期特別研修会(修練会)が開催された。
天風会行事の中で最も重要視されるのが盛夏の中で行われる、この特別研修会である。3日間、朝8時から夕方5時まで、 短パン一つで体操・実験・座禅・講義などみっちりと修養に勉めるのである。猛暑の中での3日間は可也きついものがある。 朝夕の体操の時間を除いた約6時間は畳の上での正座もしくは半跏趺坐で座っていなければならない。何よりもこれが大変である、 背筋をピンと伸ばし・・・午後からは睡魔との闘いである。処が何故か3日間の修養を終えると何ともいえない充足感に包まれる。 不思議なものである。
修養の内容は毎年同じ。入会して16年、毎年同じ研修を受けて来たが感じ方はその都度違う。 参加メンバーや講師の違いもあるが一番の違いは自分の心の態度であろう。その点今年は充実していた。 景気が悪く経済的には最悪の状況であるが故に、逆に気持ちは引き締まざるを得ないが為か・・・。
投稿者 ks110 : 18:00
2008年07月22日
ジェットで隠岐へ
■社長日記■先々週突然田舎の前町長(現、隠岐観光?社長)から電話、「松谷さん、突然のお願いなんですが7月18日のジェット機初飛行の搭乗者が余りにも少ないので何とか協力願えませんでしょうか・・、」、「また突然の話ですね・・」、「とにかく大阪へ行きますから、詳細はその時に・・」、と云う事で、隠岐観光の社長が翌々日来社。詳細は次の通り。
隠岐へのジェット機就航は7月18日から8月末までの40日間、期間限定による就航で、しかも搭乗率が80%を切ると翌年は飛ばないと云う厳しいもの。
その為、80%の搭乗者率確保は町を上げての至上命題である。ところが7月19・20・21が連休で、この3日間は何とかなるが初便の18日がいまのところ30%の予約しかない。そこで急遽、「隠岐の観光大使に応援を・・」となった様である。
余りにも急な話。出郷者に里帰りを諭し、ジェット機利用をお願いして欲しいとの意向であったが、それは一寸。そこで、所属する船場ロータリークラブのメンバーに「私の故郷、隠岐へ」と声を掛けたところ、「一度行って見たいと思っていた・・・」と云う連中が直ぐに8名集まり、私を含む9名で急遽隠岐ツアー
を企画。18・19・20日の2泊3日で隠岐ノ島へ行ってきた。

18日、隠岐空港着。今年の初便客を、幼稚園児が踊りで歓迎してくれた。


今年から観光名所を一つとして売り出している妖怪「ネズミ男岩とヌリ壁」

東国賀の一風景

国賀海岸特有の断層と岩肌

国賀海岸の亀岩



国賀海岸の奇岩、風景


西ノ島町の牧畑。牛の放牧風景。



故郷の家から撮った写真。夜明けと朝日

島後のかぶら過ぎ。一つの幹が6本に。

隠岐の闘牛(牛つき)の横綱。化粧まわしをつけた晴れ姿。
投稿者 ks110 : 19:19 | コメント (0) | トラックバック
2008年07月15日
天風会ゴルフと千躰地蔵
■社長日記■先般、所属する天風会のゴルフコンペが、三木ゴルフ場で開催された。主催は、 財団法人天風会大阪賛助会。今年4月、 小生が代表を務める香里天風会も財団の賛助会となった為、大阪よりお誘いを受けた。 誘われれば断る訳に行かない、香里を代表して渋々ルンルン気分で参加。
開催3ケ月前に案内を受け、早速申し込んだが、以来何の連絡もなし。当日、三木ゴルフに着いたが、 やはり案内もなければコンペカウンターもなし。一般カウンターで受付を済ませたものの「もしかしたら中止か?、それとも日時間違いか?」。 初参加で、しかもメンバー表も組み合わせも貰っていないため、誰が参加するのかも判らない。一様ゴルフウエアーに着替え用意はしたが、 周囲を見まわしても知った顔は一人も居ない。、いったいどないなっているのか・・・不安は募るばかり?。
そこに救いの神、香里の指導をして下さっている南方先生がニコニコ顔で玄関から入って来た。 「先生お早うございます!!」、やはり間違っていなかった・・、 心底ひと安心。
4組16名のコンペであったが既に何十回と重ねているコンペで、会場も三木ゴルフと決まっており、参加者は常連ばかり。従って、 極めて簡素化し幹事に負担が余り掛からない様にしている事が後でよくわかった。流石天風会員のゴルフ、合理的である。
コンペ結果。初参加は優勝なしと決まっており、2位を狙ったが惜しくも3位、ただ、ベスグロであった。優勝者は何とネット62。 但し、ハンディー52を持っていた。、これも驚きであったがもうひとつビックリしたのが表彰式。優勝から12位まで賞があり、 表彰式後に賞の袋を全て回収、次回にまたその袋を使うらしい。合理的と云うか何と云うか・・、流石の天風先生も、天国で苦笑しているのでは。
満足いく成績でゴルフを終え、大阪賛助会のメンバーとも懇親を深め、ニコニコ気分で一路我が家へ。 三木東インターから高速に乗ろうと田舎道を走っていると、「千躰地蔵→ 」 との看板が眼に入った、ムム・・千躰地蔵。 咄嗟にハンドルを右に切っていた。1分も走ったであろうか、何の変哲もない山すそに千躰地蔵。素朴この上ないような朽ちかけた地蔵さんと、 真新しい綺麗な地蔵さんが如何にも自由奔放に、勝手気ままに置かれている。その数が千躰を数えると云うのであろう・・・。 その地蔵さんに自然と手を合わせる。何となく幼児返りしたような素直な気持ちになれた。




投稿者 ks110 : 17:40
2008年07月08日
船場ロータリークラブ
■社長日記■昨日7月7日、船場ロータリークラブの初例会が北区のウェスティンホテルで開催された。 船場ロータリーの例会場は中央区の日航ホテル32階であるが、初例会や新年例会など特別な例会は場所を変えて行うのが通例となっている。
7月に初例会?、と思われるでしょうが、元々ロータリークラブの発生はアメリカであり、ルール等も何かとアメリカぽいものが多い。 そこで、ロータリー年度も7月1日から翌6月30日と定められている。
で、今年度、小生、「幹事」 の大役を仰せつかった。ロータリーと云うのは読んで字の如くで、まわるのである。マーク(エンブレム)も、その通り歯車である。所謂、 皆が平等で役務も1年毎に廻る(変わる)、しかも、指名されたら文句を言わずに受けると云うのが暗黙のルールとなっている。ただ、会長、 幹事は大役と云うこともあって、会長は就任2年前に使命を受け、副会長、会長ヱレクトと2年間の研修期間を経て就任、 幹事は1年前に指名され副幹事を経て幹事となる。
来年6月末まで1年間、何かとクラブの雑務と会長の補佐役を務めなければならない。所属する船場ロータリーは、 今期47名で21年目のスタートとなる。創立時50名でスタートし、10年で約70名(私が入会した時) と順調であったが以後衰退の一途で一時45名にまで減り、20周年には何とか50名にまでは挽回しようと頑張った。 結果49名で20周年を迎えたが、20周年を機に2名の退会者があり、今期は47名のスタートと相成った。
会員数47名とは云え大半が会社経営者で業種も違う。海千山千というか、小なりと云えども一国の主の集まりであり、 個性豊かな人が多いのは当然のこと。その集いの幹事役である。何とか船出はしたものの船頭多くして船すすまずでは困る。 昨日の懇親会でも80歳の最長老より、「会の運営は会長が3割、幹事が7割。幹事の力量で会の良し悪しが決まる・・。 頑張れ・・ただ肩を張らずに」とのお言葉を賜った。何とも・・トホホ・・・である。
投稿者 ks110 : 16:13
2008年06月27日
戸籍
■社長日記■「社長、お兄さんから電話ですよ・・」、「もしもし・・」、 「頭にきた・・・」、可也、怒っている様子、「お前、町長に電話して頼んでくれんか・・・」、「何、それ」・・・。詳しく事情を聞いてみると、 こう云うこと。
仕事の関係で急にオーストラリアに出張しなければ成らなくなったらしい。 ところがうっかりしていてパスポートが切れているのを忘れていた。急いでパスポートの申請をしなければ間に合わない、 ところが早くても1週間程かかる。しかも身分確認で戸籍の添付が義務づけられており、本籍地の役場で戸籍とらなければならない。そこで、 何時ものように本籍地の役場に電話・・。
「戸籍1通送って貰いたいのですが・・」、すると、 「松谷さん、申し訳ありませんが本人確認が必要ですので免許証のコピーとか送って下さい。 そうでないと戸籍は送れません・・」、「急いでいるんですわー、 それでは間にあわんので・・・」、「大山の松谷だ・・、 あんたよう知っておっだねか・・」、「あー、それは判っておっだだいど、 この前の戸籍法の改正で本人確認が必要になっておっだけん・・・」、「だから、 あんた俺しっておっだねーか、エッ・・」、「それがそういかんだわい。 」、「、そんなら○○に取ってもらうわ・、 あれ俺の姪だけん」、「いや、 それも・・・、同一戸籍に入っている親族ならとれっだいど、幾ら親戚でも戸籍が別であれば無理だは・ ・」、・・・・、 免許証のコピー送ったところで、本人はこっちにおるのに、どうして本人確認するんだ・・・、 全くバカな・・、色々理屈をこねてみたらしいがらちがあかなかったらしい。
一旦電話を置いて、直ぐに役場に居る姪(昨年まで戸籍係り)に電話、事情を話し、「とにかく急ぐから戸籍取って送ってくれ」と頼む。ところが、姪も役所勤めで係官の言う事はよく判る、 「そら、やっぱり無理だけん」、もー、 話にならん。そこで、小生に電話をしてきたものらしい。
で、「お前、町長に電話して・・・」となった訳。「町長がそんなこと・ ・、そら無理だわ・・」、「ほなどないするねん・・・、郵便往復している時間がないねん・ ・・。」 そこで考えた・・・?。 今のところ兄貴からの電話はない。何とか上手く行けたかも・・。
隠岐の島の孤島、僅3,000人程の島で大半が顔見知り、年賀状の交換くらいはしているし、帰郷すれば、 「ヤー、元気かエー」「どげしてござっかの・・」等と声を掛け合う中でありながら本人確認が必要、しかも免許証か何かで・・・。 そら、頭に来るはな・・・。 しかし法は絶対である。誰が悪い訳でもない。
昨年まで公開原則であった戸籍の取得でである。戸籍には個人情報やプライバシーがあり、他人が勝手に取ることは適当でない、 との考え方から取得に厳しい制限が加えられ、自分の戸籍をとるのでさえ、こんな事になる。 戸籍公開の是非については私なりの意見はあるが法改正が行われてしまった今更自説をぶり返そうとは思わない。 しかし、戸籍が事実上非公開になった事により、身分詐称の有無の確認が取れなくなった。
今の世の中、あらゆる物の偽装、偽造が可能である。戸籍、住民票、運転免許書、 卒業証明書など、偽造を商売にしている人さえいる。その気になれば素人でもそう難しくはないようである。所謂、 身分を証明する資料の偽造が意外と簡単に出来るのである。ところが、個人情報とかプライバシイを理由に、 第三者がその身分証明を確認する手段を法的に出来なくしている。従がって、 偽造が大手を振ってまかり通る事となる。
身分証明の資料でさえ偽造可能なのだから、口頭での名前、経歴、身分、住所などは言いたい放題である。名詞、 履歴書なども作り放題である。第三者が確認する手段は、個人情報保護やプライバシイ保護の観点から厳しく制限されており、 一部では確認することが人権侵害であり、その為の調査を悪ととらえる風潮さえある。
土地や建物は法務局への登記が義務づけられ、所有権者や担保設定の状況、また、その履歴も詳細に記載されており、 誰でもが閲覧・取得できるようになっている。当然の事である、そうでなければ、 他人の不動産を偽って売買などと云う事が日常茶飯事におこるから。
ところが人の事に関しては、その確認の為の閲覧・取得を、今回の戸籍法の一部改正で出来なくしてしまった。悪いやつほどよく眠る・・ 何の心配も無くスヤスヤと・・・、身分詐称に法的擁護を得て。
味噌もクソも一緒にするな!、人を何と心得おるか・・、ばか者! 。 有識者なる人権の偉いさんの”お叱り”が今にも聞こえそうである。だが、「人は」 この世に造られた物の中で最も優秀な霊長と言われる存在である、と思うが故にである。「人権」 が如何に大切なものであるか、と思うが故にである。
投稿者 ks110 : 15:26
2008年06月19日
関西総合調査業協会第5回通常総会
■社長日記■今日は、関西総合調査業協会の第5回通常総会である。 収支決算と事業報告の承認及び収支予算案と事業計画案の承認が主な議案で、 執行部としてはシャンシャンで終わるものと想定し気楽に構えている。但し、総会は年1度の最大行事、 本当は相当な緊張感を持って望まなければ成らないものである。特に、当業界は海千山千の集まりというか、過去の総会歴史を見ると大変で、 今年も某協会では、執行部不信任の緊急動議が出され、「可決」 された、との噂も耳にしている。ところが当協会は何時もシャンシャンで、正直気抜けするくらいであるが、これも良いのか悪いのか、 たいした意見も何も無いと言う事は、会員が協会運営に無頓着で関心が無い現われ、とも取れなくはない。判断に迷うところである。
それにしてもこの調査業界の不況は酷い。何が原因なのか・・・?。関西経済の低迷に起因し、 経営者もサラリーマンも夜遊びをしなくなり、家庭をジッと守っている奥さん方が、夫の浮気の心配をしなくなった。その為、 尾行調査など浮気調査の依頼が少ないのだ・・。と説く人も居る。なるほどと思わなくもない。だが、知らぬは妻ばかりなり、 男の浮気心はそんな事くらいでやまるものではない、と説くごじんもいる。それも、なるほどとうなずけるが、何が本当やら。正直、 私は大衆調査系の事はよくわからない。
ただ、弊社が専門で行う人事調査、特に採用調査に関しては、 厚生労働省をはじめとした行政機関の行政指導及び人権擁護団体の運動の成果の現われである。「採用調査は差別につながるおそれがある」 従って、「調査は反社会的行為である」と言った論法である。所謂、一昔も二昔も前の採用調査をもとに、 今でも採用調査に差別の意図があるかの如く説いている。全くの誤解である。
採用調査は、あくまでも申告履歴が正しいか否か、 職業適性能力は、勤務態度は、就業意欲はなど、 応募者の自己申告の正否と職務能力を調べるのであって、差別とは別次元のものであるが、 「つながるおそれ」を前面に押し出し、行政指導をしているのである。「つながるおそれ」で物を言えば、 あらゆる事を規制しなければならなくなるが、何故か人事調査に関しては「つながるおそれ」 が錦の御旗の如く通用するようである。
それにしても後少しで総会と云うのに挨拶の言葉一つ準備できてない。もう少し緊張感をもたなければ・・・。
下の写真は総会とは全く関係ない。先々週の日曜日、中学の時の同級生7名で滋賀県の日吉神社にお参りした時の写真。余りに、 綺麗であったため。


これは我が菜園で今週日曜に初収穫した野菜。

投稿者 ks110 : 12:48
2008年06月11日
何かおかしい。
■社長日記■「松ちゃん、最近余りブログ更新してないな・・・。それに少しおとなしなったんちゃうか、怒りもボヤキも少ないし、 まっちゃんはやっぱり怒らんとおもろないわ・・・」等と、数少ない「調査会社の社長ブログ」 フワンからご指摘を受けた。それも複数の人から。
反省、やっぱり週一は更新せなあかんわな、それに少しは自分の思いをストレートにぶつけなおもろないわな・・・。自分でもそう思う、 納得である。
ところが、戸籍法は改悪されてしまい、今更である。個人情報は、暖簾に腕押しで、「ほんまおかしいわナー、まっちゃんが云うこと判らんことないわ・・・」と、 頭のお堅い行政官でさえ慰めてくれるが、実際は何も変わらない。正直、「犬の遠吠えで、少し空しくなってきた・・」 と云うのが偽らざる心境である。
しかし、それではダメ。犬の遠吠えだろうと暖簾に腕押しだろうと、何かしなければ何も始まらない。と云うことで、 一寸ぼやいてみることにする。
何を隠そう・・・、今一番腹が立つのは、ガソリンの高騰、世界の投機マネーである。経済音痴の小生には難しい事は判らないが、 私の記憶では1バレル25ドル程度であった原油価格が1年半足らずで6倍に高騰、一部では140ドルに達している。いったいこれ何だ・・・、 と云う感じである。原油は地下水を汲み上げると一緒で、殆ど人手なしに機械が昼夜を問わず、文句一つ言わず、黙々と汲み上げているのである。 何も製造原価が上がった為でもなんでもない。よくは判らないが、将来のエネルギー不安をネタに、投機が投機を煽り、 世界的バブル現象を呈している。そして、一握りの投機筋の思惑で世界中の経済が狂い始めている。 実体の伴わない資本主義経済の恐ろしさである。
秋葉の事件もそうだが、全てがゲーム感覚で動いているのでは。人の命もゲーム感覚、世界経済もゲーム感覚。 ゲームがゲームの範囲であれば良いが実体がゲームに動かされ、何かおかしくなっている。
「本当」と云う事を今一度皆が真剣に考えなければ成らない時代に入っているように思う。
投稿者 ks110 : 14:42
2008年06月04日
家庭菜園パート2
■社長日記■5月のゴールデンウィークに汗水たらして開墾した我が家の菜園のその後。
1週間を置いて翌日曜日、いそいそとホームセンターに出掛け各種の苗を購入。先ずは地上に出来る物からと思い、トマト、きゅうり、 なすび、ピーマン、ししと、枝豆の他、油粕、果実肥料等を仕入れ、早速我が家の菜園に植え付けをした。後は、お天気と苗自身の生命力任せ・・ ・。いい気な者である。
庭を開墾した菜園ゆえ、当然のことながら土は痩せこけており、栽培者はずぶの素人。可哀そうなのは苗木である。 ところが栽培者は成すすべを知らない。トマト、きゅうり、なすび、ピーマン、ししと、枝豆の子供はまさにてて無し児である。しかし、 自然の力は凄い、親は無くとも子は育つ。
苗は自力で立派に成長してきた。一寸した感動ものである!!。



投稿者 ks110 : 15:45
2008年05月22日
イベント
■社長日記■何時もの事ながら5月後半から6月に掛けては各種のイベントが重なり、胃は重く、財布は軽く、頭は春霞の如く、と相成り、 何ともトホホ・・と云うのが例年の事である。早、今年もその例に漏れず、今週は、月曜が所属する船場ロータリーの20周年記念例会。 火曜は東京で全国調査業協同組合の総会及び懇親会と重なり、来週は大阪で2つ小イベントがあり、6月は自分が会長、 副会長を務める協会の総会が2つ待ち構えている。その準備を思うと、何とも・・・と言いたくなるが、何事も思い方考え方。 そう言えば天風先生のお言葉にこう言うのがあった、「宇宙の昭々たる摂理は、 万象は常に流転す、さすれば今日の禍いも、やがて明日の幸いを瑞祥するの兆し足らん。さなぎだにただ一心に心の力を信念精進せば・・・・・・ 」(自己陶冶の一節)。
それにしても船場ロータリーの20周年記念式典は中々であった。 会場は何時もの日航ホテル。参加者は来賓、会員家族、OB会員等総勢170名。夕方5時から記念式典、6時半から9時まで祝宴。 ディナーショーは北野タダオ&ジャズオーケストラ、 ボーカル加藤ヒロユキと云う知る人ぞ知る豪華メンバーであった。 令婦人を隣に往年のジャズを聴きながら飲むワインは最高であった。ただ、頭は春霞の如くで、目は万象を流転していた。
ここで携帯で撮った写真を添付・・・
と試みたが撮ったはずの写真が撮れていない。 残念!!。 という事は、東京の総会風景も撮れていない。
投稿者 ks110 : 17:38
2008年05月07日
家庭菜園
■社長日記■ゴールデンウイーク。今年は暦通り。何時もだと何処か小旅行に・・と云うところだが、 今年は転居して間がないと云う事もあって自宅で過ごす事とした。1日は「角好集会」 という20年近く続いているゴルフコンペに参加したが後の3日は全くの自宅。
前々から考えていた菜園つくりに着手した。自宅の庭の一部に菜園をつくるのが夢であったが、 今度の家は何とかそのスペースが確保できそう。そこで早速、近くのホームセンターに出かけ農機具と土壌改良剤を購入、 鍬とスコップを片手にねじり鉢巻で開墾をはじめた。「開墾とは大げさな・・」と言われそうだが、 踏み固められた庭を畑にするのはまさに開墾であった。最初は、鍬で十分と勢いよく振り上げたが全く歯がたたない、 そこでスコップに持ち替え格闘すること半日、何とか1坪半程を開墾に成功した。
後は鍬で何回か土を掘り返す。消石灰や土壌改良剤を混ぜては掘り返すを繰り返し、畝を3つ作って一様完成とした。 たった1坪半ほどの畑であるが足腰肩腕はパンパン。お百姓さんの苦労やいかに・・・身にしみて感じたゴールデンウイークであった。
1週間ほど寝かせ、来週くらいにはいよいよ種植えである。どうなる事やら・・・、失敗は覚悟の上、とにかくやってみようと思う。 何とも楽しみである・・・。

農機具一式

開墾途中

土中から出てきた石や木屑。

何とか畑らしくなってきたところ。

畝を三筋作って一応完成。
投稿者 ks110 : 17:30
2008年04月28日
関西隠岐人会(隠岐の国のひろば)
■社長日記■昨日、関西隠岐人会第6回総会が太閤園の本館3階で大々的に開催された。 参加者310名、隠岐島出身の関西在住者が一堂に会し、楽しく一日遊ぼうと云う会である。こうした郷土会は、 田舎であれば有るほど集まりがよく結束も固い。島国根性が故かも知れないが、 そうした意味では御他聞に漏れず隠岐の結束は中々で参加率も良い。ただ、何故か平均年齢は60歳を遥かに超え、 老人会に見間違うのではと少し心配するくらいである。
演芸の出し物は、民謡ロック(おき民謡をロック調にアレンジしての演奏)、 にわか(その場の思い付きで寸劇をやる。突然に遣るので「にわか」という)、 尺八と津軽三味線(石川氏と阿部兄弟、津軽三味線で優勝、準優勝に輝いた兄弟)、 隠岐民謡とキンニャモニャなど盛り沢山で中々の盛り上がりがあった。

阿部兄弟の津軽三味線

有志による寸劇(にわか)

投稿者 ks110 : 16:39
2008年04月22日
隠岐國観光大使
■社長日記■ 3年前の今頃、突然郷里の隠岐から「隠岐國観光大使」を命じられた。以来、観光大使として「隠岐観光振興の為に寝食を忘れ奔走した」と云いたい所だが、正直大使らしい事は殆どしてなく、せいぜい友人知人に故郷自慢をして、得点つきの観光大使の名詞を配るくらいの事しかできていない。 そこで今日は、観光大使らしく、この世界的に広く知られた著名人ブログ「調査会社の社長ブログ」で、わが故郷「隠岐ノ島」を紹介してみたいと思う。 「隠岐ノ島」関連サイト。 http://www.town.okinoshima.shimane.jp/index.php http://www.e-oki.net/ http://www.d2.dion.ne.jp/~okidango/ http://www.kouka.ne.jp/~w1022058/ http://www.mapple.net/byarea/0601060000.htm http://www.town.nishinoshima.shimane.jp/index0.html http://www1.ocn.ne.jp/~dozen/ http://tnguide.jp/sn/ama/ http://fish.miracle.ne.jp/sekiheki/ 上記アドレス及び隠岐、西ノ島、海士町、知夫村などで時々ホームページを覗いてほしい。 隠岐ノ島出身ではあるが歴史、名所・旧跡など知らないことだらけ。観光大使など務まる訳もないが郷里が期待しているのは一人でも多くの観光客誘致であろう。その為には自ら隠岐ノ島出身を機会あるごとに口にし、「まっちゃん」の郷里に一回行って見ようか・・・ 、そんな気分にさせる事なのかな・・、などと考えている。 で、今度の日曜日は関西隠岐人会の総会である。太閤園のメイン会場(3F)で、12時から15時30分迄。今のところ参加予定者310名。世話役のご苦労や並大抵ではない。小生、この会の副会長の大役をおおせつかっているが皆の足を引っ張らないようつとめるのが関の山である。 「隠岐の島出身者諸兄へ告ぐ、4月27日は万難をはいし太閤園へ・・・ 」投稿者 ks110 : 14:25
2008年04月08日
またまた花見
■社長日記■またまた花見の話。5日の土曜日、所属する船場ロータリークラブのゴルフコンペが河内長野市の天野山ゴルフ場で開催された。主催は、 私の親友「東田俊康」が会長を務めるゴルフ「ヘタコの会」、コンペ名は「桜花乱打会」。所謂、満開の桜の下で如何に数多く叩くか、 その数を競う大会である。当然、優勝は一番多く叩いた人、で賞品は包装された中味不明の賞品を乱打した順にとって行くというもの。 実にユニークな趣向であった。
真面目な紳士の多いロータリークラブでこんなコンペが開催されるなど思っても見なかった真の現会長(元大阪弁護士会会長) が締めの挨拶。「実に楽しかった。ヘタコ会なるこんな楽しいユニークな会があるとは知らなかった。今後この会は正式な親睦会にしよう・・・。 とにかく楽しかった、実に楽しかった・・・。」
翌日曜日は、彼の有名な雲雀丘花屋敷の邸宅に招かれた。これは船場RCで受け入れていた「米山奨学生」の阪大入学を祝して、 と云うか、かこつけてと言うか、彼を招いて桜の下でバーベキューを楽しもうと云う場外特別企画。
阪急「雲雀丘花屋敷」の駅から徒歩約20分、無茶苦茶な坂道である。ところが眼下に広がる眺望の素晴らしいこと、 この上無しの絶景である。しかもお屋敷の周りは、桜、さくら、サクラ。こんなの所に住む人とは・・・。知らなければ先ず間違いなく誤解する、 、、知っていると何とも・・・。
バーベキューを堪能した後、一杯気分で周囲を散策。すると何時の間にか「ひばりが丘ゴルフ場」の10番ホールに立っていた。 そんな馬鹿な・・・、酔っ払っての闖入ではない、柵を越えたわけでもない、進入禁止の所を無断で入った訳でもない。 普通に散歩していたら自然とたどり着いた所が10番ホールであった。未だまだ日本も捨てたものでない、 こんな大らかなところが残っていようとは・・・。感激しつつ、 こんど散歩するときは必ずクラブとボールを隠し持とうと堅く決意したのであった。
宴も酣を過ぎ、少し肌寒くなって来たので部屋の中へ、安楽椅子に腰掛けるが早いか睡魔に襲われそのまま記憶無し。 一時間も寝たであろうか・・・、気持ちよく目覚めた。すると眼下になんと百万ドルの夜景、一瞬天国に居るのかと戸惑った。いやはや何とも・・ ・とにかく素晴らしい所であった。奨学生に感謝かんしゃの一日であった。


ひばりが丘GC 10番ホール

投稿者 ks110 : 18:35
2008年04月07日
花見
■社長日記■昨日、今日と朝6時半起床。目覚めと同時に「我は今、力と勇気と信念とを持って甦り・・・・」と天風道の「甦りの誦句」を黙称しながら、寝床の上でひとり按摩、その後、感謝念で布団をあげ洗顔の後、庭に出てプラナヤマ呼吸、呼吸操錬、統一式運動、積極体操を行い、爽やかな気分で食卓に向かう。定刻より少し早く家をでて速足で駅へ、勿論歩く時は「歩きながらの呼吸法」。中々優秀な天風会員である。これが1年365日続けば金さん銀さんくらいはいけるか
も・・・。
何時もの電車より1・2本早いのに乗り、一つ手前の「天満橋」駅で下車。天満橋を渡って大川端を歩き、9時3分前に会社着。
そう・・、桜につられての天満橋駅下車である。大川端の桜は7・8分咲き。明日、明後日の土日が満開であろう。それにしても今年の桜は見事である。開花と同時に花冷えとなった為か、花びらが何となく凛として、活きが良いのである。昨日、今日の小生の如くである。一寸調子に乗りすぎか・・・・。


投稿者 ks110 : 14:47 | コメント (0) | トラックバック
2008年03月28日
探偵業研修会「個人情報保護法と調査業」
■社長日記■昨日3月27日は、 NPO法人全国調査業協会連合会と関西総合調査業協会の共催による、 探偵業の教育研修会であった。
場所は、大阪市西区のグランドロイヤルホテル。貧乏協会故、部外講師を招く金がない、 そこで何時もの事ながら金の掛からない自前講師とし、1時間は全調協理事の伊藤氏が、後の1時間は小生が担当した。演題は 「個人情報保護法と調査業」、判ったようで分からない演題である。 個人情報保護法は如何に個人の情報を護るかと云う法であり、調査業は如何にして個人情報を入手し正確な調査を行うかと云う業である。
これは難しい。ところが調査業者としては、順法精神に徹しながら如何にして情報を入手するか、この方法をさぐらなければならない。 こんな事を外部講師に委託しても、納得できるようなお話が聞けるとも思えない。そこで、 お金もさることながら何時もの毒舌でお茶を濁すこととした。話の概要はこんなこと・・・。
個人情報保護法で、個人情報の取扱に関する義務を負うのは、 「個人情報取扱業者」であり、この取扱業者とは、 6ケ月以上に亘って5000件以上の個人情報を体系的に検索できるシステムを構築し、第三者が検索可能なように置かれているもので、 それを事業のように供している者が「個人情報取扱業者」であり、法律上の義務を負うが、 取扱い業者でなければ法的義務はない。しかも、 個人情報データベース等に関わる個人情報の入手や提供を細かく規制しているのであって、 あらゆる個人情報を規制対象としている訳ではない。開示や利用停止などの義務を負うのは、保有個人データ(開示や内容の訂正をする権限を持ち、その企業が収集した情報)であり、 データの安全管理を義務付けられているのは個人データ (データベース化された中の個人データ)である。 一般的にはデータベースとか保有個人データとか個人データに関係なく、あらゆる個人情報が規制対象で、 個人の事を聞こうとすると、「それは個人情報ですから・・・」と拒絶、 しかもそうした何でもかんでも個人情報保護にかこつけて取材拒否をするのは行政や大手企業に多く見られる。ところが、 その行政や大手企業が実際はより個人情報を欲している。自分の所は出さないが入手はしたいと云うのが本音である。
保護法の理念は「個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を護ること」としており、 あらゆる個人情報を義務付けているのではなく、保有個人データや体系的に集合化された中の個人データであることをハッキリと理解すれば、 今のような何でもかんでも「個人情報ですから・・・」などと云う言葉は出ないと思うが・・・現実はとんでも無くやり難い。
法律と云うのは最低のルールであり、そんなに何でもかんでも規制し、 社会生活がまともに出来ないような法が施行されている訳がないのに、事なかれ主義、 自己保身にはしるが故に今のような訳のわからないことになり、履歴の経歴確認さえ出来ない社会になりつつある。
ザッとこんな自説を喋って普段の鬱憤をはらした。はらしついでにその後、名古屋、 東京など遠方から来てくれた会員と一緒に午前様とあいなった。
投稿者 ks110 : 18:07
2008年03月21日
円高に嘆く
■社長日記■飲み屋で友人とばったり。可也酩酊している様子、で、開口一番「松谷さん、もうあかん。 こうして飲むのも今日が最後や、95円やで・・95円、もうあかんわ・・ ・。」、「確かに急激過ぎるはな・・・」、「115円で設定しているねん」、「何か方法あるやろう、 両だてするとか・・」、「内は100%輸出や・・、輸入はゼロやし、投機的な事は一寸・・」。 そんなこんなで相当堪えている様子。だが慰めようもないし私の知識では適当な助言もできない。ただ、「今日は飲めているから良しとし・・、明日は明日・・・」と判ったようなわからない話でお酒をにごし、 後は何時もの調子。
だが、こんな嘆きは彼だけではない。国民の多くが、実態を伴わない訳のわからない投機マネーに操られ、 実生活に大きな影響を受けている。円高、原油高、サブプライムローン問題等など、 それにしても急激過ぎる。門外漢の私にはよくわからないが、 実態に関係なく投機筋の思惑で世界中の人が踊らされているような気がしてならない。
しかもこんな経済の混乱期に肝心な日銀総裁人事が政争の具に使われ、 結果総裁不在でこの荒海を乗り切らなければならない。政治家はいったい何を考えているのか・・。 多数決と言うのが民主主義の原理原則であるが多数決が故に右往左往する事も多く、無責任な世の中をつくっているようにも思える。
何れにしても経済も政治ももう少し実態に即したものに成らないと、真面目にコツコツと生きている多くの人が意欲を無くしてしまう。
投稿者 ks110 : 16:35
2008年03月14日
転居
■社長日記■昨年9月に着工した新居がようやく完成、一昨日転居した。同じ香里園地区であるが行政区は違い枚方市になる。駅から徒歩16分、 前より1分遠くなったが高台の見晴らしの良い所であり、結構気に入っている。運動がてらに歩くには丁度良い距離である。 ただ坂が多く朝は良いが仕事帰りは少しきついかも。
家は和風であるが設備は相当ハイテク化しており、正直全く判らない。とにかく何でも自動で、以前とは全く勝手が違い、 妻も私も戸惑うばかり。新居を楽しむと云うより何か仮住まいをしていると言った感じで少々疲れ気味である。 正直この歳になっての転居はきついものがある。
ただ間違いなくこの家が終のすみかになると思う。焦らずのんびりと本当の自分の家に創り上げて行こうと考えている。
投稿者 ks110 : 13:16
2008年03月06日
梅とメジロ
■社長日記■啓蟄の声を聞けば少しはと思ったが相変わらず寒い。しかし、この寒さの中でも梅は季節を忘れず、見事に開花してきた。 この時期になると通勤路が少し変わる。自宅から駅まで約15分の道程を、梅の花を求めてジグザグに歩く事となる。 今朝は友呂岐神社の梅の木にメジロが2羽止まって蜜を吸っていた。梅に鶯ではないがメジロもよく似合う、 そこで写真にと直ぐに携帯におさめたが、さてメジロは何所に・・・・。
全く判らない。電車を一台遅らせたのに・・・。
そこで申し訳ないので大阪天満宮の境内正面に飾られている見事な盆梅を撮ってきた。
唐衣が樹齢250年、あけぼのが樹齢100年である。
投稿者 ks110 : 19:00
2008年02月28日
香里天風会「新道場開設記念講演会」
■社長日記■今週日曜日は、香里天風会の 「新道場開設記念講演会」であったが非常に盛会裡に終える事ができた。
気になっていた出席者も優に目標をオーバー、60名で満席の会場に70名が入り、身動きし辛いほどの盛況であった。 会員の努力もあるが流石に尾身理事長(前財務大臣)の名前は凄い。また、講演内容も感動的で、会員は勿論、 初参加の方の多くが至極感激した様子であった。主催者としては何よりの喜びであった。また、尾身先生自身も結構感じ易いほうなのか、 講演中に声を詰まらせるシーンが何度かあった。 それほどに天風先生に対する思い入れが強かったと云う事なのでしょうが、後から直接先生に聞いてみると、 「皆の熱意がヒシヒシと感じられ、非常に話していて気持ちが良かった。香里は皆素晴らしい・・・」とのことであった。
朝目覚めた時は、真っ白の雪景色に、飛行機は・・、関空は・・、と頭も真っ白になったが(講演者、 尾身理事長は当日沖縄から関空経由で香里園に来る予定であった)、何事も無く、講演会は盛会で、 しかも理事長よりお褒めの言葉を頂くことができた。天風会員冥利につきる嬉しい一日であった。
投稿者 ks110 : 14:10
2008年02月22日
香里天風会 道場開設記念講演
■社長日記■来る2月24日(日)に私が代表を務める香里天風会の新道場開設記念講演会を開催する。 記念講演は、 財団法人天風会理事長で前財務大臣の尾身幸次先生に来て頂くことになっている。 その準備と新入社員研修(2名採用)で結構バタバタとしており、中々ブログを書く時間が取れない。そこで、 またまた何時ものように手抜きを決め込み、講演会に先立っての挨拶文を事前にしたためたので、それを添付させて貰うことにする。
今日は香里天風会の新道場開設記念講演会にかくも多数ご参加いただきましたこと、衷心より厚く御礼申し上げます。 会員の皆様は今更という感じでしょうが、今日は、町会の皆様方にもお声がけをさせて頂き、初参加の方も多数お見えでございますので、 記念講演に先立ちまして少し香里天風会の歴史と申しますか、生い立ちを紹介させて頂きます。
元々香里の天風会は当道場を提供していただいている藤田和恵先生が発端でございます。昭和37年、 体調の優れなかった藤田和恵が大阪で開催されていた天風先生の公開講演を聞き、先生の 「真理の話」 に衝撃的な感動を覚え、以来今風に言うならば天風先生の追っかけを始めたそうでございます。女の直感と申しますか、 和恵さんは天風先生に始めてお会いしたときに「本物」と直感され、 翌日には無理やりご主人の元洋先生を講演にお誘いし、 以来2人3脚で天風道一途の道を歩まれ、香里天風会の礎をきずきました。
昭和41年、 香里本通町の藤田邸改築時に藤田医院の2階に天風会の道場を造り、お庭の中に4?50人が体操のできるスペースを設け、 天風会一色の環境を作られました。そして、診察に訪れる患者さん等に積極的にお声がけをし、 毎日曜日藤田邸を開放し行修を始められたそうです。そうした献身的な活動に、天風先生も「うい奴」と思われたのか、 わざわざこの香里の藤田邸にお見えになられお泊りに成ったこともあったそうです。 昭和43年天風先生ご帰霊後は、2代目会長の安武先生、 3代目会長の野崎さんにも至極可愛がられ、安武先生などは何回と無く藤田邸でお泊りになられたようです。そして、 昭和46年、 安武会長の強い要請で財団法人天風会の香里支部を立ち上がりました。 以来営々として旧藤田邸で正月3ケ日以外の日曜日は、朝9時から12時まで一日も休むことなく修錬が行われてきました。また、春・ 秋の1日行修会、ハイキング、7月末3日間の夏期特別研修会も欠かすことなく続けてまいりました。 支部設立当初の特別研修会には、野崎先生や安武先生などが直接ご指導に見えられたようです。その後は長く、 山形に居られる伊藤久吉先生にご指導いただき、4年前からは東京の稲松先生、また、春・ 秋の行修会は山田務明先生、 その後は神戸の南方先生にご指導頂いてまいりました。
ところが香里園駅前東地区の再開発計画に伴い立ち退きを余儀なくされ、昨年末に藤田先生と共にこの東香里園町に移り、 今日の道場開きとなった次第です。
今日の「記念講演会お誘いの案内」にも少し書かせて頂きましたが、旧道場は古いながら道場にも庭木にも天風会員の気が染み込み、 一歩踏み入っただけでその気を強く感じる人もいたくらいです。そんな皆で創り上げた素晴らしい道場であっただけに、 立ち退きは非常に残念でしたが、社会の要請ゆえ致し方ないことでございました。 天風会は繰言は申しません。後は、 この新道場を以前にも増した立派な天風会道場にしていきたいと思っております。所謂、 形ではなく天風会らしい積極の気が染み込んだ道場にしたいと云う事です。 その為皆様と共に一生懸命歩んでいきたいと思いますので宜しくお願いいたします。また、今日は、 財団法人天風会本部より尾身理事長をお迎えし、 この香里道場の開設を記念してご講演を頂く事になっております。
尾身理事長は皆様ご存知の通り、 衆議院議員として目覚しいご活躍をなさっている先生でございます。 多くの方は既にご承知かと存じますがここで簡単に先生のプロフィールをご紹介させて頂きます。
先生は、1932年(昭和7年)12月、群馬県の沼田市で8人兄弟の長男として生まれ、 父親の行商の手伝いなどをしながらも昭和27年に一橋大学に入学。 奨学金と家庭教師のアルバイトで学費を賄う苦学をして、56年(S32年)に大学を卒業、 同時に通産省にキャリアとして入省、
以来、ニューヨーク領事、各課の課長を歴任なさり、82年6月中小企業庁指導部長を最後に通産省を退官。 翌83年12月衆議院議員選挙に群馬一区から出馬され初当選、以来8回連続当選を果され、 97年には国務大臣経済企画庁長官、 01年国務大臣 沖縄及び北方対策担当大臣を歴任し、前安部内閣では財務大臣を重責を担われていました。
ところが、このような多忙な分刻みの生活の中でも、天風会の主だった行事には必ず参加なさっておられます。 後で、先生からもお話があるかもわかりませんが、先生は、「議員が天風会員になったのではない、天風会員が議員をしているのだ」 と公言なさっておられるやに聞き及んでおります。先生は昭和36年に天風会に入会なさり、以来、心の本籍を天風会に置き、熱心に行修を続け、 今は財団法人天風会の理事長を務めていただいています。このような先生に、この香里の道場開設に際し、 記念講演を頂けますことはこの上ない喜びでございます。香里の会員を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。
投稿者 ks110 : 14:55
2008年01月15日
新春放談
■社長日記■昨日夜8時30分、無事宮城県の鬼首スキー場より帰阪。 連休3日間年寄りの冷や水と笑われながら船場ロータリークラブのメンバー15名でスキーを楽しんで来た。平均年齢60才余、 ところがスキーウエアーに身を包むと殆ど年齢不詳、滑降の姿は皆10代、ところが夜のカラオケは何故か演歌のみ。 心身の年齢差は間違いなく30歳はある。とにかく楽しいひと時であった。
明日からはまた東京出張。で、今日は少し忙しい。ブログを書いている時間がないので、 業界団体の会報誌に載せる原稿を添付する事とする。
「新春放談」
新年明けましておめでとう御座います。会員の皆様方には清々しい新春のスタートを切られたこととお喜び申し上げます。 今年は子干支、 十二子のスタートの年。我が調査業会は、法制下の基での新たなスタートの年。また、私は人生折り返しの新たなスタートの年である。
何事もスタートが肝心。だからと言って気負ってはならない。肩の力を抜き、ケツの穴を占め、臍下丹田に気を込め、 虚心平気の状態で新たなスタートを切りたいと願っている。
私の協会活動のスタートは、会社創業3年目の昭和56年、全国4団体の一つ「調友会」であった。 当事の調友会は協会とは言いながら業界人の親睦を第一に何時も和気藹々とした雰囲気に包まれ、 会合は熱海の旅館で宴会付の楽しいものであった。ところが、昭和60年の大阪府条例問題を機に4団体を一つにとの気運が高まり、 昭和62年に業界は一本化され、翌63年にはその団体が社団法人として認可された。協会内には多種多様な問題を抱えていたが、 正直その時は嬉しかった。“生涯の仕事”と命をかけた我が調査業がやっと陽の目を見た、と。そして、会員の誰もが望んだ「社会的地位の向上」 に向けて新たなスタートを切ったかに思えた、が、あに図らんや、協会は内部抗争に明け暮れ、社会に向けての活動は殆ど出来ず、 結果元のもく網で離合集散を繰り返し、「社会的地位の向上」を叫びながら「社会的地位の向下」へと進み、 業界の自浄作用や自助努力など綺麗ごとでは改革は難しいと判断され、国会議員の手により、探偵業の取締が法制化されるに至った。 業界の一部には「探偵業法」は業界活動の成果、業界が勝ち取ったものと考えている人も居るようであるが私にはどうしてもそうは思えない。 運用如何によっては業そのものの存亡にも関わりかねない相当厳しい内容を含んでいる。探偵業法は議員立法であり、 確りと土台固めをし逐条的に作られたものでなく、始めに条文ありきで、 法案を通す為に解釈如何ではどちらとも取れる曖昧さを残したまま全会一致で法案は成立したようである。 それだけに今後の運用如何では業界に取って両刃の剣、利剣となすも邪剣となすも、ある意味、私たち調査業者の取り組み如何にかかっている。 業界の新たなスタートとなる今こそ、各業界団体は一致団結、初心に帰って真の協会活動に取り組まなければ成らない。そして、 3年後の業法見直しの時には、取り締まりのみでなく育成も考えて貰えるような業界に成長していなければならない。 私が今一番危惧しているのは、業法が出来たが為にまともな調査が出来ず、結果依頼者にご迷惑を掛けることになりはしないかと云う事である。 料金の高い安いは、ある意味、調査の結果次第である。業法の趣旨、「依頼者保護」に努めるには、より正確な、 より内容のある調査をすることである。業法を守らんが為に依頼に応えられないような事になってはならない。
投稿者 ks110 : 11:48
2008年01月11日
新年
■社長日記■新年明けましておめでとうございます。
早々にブログを書かなくてはと思いながら、新年の挨拶回りや来訪者の対応で中々時間が取れず、今日になってしまった。 それにしても今年の正月休みは長かった。多くの企業が9連休の7日初出であった様だが、弊社も7日初出で初日から通常業務に入った。
挨拶回りで感じたのは、何処とも今ひとつ元気がない。弊社のクライアントの多くが中堅企業という事もあるかも知れないが 「日銀や大企業発表による好景気観は何処の話し・・」と云った所見を述べる人が多い。特に大阪の経営者はそう感じているようである。 昨日公示された大阪府知事選の各候補者は、それぞれ表現は違っても「大阪復興!!、元気な大阪!!」 を叫んでいるが、本当に”元気”が欲しいと思う。
その元気を出すために明日からの3連休は東北にスキーに行くこととなった。毎年この時期、 正月明けの連休は所属する船場ロータリークラブのスキー同好会がスキーツアーを募る。それに応募してのスキーである。 下手の横好きだけに怪我には十分に気をつけなければ ・・・。
正月は、一泊二日 で「お伊勢参り」としゃれこんだ。驚いたのなんの、 とにかく凄い人であった。駐車場待ちで1時間半、そこから情緒豊かな参道の商店街を通り内宮へと向ったが、 人ひとの山でまともに前が見えない。私が住んでいる成田山も参拝者は多いが、その比ではない。さすがお伊勢さんである。 参道の商店街はてんてこ舞い、ただ赤福本店だけはシャッターを下ろし、「お詫び」 の張り紙だけが目立っていた。何ともいえないわびしさが漂っていた。
人間正直が一番。「偽」は昨年でバイバイ、今年の漢字は 「真」とか「凛」 にしたいものだ。
投稿者 ks110 : 18:31
2007年12月28日
偽
■社長日記■今日は、今年の仕事納め。午前中は通常業務で午後から大掃除、その後御用納めで賑やかにとの予定である。
今年1年週一ペースで拙いブログを書き続けた。くだらないブログであるが、それにも懲りず眼をとおして頂いた数名の 「調査会社の社長ブログ」愛読者諸君、本当に有難う御座いました。 何処かで誰かが読んで下さると思うから書けるんであって、そうで無ければ決して継続できるものではない。 名前も顔も知らない未だ観ぬ貴方ですが心から感謝申し上げます。来年もきっと貴方がそっと眼をとおしてくれているものと信じて、 懲りもせず書き続けようと思います。今年に増してご愛顧のほど宜しくお願い申し上げます。
1年の締めくくり、今年の漢字は「偽」であった。何とも情けない、 しかし実際「偽装」「偽証」「偽造」と「偽」 の問題で新聞紙上を賑わした事の多かったこと。何故こんなに「偽」の問題が多く発生するのか・・。情報公開が原因なのか、 告発ばやりが原因なのか、コンプライアンス意識の低下なのか、凡人には良く判らない。ただ言えることは、「偽」の問題は非常にイメージが悪く、業績低下どころか会社の存亡にまでかかっわて来る。 とにかく正直が一番、私どものような調査、情報産業は「信用、信頼」が何よりも大切なものである。 一端信頼を裏切ると今までの全てがゼロに成ることさえある。このことだけは肝に銘じて仕事をしなければと思っている。
但し、個人情報保護、人権、プライバシー問題などで、この上なく人に関する調査は難しくなっている。依頼者の要望に応えたく、 一生懸命になれば成るほど個人情報保護、人権、プライバシー問題の壁にぶつかり、結果的に依頼者の「信頼」を失う事になりかねない。 真実を知るために「偽」を行う。許される事ではないが調査業には「偽」の影がウロウロするのも事実である。
投稿者 ks110 : 11:53
2007年12月21日
SEO対策
■社長日記■先般も紹介させて貰ったが、弊社企業サービスとウエブ製作会社のクレフソリューションが業務提携し、キーワード無制限のSEO対策サービスを開始したところ、マスコミが可也の興味を示し、今週水曜日 (12月19日)には日刊工業新聞が記事掲載してくれた。24面の下段部分に「キーワード無制限ウエブ検索上位表示」と題した42行の記事である。正直、 今のマスコミの報道姿勢には些か疑問を持っている小生であるが、 弊社のような零細企業の新たな試しみを記事にして頂けた事は感動ものである。何となく良い正月が迎えられそうな気がする。
それにしても時の経つのは早い。今年も残すところ後10日、仕事は来週4日間のみと成る。毎年の事ながら年末になると「今年1年、 何をしたのかな・・・」「どんな年だたかな・・・」等と振り返ってみる。ところが過ぎ去った事は意外と何てことはない。 如何なる事があっても全て時が解決してくれている、不思議なものだと思う。
今年は早々から戸籍法の一部改正問題で衆参議員会館を陳情書を持って走り回ったり、 6月の探偵業法の施行に伴う監督官庁との折衝など個々の問題は色々とあったが、振り返ってみると「何をしたのかな・・?」という感じである。
学生時代の1年と社会に出てからの1年は倍くらい違うが、20代の1年と50代の1年はまた倍くらい違う。 60才を過ぎてからの1年はどうであろう?。出来ることなら学生時代の1年に戻したい・・・、 その為には新たな兆戦をあえてしなければならいかも。
投稿者 ks110 : 16:34
2007年12月13日
忘年会
■社長日記■12月に入るやいなや忘年会の予定で一杯。今日13日で既に6回、 後5?6回で予定終了となるが飲めるようで飲めない小生に取っては少々厳しいものがある。
還暦を迎えるこの歳になると身体は徐々に来世へ行く準備を始める。血圧、血糖値、中性脂肪・・・、数値は少しずつ怒りを表す。 60年もの長きに亙ってこの身勝手な私にただただ忍の一字で付き合ってきたのだ、文句の一つも言いたくなるのは判る。ただ、 文句があるなら自分一人で言えばいい。ところが隣近所に相談し、集団で文句を言い、怒りを露わにするから困る。私にどうしろと云うのだ・・? 、60歳にもなれば色んなしがらみで、断る訳には行かない付き合いが多くある。そこの所を判って欲しい・・。ところが妻と一緒で、 我が肉体も今ひとつその点に理解が足らない。しかも、一度言い出すと中々収まらない。困ったものである。
昨年もそうであった。忘年会、新年会明けの1月末の面接。「松谷さん・・・」、主治医の声が少し曇っていた。 今年はもう少し明るい声を聞きたいと思うが。
投稿者 ks110 : 18:14
2007年12月07日
季節感
■社長日記■季節感が少しおかしくなっている。私の感覚がおかしいのか季節がおかしいのかよく判らないが、ほん1ケ月前までは夏の感覚で、 スーツは夏物を着用していた、ところが今はコートを着ている。早や冬到来と思いきや山は紅葉の真っ盛り、大阪名物、 御堂筋の銀杏は今が一番の見ごろ。秋なのか冬なのか、感覚が少しおかしくなる。
何れにしても温暖化現象は大変である。京都議定書云々の難しい事は判らないが、 このまま人類が身勝手を続ければ間違いなく地球は急激な変化をもたらし、人の生存が危ぶまれるまでに至るでしょう。しかし、 人間はそこまでアホではない。自らを守るために必ず何らかの対策をとる。ところが、 時期を逸するとその対策に何倍もの労力と費用がかかると思われる。
今、肌で感じる季節感の変化で、自然(神)がその対策を急かしていると感じられてならない。


投稿者 ks110 : 14:30
2007年12月06日
SEO対策
■社長日記■一寸真面目な話し。
弊社、株式会社企業サービスとWeb製作会社の株式会社クレフソリューションが提携し、画期的なSEO対策商品の売り出しを開始。
既に可也の反響があり、プレスリリースしたところ各社が取り上げてくれている。我社に取っては久々の明るいニュースである。
調査会社と Web 制作会社が、キーワード無制限の定額 SEO サービスを開始
Japan.internet.com Webマーケティング - 調査会社と Web 制作会社が、キーワード無制限の定額 SEOサービスを開始
株式会社クレフクリエイティズム SEO対策で2つの業界初!
調査会社とWEB制作会社がコラボでキーワード無制限の定額SEOサービスを開始。
新興市場Information [ Fuji Sankei Business I ]
投稿者 ks110 : 17:09 | コメント (0) | トラックバック
2007年11月30日
お詫び会見
■社長日記■3週間のご無沙汰でした。
パソコンのセキュリティー対策で工事をしていた為、ブログのエントリーが出来なかった。決して怠けていた訳ではない。 ところが今週は連休明けと云う事もあって超多忙。故に、エントリー可能とはなったがパソコンに向かう時間が上手く取れずじまい。
来週からまた怠けずセッセと書きますので、僅か数名のブログ愛読者諸君、今日のところは許してたもれ・・・。
投稿者 ks110 : 18:29
2007年11月13日
青春
■社長日記■今朝、何時ものように通勤電車に揺られながら本を読んでいて、とても良い言葉に出会った。
「青春とは人生のある期間をいうのではなく、心の様相を言うのだ。
歳を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いがくる」(サミュエル・ウルマン)
全くその通り。還暦を迎える歳ではあるが理想を失うことなく、青春を謳歌したいと思う。そう言えば天風先生の誦句集の中にも、 「人間は理想を持つことなしに生きるべきものではない、・・・・。」 の一節があったの思い出した。
昼の休憩時間、久し振りに中ノ島公園まで足を伸ばした。中ノ島はバラ園で知られており、 春先のバラは目を見張る華やかさがあるが秋のバラ も悪くない。今日は一寸風があり肌寒さを感じたが、 風が運んでくるバラの香りは何とも言えず爽やかであった。
投稿者 ks110 : 16:32
2007年11月07日
島根県人会と石見神楽
■社長日記■今週日曜は近畿島根県人会が太閤園で盛大に開催された。近畿島根県人会は副題を「ふるさと応援団」と銘うって、石見、出雲、 隠岐の3地区に分け輪番制でその年の幹事役を担当する事となっており、今年は石見地区が幹事役であった。 運よく石見銀山が世界遺産に登録されたという事もあり、石見地区はねじり鉢巻で大いに頑張った。何と、参加者数380名、 県知事ほか県下各市町村長も大勢駆けつけ、それは大変な賑わいであった。 出し物は石見銀山の世界遺産登録を祝して創られたと言う天領太鼓と無形文化財の石見神楽。 和太鼓の響きに圧倒されたその後の石見神楽がまた素晴らしかった。はずかしながら石見神楽を生で観たのははじめて、 30分間ほど舞台に釘付けになった。言葉では上手く表現できないが、数百年も続いた伝統芸能はやはり何処か違う、 久し振りに舞台に酔い興奮冷めやらぬ自分を味わった。 月・火と東京出張。月曜は全国調査業協同組合の教育研修会、 火曜は全国調査業協会の理事会であった。今日久し振りに本社に出勤。先週土曜からの日経新聞にザッと目を通す、・・ と言いたいところだが実際は新聞小説「望郷の道」(北方謙三)を読むだけ。今まで新聞小説を読み続けた事は殆ど無かったが、 一時北方謙三にはまっていた私にとって今度の「望郷の道」は見逃す訳には行かなかった。今は、 朝会社に来てコーヒーを飲みながら新聞を読むのが何よりの楽しみとなっている。
投稿者 ks110 : 16:34 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月30日
ナイトクルーズ
■社長日記■船旅は最高の贅沢という。私は海育ちという事もあって子供の頃から船に乗る機会は多く、小・ 中学生当事はテンマ船の艪をよく漕いだものである。ところが隠岐之島から本土に渡る船は大の苦手であった。今は、高速艇で1時間、 フェリーだと約3時間程で渡るが、私が高校生位までは6時間を要した。しかも、500トン位の小さな船(当事は凄く大きく思っていたが・・) で日本海の荒海を渡るため、一寸時化ていると船室で寝ていてもズズズッ、ズズズッと端から端まで滑り落ちる。可笑しな表現と思うでしょうが、 実際「滑り落ちる」という表現がピッタリとくる凄まじい揺れであった。船酔いの苦しさは経験した者しか判らないが、それはきつい。 その経験があるだけに親の死に目意外は冬は田舎に帰らないと固く決意していた程である。
その私が28・29日の一泊2日、にっぽん丸でののワンナイト・クルーズを楽しんだ。 ロータリーの友人から飛鳥やにっぽん丸での船旅の話を何度か聞かされており、一度は乗ってみたいとひそかに思っていた。そんな折、 たまたま知人から「にっぽん丸」のワンナイト・クルーズの案内があった。 船酔いのトラウマがあるだけに一瞬躊躇するものはあったが妻に話すと、「それいいじゃない、行きましょう」の一言。 瀬戸内のナイトクルーズであり、先ず船酔いは大丈夫・・・と決意し申し込んだ。
夕方5時、神戸港の中埠頭で乗船。総トン数21903トンで8階建、超豪華客船の名にはじない素晴らしい船であった。 船内に一歩足を踏み入れたとたん何となくフワッとゆったりとした雰囲気があった。船も豪華だが、 それにも増してお客をもてなそうとする心が船員の一人ひとりに強く感じられ、すごく良いムードが船内一杯に漂っていた。 そんな中で食事やゲームやショーを楽しむ。船はゆったりと貴婦人の如く瀬戸内を行く。 下船は翌日14時であったが陸上とは別の時間が流れているかのような一時であった。
これで世界一周など夢のまた夢であるが、船旅のとりこになる人の気持ちは判るような気がした。