2010年03月09日

郷土力士「隠岐の海」

■社長日記■

 郷土、隠岐の島より関取が誕生。 こいつぁー春から縁起が良いわい!!。

 本、大阪場所で郷土力士「隠岐の海歩」 が初入幕、しかも東十二枚目である。

 隠岐ノ島出身の力士と云えば、50年近く前に十両まで昇進した「隠岐ノ島」関ただ一人。多分私が小学生の頃であったと思うが、微かに記憶に残っている。 よって幕内力士は隠岐史上初の事であり、新聞報道によると島根県でも88年振りとか・・・。

 しかも、所属する八角部屋には隠岐ノ島出身の現役力士が3人も居る。 一人は竹谷関、 外の一人は向井君。 竹谷関は幕下で頑張っていたが今場所は三段目とか・・・、向井君は今春、私の母校である隠岐島前高等学校を卒業、 八角部屋に入ったばかりの18歳で前途洋洋。高校ではレスリング(島前高校はレスリングでは全国レベル)で大活躍した少年で、 相当期待が持てそうと言う。

 最近の大相撲はモンゴル力士に席捲され、何所の国の国技・・?と云いたくなる様なていたらくであるが、 今年は隠岐の島出身力士の活躍で一大センセーショナルが巻き起こるかも・・・?。

 大阪場所初日の14日(日曜)は、関西隠岐人会の役員会がお昼12時から予定されているが、出来たら早々に切り上げ、「隠岐の海」 の応援に皆で駆けつけようか・・・等と考えている。

 

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2010年03月01日

心身統一法「神経反射作用の調節法」

■社長日記■

 先週は雑事に追われ、ブログが書けずじまい。今週は何とか・・と思うが少しバタバタしそうな雰囲気なので、前回に引き続き、 天風会の心身統一法「神経反射作用の調節法」に関するレポートを先ずは添付しておきます。

神経反射作用の調節法」が人間のもっとも神聖なる状態、
と云われることについて。                           

 神経反射作用の調節法とは、 精神感応性能を積極化するた
に神経反射作用の調節を行う法であり、具体的には、肛門を
締め上げ、下腹部に力を充実させ、肩の力を抜いておろす動
作を同時(三位一体)に行う。そして特に刺激が強烈な時に
は瞬時呼吸を止める。この体勢を天風先生は,クンバハカ体勢
と名づけ、人間のもっとも神聖な状態とおっしゃっておられ
る。
 何故、この体勢が人間のもっとも神聖な状態、霊体化した
状態なのかと云うに、この法は、「自己の本来に立ちもどる
法」と言われ、この体勢を何時でも何処でも取れるようにな
ると、本心が渙発され、ストレスに上手く対処でき、胆力は
養成され、活力は充実し、緊急事態に臨機応変に対処できる
ようになる。即ち、もっとも力の充実した虚心平気の状態を
作る体勢がこの法であり、人間の本来あるべき姿、尊く、強
く、清く、正しい(尊・強・清・正)状態、神聖化し神と直
接結びつくことの出来る、もっとも神聖な状態と言えるので
ある。
 ただ、形や言葉で説明すると、上記の如く、「尻、腹、肩」
と云うことであるが、真にこの体勢を作るには、雑念妄念を
ふき払い、心は澄んだ純一無雑、三昧の鏡に入れてやり、自
然のうちに尻、腹、肩の三位一体の体勢を作り、心身相関の
理を活用することにより、本心の煥発ができる状態にしなけ
ればならない。
 所謂、人間本来の自己である「本心が煥発される状態」が人
間のもっとも神聖な状態であり、肛門を締め上げ、臍下丹田
に気を込め下腹部に気力を充実させ、肩の力を抜いて下ろす
事を同時に行う、三位一体の体勢を事ある毎に行い、ひいて
は寝ても覚めてもクンバハカと云う体勢を作ることにより、
何物にも怖れない真の積極、虚心平気の状態を作り出すこと
が出来るようになる。そして、このクンバハカ体勢を作るこ
とによって、厳しい修行などにも積極的に取り組む事ができ
るようになり、心身共により一層健やかで力の充実した神聖
な本来の自分に戻ることが出来るのである。

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2010年02月19日

天風会(意志の煥発)

■社長日記■


 今週は特に変化なし。何を書こうかと迷う。そこで得意
の手抜き術。そう、、使用済みのレポート添付である。

 天風会「心身統一法」の講師養成研修会で昨年末に提出
したレポートです。


「意志の力の発言と精神統一」について

 一般にあの人は「意志が強い」とか「意志が弱い」とか
云うが、それは意志と云うものを精神作用の一つと考え、
心から生ずるものと解釈しているが為である。ところが
、本来の意志と云うものは、心と身体を要具として使う真我
の属性であり、真我表示の方便を行う為の固有性能なのであ
る。

自己を悩ます本能心は統御しなければならない。そこで一般
には、この本能心を理性心で一生懸命に努力し統御しようと
する。ところが、それが中々上手く行かず、思い悩むのが普
通である。だが、本能心を理性心で統御するには無理があり、
余りに理性心で戦うと、仕舞いには精神的に衰弱してしまう
と云う事にさえなりかねない。それは、前記の如く、意志を
心の作用と考え、本能心を理性心で押さえ込もうとするから
の結果であり、自分よりも力強い者を力でねじ伏せようとす
るに等しく、無理からぬ事を行うから支障が生じるのである。

本能心の自己統御がキチッと出来ないと、「人の為世のため」
は勿論、幸せ感なども程遠い、怒り、嫉妬、煩悶などと云う
泥沼の世界に生きる事になる。その為、自己統御は生きるの
に成さねばならぬ絶対不可欠のものであり、この統御は自我
の属性である意志の力による以外に無い。しかし、この意志
が上手く煥発しない。何故なのか、それは意志の理解に欠け
ていたり、使い方に間違いがあったりして、発言習性が完全
に出来ていない為に、上手く意思の力が作用しない為である。

真我の属性である意志の力を発言するには、常に精神状態を
積極的に持ち、そして統一して使用することが不可欠である。
意志の力の発言と精神統一は絶対不可分の関係にあり、精神
が不統一で、雑念妄念で覆われているような状態では上手
く発言しない。即ち意志集中が上手く出来ない状態だと、
完全には発言しないことになる。そこで、意志の完全発現に
は精神統一を習性化する必要がある。その習性化の一方法と
して、自分の中で発生する肉体感覚は勿論、心から発生する
あらゆる物を客観視するように努め、それを習慣化するよう
にすることである。そして、この意識観念を確立するには、
一日のあらゆる機会をとらえ、心を静める鎭心行 (無我一念
法、安定打坐など)を行うことである。

所謂、都度自分を客観視し、あらゆる機会をとらえ心を鎮め
、常に精神状態を積極的に持ち、精神を統一させて意志の完
全なる発現をそくし、自己統御を確実に行うよう努めなけれ
ばならない。</div>

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2010年02月12日

竜馬のように

■社長日記■

 今年は龍馬が大人気。

 元々龍馬大好き人間。フワンクラブにまでは関係していないが、 会社の私の部屋には随分前から小生が師と仰ぐ天風先生龍馬の写真が肩を並べている。 出勤すると先ず一番に、お二人に、「おはようございます」と挨拶するのが日課。

 その龍馬が今年はNHKの大河ドラマを機に大人気。本屋の店先には、 横積みで龍馬関連の本が勢揃い。最近、本は図書館で借りるものと決めていたが、龍馬の写真につい釣られ、何時の間にかレジに並んでいた。

 それを機にと云う訳ではないが、スナックでは「龍馬のように」を熱唱。仕事でも、今年は” 龍馬をやろう”と思い立ち、今週も火・水・ 木と3日間東京に出張。その調整と関係者との打ち合わせに奔走していた。

 「事を成すには先ず自らを捨てること」。そんな思いではあるが中々まとめごとと云うのは難しい。 いかに自分を殺すかにかかっているのかな・・・。

 そんな思いによるプレッシャーなのか、一昨日は胃潰瘍か?、と思い気兆候。これしきの事でと思うが・・・・。

 もう少し、天風道、「心身統一法」を確りと遣らなければと、反省しきりの週末になった。

 

  中村天風先生

 龍馬 002_t

 

  坂本龍馬

龍馬 003_t

 

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2010年02月08日

映画鑑賞

■社長日記■

 最近映画にはまっている。週末の土曜は暇さえあれば女房と夫婦割りでの映画鑑賞。昨年は25本観た。 今年もはや3本、 「おとうと」、「オーシャンズ」、そして一昨日が「インビクタス・ 負けざる者たち」。中でもこのインビクタスは良かった。ジョン・ カーリ原作のノンフィクション小説をクリント・ イーストウッド監督が映画化したドラマである。 どんな映画でもそれなりに感動はあるが、この映画は、 27年の長きにわたって監獄生活を送った元南ア大統領のネルソン・ マンデラとラグビー代表チームのキャプテンとのお互いの思いを題材とした物語であるが、実に良かった。 アパルトヘイトと云う非常に難しい問題をテーマにしているが、ストーリーが非常に巧みで、 重い問題をスポーツを絡めて爽やかに描いた、非常に後味の良い爽快な映画で、 日本の差別問題をテーマとした映画とは大きく異なっていた。

 昨年観たイーストウッドの「グラントリノ」 も良かったし、今まではそうでも無かったが、クリント・ イーストウッドに魅入られそうな感じ。

 明日から3日間東京、昨日も隠岐人会で盛り上がったし、 何となく疲れ気味であるが今日は友人の馬主さんの馬が優勝した為、個人的な祝勝会。

 仕事は超閑なのに何故だか私的なことで超多忙。全くもって・・・・。

 

 

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2010年02月03日

隠岐の恋歌

■社長日記■

 先週末、、西ノ島町(日本海に浮かぶ孤島、http://www.town.nishinoshima.shimane.jp/) を郷里とする近畿在住者の会、近畿国賀会 (隠岐島の景勝地、国賀海岸に因んでつけた名称)の役員会が開催された。

 近畿国賀会は創立45年、 年に一回、懇親目的の総会を開いており、今年の総会は5月23日(日)四ツ橋の徐園(中国料理) での開催を予定している。その準備で、会の世話役を務める幹事15名が集まり、隠岐弁丸出しで2時間ほど会議。後は何時もの通り、 居酒屋で気勢を上げ、北の新地へと繰り出す。会議が目的か飲み会が目的かよく判らないほどに後者の方が盛り上がる賑やかな集いである。

 特に今回は「隠岐の恋歌」 で大はしゃぎ。実は昨年、郷里西ノ島町を詠った演歌がレコーディングされた。作詞 たかたかし、作曲 弦哲也、 編曲 南郷達也、と云う超豪華トリオにより作られた歌で、歌うは演歌歌手の 「かつき奈々」 さんである。

 スナックのママさんも心得たもの。私らが店に入るやいなや、カラオケから「隠岐の恋歌」が流れ始めた。トップバッター、 誰も指名しないのに勝手にマイクをとったのが○○君。かなり練習はしたようで、自信たっぷりに声を張り上げるが、どことなくチョット。 そこで、国賀会きっての演歌歌手、御歳・・才の美女がご登場。はやくも完全に自分の歌にしており、何んとも艶ぽく、聞きほれるばかり。 隠岐の情緒を見事に歌い上げてくれた。

 実は、今年の国賀会総会5月23日には、この演歌歌手、かつき奈々さん に来てもらい、「隠岐の恋歌」で宴を盛り上げて貰おう・・・ と今ひそかに企画している。

 後は何時もの通りで、皆が自分勝手にマイクを持ち、好き勝手に歌っている。 自分の歌が終われば大声で喋りまくり殆ど人の歌など聞いていない。だが、歌が終われば聞いてもいないのに拍手はする。 歌ったご本人はご満悦である。誠に気のおけない気ままな集まりで、日頃の憂さをはらすには絶好の場となっている。

 で、今度の日曜は、国賀会を含め隠岐島全部の郷土会の役員が集まっての懇親会。実は、この大阪に隠岐島出身者の会が9つあり、 その9つの郷土会が集まって隠岐人会と云う会を組織しており、何の因果か、 私は昨春からこの隠岐人会の会長を命ぜられている。しかも、 来る4月18日には隠岐人の総会(2年に1度)を控えており、この準備も進めなければならない。 その前に、各郷土会の役員さんに集まって貰い、意見交換をしながら親睦を深め、総会に備えようとの企画である。そこで、 今ひそかに考えているのが、この隠岐人会総会にも、かつき奈々 さんに来てもらい「隠岐の恋歌」をご披露頂こう、とのことである。そして、 隠岐の恋歌 を全国区にし、 今年のNHK紅白歌合戦出場を確実なものにしようとの思いである。 トホホ・・・これでは気は休まっても身体の休まる暇が無い。

 明日は定期健診日。アー・・・数字が恐い。

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2010年01月28日

身元調査

■社長日記■

 関西総合調査業協会の会報誌を1月中に発行する予定であったが、日常の雑事に追われ、未だ原稿も書けていない。 そこで何時もの奥の手、このブログの一部を転載しお茶を濁すことにした。その上今週は、 その記事をこのブログに貼り付け一丁上がりと決め込むことに。何んとももはや・・・伊達に歳をとった訳ではなさそう・・・。

「新春放談」                                    会長 松谷 廣信

 新年明けましておめでとう御座います。会員の皆様には清清しい新年を迎えられたこととお喜び申し上げます。

私は、 自社のホームページ(http://www.ks110.com/hm/) 上で「調査会社の社長ブログ」と題し、5年程前から、 その日その時にあった事、疑問に思っている事をブログに書いている。そこで、また手抜きとお叱りを受けるのを承知の上で、 その一部を引用させてもらう事にする。

「昨年末、御用納めの日のブログ」から

 毎年の事ながら過ぎ去った1年は実に早い。 苦しい時の1分はとても長いが楽しい時の時間はアッと云う間。 時間の長さは世界共通であるが、感じる長さは人により皆違う。また、 同じ人でも気分や状況によってその都度違う。そんな事を考えていると何が正しいのか、何が違うのか、よく判らなくなってくる。 曰く、 「百万人の人が居れば百万の正義がある」 と云うのもうなずける。

 そこでひとくさり、今年強く感じた事を書くことにする。 以前はよくこのブログで人権問題の愚痴を独善的に並べ立てていたが、 暖簾に腕押しで、書けば書くほど空しくなってくる事を悟り、 敢えて避けて来た。だが、今年ももう終わり、この事実にだけは触れない訳には行かない。

 今年、死体遺棄事件で逮捕された市橋達也容疑者と云えば、 誰でもその事件背景と逃亡振りは脳裏に浮かぶと思う。この市橋達也、 仕事を転々とし最後は住み込みで土建会社に勤務していたと云う。 逃亡期間中、偽名を使い、容姿も変え、履歴は全て詐称し、就職する先々で嘘八百を並べたてて勤めていたものと思われる。 そして最後に勤めていた土建会社は、元受会社より大目玉。 「従業員の身元も確認せず誰でも採用しているような会社とは今後取引をしない」 とのお達しで、取引停止になったとか・・・。

 ここで少し考えてみよう。厚生労働省は、「採用調査は差別に繋がるおそれがあるから、 しないように」との行政指導を一貫して行っている。所謂、試験と面接で採否を決めなさい、履歴確認、前職での勤怠確認、 住所氏名の確認など人に関する調査はしてはいけない、とのお達しである。で、そのお達し通りに従業員を採用していると、 取引先から大目玉と云う事になった。

 企業は取引先の信用を失えば終わりである。 信用を築くには相応の年月と努力とを要するが、失墜するのは一瞬である。 「企業は人なり」、 とは言い古された言葉であるが今の情報社会でも何ら変わることはない。やはり「企業は人なり」である。 その企業の礎である人の採用に関し、調べる事は望ましくないとはどう云うことか。

 厚生労働省や人権団体は、人に関する調査を一くくりにして 「身元調査」と云い、 身元調査は差別につながるおそれ云々として指導しているが、実は身元調査の定義を問うとまともに答えられない。  また、一般にも身元と云う言葉は千差万別に使われており、 その人、その状況によって使われ方が違う。そんなアバウトな言葉であるにも関わらず、身元調査と云う言葉を使っている。 ある意味、今の個人情報保護に似たようなところがある。

 こんなブログで昨年を占め括ったが、本年1月7日の朝日新聞夕刊(東京)に、“市橋被告雇って苦境” 「身分確認甘い」と取引停止、と題した記事が掲載されていた。「昨年11月、市橋被告が働いていたことが報じられると、 同社にはその日から『未来永劫、取引はやめたい、ほかの作業員は大丈夫か』といった問い合わせが相次いだ。 とあり、大阪府中小建設業協会は加盟社に、 身元が明らかな作業員を雇うよう指導している。協会の岡野三郎会長は、「今は労働法制も整備され、使用者の責任も厳しく問われる」 と話す。との記事が掲載されていた。

この記事が何を意図して書かれたか私にはよく判らないが、何れにしても厚生労働省のご指導に従い、本人申告を信じ、 身元確認もせずに面接重視で採否を決定したら、「未来永劫、取引はしない」 と云う事が現実に起ったのである。たまさか運が悪かったでは済まされない。経営者は、 企業の発展に努め従業員の雇用の安定を図る責務を負わされている。ところが厚労省は、そんな事はお構いなし。 採用調査の中味など全く把握もしないで、人権団体の言われるがまま、「身元調査(採用調査)は差別につながる・・・」と、 金科玉条の如くのたまり指導している。

しかし、 我ら業界団体は行政に物申す事無く、ただただ忍の一字で耐えてきた。結果が今の成すすべも無いほどの業界不況である。私は、 「警察官が窃盗しても、ある意味仕方がない。 しかし、泥棒が警察官に成ることがあってはならない」と云うのが信条で、 23歳の時から40年人事調査一筋にこの業に携わって来た。そして、業界活動を通じ同和差別解消に努力してきたにも関わらず、 未だ大手を振って大道を歩かせては貰えない状況にある。

今年は今一度初心にかえって、真の業界活動のあるべき姿を考えてみたいと思う。会員の皆様のご理解ご協力の下に、 一生懸命頑張りたいと思いますので、本年も宜しくお願い申し上げます。

 

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2010年01月20日

大忙し

■社長日記■

 17日の日曜日、香里天風会の新年祝賀会を予定していたが、急遽 「偲ぶ会」に変更。実は、香里天風会の産みの親である藤田和恵先生が元日にお亡くなりに成られた。 大晦日に入院、元日に他界、3日お通夜、4日葬儀と大忙しで、今年は正月らしい事は何一つせず、藤田先生に付き切りであった。 享年94歳9ケ月の大往生であったが先生は子を生さなかったため、一番近い身内が甥姪と云う事もあり、大半の事は天風会でしなければならず、 自分の親の時よりも遥かに大忙しであった。そんなこんなで、祝賀会を偲ぶ会に変更し、大勢の天風会員にお集まり頂き、 立派な偲ぶ会を開催することが出来た。

 翌月曜は船場ロータリーの新年初例会。通常の例会はお昼12時半からの1時間であるが、 記念例会的なものは夜になる。所謂、お祝い事は一杯飲んでパッと遣ろうと云う訳である。で、昨日の会場は、 御堂筋沿いのラウンドクロス心斎橋。 ビルの13Fにあるが、元々美術館として作られたところで、天井も普通の倍の高さがあり、極めて豪じゃすな作りの宴会場で、 横に茶室と日本庭園も造られていた。例会の前に表千家のお茶を頂くと云う洒落た趣向もあり、楽しい新年例会であったが、 中でも私の席で朗報があった。実は例会最初の会長挨拶で、会長は今の少子高齢化を嘆き、「諸君、何とかならんのか・・・?、俺は一寸無理だが・・・」 と叱咤と嘆き節の、判ったようなわからないような話を聞いたばかりのところで、隣に座っていた一番若手の某社長が、ボソッと 「マッチャン、この13日、二人目が生まれたねん・・・ 」、「なに!、それほんと・・、エー。 とにかくおめでとう」と一人で大騒ぎ。自分の事のように嬉しくなり、 例会もそこそこに彼を引っ張り出して北新地へ・・・。結局午前さまのご帰宅となったが、何とも愉快な爽快な気分の新年例会となった。

 今日は、真人塾で塾長の講演を拝聴し、明日は東京。新年会と挨拶回りで大忙しいであるが、 今年は資金繰りも大忙しになりそう・・・・。

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2010年01月14日

スキー

■社長日記■

 毎年の事ながら今年も年初の3連休を利用して船場ロータリークラブスキー同好会のメンバーと一緒に3泊4日のスキーに行って来た。

 今年は北海道のニセコスキー場。早朝8時10分、神戸空港発、千歳行きの飛行機に勇んで搭乗。 快晴の千歳空港に降り経つやスキーバスに乗り込み一路ニセコへ。昼過ぎにはスキー場着。早速準備と思いきや、 3日も前に発送した荷物が見当たらない。不思議に思ってフロントで確認すると、「ゆうパックさんより連絡があり、 荷物にスプレー缶が入っていたため留め置かれ、今日19時にしか届かないとのこと」。トホホ・・・何とも情けない。 仕方なく温泉につかり夕食まで時間つぶす。翌9日10日は天候にも恵まれ、気持ちよいスキーを堪能。 ゲレンデは中級コースにしておけば良いものの、つい気持ちよく滑れると急勾配の上級コースに挑戦したくなる。そこで、 コースの真ん中で立ち往生などと云う無様なことにもなるが、下手はへたなりに楽しく、気のおけない仲間とワイガヤの楽しい4日間であった。

 ただ、3日目の午前中、緩斜面で片足滑りを練習していると突然横腹に物凄い衝撃!!。空中に舞い上がり一回転して転倒、 まともに息が出来ない。一瞬何が起こったかと思いきや、オオストラリア人の大男がソーリ、ソーリと叫びながら私の顔を覗き込む。 こちらは暫く痛くて物も言えない・・・ただ黙って唸っていると、彼の大男、心配そうに大声で喋りまくってくる。3分も経ったであろうか、 何とか痛みも和らぎ自分を確認する余裕が出来た。痛みはあるが骨に異常はなさそうな感じ、無理して起き上がり、苦笑いをしながらOK、 OKと声を出す。相手が云う事はソーリしか判らない、こちらは文句を言おうにも云う言葉を知らない。仕方なく、ただOKを繰り返すのみ。 何とも情けない情景であった。

 ただ、これも外人コンプレックスがなせる業か、自分は日本人で日本のスキー場に居て、しかもこちらは被害者なのに、 英語で応じようとする根性が情けない・・。今も横腹に痛みはあるが単なる打ち身の様で心配したことはないが、 身体の痛みより心の痛みが酷いと云った感じ。

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2010年01月06日

御用はじめ

■社長日記■

 新年明けましておめでとう御座います。本年も数少ない 「調査会社の社長ブログ」愛読者の皆様、 拙いブログですが、あらん限りの誠意をもって一所懸命に書いて行きます。それ故、決して見捨てないで下さい。少なくとも週1は更新します。 未だ観ぬ貴方ですが、貴方が覗くのを辞めたら一挙に3分の1落ち込みます。貴方は、私が知る限り3人の内の1人なのですから、 その責任を自覚し、嫌だろうが何だろうが週に1度はクリックして下さい。宜しくお願い致します。

 5日御用はじめ。自社の祝賀行事もそこそこに得意先の年賀行事に出かけ、その足で主だったクライアントに 「今年も宜しく・・・」との想いで挨拶に回った。

 車で回ったが一番に感じた事が、殆ど渋滞が無かったこと。ここ20数年同じパターンで新年の挨拶回りをしているが、 今年が一番スムーズに回れたように思う。喜ぶべきか悲しむべきか・・・、所謂例年より車が少なかったと云うことで、 それが何を意味しているか。しかも行く先々で聞ける話は愚痴に近く、殆ど景気の良い話がない。

 しかし、厳しいが故に頑張り甲斐もあると云うもの。最近 「格差」と云う言葉をよく聞くが、 企業間でもこの事は歴然としてきており、業種総てが悪いと云うよりも、同業の中での格差が可也ハッキリしてきている。所謂、 先を観て適切な手を打ち適切な対処をし、社員一丸となってやる気を出している企業はそれなりの成果をあげている。ところが、 不況を他人のせいにして嘆いてばかりいるマイナス思考の企業はますます落ち込んでいる様に思う。

 新年早々テレビを観ていて一つの気付きがあった。「」の大切さ、「」の凄さを痛烈に感じた。特に変わった事でなく、 恒例の箱根駅伝を観ていてのこと。1区から2区、2区から3区、タスキを繋ぐ何時も変わらぬ感動的なシーンである。 各選手共にタスキを繋ぐまでは確りとした足取りで、凄いスピードで走ってくるが、タスキを繋いだ途端に崩れるように倒れこみ、 後は介助なくしては一歩も歩けない様な状態になる。あれ程確り走っていた選手が突然倒れこむ。何故なのか、まさしく 「」である。気が抜けると同時にとても同じ人と思えない状態になる。当たり前の事であるが、「アッ」 と云う気付きがあった。そうだ、今年は何より「」を大切にし、その気になって頑張ろうと思った。

 

 

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2009年12月29日

御用納め

■社長日記■

 今年の御用納めは今日29日。初出は5日とした。

 毎年の事ながら過ぎ去った1年はアッと云う間、実に早い。苦しい時の1分はとても長いが楽しい時の1時間はアッと云う間。 時間の長さは世界共通であるが、感じる長さは人により皆違う。同じ人でも気分や状況によってその都度違う。 そんな事を考えていると何が正しいのか、何が違うのか、よく判らなくなってくる。 こんな理屈を並べ立てているときりがないのでこれくらいにするが、一時が万事で、「百万人の人が居れば百万の正義がある」 と云うのもうなずける。

 そこでひとくさり、今年強く感じた事を書くことにする。以前はよくこのブログで人権問題の愚痴を独善的に並べ立てていたが、 暖簾に腕押しで、書けば書くほど空しくなってくる事を悟り、敢えて避けて来た。だが、今年ももう終わり、 この事実にだけは触れないわけには行かない。

 今年、死体遺棄事件で逮捕された市橋達也容疑者と云えば、誰でもその事件背景と逃亡振りは脳裏に浮かぶと思う。この市橋達也、 仕事を転々とし最後は住み込みで土建会社に勤務していた。逃亡期間中、偽名を使い、容姿も変え、履歴は全て詐称し、 就職する先々で嘘八百を並べ勤めていたものと思われる。そして最後に勤めていた土建会社は、元受会社より大目玉。 「従業員の身元も確認せず誰でも採用しているような会社とは今後取引をしない」 とのお達しで取引停止になったとか・・・。

 ここで少し考えてみよう。厚生労働省は、「採用調査は差別に繋がるおそれがあるから、しないように」 との行政指導を一貫して行っている。所謂、試験と面接で採否を決めなさい、履歴確認、前職での勤怠確認、 住所氏名の確認など人に関する調査はしてはいけない、とのお達しである。で、そのお達し通りにして従業員を採用していると、 取引先から大目玉と云う事になった。

 企業は取引先の信用を失えば終わりである。信用を築くにはそれ相応の年月と努力とを要するが、失墜するのは一瞬である。 「企業は人なり」、 とは言い古された言葉であるが今の情報社会でも変わることはない。やはり「企業は人なり」である。その企業の礎である人の採用に関し、調べる事は望ましくないとはどう云うことか。

 厚生労働省や人権団体は、人に関する調査を一くくりにして「身元調査」と云い、身元調査は差別につながるおそれ云々として、 指導しているが実は身元調査の定義を問うとまともに答えられない。 また、一般にも身元と云う言葉は千差万別に使われており、 その人、その状況によって使われ方が違うアバウトな言葉であるにも関わらず、身元調査と云う言葉を使っている。ある意味、 今の個人情報保護に似たようなところがある。

 こうした事を書き出すと切がなくなるので、これを持って今年のボヤキおさめとさせて頂きますが、今年1年、 こんな拙いブログに目を通して頂いた奇特なお方に心より感謝申し上げます。本当に有り難う御座いました。良いお年をお迎え下さいませ。

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2009年12月24日

幸せの方程式

■社長日記■

 私なりの幸せ感。

 この世に生を受けて幸せを願わない人は先ず居ないでしょう。ところが、 幸せになる為の方程式を持っている人は意外と少ない。それが証拠に、不平不満は口にする人は多いが幸せを口にする人は意外と少ない。

 何故なのだろう。それは幸せの方程式を知らないから。

 不平不満を幾ら口にしても幸せにはなれない。否、寧ろ不平不満、取越し苦労、怒り、怖れ、嫉妬、嫉み、 憎悪等と云う消極的な感情を口にすると、より以上口にした言葉が増幅して、自分自信の心を暗くする。心が暗くなると不幸を感じる。 なのに多くの人は消極的な言葉を平気で口する。幸せに成ろうと願っているのに不幸に成る事を平気で行なっている。 非常に矛盾したおかしな行ないである。ところが大半の人はその事に気がついていないようである。

 幸せの方程式は、「明るく、楽しく、元気なこと、何時も積極的な事を考え、それを口にすること。怒り、 悲しみ、不平不満、取越し苦労など消極的な事はしないこと。また、それを口にしないこと」である。

 その為の簡単に出来る具体的方法を教えているのが財団法人天風会である。

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2009年12月15日

今年の漢字「新」

■社長日記■

 今年の漢字は「」に決定。 昨年が「」、一昨年が 「」で、今年は 「」。 何となく明るくて楽しい感じがして、久々にニュースを聞いていてホッとした。

 理由は、新政権(民主の大勝利)、新記録(イチローの9年連続200本安打、水泳で新記録続出など・・)、新制度(裁判制度、 高速料千円など・・)、新型インフルエンザなどで「新」が注目された様であるが、理由は何にしろ字のかもし出すイメージが良く、気分一新、 新年度に向かって新たな気持ちで望めそうである。

 正直、今年1年何かと厳しかった。でも、最後に「」が今年の漢字に選ばれたことで、総て帳消しとし、 新年に期待しよう。イヤ、期待は依頼であり、そんな事では期待はずれに終わる。今の政界に期待しても、それは無理でしょう。だって、 現内閣18人中7人が労組出身。保守保身に固まった労組に変革など出来るはずも無く、労組の顔色を窺いながらの政治など期待のしようがない。

 それではどうする。先ずは自分に期待しよう。そう・・・総ては自分であり、自分が何を思い何をするかが総てである。 この世は公平に出来ている。因果応報を肝に命じて邁進する事に努めよう。

 昨日は船場ロータリークラブのクリスマス家族懇親会であった。 今年は会員による手作りのクリスマス会にしようと、親睦委員長の歯科医師さんが大いに張り切った。先ずは、会員のバイオリン演奏で幕を開け、 会員と会員家族の混声合唱団によるクリスマスソング。その後、見事なボケと突っ込みの漫才、殆ど地のままでいける二人だけに、 見事に楽しい舞台であった。最後は、歌うメガネ屋さんのギター演奏で元宝ジェンヌの珠まゆらさんが素晴らしい喉を披露して下さった。 美味しい食事と楽しい舞台に日頃の憂さを忘れ、とても楽しいクリスマス家族懇親会であった。

平均年齢・・・才の美男美女による混声合唱団。これを機にボランティアで老健施設の慰問にまわろうとの計画が有るとかないとか・・。 米寿を迎えたお爺ちゃんお婆ちゃんが余りの感激に一挙に10歳は若返ること間違いなし・・・。

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何も云うこと無し、このボケっぷり。

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歌うメガネ屋さんと珠まゆらさん。

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2009年12月10日

紅葉

■社長日記■

 師走。師が走るくらいだから庶民はおして知るべし。その上に走らなくても良い金まで走り、留まることを知らない。とにかく多忙。 何が?、資金繰りが・・・。でも、そんな中にひと時の安らぎを作り出すのが情味。人間の本当の幸せは「情味」 を感じた時にあるとさえ云われる。そこで、先週末は女房と二人、紅葉狩りとしゃれてみた。

 紅葉と云えば東福寺。計画では東福寺から大原へ足を延ばす予定であったが、何分連夜の忘年会でお疲れあそばしている事もあり、 起床が遅く、東福寺着がAM11時。しかも、参道から境内は超満員、大変な人出であった。そこで、大原はあきらめ、 東福寺周辺でゆっくりとする事にした。

 ところが、紅葉は既に終焉を迎えており、燃えるような紅葉を想像していた小生に取っては今ひとつであったが、それでも 「さぞかし綺麗であっただろうな・・・」と思わせるだけの面影は残っており、秋の終焉をじっくりと楽しむことが出 来た。

東福寺の三門。室町初期の再建となっているが実に見事なものである。圧倒されると云う感じ。

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姥紅葉と云うか、何とか頑張って呉れていた。

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以下紅葉の絨毯。流石は東福寺、見事な落ち葉であった。

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東福寺の開山堂。

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今週火・水と東京であったが、行きの新幹線から見た富士は見事であった。月に1・ 2回は東京に行くが今までで観た中で最高の富士であった。写真に撮れなかったのが残念。

 

 

 

 

 

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2009年12月01日

忘年会

■社長日記■

 早や忘年会シーズン。 毎年の事であるが12月に入るか入らないかで忘年会の予定がめじろ押しに入る。仕事がめじろ押しなら云うことないが、それはサッパリ。 社内は静かなもので電話も掛からない。掛からなければ掛ければいいが、その元気もないのか、ただパソコンを叩く音のみが侘びしく聞こえる。

 そこで、こんな年は忘れてしまえと早々に忘年会。先週末に早や今年一番の忘年会があった。 それも同郷の氏の集まりである国賀会(日本海に浮かぶ孤島、隠岐ノ島の出身者の会)の役員忘年会。 打ち合わせを兼ねお昼12時に始まったが、宴は2次会3次会と延々と続き、結局帰宅は11時30分。 平均年齢は60歳を遥かに超えているのでは・・と思えるが、皆の元気なこと、驚くばかりである。特に今年は、 体調を崩した人が多かった割りに、年末には皆がすっかり元気になったと云う事もあり、気分が良い。しかも、気の置けない同郷の氏の集まり。 何とも楽しい忘年会の口開けであった。

 そのメンバーの中に、このブログを読んでくれている人が居た。読んでくれるだけで、この上ない喜びであるが、その御人、 何んとブログの一部を印刷し持参してくれていた。「松谷さん、 このブログで私随分助けられたのよ・・」と見せてくれたのが、 天風会の記事。私が天風会の講師養成講座で心身統一法のレポートを転載したものであった。 「本当に取り越し苦労なんて・・・・・、全くこの通りよネ」、「実は私、 取りこし苦労の天才だったのよ」、「このブログで大分助けられた、有難う・・・」とお礼まで言われた。

 捨てる神あれば拾う神あり、こんな気儘なブログで感謝されるなんて、本当に感謝感謝であった。

 で、今日も6時半からまた忘年会。今日のメンバーはゴルフ仇の集まりである。多分強烈な口の叩き合いが待っているはず。

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2009年11月24日

仕事と休み

■社長日記■

 またまた3連休。しかも先週は週中から東京へ出張していた為今日の出社は1週間ぶり。その為か何となく調子の乗りが悪い。 連休と云うのは休んでいる時は良いが、仕事になると余り良い感じはしない。

 昔は、「休みに鋭気を養い、その鋭気で1週間仕事をする」 と云う考え方が普通で、週末になると先輩から「鋭気を養って来い」と叱咤されたものである。 ところが最近は休みにフルに鋭気を使い仕事になるとフラフラと云う人が多くなっている。

 週休2日はまだしも3日となると、翌日は調子が悪く、調子が出てきた頃には次の休みに成っている、と云った感じで、 仕事の為に休むのか休むために仕事をするのか判らなくなっている。 私ら団塊世代に取っては余り休みが多いと何となく体調がおかしくなる感じである。

 それでも最近は段々休みの使い方が上手になり、結構充実している。この3連休も土曜は樟蔭女子大の日本文化塾に参加、  【筑前琵琶】

で楽しませてもらった。で、翌日曜は天風会の日曜行修、月曜は天風会の講師研修で終日すごし、内容のある充実した3日間であった。  

 

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2009年11月17日

真人塾

■社長日記■

 今日夜6時半から、「真人塾」と云う異業種の集まりでスピーカー役を務め2時間ほど喋らなければならない。

 この真人塾と云うのは、 2代目ながら倒産も危ぶまれた赤字企業を見事再生させ、昨年末に大阪2部に上場を果たした辣腕社長が代表(塾長)を務める人生塾である。 命名の由来は知らないが、多分読んで字のごとくで、「我、 真人たらん」との思いからではなかろうか?。ただ、今、このブログを書きながらひらめいた。 多分この方が正解かも、天風先生の著書、「真人生の探求」から来たのでは・・・。

 私はこの会には今年聴講生として2・3回出席しただけで、未だ塾長の話も聞いた事はないが、塾長は天風会の熱心な会員で、 天風先生の教えを忠実に実行し、結果、死に体の会社を2部上場するまでに再興した人と聞いている。

 そうした関係で自然と天風会関係の人が多く集まっており、私の知人も何人か参加している。塾は月一の開催で、 塾長の会社の会議室を会場とし2・30名が集まる。スピーカ役を務めるのは、塾生の中からであったり外部の人に要請したりであったり、 と一定はしないが、演題を設け約1時間話し、その後1時間はスピーカー役を中心に質疑応答を行い、お互いを高めようとするものである。

 そのスピーカー役を今日務める事となっているが、正直未だ何を話そうか確定はしていない。演題は「私なりの天風道」としており、基本的には、「日頃思っている事、 している事」をただ普通に話すつもりだが、それだけでは参加している方が納得はしまい。 人に話すほどの成功体験もなければ苦労話も持ち合わせていない私にとっては、このスピーカー役は少し重荷である。しかし、この塾の考え方は 「話すことによって自分を高めよう」と云うものであり、その考えに大いに共鳴する私だけに、声がかかった以上断るわけにもいかなかった。 今日は、何よりも自分の為の勉強と思って頑張ってみようと思う。

 

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2009年11月13日

我とは何ぞや

■社長日記■

 天風会の講師養成研修を受講している関係で、 天風哲学心身統一法に関するレポート提出のご下命が度々ある。 その中、何とも難しい問題が出た・・・。「人生は一回限り」されど 「霊魂は不滅」のテーゼについて1200字内外にまとめ提出せよと云う。正直、 この命題に確信を持ってレポートが書けたら悩むと云うようなことはなくなるかも知れないが・・・。

 レポート提出は義務であり、判らないなりに自分が普段考えている事をまとめて提出する事にした。 今日はその訳の分からないレポートを添付させて頂きます。どなたかご意見を頂ければ有りがたいです。

「人生は一回限り」されど 「霊魂は不滅」  松谷 廣信

 

 「人生は一回限り」、 所謂、この世に生を受け、この肉体とこの心を持っての我が人生は1回限り、 2度とは無い。例え輪廻転生を信じ、再びこの世に、人として生まれる事が出来ても、自覚の上では、 この肉体とこの心を持った私ではない。この身この心を持った私の人生は誰が何といおうと1回限りである。従って、 人生は取り返しはつかない。この世に生まれた以上、絶対に生まれがいの有る人生に活きなければ嘘である。 ところが真我本当の我は不滅であると天風先生は言う。 そして、信念的自覚念で 「我とは何ぞや」が判れば、 「肉の呵責も、 人の世の非業も夢幻の如く消え失せて、無限至上なる歓天喜地の世界現れん」とおっしゃっている。

所謂、「霊魂不滅」。これは教えられて分かるものではなく 「悟り」の世界であり、 我とは何ぞや、真の我は「霊魂」なり、 と云うことを理論的に説明することは私にはとうていできないが「霊魂は不滅」と云うテーゼは、 多分そうで有ろうと自分なりに理解はできる。

 無から有はなく、有は無にならない、と同様で、 この世に生を受ける前の自分があったことは否定できない。それを「霊」というか「気」と云うかは別にして、何かがあった事は否定できない。 デカルトは「我思う故に我あり」と説いたが、全くその通りで、全てを否定しても思っている自分を否定することは出来ない。 この物質界にある全てを仮想とし、一現象に過ぎないとして否定することは出来ても、 その事物事象を知覚し思考している自分を否定することは出来ない。その事と同様に、我のこの肉体が滅んでも、生まれる前の我(真我) に帰るだけで、物質としての肉体はなくなるが真の我(霊魂)は無くなることはない。姿形あるものは変化し消滅する事はあっても、 元々姿かたちのないものは多分100%消えると云うことはないのでは、一旦した思考は無には成らないし、 一旦出した音声も完全な無にはならい。真我といわれる霊魂も姿かたちのないもので無にはならない。ただ、こうした理論は、 自分なりの理論のための理論であり、何の意味もなさない様に思う。

我とは何ぞや」、真正の自己(真我) を正しく信念する自覚意識(信念的自覚念)を確立するには、 心を修練して常に霊的境地にその心を置くことによる外はないと先生は説かれており、その為に、人生に対する特定の意識観念を確立する (真我は肉体という仮衣を着ているなどの思量)ことが必要となる。その事が心を霊的境地におく準備過程となるので、 少なくともこの事を信念化し、安定打坐をことあるごとに行う事により、 「自我本質の自覚」 に目覚め、表題のテーゼにキチッとした説明、レポートが書けるような自分になるため努力いたします。

 

 

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2009年11月02日

日本文化塾(講談)

■社長日記■

 31日の土曜日、大阪樟蔭女子大学主催の日本文化塾秋季講座に参加。講演は長谷川計先生、実演は旭堂南海先生(講談師)。

 私は前回(語り芝居)に続き2回目の受講。前回もそうであったが大満足、話芸の素晴らしさを堪能させて貰った。

 「講釈師(講談師)、観てきたような嘘を云い」などと云われ、私の仕事(興信所)も、それに準えて、「興信所、 観てきたような嘘を書き」などと揶揄されるが、何と云われようと良いものは良い。人間が古くなって来たせいなのかどうか分からないが、 最近何となく古いものが良く思われるようになって仕方がない。

 長谷川計先生の講演。前回に続き2回目であるが、淡々としたした喋りの中に軽妙な笑いを交え、 それでいてキチッと筋道がたち、話に起承転結がある。先生の話振りも芸の一つでは、と思えるほどであった。また、旭堂南海先生の実演 「木村重成の最期」、尺台を張り扇で叩きながら七五調で立て板に水の如く話を進めて行く。映像で観るよりもその場面がよく分かるほど。 決して大声を出す訳でなく、寧ろ眠気が来るくらいに静かな喋りであるが、自然と引き込まれるものであった。

 昔は、続き物で一つの講談を何回かに分け、「今日はここまで」方式で何日か続けて演じていたという。 仕事を終えた町衆が一風呂浴びて一汁一采の晩飯を終え、それから昨日の続きと講談を聴きに行ったらしい。そんな時代に生きてみたかった感じ・ ・・・。

 

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2009年10月27日

同窓会

■社長日記■

 週末は高校の同窓会が鳥取県の皆生温泉であった。早や高校を卒業して44年、年月の経つのは早いもの、 とても44年も前とは思えない。10数年前に倉敷で一度開催してはいるものの、3分の1は44年振りであった。でも、集まって1・ 2時間もすれば殆ど昔のまま、宴会は2次会、3次会になるのは当たり前で結局ご就寝は深夜2時過ぎ、 ところが未だ夜も明けやまぬ5時過ぎにはゴソゴソとしはじめる小父さまがおり、6時過ぎには大半が起きてワイワイガヤガヤ、 昨夜の続きが始まる。年月がただ無駄に過ぎただけで大半の吾人に成長の跡が見られない。情けないと云うか何と云うか、 大半のお方が高校時代に帰っており、「こら、お前」の世界で、敬語など誰一人として知らない感じ。 学生時代の同級生とは誠に不思議なものである。たった62分の3であるのに、社会人になってからの30に匹敵するくらいである。

 翌日は安来市の「足立美術館」と「とっとり花回廊」をまわって、解散。楽しい楽しい1泊2日の同窓会であった。

 

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2009年10月19日

古典芸能、日本文化塾

■社長日記■

 大阪樟蔭女子大学が主催する第3回日本文化塾秋季講座に参加。

 妻と娘がコソコソと喋っている。「今度の土曜、学校の近くで食事して・・・それから・ ・・」、何・・・お父さんをほっておいて二人で・・・、耳をそばだてて聞いていると、どうも学校の社会人講座の話らしい。 それ何、と口を挟み、よくよく聞いてみると日本の伝統芸能を解説付きで学び鑑賞出来る社会人講座が樟蔭女子大であるとのこと。

 元々日本の古典芸能的なものに興味はあったが、歌舞伎、狂言、文楽などは何となく分かり難く構えてしまう。そこで一度、 解説付きと云うか、素人にも分かる形で鑑賞させてくれる試みをしてくれないものかとかねがね思っていた。そこにこの話である。

 直ぐに「お父さんも行く・・・」。 ところが既に講座の受付は終わっており、既に今回は2回目だと云う。ウーム、何とか成らんのか・・・、学校に聞いてみてくれ (得意の無理押し)と、娘に頼み込む。翌日「何とかなりそう」との返事。で、 早速、一昨日の土曜、妻と一緒に参加と相成った。

 講座は「語り芝居」で、演目は「大経師昔暦/おさん茂兵衛」、解説は木津川計、 実演は南条好輝三島ゆり子。木津川先生の話の上手いこと、 30分の解説であったが、おさん茂兵衛を解説するのではなく、「語り」についての話。その話を聞いた後で、南条好輝と三島ゆり子が演じる。 何となく演者は遣りにくいのではないかな・・・等と思っていたが流石はプロ。見事な語りであった。所謂、語りだけであるが、 演劇を観るよりも情景が鮮明に浮かんでくる感じ。なるほど「語り芝居」、読んで字の如くであるが見事に「語り」が「芝居」になっていた。

 この秋に後3回、講談、浪曲、筑前琵琶の講座があり、 来春にはオプション講座として歌舞伎鑑賞教室文楽鑑賞教室が用意されている。 時間の許す限り参加したいと思った。

 

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2009年10月13日

天風会 心身統一法(積極観念の集中力養成法)

■社長日記■

 とにかく休みが多い。何時の間に日本はこんなに祭日が増えたのか?と云う感じ。 ところが最近は休みとなると東京出張になることが多く、この3連休も土日は映画鑑賞とそれなりに楽しんだが、昨日は日帰りで東京。 しかもAM6時に出てPM11時30分帰宅。特に身体を動かすわけではないが何んとなく疲れる。

 以前にも書いた事があるが、若い頃から仕事の関係で汽車の旅には慣れており、全く苦にならないタイプ。 苦どころか寧ろ長旅は好きな方で、先々週などは時間に余裕があった事もあって技に「こだま」 に乗って東京まで行ったくらい。好きな本を読みながら眠気がくればウトウトと、目覚めればただボーと風景を眺め、飽きたらまた本を読む。 それでいて汽車は僕を目的地にキチッと連れて行ってくれる。仕事であっても、汽車の旅は至福のひと時と言っても過言でないくらい。ただ、 最近は歳のせいか東京日帰りは何となく疲れる感じがする。

 蛇足は是くらいにして、先週に続き、心身統一法の「感応性能の積極化」の2番目、「積極観念の集中力養成法」のレポートを掲載させて頂きます。詳しく知りたい方は、 ご連絡頂ければ何時でもお話しさせてもらいます。

「積極観念の集中力養成法」
 感応性能を積極化すのには、観念要素の更改を行うと同時に、積極観念の集中力を養成しなければならない。何故なら、 長年に亘って消極観念で無意識的に生活してきた人は、自己暗示誘導法で観念要素の更改に努めても、 日常生活にはいると知らず知らずに消極方面に心が傾き、折角の自己暗示誘導の効果が薄れてしまう傾向がある為である。とにかく、 今の世は消極暗示で充満している。特にマスコミがそうであり、朝テレビをつけても、新聞をみても、目に入ってくるのは暗いニュース、 マイナス思考のコメントばかりであり、自然と周囲の環境に感化(マイナス暗示)され、大方の人は消極観念で活きている。
 そこで、少しでも人生を明るく生きがいのあるものにするには、今の世の消極観念に感化されないよう、 常に心を明るい方面に向けるよう努力しなければならない。「どんな事があっても心を暗い方面に向けてはならない」と、 自分に命じる必要がある。「為せば成り、為さねば成らぬものなるを、成らぬは、おのが為さぬためなり」と古歌にもあるように、 先ずは信じて実行することである。
積極観念集中力養成の具体的方法は大別して5項目。これを日々心がけ実行することである。
?内省検討 ? 自分の今の思考が、積極的か消極的かを客観的に観察してみること。これを習慣化できたらしめたものであるが、 大抵の人は目の前の物事に対し、何の分別もすることなく取り組んでしまいがちであるが、 その前に自分の心が積極か消極かを意識的に検討する癖をつけるよう心がける必要がある。
?暗示の分析 ? 周りからくる暗示を、積極であるか消極であるかを分析的に批判し、積極は受け入れ、消極は受け入れないようにする。 暗示となるものは言語、文字、行動、現象などあらゆるものがそうである。特に今の世は消極暗示で充満しており、特に注意する必要がある。 従って、付き合う人も出来るだけ積極的な人のほうがよい。
?対人精神態度 ? 第三者に対する時の、自分の心の態度のこと。とにかく、自分以外の人に対する時は、 積極的の心の態度を崩さないようにし、常に「明るく、朗らかに、活き活きとして勇ましく」あるよう心がけることである。 悲運の人に同情するなと云うのではなく、同情はしても相手に引き込まれない注意が必要である。
?取越苦労厳禁 ? 取越し苦労ほど下らないものはない。取越し苦労は心のエネルギーの消耗率を高めるだけで、 全く得るもののない全損的行為であると心に命じること。何故なら、取越し苦労は、何れも消極的観念から思考されるものであるから。
?正義の実行 ? 言葉からすると、とても難しく大抵の人には出来ないことのように思われるとおもうが、決してそんなものではない。 何故なら、人間誰しもが持っている「本心・良心にもとらぬこと」をすれば良い、と云うことである。 本心良心は鍛えたり創り上げたりするようなものではなく、どんな悪人にも生まれながらにして備わっているものであり、 何事にも自分の本心良心に問うてみる癖をつけると、これが出来ればしめたものである。
           

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2009年10月08日

天風会 心身統一法(観念要素の更改)

■社長日記■

 昨日は東京で全国調査業協同組合の教育研修会が東京のコスモポリタンビル12Fであり参加。 探偵業法は議員立法であり、法案作成の大半を担った元衆議院議員の葉梨康弘先生の講演に始まり、東京都消費生活総合センター相談員、 元警察署長、弁護士とそれぞれの立場からのお話があり、それなりに充実した研修会であった。その後一泊し、 今日は全国調査業協会連合会(西新宿)の理事会に出席する予定であったが、台風の影響で中止が決定。 そこで急遽泊を取りやめ昨夜の内に帰宅した。

 そんな関係で今日は比較的ノンビリとしており、前回に続いて、心身統一法の研修レポートを作成したので、添付させて頂きます。

「観念要素の更改法」   
 天風先生が心身統一法の教義創案の切っかけになったのは、自らの病である。 死刑台に立たされても尚平然としておれた程に気丈であった自分が、肺結核という病気に掛かっただけで、 何故こんなに神経質な心弱い人間になってしまったのか?、いったいこれは何だ!。その事を追求する為に猛勉強、教えを求めて世界をさまよい、 ヨーガの聖者カリアッパ氏によって命を救われる事になった。しかし、心身統一法を今の形に体系化したのは、その後8年を要し、「感応性能」 という精神生命に固有する性能を発見した事による。
 感応性能が積極的か消極的かということが、その人の心の強弱と密接不離の関係にあり、 肺結核という病が原因で心弱い人間になったのは、この感応性能が弱くなった為である事に気づき、感応性能を積極化する為の方法を体系化し、 心身統一法としたのである。
 感応性能の積極化の具体的方法として、
1. 観念要素の更改
2.積極観念の集中力要請
3.神経反射の調節
4.精神使用法
 と4項目に大別され、その一番が観念要素の更改である。
 人間の思考作用の根底をなすものは観念要素であり、それは人間の潜在意識領内に保有されている。 思考作用というものが一々物の声に応ずるように感応性能に反応する。従って、消極的思考が感応性能を消極化し、 積極的思考が感応性能を積極化する事になる。この事から、潜在意識・観念要素⇒思考作用⇒感応性能の図式となり、 観念要素をいかにして積極化するかと云う事が感応性能積極化の必須条件となる。
 観念要素は潜在意識領内に保有されており、この潜在意識領を浄化することによって観念要素が更改されることになる。 この観念要素の更改方法は古来多種多様の方法が説かれている。
 ところが何れもその修養に相当の時間と労力を要し、到底一般人には成しえないものが多い。ところが、天風先生が考案した方法は、 極めて簡単で誰にでも容易にできるものであり、具体的には、暗示感受作用の応用で、自己暗示誘導法を利用するのである。


?連想暗示法 ― 意識的に積極的思考を作り、心に思念連想する方法で、寝際 (ラッ           ポ期)に行うのが最も効果的であり、寝床に入ったら楽しいことのみを考え連想するように心がける。 寝床にマイナスは考えない事を習慣化させる。
?命令暗示法 ― 小さな手鏡を用いて、鏡に映った自分の眉間に、命令口調で「お前は信念が強くなる」 とか「数学が好きになる」とか、を小声で真剣に囁く。お願いはダメ。
?断定暗示法 ? 命令暗示と併用して行う。前夜寝際に行った暗示を目覚めて直ぐに自分に断定する。 「私は信念が強くなった」、「数学が好きになった」。その後何回行ってもよい。
?附帯要項(日常の言行、感謝の生活と三行、三勿の実行)
 日常の言行 ?  積極的言行に努める。特に言葉に気をつける。
 感謝の生活と三行 ? 不平不満を言わず何事にも感謝。そして、何時も正直、親切、         愉快の実行に努める。
 三勿の実行 ? 今日一日、怒らず、怖れず、悲しまず、を心がける。
           真に恐るべきは真理なり。「悲観は身を殺し、憤怒は悪魔の息吹なり   

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2009年10月06日

週末

■社長日記■

 久方ぶりに土日を自宅で過ごした。週末、朝目覚めると、女房が「今日のご予定は・・」とのたまう。「無し、映画は・・」 と言うのが最近のパターン。ところが先週末は余り観たい映画もなく、では奈良の「松伯美術館 http://www.kintetsu.jp/shohaku/」 にでも、と云う事になり、ドライブがてらゆったりと出かけることにした。

 僕は、農道のような田舎道をノンビリと走るのが好きで、ドライブがてらとなるとついつい奈良方面となる。 枚方から私市を抜け奈良へと車を走らせると、私市のはずれに植物園の看板(大阪市立大学理学部付属植物園http://www.sci.osaka-cu.ac.jp/biol/botan/) が目に入った。雨上がりで空気も良いし、何となく立ち寄ってみたくなり、道草を決定。 前々から私市の植物園は一度行って見たいと思っていたが、駐車場が整備されてなく、行きそびれていたが、 最近出来たのか駐車場500円の看板もあった。

 この植物園、商売気は全く無し。大体が大阪市大理学部の研究施設的植物園であり、入場料は350円程はとるが、後は全くのご自由。 花畑にも果樹園にも自然林にも竹林にも勝手に入って行けて、何となく自然の野山を散歩している感じ。妻と私の外に人影は無し。 ピクニック気分で浮き浮きと散策を楽しんでいると、突然、柿がつづなりになっているのが目に入る。つい子供の頃の癖で手が伸びる・・・。 平べったい甘柿の形であった為、頭から甘柿と思い込み、何のためらいも無くガブリ。甘い汁がスッと来たかと思った途端に強烈な渋味、 口の中は渋でザラザラに・・・。女房は1人大喜び・・・、トホホ・・・。ところが其れにも懲りず、木の実が落ちていると手当たり次第に、 皮をむいては味わってみる。多種多様の木があり木の実も色々であるが、大半が喰ってくえなくはない感じ。 一寸手を加えれば結構いけるのではと云ったものであった。普通の植物園と違い「お手を触れないで下さい」とか「立ち入り禁止」 の看板などは全くなく、伸び伸びと楽しめるとても良い植物園であった。

植物園の水連の葉

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薄ピンクの水連

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如何にも水連らしい水連

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 なんだったか忘れた

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サワギキョウの蜜を蜂が吸おうと必死になっている様子 

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このシーンを撮るのに僕も必死

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何所に蜂がいるかな?

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 結局植物園で時間を取られ、目的の松伯美術館についたのはお昼過ぎ。車を近くの公園駐車場に止め、急ぎ美術館へ。 ところが何となく雰囲気がおかしい、人の気配が全くしない。何と展示品交換のため休館中。モーまったく、と言うところであるが、 それでも何となく道草した植物園が良かったためか、特にがっかりもせず、結構楽しい気分で帰途についた。

 

追記、数日前から我が家の庭に可愛らしい子狸が出没している。目的は蹲(つくばい)の水らしい。いつもは、蹲に「ほてい草」 を入れていたが、朝見ると、ほてい草が周りに散らかっている。最初は烏の悪戯と思っていたが、数日前に妻が犯人を発見、 犯人は犯人でなく犯狸(子狸)であった。そこで、ほてい草を出し、水を飲みやすきしてあげたのに、親の心子知らずで、この子狸、 何を考えているのか、今朝は縁側の踏み石に置いているスリッパを一つだけ持って行ったらしい・・・。現場を見たわけではないが、 子狸の仕業としか考えられない。そのうち隠し場所を探し当て、厳しく尋問してやろうと思う。

子狸が水を飲みにくる蹲

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一つ取り残された、寂しそうな僕のスリッパ。

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2009年10月01日

心身統一法(潜勢力と六つの力・感応性能の積極化)

■社長日記■

 松谷廣信です、2週間のご無沙汰でした(これ、分かる人は分かるかな・・・)。シルバーウイークから連続して東京出張が重なり、 今週も月曜から1泊で所用があり、久しぶりに出勤すれば、それなりに仕事は溜まっている。そんなこんなでブログを書く時間が取れず、 2週間のご無沙汰と相成った次第。決して、病や倒産などではございません。

 ところがやはり今日も野暮用に追われ時間が取れない。そこで、また何時もの手抜きを考えた。今年私は、 天風会の講師養成研修会に参加しており、受講する前にレポートの提出を義務づけられている。ところが、 このレポートが字数が制限されており中々厄介である。でも、自分で云うのはおこがましいが、結構分かりやすく説明できていると思うので、 天風教義の紹介として、今日から数回、このレポートをブログに乗せることにさせて頂きます。で、 少しでも興味を持たれたかたは一報下さいませ。

潜勢力と六つの力」・「感応性能の積極化」 について                             

人はこの世に何の為に生まれて来たのか」、この古今東西の命題に天風先生はズバリ、 「宇宙原則に即応して、この世の中の進化と向上を遂行する為に生まれいでし存在なり」と断言している。 云われてみると正にその通り合点がいく。この事を自分也に振り返ってみて、肉体的にでも精神的にでも、少しでも進歩向上したり、 知らなかった事を知ったり、判らないことが判ったとき、自然と心の内から喜びが沸いてくる。所謂、自然と本心良心が喜ぶのである。 その延長線上に先生が言われる「進化と向上」があることが判る。

 そして、その使命遂行の為に人は「万物の霊長」としてこの世に生を受け、その生命の奥深くに 「潜勢力」という特殊な力が何人にも与えられ、実在しているのである。
 先ずこの事を「信念化」しなければならない。一般の多くの人はこの事実を意識せず、また、 信念もしていない。その為、本来持っている力の何%かしか使っていなく、またその事にも気づいていない。しかし、古来の著名な哲学者、 スウェド・マーデン、カント、トーマス・カーライフ共に、この「潜勢力」 の実在を個々人それぞれの言葉で表現している。天風先生は、「人間は、 多くの人が考えているよりも遥かに力強い尊厳な存在であり、皆が生まれがいのある人生、 活きがいのある人生に活きなければうそである」と説く。
 その為には誰しもが与えられている「潜勢力」を発現しなければならない。その方法、 「潜勢力の現実発揮」には、先ずその勢力の実在を信念すること。そして、 人の生き方を自然法則に順応させ、 日常の生活方法を人間本来の面目に即応し、絶対に純正化すること。即ち、 心身を統一させた生活方法を行う、ありのままの姿「心身一如(人間本来の面目)」 の状態で生きることである。そうすると、自然と潜勢力は発揮されてくる。
 心身の統一された生活とは、精神を精神生命の法則に、肉体を肉体生命の法則に従わせて活きる。

 その事によって、一切の生物の生命を活かしている究極的根源である「気 (ヴリル)」の収受分量を多く取り入れることが出来、命の内容量が豊富になる。これが精神方面に現れれば心の力、 肉体方面に現れれば肉体の力となる。この力を便宜上六つに分ける事が出来る。

 六つの力とは「体力、胆力、精力、能力、判断力、断行力」である。そして、人生は 「長く、強く、広く、深く」なければならない。所謂、自然法則に順応した生活方法を行うことにより、 人間本来備わっている「潜勢力」を発揮し、生命の根源である「」 をより多く収受することにより、「長く、強く、広く、深く」と云う、生きがいのある人生が作為されることとなる。

 その為の心身統一であるが、あくまでも心が風上(上流)、肉体が風下(下流)であり、先ず心、 精神を精神生命の法則に従わせて、強い積極的な心を作る事を先決とし、肉体を自然法則に従わせて訓練的に積極化する必要がある。 この事は自分を考えれば自然と判ることで、五臓六腑は神経系統によって動かされ、神経は脳髄府の指令による所が大きい。また、 脳髄府は心の働きを司っている。この事は恐怖感が身体に及ぼす影響一つからでも分明である。

 そして、この事は理屈で色々と考えるよりも先ず実行してみることである。日々「明るく朗らかに活き活きと勇ましく」 活きることである。
 この為には「感応性能」(精神生命に固有される性能)を積極化しなければならない。
感応性能を積極化するには、「観念要素の更改」「積極観念の集中力要請の実践」「神経反射作用の調節」 と云う、3つの方法があり、付帯事項として「精神の使用法」がある。 この方法を日常生活に組み入れて日々実践することにより、生きがいのある、この世の進化向上に寄与することの出来る人生がおくれる事となる。

 

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2009年09月18日

還暦とボケ症状の疑似体験

■社長日記■

 還暦を過ぎ早や2年、従って今年58歳と云うのが私の歳であり、私の説である。 人間の寿命120歳(大還暦)説にしたがい60歳を折り返しとし、還暦を迎えると後は1年ごとに歳を取られ、 0才で生前の自分に帰ると考えているのが今の私である。

 そう考えると日々結構楽しいものである。来年は57歳、再来年は56歳、益々忙しくなりそうだ。仕事も遊びも恋も、 そんなアホな事を思っているからか、今朝方とんでもない疑似体験をした。

 疑似体験と云っても夢のことであるが・・・

 そこで夢の話 。 ロータリーの仲間数人と小旅行に出かけている。場所はよく分からないがどうも海辺の小さな旅館のようである。 何となく雑然とした雰囲気が漂うっているが、仲間が帰宅準備をはじめた。そこで私も帰り支度に掛かり紙袋に荷物を詰め始める。 気が付くと紙袋は一杯、何を入れたかと確認すると、枕で紙袋がパンパンになっている。アレ、何でこんなもをと思って、枕を出しベッドに返す。 そこでフッとコートを忘れていることに気がつき、コートを捜し始める。すると長椅子の上に茶色のコートをみつけ、それをしまおうとした。 そこでまたフッと気が付く、私のコートは黒であったと、しかもこのコートは女物。間違いに気づきコートを元に返し、再度捜すが見つからない。 まー良いかと諦め、周りを見回すとはや誰も居ない。仲間は帰ってしまったらしい。慌てて外に飛び出したが、道路に出て、 右に行くのか左に行くのか分からない・・・、ハタッと立ち止まる。自分が居るところが何処なのか分からない・・・、 近くに居た少年にここは何処だと聞く、すると「伊勢」だと云う。そこで、少年に大阪に帰るにはどうしたらいいか?、 と尋ねるが少年は分からない、、、ウロウロしていると周囲に老人や子供が数名集まってくる。 皆に大阪に行くにはどうしたら良いかと尋ねるが皆分からないと云う。ところが一番の長老が一生懸命に何か喋りはじめた。 ところが方言が強くてサッパリ意味が分からない。私は途方にくれてしまう。ところが、突然、生まれ故郷の大山(隠岐の島の小さな集落) に帰り、ものすごい早足で自分の家に向かっている。先程まで何処に居るのかも分からなく不安でたまらなかった自分が、突然故郷に帰っている。 道は先の先まで分かっている。非常に楽しくなり、駆け足で家に向かうが、今度はくもの巣に取り囲まれて大変、 ゴソゴソと蜘蛛の巣を払いのけようともがいていて、フッと気が付く。アレ、俺はボケている、と。

 でも、「マー良いか」とすぐその後に思った。ついにボケたか・・・と、アーボケたボケた。 思いながら何となくボケを楽しんでいる自分がそこに居た。 そこで目が覚めた。

 目覚めて考えた・・・ボケるって、多分先程の夢の状態じゃなかろうかと。 時間に関係なく歩き回ったり、探し物をしながら何を捜しているのか分からなかったり・・・、

 多分今日の夢は「ボケの疑似体験」である。 あれがそうなら、 ボケるのもそうは悪くないか・・?。周りの人は迷惑だろうが、本人は夢の中・・・・。

 でも未だボケる訳には行かず、皆は明日からシルバーウイークと云うのに、小生は所用で東京出張である。

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2009年09月14日

恵みの雨

■社長日記■

 先週末は久々に恵みの雨。ゴルフ場の芝も庭の草木も畑の野菜も大はしゃぎ喜んでいた。多分、雨らしい雨は1ケ月ぶりくらいでは・・・ 何となくホッとした。

 と云うことで小生も週末は大はしゃぎ。隠岐人会と國賀会(何れも同郷の人の親睦会)の役員会が二つ重なってあり、 夕方4時から会議はそこそこに飲み会となり、最後は新地で打ち上げ。何時ものことながら気のおけない商売抜きの仲間と飲むのは楽しいもの・・ ・。田舎弁まる出しで昔語りに花が咲き、延々と続くのがこの会の特徴。色々名目はつけるが結局は飲んで歌って語って、と云うことである。

 歳なのか時代なのか好なのか、何が原因か分からないが最近特に飲む機会が多い。仕事はサッパリで暇が多いと云う事もあるが、 困ったものである。でも、しかめ面で沈み込んでいるよりは、憂さ晴らしでも楽しく飲んでいるほうが余程心身には良いだろうと、 勝手に思っている。

 今日もこれからロータリーの新入会員歓迎会。心斎橋の本格的イタリア料理店(コロッセオ)ですが、 何時もの通りワイガヤと云うことに成りそう・・・。

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2009年09月03日

ヨットマン

■社長日記■

 先週末知人の紹介により某ヨットマンと会食する機械に恵まれた。彼のヨットマン、仲間内で神様と崇められる程で、 世界的に知られた凄い人であるが、一般的には余り知られていない極ごく普通の小父さんである。一般に云われるように、 超一流の人ほど傍目には凡人然としており、肩を張らず、寡黙で、威張る事がない、と聞くが、まさに彼の人がそうであった。

 多分本人自身、自分が凄いなんてちっとも思っていない、のでしょう。門外漢の私が馬鹿な質問をしても、真剣に丁寧に応えてくれるし、 自然に自分もその場の雰囲気(酒席)を楽しんでいて、何一つ特別な存在を感じさせる言動がない。ただ、お顔はインドの高僧 (仏画でしか知らないが)を思わせる雰囲気があり、話には何の衒いもなく、純真無垢と云うか、 欲得の世界に生きている小生に取っては軽い衝撃を覚えるお方であった。

 多分、何かを極めた人と云うのはこうなのかな、そんな事を強く印象づけられた。携帯番号も聞いたし、 また一度お会いしてジックリと話しを聞いてみたいと思っている。

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2009年08月28日

中ノ島の風景

■社長日記■

 今、中ノ島が面白い。大阪の中心部と言うか、デートスポットと言うか、官庁街と言うか、水都大阪の代表と言うか、 中ノ島と云うのはある意味大阪を代表する地域である。

 江戸時代は交通の要所として最も栄えた所であり、中ノ島の両岸は日本の台所と呼ばれ、各藩の蔵屋敷が密集し、 商都大阪の中でも最も賑わっていた所である。

 ところが近年は、梅田と難波に押され気味で今ひとつ元気が無かった。ところが、 昨年の京阪中ノ島線の開通に伴い1年ほど前から中ノ島の大改修工事が突貫で進められていた。で、先週末にほぼ改修工事が完成、 工事の囲いが一斉にはずされ、リニューアルした中ノ島が顔を見せた。

 中ノ島のリニュアルオープンを記念して「大阪水都2009」が割かし地味にロングランで行なわれている。で、 昼間,暇に任せてブラリ中ノ島散策と洒落てみた。

 

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中ノ島に掛かる「なにわばし」の中央部分、

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なにわ橋を下りた所にアルミ缶などガラクタで造られた魚のモニュメント。

 

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なには橋から東に向かって

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バラ園、造られたばかりでこれからの感じ。来春が楽しみ。

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大川を走る水上バス。

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天神橋の手前下の公園

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天神橋の手前下に色んな店や遊び場が・・・。

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砂上の楼閣、砂で造られた大阪城。

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中ノ島の東側突端、風車で一杯・・・。

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対岸に新設された船着場。

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公園の一部に造られた動物園。

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私の通勤路。京阪中ノ島線「なにわばし」駅、1番出口を出ると眼前に広がる中ノ島公会堂。素晴らしい眺めである。

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公会堂の南側風景。

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公会堂から矛ながし橋を渡ると直ぐに天満警察。

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天満警察の西側が大阪裁判所。

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天満警察の東側にそびえる弁護士会館

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天満警察の北側に新築された法務局

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裁判所北側の通り。

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法務局を東に曲がって我が社へ

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弊社の玄関。

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弊社入り口の広告看板。

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弊社の1Fロビー。なにわばし駅から徒歩5分。

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2009年08月21日

立ち入り検査

■社長日記■

 昨日、探偵業法に基づく立ち入りがあった。探偵業法は、平成19年6月1日に施行され早や3年目を迎えた。 業法は議員立法により作られたもので、20条からなる割りに簡潔な法律である。目的は消費者、 被調査人の保護を目的としたもので業者の育成などは眼中に無く、依頼者との契約事項を細かく規定し、 業を営もうとするものは所轄の公安委員会に届出をし、何処の誰がどんな名称で営んでいるのかを登録。また、 業者は従業員名簿や契約書の備え付け、守秘義務に関する規定や個人情報保護法の遵守など細かく規定されており、

 13条で、公安委員会は、この法律の施行に必要な限度において、探偵業者に対し、 その業務の状況に関し報告若しくは資料の提出を求め、又は警察職員に探偵業者の営業所に立ち入り、業務の状況若しくは帳簿、 書類その他の物件を検査させ、関係者に質問させることができる。となっている。

 その法に基づき、昨日初めて警察の立ち入り検査なるものが弊社にあった。備え付け義務のあるものや守秘義務、 個人情報保護規定などはキチッと整えており、何らビクつくこともないが、何となく警察の立ち入りとなると気持ちの良いものではない。 朝十時の約束で、準備万端、緊張の面持ちで待っていると、9時50分に事務員からな、、「社長・・ 警察の方がこられましたので6階に上がって頂きました」との内線電話。

 直ぐに6階でお待ちしていると、顔見知りの係官と初めてお会いする所轄の係官とが2人、ニコリともせずお早うとも云わず、 如何にも役所の人らしい無愛想さで来社の趣旨を告げ、身分証明を提示し席についた。で、指示されるままに書類を提出し、2・ 3の質問に応答し、事務所を案内し、僅か30分程で立ち入り検査は終了した。何となくあっ気ない感じ。

 もう少し業界に関する多方面質問があるかと思ったが、何もなし。業界の市況や動向を聞くでもなく、ただ杓子定規に言いたい事を云い、 聞きたいことを聞くだけで味も素っ気もないものであった。これが本来の立ち入りの姿なのでしょうが、「官庁とはこんなものだ」、 と従来の認識をただ単に重ねただけの味気ないものであった。

 

 

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2009年08月13日

天風会

■社長日記■

 「天風会の夏が到来」、 そんな気分である。

 7月23・24・25・26日と4日間、 自ら代表を務める香里賛助会主催の夏期特別研修会(修練会)を開催。 前回このブログでも一寸ふれたが小人数が故の充実した修練を終える事ができた。その4日で蓄えた活力(元気)で”さー後は仕事に邁進”と思ったが、2・ 3日すると何故か本部の修練会が気になりはじめた。気になるとたまらない・・・、エーイままよ、 と東京の天風会本部に電話。「修練会に参加したいのですが今からでもいけますか・・・」、 「一様締め切りましたが何とかなるでしょう・・・、どうぞ来てください」との返事。

 さっそく8月8・9・10・11・12日と5日間の本部主催の修練会に参加してきた。 圧巻である、香里はせいぜい50名内外であるが東京は流石、400名近い多人数。 しかも朝8時30分から夕方5時までびっしり組まれたスケジュール通り400名の皆が整然と動く。 安定打坐(あんじょうだざ、 天風式坐禅) に入れば物音一つしないしじまの世界に入る。真理瞑想(天風先生の悟りの言葉)も同じく、 講師の声以外は物音ひとつしない。思いを同じくする人の集まり、天風会の修練会以外では絶対に経験することの出来ない世界ではなかろうか・・・。

 午前、午後の2時間の戸外修練(呼吸操錬、統一式運動、積極体操) 以外は道場にふ座正座で座りっぱなしである。 初心者に取っては相当堪えると思うが、それでもやたらに動く人はいない。凄いなーって感じである。真剣に何かを求め、 自らの意思で集まる人の集団の力の凄さを強烈に感じさせられた5日間であった。

 天風会の修練会と言うのは何を教えるの?、 「生きるのに必要な全てを教える」と言っても過言ではないが、 中でも特に注力するのは気の取り入れ方である。積極の気、元気の気、活力の気、 所謂宇宙に遍満存在するを取り入れる方法を具体的に教え、 その取り入れ方を修練するのである。

 修練初日は初参加者が多い事もあって、云っても何となくざわつきがある。それが一日一日、日を追う毎に、全体の気が満ちてきて最終日になると、皆の気が一つになる。 それは人数の多少に関係なくであるが、それでも50人の気と400人の気では感じ方が違う。

 共に修練した400名の皆に感謝、感謝である。そして、その場を提供して頂いた財団法人天風会、 本部修練会の実行委員の皆様、本当に有難う御座いました。

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2009年07月29日

感謝と歓喜

■社長日記■

 一週間ブログの更新をしなかったら、早々に友人から電話。「マッチャンどうしたん、何処か調子わるいの?」、「何で・ ・・」、「だってブログ更新してないやん・・・」、有り難い、 実に持つべきは友。尚、昨晩はロータリーの友人から電話。「マッチャン今日なんで休んだん、 何かあったん・・・」、何とも幸せなマッチャンである。感謝、感謝・・・・。

 実は先週4日間、財団法人天風会香里賛助会夏期特別研修会(修練会) があり、それに参加していた関係で出社できずにいたのである。

 天風会の夏期特別研修会(修練会)は、一年を通し最大の行事であり、 会員に取っては最大の喜びでの場ある。1年間の自分の行修の再点検をする場であると同時に明日からの1年間の鋭気を養う場でもある。 そんな大切な行事に単に参加するだけでなく、自ら実行委員長として企画運営でき、参加者からは「有難う」、指導の先生からは「良く出来た」 とのお言葉を頂くことが出来たのだから、まさに感謝と歓喜であった。

 今ひとつの感謝と歓喜。その前の3連休の中日(19日の日曜日)、 淡路の花火を海上から観ることが出来た。 何とも素晴らしい眺めであった、何回ブラボーの声をあげたことか・・・。と言うのが、当日は雨の予報で、しかも、雷が鳴っていたためか、 殆ど花火見物の船が出てなく、 私達のヨットが海上に一隻のみと云った状況にあった。そんな中で目の前で花火がボンボンあがるのだから、私の為に花火を上げてくれているとついつい錯覚してしまい、 最高に感動したのである。

 それも、友達の友達は皆友達、と云うことで、兄貴に誘われて見ず知らずの兄貴の友達のヨットに乗せて貰い、 ビール片手に海上からの花火見物を満喫できたのである。しかも、 男は兄貴とヨットオーナーの3人だけで後9人はうら若き女性、一番若い娘は何と9歳。 まさに感謝と歓喜であった

垂水のマリーナにて、 出航準備。肖像権、プライバシー問題で人物の判別がつかないよう、あえてぼかして撮影。  可也の高度なテクニックを要す・・・・。

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淡路島に向けて出航。明石海峡を横断中・・・。

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明石大橋。写真ではこんなですが実際は素晴らしい眺めでしたよ・・・。

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ヨットが切る波に夜光虫(海蛍)が青く光り、幻想的な美しさであった。携帯電話のカメラゆえこんなですが、本当は・・・。

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いよいよ花火。載せるほどの写真ではありませんが一様・・・。写真など撮っていると生の感動が味わえないため、殆ど撮らずでした。

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2009年07月16日

判決

■社長日記■

 今日13時30分から元特捜検事、田中森一の公判(判決)が大阪地裁であった。 整理券は持ってなく、先ず傍聴は無理と思ったが、それでもとノコノコ出かけてみると、意外に傍聴人は少なく、 直ぐに傍聴席に着くことができた。関心度の高い裁判ゆえか2分間の報道カメラ撮影が許されていたが、勿論被告の入場はなく、ただ、裁判官、 検事、弁護士、書記が着席しているだけの間抜けなシーンの撮影であったが。

 13時35分、被告田中森一が腰紐をつけられて入場。私が勝手に描いていた印象(小太りの大柄) とは全く対照的に小柄で寧ろ華奢な感じの人であった。私の持論であるが「小柄な人には気をつけろ・・・」、通りの人であった。

 開廷と同時に裁判官が、押し殺したような静かな声で、「主文、被告人を懲役3年に処す」。 しかし、被告人は微動だにせず、裁判官の指示で着席。以後延々一時間判決文が読み上げられたが、その間、被告はまさに微動だにせずで、 静かに裁判官の声に耳を傾けていた。被告人の書に、「拘置所で中村天風の本に出会い、云々・・・」とあったが、もしかしたら、 務所で一生懸命「安定打坐」を心がけているのかな・・と思える姿勢であった。

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2009年07月13日

近畿国賀会

■社長日記■

 昨日は近畿国賀会(小生の出身地、日本海に浮かぶ風光明媚な島、隠岐島の一部、 西ノ島町の出郷者の会)の第44回総会が肥後橋の「徐園」で開催された。 元々は5月24日の開催予定で準備万端整えていたが、例の新型インフルエンザの関係で止むを得ず7月に延期したものである。 それでもあり難いことに、元々の出席予定者の大半に出席頂く事ができ、130名強の賑やかな会合となった。

 郷里からは町長、町議会議長、区長会会長ほか町の重鎮の方々の多くが遠路駆けつけて下さり、郷里の様子を詳細に聞くことができ、又、 気のおけない幼馴染との久方ぶりの顔合わせなど、日頃は味わう事の出来ない独特の雰囲気の中で、楽しい一日を過ごすことが出来た。

 ご出席頂いた皆様本当に有難う御座いました。このブログをかり厚く御礼申し上げます。

 と言うのが、郷里の代表者の挨拶の中で、突然この日記(ブログ)の文面が紹介された。以前に 「帰省」と題して書いたブログの一部であったが、まさにビックリ・クリクリ(司会はビックリ・ クリクリの吉本興業の浜根タカシ)。まさか郷里にもこのブログを見てくれている人が居るとは・・・。考えてみればパソコンの世界のこと、 遠いも近いも関係なく、環境さえ整えば何所でも誰でも見れるのがこの世界であり、何も驚くことではないが、 今更ながら公開されていると云う事を思い知らされた。と同時に、自分が思っているよりも、もう少し読んでくれてる人が多いのかも、 と嬉しくもなり、もう少し頻繁に更新しなければ、と反省もさせられた。

 この後、国賀会の懇親会風景の楽しい写真を載せようと思ったが、何故か上手く撮れていない。 どうも小生のデジカメも親に似て酒に弱く、仕事する前に酔いが廻っていたようである、トホホ・・・。

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2009年07月09日

苦情相談

■社長日記■

 先週6月30日、所属する船場ロータリーの幹事の大役が終わった。肩の荷がおりたとはこの事か・・と云う感じ。 特に何をしたと云うのでなく、特に気を使っていた訳でもないが、しかし終わって見ればホッとする。 プレッシャーとかストレスと言う言葉をよく聞くが、今ひとつ自覚がなかった。ところがこのホッとした感じで、 それなりにプレシャーやストレスがあったのだな・・と改めて自覚した。

 そんなこんなで7月1日・2日とロータリーの仲間が「幹事、ご苦労さんでした・・」と言う事で、 東北へ1泊2日のゴルフ旅行を企画してくれた。表蔵王と東蔵王と言う何れも中々の名門コース。 関西の山岳コースをメインにしている小生にとっては、久々にノビノビとした雄大なコースで好きなゴルフを楽しむことが出来た。 スコアーもそれなりで1年間ジックリと溜め込んでいたストレスを十二分に発散することができた。

 で、今週月曜はロータリーの新年度初例会。夜の例会であったが幹事を終えて余りにホッとした為か、コロっと忘れていた。 気がついたのが例会開始の30分後、慌てて例会場に駆けつけ何とか懇親会には間に合ったが、気が抜けるとこう云う事になると云う事を、 強く自覚させられた。

 ただこれは前置きで、今日云いたかったのはこんな事ではなく、実は調査の苦情相談についてである。

 2年前の平成19年6月、消費者(依頼者)保護を目的とした探偵業法が施行された。 その為かどうか判らないが、最近、調査業に関する苦情相談が増えているように思う。 小生が会長を務める関西総合調査業協会にも何かと消費者からの相談が増えている。 相談内容は様々であるが基本は苦情相談。中でも多いのが料金と調査結果に対する不満である。しかし、 こうした苦情相談に応じるのは非常に難しく、軽々に判断できるものはない。 消費者の相談窓口としては全国に消費者センターが設けられ、プロの相談員が相談に応じているが、 調査業に関する相談は対応に苦慮するようで、全国の消費者センターが業界の苦情相談窓口に振ってくるケースが多くある。

 苦情相談の一例であるが、夫の素行調査を妻が依頼。所謂、 浮気調査の依頼である。この場合、大半は夫が浮気しているものと決め付けて、 浮気現場を確認して欲しいと云うのが一般的である。依頼の動機は「女の感」である。事実ではなく感である。ところが、 実際に浮気をしていればいいが、そうでないケースもある。いくら調査しても浮気の事実がつかめず、「何もなし」との調査結果を報告しても、 依頼者(妻)は納得しない。調査をキチッとしていないからだ・・、浮気現場の確認を頼んだのに、それが判らないではお金は払えない。 お金を返してほしい・・・などの相談である。

 此処で問題になるのは、「浮気現場の確認」を条件に仕事を受けたのか、一日の行動確認を条件に仕事を受けたのかで相違するが、 依頼者は自分が思うような結果が出なければ調査が不十分と不満を持つ。一方、調査業者は、仕事を受けたいために、 出来もしないことをさも出来るかの如く臭わせて、より以上の期待を持たせて受注する事が多く、 そこらのズレがトラブルの元になっている様である。

 

 

 

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2009年06月16日

サボテンの花

■社長日記■

 先週末は東京でNPO全国調査業協会連合会の定時総会があり、役目柄出席してきた。しかし、 東京でも先々週の関西総合調査業協会総会同様、参加者はサッパリ。同会場で総会の前に理事会があったが、 総会になっても理事会メンバーに数名の会員が増えた程度で、非常に寂しいものであった。その後の懇親会も、 話しはボヤキ中心で今ひとつ盛り上がらず、如何にも調査業界の今を如実に物語る風景であった。

 翌土曜日は財団法人天風会の講師要請研修会が護国寺の天風会館であり、研修員として参加。 朝10時から午後4時半までみっちりと天風会講師になる為の心構えを聴講、朝一番に尾身理事長(元、財務大臣)の貴重なお話しを聞き、 勇気凛々。流石にここは天風会員の集まり、昨日の総会とは打って変わって、明るさ一杯であった。

 気分よく新幹線で帰宅すると、妻でなく、妻が何年来丹精込めて育てているサボテンが私の帰りを待っていたかの如く咲き始めた。 サボテンの花は年に一度、24時間咲くだけである。誠に「花の命は短くて」であるが、それだけに見事な咲きっぷりである。 その上に香りが凄い・・・、ほのかと云うよりツンと鼻を突くほどの香りであるが決して嫌なものではない。

夜9時頃、今や遅しと小生の帰宅を待ちわびていたサボテン。開花に向け準備万端。

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1時間後の10時

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10時半頃

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11時開花宣言、部屋一杯に香りが・・・

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翌朝7時、

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夜帰宅すると早や・・・・。でも貴女はよく頑張った。

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2009年06月09日

御侍史

■社長日記■

 最近今ひとつ腰の調子が悪い。レントゲンを撮ったが全く異常なし、医師曰く「綺麗ですね」、小生も調子に乗って 「ほんとキレイですね・・・」。ニコニコ顔であった。が、しかし痛みは一向に引かない。その内に歩くと足に電気が走る感じ、「何じゃこれは」 、まーその内直るだろうと思い暫くほっていたが、一向に回復の兆しが無い。そこでMRIを撮ることになり、 その設備をしている病院に予約を入れ、20分強小さなトンネルの中に入った。結果は○○、素人目にも直ぐに判る。で、先生原因は・・・?、 「判らない」、対処法は、「無い」。見事に端的な応えである。二の句が告げないとはこのこと。

 それはそれで仕方がないが、実は、MRIを撮った医院の先生から、小生が通院している医師への手紙(結果報告の) の宛名書きに「○○先生御侍史」とあった。○○先生御侍史、何じゃこれは、早速辞書をひいてみた。 すると「直接はおそれおおいので秘書様宛に、ものを申し上げます」的な使われ方をし、医師の世界では普通に使われているとか。

 それにしても御大層なと云うか、古いと云うか、医師会の独特の閉鎖的な世界を垣間見る気がした。しかし、 「○○先生御侍史」と宛名書きされるような偉い先生も、余り判っていないんだな・・・と思うことが最近よくある。

 今までは何となく西洋医学は進んでいて、東洋医学は遅れている的な感じを持っていたが、実際は東洋医学の方が身体に優しく、 東洋医学的療法で人生を送ると、上手に死ぬことができるような気がして来ている。東洋医学界でも御侍史と使うかどうか知らないが、 御侍史様には畏れ入るしかないのかな・・・・。

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2009年06月05日

景気と浮気調査

■社長日記■

  昨日、関西総合調査業協会の定時総会が無事終了。新役員も決まり、新たな気持ちで皆で力を合わせ協会活動に邁進、 と云いたいところだが、正直、「協会どころか事業の存続さえ危ない」との声が大勢で、今ひとつ意気が上がらない。 特に大衆調査を主にしているところは元気がなく、「電話がチりんとも鳴らない」などのボヤキばかり。よくよく話しを聞いてみると、 昨年来の不況で、世の亭主族の品行がよろしく、奥方達の心配の種が急激に減っている事に起因しているとか。

 さにあらん。知人に誘われて嫌々ながら偶に北の新地をブラつくが、人通りの少ないことこの上ない。 先々週などはインフルエンザの影響もあってか、見事に人影がなく、やたら黒服と綺麗なホステスさんの姿が目立ったと云う(知人の話によると・ ・・)。

 「風吹けば桶屋が儲かる」の例えではないが、これでは、浮気調査の依頼が半減と云うのもうなずける。

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2009年05月28日

持論、採用調査・雇用調査・人事調査

■社長日記■

 5月26日の新聞報道によると、「大阪府警の警部補が飲食店に盗みに入ろうとしている所を店員に発見され、 持っていた金きりばさみで切りつけ怪我をさせた」と云う、とんでもない事件があったようだ。

 ただ、「警察官が泥棒をするなどあってはならないことであるが、警察官も生身の人間である。 ある意味し方がない」ところが「泥棒が警察官に成るような事があってはならない」 と云うのが私の持論である。持論も何も小学生でも判る当たり前のことである。

 でも、泥棒であるか否かの見極めは中々難しい。 漫画に出てくる泥棒のように頭からほう被りして抜き足差し足で何時も歩いていればいいが、実際にはそうは上手く行かない。

 そこで、警察官の採用に際しては、窃盗などの犯罪歴が有るか否かを徹底して調べ採否の判断材料の一つにしている。 そうした事は警察官に限らずで、民間企業でも社員として相応しいか否かは、あらゆる角度から精査し判断すべきである。

 ところが、厚生労働省(ハローワーク)や多くの人権団体は、泥棒で有るか否か、 会社にとって相応しい人であるか否かを調べてはいけないと云う。何故なら「差別につながるおそれが有るから」と。

 私にはこの理論がどうしても理解できない。

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2009年05月19日

てんやわんや

■社長日記■

 昨日から新型インフルエンザの関係でてんやわんや。実に人騒がせな風邪である。 聞くところによると、 厚生労働省が鳥インフルエンザ発生の対策マニュアルに則って指示を出している関係で、 都道府県から末端の市町村までが大騒ぎするはめなっている様だ。考え方によっては、鳥インフルエンザ対策の予行演習が出来、 今回の新型インフルエンザから多くの教訓を得ることができ、不幸中の幸いになるかも知れないが、それにしても大変である。

 実は来週の日曜(24日)、小生が会長を務める隠岐の西ノ島町出身者の会「近畿國賀会」の総会・ 懇親会を予定していたが、このインフルエンザでキャンセルが相次ぎ、郷里からは町長、議長、 区長と田舎の重鎮が相当数来て頂けることになっていたが、それもかなわなくなり、やむなく延期を決定。 相当の労力と時間をかけここまで準備してきたが全てパー、しかも、中止の連絡がこれまた大変。今日は朝から仕事そっちのけで、 その対応に追われている。

 ただ、キャンセルする方も大変であるがキャンセルされる方も大変。昨今の大不況に追い討ちをかける形の大騒ぎであり、 人の集まるイベントはオール駄目。その周辺事業も必然ダメ。飲食店関係にも相当の影響が出るはず。 街をあるけばマスク姿の異様な雰囲気で遊びに行く気にもなれない。

 実際には未だ百数十名の感染で、毎年はやるインフルエンザよりも遥かに感染者は少なく毒性もそんなに強くは無い様で、 何でこんなに騒ぐの、と云う感じはしないでもないが、これ程騒がれると、「もし感染したらえらいことに・・・」と云う気持ちが先に働き、やはり何となく普通の風邪とは違う、 と構えざるを得なくなる。

 騒ぎは感染防止に大いに役立つとは思うが、その騒ぎが及ぼす影響たるや大変なものであろう。 実際は日常茶飯事にある交通事故や心の病による自殺などのほうが遥かに怖いが、こちらの方は余りに日常化し話題にもならない。 ひにくなものである。

 世の中だいたいがこんな物で、本当に大事なことがなおざりにされ、 大した事ではないが目新しいことやニュース性の高いものが注目されるのが昨今の風潮である。

 そんな中で最近一寸面白く思っているのが、元航空幕僚長長官の田母神俊雄の著書である。 瓢箪からコマと云ったらお叱りを受けるかも知れないが、上級公務員としてあるまじき行為として退職を余儀なくされた田母神氏が、 退職させられた事により大変な注目を浴び、今や講演依頼が殺到、本はベストセラーになりそうな勢い・・?。 書店の店頭に平済みされている中でも一際目立っている。また、中身が中々面白い。肩書きが無くなった強味で、 自分の思いのたけをこれでもかとぶつけている感じ。少し書きすぎと思えないこともないが信念が感じられるだけに、 素直に興味深く読むことができた。

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2009年05月12日

挨拶

■社長日記■

 来週の日曜、友人の息子さんの結婚披露宴に招待され、主賓の挨拶を命ぜられている。 この歳になると葬儀はしょっちゅうであるが結婚式は何年かぶり・・。目出度いことゆえ楽しみではあるが、 主賓の挨拶となると何となく緊張するのでは・・と今から一寸気になっている。

 こうした緊張する席は重なるものなのか、翌日の月曜はロータリーの記念例会で司会、翌週日曜は私の出身地、西ノ島町(隠岐島) の近畿地区在住者の集まりである近畿国賀会の総会及び懇親会があり、役目柄最初に挨拶しなければならない。この会には田舎から町長、議長、 区長と顔役が勢揃いすることもあり、これもそれなりに緊張がある。

 しかし、よく出来たもので緊張と緩和、そのあい間あい間には上手くゴルフコンペが入っており、 緊張の糸をほぐしてくれる事になっている。ただ、その合間のコンペ2つとも幹事役をしなければならず、余り楽はできそうに無いが。

 その後は例年の如く業界団体の総会が目白押しで5・6月で3つの総会がある。最近大分慣れてはきたが、 人前で喋るのは大の苦手であり、挨拶だけはどうにかして欲しいというのが正直な感想である。

 ところが挨拶と云うのはものすごく大切である。所謂、人前に立っての挨拶も挨拶ではあるが、これは儀礼的なもの。 上手に出来たにこしたことはないが失敗しても大した事ではないと個人的には思っている。ただ、 本人が眠りかかったりろれつが回らない状態になっていると、これはまた別。

 ただ、所謂日頃の挨拶。朝晩の挨拶、夫婦の挨拶、親子の挨拶、初対面の挨拶、社員間の挨拶、訪問先での挨拶、、 上下関係の挨拶等など、これは非常に大切である。 人と人との関係は挨拶で決まると云っても過言で無いほど大切なものと思っているが、意外と最近はこの挨拶がないがしろにされ、 まともに挨拶の出来ない人が多くなっているようである。

 私の通勤時間帯が近くの小中学生の通学時間と合致しており、集団登校とか待ち合わせをしている子供をよく見かけるが、 キチッと朝の挨拶をしているの見たことがない。挨拶なしに喋りだしたり、一言も言葉を交わさずただ黙って歩き出す光景に出会う。 決して喧嘩している訳でもなければ仲が悪い訳でもない。でも、子供同士が「おはよう」「おはよう」と声をかけあう姿に出会ったことがない。 校門で先生が「おはよう」と大きな声を出している姿はみかけるが、大半の生徒は黙っているか声を出しても聞こえない程度。 しかし先生は怒らない、ただ機械的に声を出しているだけである。何故か不思議な光景である。

 社会人になれば嫌でも儀礼的な挨拶はするが、意外と身近な間柄での挨拶が出来なくなっている。私の周辺だけなのかも知れないが、 挨拶が上手く出来ない人が多く、何となくそんな事が気になっている。

 

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2009年05月08日

ゴールデンウイーク

■社長日記■

 今年のゴールデンウイークは超大型であった。 私は5月2日から6日の5連休がゴールデンウイークと思っていたが2日の朝テレビをみていたら、「今日は連休中日・・・」と云っており、 一瞬驚いたが実際工場などは4月25日から休みに入った所も可也有った様である。ただ、我が社のような零細企業は11連休など夢のまた夢、 そんな悠長さでは直ぐお手上げになるであろう。と云うことで今年も暦通りで5連休とした。

 ゴールデンウイークは例年1・2泊の家族旅行を恒例としていたが、今年は高速料金値下げで相当な交通渋滞が予想された事もあり、 自宅でノンビリを決め込み、予定が有ってないような休をすごした。それでもゴルフ、映画、囲碁、天風会、畑仕事、庭いじり、 読書と遣りたいことは幾らでもあり、それなりに充実した日々であった。何となく隠居生活の予行演習的な感じであったが、 これだとリタイアしても退屈はせずに済みそう・・・。

 昨日久々に出勤、直ぐに仕事モードに切り替えてと張り切っていたが、身体は怠け癖がついたのか今ひとつシャキッとせず、 今日もそれが続いている。誰でもそうだと思うが気は若く、自分では還暦を過ぎたお爺さん等とは100%思っていないが、身体は意外と正直で、 気持ちに身体がついてこない。気持ちを身体に合わせるべきか身体を気持ちに合わせるべきか、 これからは心と身体にじっくり相談しながら遣らなければならない様だ。

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2009年04月24日

就活と企業診断

■社長日記■

 最近「」の語句をよく耳にする。 今朝もテレビで「親の婚活」と云うのをやっていた。今年の漢字は、もしかしたら 「」になるかも・・・。

 一昨年が「」、昨年が 「」。 偽は読んで字のごとくで産地偽造とか賞味期限偽造など「偽」がはびこったが故、昨年の「変」は、 変化の変であるがこれも異常気象や経済環境の悪化など、マイナスイメージの強い変であり、決して明るいものではなかった。

 ところが最近よく耳にする「」 は、少なくともマイナスイメージではなく、前向きの活である。 生活、就活、婚活、離活、 死活、総括。少し勝手に作りすぎか・・・お叱りを受けるかもしれないが、言葉の綾、一寸遊んでみたくなった。

 我が家も今「」ばやりで、 娘3人はそれぞれ生活、就活、婚活、と大変そうである。妻はひそかに離活、小生は死活を前に人生の総括をはじめている。

 それにしても最近の学生の「就活」 は大変なようである。私らの時代は、先生や親や先輩のアドバイスを得て、2・3社受験し、合格すればそこで決まり。後は定年まで・・・ 等と云うケースが大方であった。今になって考えると、もう少し真剣であるべきであったと思うが、それでも結構上手くやれていたように思う。

 ところが今の学生は大学3年の秋から企業訪問を繰り返し、内定を数社貰うまで、長い人だと1年間毎日のように企業訪問をしている。 統計を取った訳ではないが私の感じでは一人平均20社は受験するのでは。しかも1社1回では終わらず、少なくとも内定を貰うまでには4・ 5段のハードルがある。単純に計算して20×5で100回、割る2にしても50回は面接らしきものを受けることになる。大変な活動で、 多分学活4年間の内で一番大変なのが「就活」ではなかろうか・・・。しかし、それ程苦労し就職しても、 意外に離職率は高い。昔より遥かに真剣に就活しているが入ると直ぐにバイバイ。所謂、入る前と入った後のギャップが大き過ぎて、 「こんなはずでは・・・・」との思いから、離職につながるのではなかろうか・・・。

 そこで我が社は、求職者の為の「企業診断」を営業項目の一つにしている。 一方通行の会社説明だけでなく、企業の実態、特に労務問題(サービス残業、社内の雰囲気、定着率、実際の営業方針・方法、コンプライアンス意識、経営者の人柄・人間性等など・・・ )を重点に調査し報告しようと云うのである。学生諸君、内定を貰った段階で一度弊社に「企業診断」 を依頼してみては・・・。一生の大事ですぞ。

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2009年04月16日

■社長日記■

 先週は十二分に桜を楽しませて頂いた。今年は開花初旬に可也冷え込んだ関係で寿命が長く、 しかも満開になった先週はポカポカ陽気が続き、多くの方が例年になく桜を楽しむ事が出来たのでは無いか。 100年に一度と云われる不況下にあって、自然は何ともいえない粋な計らいをしてくれたようだ。

 桜は南から順番にと云う訳ではなく、九州から関西を飛び越え東京に行き、Uターンして関西に戻ってくる。 しかも東京から帰るのに1週間位は掛かるようで、小生は今週初めから東京に行っていたが吉野桜は綺麗な葉桜に変わり、 八重桜が満面の笑顔で迎えてくれた。特にホテルオオタニ前の八重が大歓迎の様子であった。

 気分よく昨夜帰宅。上機嫌で今朝出社すると、今日から造幣局の通り抜けが開園とのこと。そこで早速、仕事の合間をみて造幣局へ・・・ 。

 

今年の造幣局の花は「平野撫子」とのこと。

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此処までが平野撫子

 

 後は色々・・・ 

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小生が昨年精魂こめて開墾した我が家の畑が、今は何故か「菜の花畑」に・・・。

これは小松菜(黄)と大根(白)の菜の花。食するには忍びない可憐さであった為、自由気ままにさせていたらこんなことに。でも、 これはこれで結構いい感じ・・・。

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これは丹精こめて育てた「さやエンドウ豆」。何所に豆があるか探してネ・・・。

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2009年04月07日

春爛漫

■社長日記■

 春が超特急で遣ってきた。先週は寒の戻りと云うか、コートの襟を立て肩をすぼめ急ぎ足で歩く姿が目に付いたが、 今週の何と暖かいこと。桜の花も遅れてなるものかと一挙に開花、2分咲き3分咲きを飛び越えて一挙に満開となった感じ。

 そこで毎年の事ながら、昨日から通勤電車を何時もの一つ手前、「天満橋駅」で下車し、 天満橋を北へ渡って大川端の桜並木を通って会社へと、通勤を楽しんでいる。

 桜は昨日が7分咲位であったが今朝は8分から満開の木が多く、多分明日が最高では。年年歳歳花相似たりで、 桜の見事さは何も変わらないが、今年は何時もの大川端と雰囲気が違う。

 昨年まではこの時期になると毎朝早くから花見の場所取りが殺到、地面が見えないほどに青シートが並び、 如何にも新入社員らしい若手が本を片手にシートの上に座り込んでいるのが見られたが、見事、昨日は全くその姿が無し、 今日はチラホラ見られたが、それでも何時もの比ではない。「幾ら景気が悪いとて花見くらいは」と思うが、業績の芳しくない企業の上司は、 「何が花見・・・?、そんな暇が有るなら飛込みの一つでも行って来い!!」と、若手の尻を叩いているので有ろうか・・・。

 何と、大川端にま で不況の波が押し寄せ、今年は可也静かな花見風景となっている。

 

満開の桜のトンネルであるが全く場所取りがいない。誠に不思議な光景である。例年だと桜の木の下は青シートで占められていたが・・。

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  例年だとここらが一番場所取りがひしめく所だが・・・。

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ここまで人が居ないと、桜も少し寂しそう・・・。

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2009年04月01日

感謝

■社長日記■

 今日4月1日、我が社は創業30年を向かえ、新たなスタートを切ります。

 市況は非常に厳しく、 風雪吹きすさぶ荒海に向けての新たなスタートとなりますが30年の年月をかけて築き上げてきた実績信用をバックに、 新たな気持ちで挑戦して行きたいと決意しております。数少ない貴重な「調査会社の社長ブログ」愛好者の皆さん、 今後とも宜しくお願いも申し上げます。

 1979年3月創業、31歳の紅顔の美青年であった小生も何時の間にか還暦を迎え、厚顔の壮年となったが、気持ちは美青年のまま、 大いに働き・おおいに学び・おおいに遊ぼうと思う。

 企業寿命30年説が言われる中、何とか息絶えることなく31年目のスタートがきれたこと、縁あった人と企業に、 ただただ感謝・感謝の一念です。本当に有り難う御座いました。

 普通だと、どこか一流ホテルのメインルームを借り、盛大な30周年記念パーティーを催し、 縁あった方々に感謝の意を表すのでしょうが、性格的にそうした晴れがましい事は苦手、また金銭的にもそれを許す環境に無く、 ホームページを借りて感謝の念を表すくらいしか有りませんが、気持ちは勝るとも劣るものでは有りません。これからも、「企業サービス」 の名に恥じぬよう、「奉仕」 の理念に基づき、「誠実・正確・責任・ 信頼」をモットーに頑張りますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

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2009年03月25日

儚さから感謝へ

■社長日記■

 「朝に道を聞き夕に死すもかなり」などと云う諺があった様に思うが、先週はそんな言葉通り、つくづく人生の儚さを思い知らされた。 1週間に2人友達が亡くなった。1人はある程度覚悟はしていたが今一人は全くの急死。1日どころか1時間も寝る事無くの突然死であった。 と云う事は、小生も今こうしてブログを書いているが、1時間後に旅たつことも有りうる訳である。 そんな事は理屈の上では重々判っているつもりでいるが、目前でそう云う事が起きると話は別、何となく考えてしまう。 考えると云うよりも少しおかしな気持ちになる。

 私が尊敬する天風先生は「死生観が確立しないと人生に最も大切な信念と云う物が確立し得ない」 と述べているが、1週間に2人の友人を亡くし、改めて自分の死生観があやふやないい加減なものであった事を思い知った。と同時に、 2人の友人が死をもって私に大事な事を教えてくれたような気がしている。ありがとう・・・、何となく判りかけて来たことがある。 もう少しで悟るかも・・・?

 昨日は関西総合調査業協会が主催する興信・探偵業研修会が開催された。何と参加者90名、 80名は予定していたが10名のオーバーで席が足りずテンヤワンヤであった。また、研修会終了後の懇親会にも35名の参加があり、 過ってない盛り上がりで、主催者としてはこの上ない喜びであった。尚、当日侍ジャパンが世界を制覇。 感謝かんしゃの一日で喜びのあまり2次会3次会と夜のふけるのを忘れ、今日は月一の健診日であったが担当医の顔がまともに見れなかった。

 ただそんな出来の悪い主人であるが、我が家の庭には春が静かに忍び寄り、毎朝ご主人様を和ませ癒してくれる。 何ともこの世の春である・・・・。

 

小生の寝室の窓一面に映える桃の花。毎朝この近くで鶯がホーホケッキョ、ケキョケキョと目覚まし代わりに歌ってくれる。

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庭の畑に咲く可憐な大根の花。晩秋に大根を蒔いたが肥料不足か土壌が悪いのか大根ならず小根にて葉ばかりさんの大根となり、 食するに偲びづ花を楽しむことにした。

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同じく畑に蒔いた「えんどう豆」が芽を出し可愛らしい花をつけている。これは実をつけてくれるかも?。 とにかく放任主義で我儘に育てているため、文句を言う資格がない。

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 これは小松菜の花。これも食するに耐えない可憐さゆえ花を楽しむことに・・・。

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強い香りを放つ沈丁花

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雪柳

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万作

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2009年03月16日

隠岐の海 歩

■社長日記■

 昨日は、大相撲大阪場所の初日。今度十両に昇進した「隠岐の海http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%A0%E5%B2%90%E3%81%AE%E6%B5%B7%E6%AD%A9関の十両初土俵に燃えていたが残念、 アッと云う間のはたき込みで黒星スタートとなった。

 当日は、隠岐の島出身者で組織する関西隠岐人会の役員会が梅田で開催されていたが、 話題は大相撲で持ち切り、関取の誕生は島根では33年振り、隠岐の島からは何と48年振りである。暗いニュースばかりが続く昨今、 久方ぶりの朗報で隠岐は燃えているという。

 ついでに関西隠岐人会も燃え、夜はミナミで開催された「隠岐の海関を励ます会」に参加。 30名でほぼ満杯の部屋に40名近くが集まり、ちゃんこ料理をつつきながら相撲談義に花を咲かせた。 勿論その内には隠岐からの応援団15名と隠岐の海関の父親も参加していた。

 相撲通の話によると「隠岐の海」 は相当期待できるとのこと。先場所は7連勝で幕下優勝を果たし、文句無しの十両昇進。番付も東十両7枚目、 今場所は5番勝てば十両には止まれるらしい。残念な黒星スタートではあったが地力は相当なものらしく、今年の内に幕内昇進は間違いなし、 との声が大であった。

 皆で「隠岐の海」 を応援しましょう!!。

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2009年03月13日

気鬱が一挙に

■社長日記■

 今日午前中は友人の見舞いに奈良へ。私が師事する中村天風先生は、「病気見舞いは、 気を取られる事が多いので出来るだけ体調の良い時を選んで短時間に済ませるのが良」と話しており、その点は気に留めていたが、 実際にはそうも行かない。友人は手を握って離そうとしない、下手な元気付けの言葉も軽々は言えず、何とも気の重い見舞いであった。

 そんな気鬱の状態で帰社すると、先般弊社を訪問してくれた小学校から封書が届いていた。何かな・・?、急ぎ開けてみると、 思った通り、校長先生と訪問してくれた児童からの手紙が入っていた。小学生の手紙など、随分昔に娘から貰った記憶があるだけ。 400字詰めの原稿用紙に如何にも小学生らしい飾りっけのないたどたどしい字で、「社長さんありがとう・・・・、良い勉強になりました・・ 小学校にも遊びに来てください・・」等と書いてくれている。お見舞い帰りの気鬱など一挙に飛んでいってしまった。

 子供って良いな・・決して上手とは云えない字も、決して上手とは云えない文章も・・・。いったいこれは何だろうと。 飾りが無いからだろうか、純だからであろうか?。私は元々、子供の絵が大好きであったが、今回のことで、字も文章も大好きになりそう。

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2009年03月06日

探偵業の教育研修会

■社長日記■

 “ブログの更新を”と気にはなっていたが何時の間にか金曜の6時、早や今週も終わってしまった。 とにかく時間の経つのは早い。今週1週間何をしたのか、振り返ってみても直ぐには思い出せない。だが、 一日一日は昼休みも殆ど取れないくらいバタバタとしている。これはいったい何なのか、自問自答してみるに、 どうもキチッと計画立てて物事をせず、周りと時間に追いまわされ、追従的に仕事をしている為かもしれない。能動的に動かないと、 バタバタしているが何をしたのかよく判らないと云った結果に終わってしまう様だ。

 来週は、もう少し能動的に計画的に動くことにしよう・・・。

 今月3月24日(火)15時より、関西総合調査業協会が主催する、「探偵業の教育研修会」 を南森町のトーコーシティーホテルで開催する。その案内を今週月曜に発送したところ、非常に反響がよく、 既に定員に達しそうな勢いで申し込みが殺到しており、正直嬉しい悲鳴。このブログに目を通された探偵業の皆さん、 早めに申し込んで頂かないと、お断わりと云う事になるかも知れませんよ・・・。

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2009年02月27日

奉仕のつもりが奉仕され・・

■社長日記■

 昨日、2月26日(木)、北浜の開平小学校の生徒4名と引率の先生1名が弊社に来た。

 これは、所属する大阪船場ロータリークラブの奉仕活動の一環で、地域の子供たちに何かできることは無いかとの考えから、 大阪船場地区にある唯一の小学校(開平小学校)に声がけをしたところ、校長先生より、「本校の立地は、商都の中心地に在り、 昼夜の人口差が極端で住居スペースが少なく、従来の地域社会の存在が成り立ちにくいところになっている。子供たちは、 家庭と学校との往復だけで、地域の大人と日常的に接する機会が殆どない。そこで、ロータリーのオーナーさんに地域の大人として子供たちに、 これまでの人生経験や未来を担う子供たちに託すメッセージを話してやって頂けないか・・・」との提案があり、 それを受けての企業訪問であった。

 午前10時15分の来社予定であったが10時には到着したとの受付からの電話。慌てて出迎えに行き、6階の私の部屋に案内。 子供達は一寸緊張気味であったが皆がいっせいに”お早うございます”と元気よく挨拶、 その後6年生の一人が代表となり、”おいそがしいなか、私たちのために大切な時間を取って頂き、 本当に有り難う御座います”と立派な挨拶をしてくれた。余りにキチッと挨拶をされ、こちらが一寸とまだってしまった。

 校長先生からは「お話をメインに・・」との事であったが、話ばかりでも・・と思い、この地の通称弁護士村とか司法村と呼ばれる地域 (裁判所、法務局、警察、弁護士会館)を一通り案内し、その後10時30分から1時間、私の生い立ちと人生観、職業観をお話させて頂いた。 たいした面白くもない話であったとおもうが、それでも子供達は1時間、真剣な眼差しで一生懸命に聞いてくれた。

 とてもありがたかった、正直、子供たちへの感謝の気持ちでいっぱいになった。「地域の子供たちに何かしてあげよう」 との思いから企画されたものであったが、終わってみれば逆に、子供たちに奉仕されていた事に気がついた。つたない自分の人生を語り、 それを真剣に聞いてくれた子供たちに、本当に感謝感謝でいっぱいになった。得がたいとても幸せな一日であった。

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2009年02月25日

怒り心頭

■社長日記■

 昨日(2月24日)の産経新聞の記事によると、橋下大阪府知事が戸籍謄本、住民票の第三者請求に対し、 本人への通知システムの導入を提唱し、府下5から10の市町村が来年度からの実施を検討しているという。理由は、 不正入手防止の為となっている。

 で、マッチャンは怒り心頭。何でそんなことで?、戸籍や住民票の不正入手防止が出来るのであれば良いではないか、 自分の戸籍や住民票を他人が勝手に取るのを防ぐためと云うのだから良いではないか、何でそんな事で怒るの?。 一般的には誰でもそう思うでしょう。だから、橋下知事は某運動団体から言われるままに何も難しい事は考えず、 良い事は早くやろうとお考えになられたのでしょう。

 ところが戸籍、住民票に関しては一寸違うのです。これは国民の安全に関する重要な問題を含んでおり、 社会生活に重大な影響を及ぼす事項なのです。その事について一寸くどくなるが小生の癖、少し我慢して読んで欲しい。

 戸籍、住民票は元々公開を原則としており、誰でも他人の戸籍や住民票を見ることができた。何故ならその必要性があったから。所謂、 人の身分を証明するものは戸籍しかなく、出生、結婚、親子関係、死亡事項等が記録され、戸籍によって日本国民であることが証明されている。 それだけに、この戸籍は誰でも見れるようにしておかないと、その人が誰なのか判らないことになる。非公開にすれば、 名前も年齢も親子関係も結婚の有無も判らず、本人が言う事を信用するしか無いことになる。日本人かどうかさえ判らなくなる。 その為に戸籍が作られた明治以降一貫して公開の原則が護られてきた。

 ところが、古い戸籍(明治の頃)の中には旧身分制度(士農工商)の族称が記され、士族、平民、 新平民誰だれと名前の頭につけられていた。その為、結婚の際などに戸籍をみるとその家が昔、侍であったのか百姓であったのか、 それとも被差別部落の人であったのかが判ることがあった。そこで、戸籍が差別に使われるおそれがあり、それを無くすために昭和になると、 この族称を戸籍から外し、昭和40年頃には古い戸籍の族称を全て墨で塗りつぶし判らない様な処置をした。それでも、 塗りつぶし方によっては族称を推察できるようなものもあり、昭和50年頃に除籍(除かれた古い戸籍)は第三者は取れないようにし、 取れるのは現戸籍のみと改正した。この法改正により、戸籍が部落差別の材料に使われることはなくなった。

 にも関わらず、運動団体の圧力に屈した各市町村は、戸籍法に「何人も理由を明らかにすることにより戸籍の交付請求ができる」 と決められているにも関わらず、但し、「不当な目的に使われる事が明らかな場合は拒むことができる」となっているのを拡大解釈し、 実際には第三者請求には応じない取扱いにした。所謂、 正当な理由があっても第三者請求には応じないと云うのが各自治体の一般的な取扱いになっていた。

 そこで、他人の戸籍を必要とする事案があると、職権で戸籍が取れる弁護士、司法書士、行政書士などに頼んで入手してもらうと云う、 問題のある手段が一部で行われていた。その中に探偵社や興信所が多くあった。ところがこうした手段を使っていた者にもそれなりの理由があり、 何人も理由を明らかにして交付請求できるとなっているにも関わらず、請求してもそれに応じない自治体が悪いのであるから、 手段に問題は有るとしても取れる方法で取っていた、と云うのである。

 ところがこの手段が明るみに成って運動団体が政府に強力な圧力をかけ、2年ほど前に戸籍法の一部改正を行い、 弁護士や司法書士などの有資格者以外は他人の戸籍を取るのは非常に難しくしいものに法改正した。

 改正の趣旨は、不正入手の防止と戸籍の中に「摘出でない子であることや、離婚歴など、 その本人にとってみれば他人に知られたくないとおもう事項もふくまれている」。従って、 他人に知られないようにするため第三者の交付請求はできないように改めたと云うわけである。

 所謂、部落差別云々ではなく(部落云々は既に戸籍では判らない)、戸籍には他人に知られたくないと思うこともあるから、 秘匿にしてしまう為に戸籍法を改正したというのである。戸籍の重要性や戸籍を見れなくするとどう云う弊害が起こるか?、 などは殆ど議論せず、個人情報やプライバシーに関わることは全て秘匿し、 個人の事は本人が言う事を全て鵜呑みにする以外に方法がないようにしたのである。 身分を隠し悪さをしようとする人を擁護するための法改正を行ったとしか考えられない法改正を行ったのである。

 その上に、橋下大阪府知事は、府下市町村に第三者からの戸籍請求があった場合、本人に請求があったことを通知するシステムを提唱し、 それを5から10市町村が採用する方針だと云うのである。何も考えずに運動団体から言われたから遣るとしか思えない、 極めて短絡的な提唱である。

 国民の多くが自己の利害関係者(婚約者、交際をしている相手、商取引関係者、貸借関係契約者等など)が、 真に誰であるのか、言っている事が本当なのか、疑問を感じた時に、調査する事によって判明するような仕組みにしておかないと大変な事になる。 ところが身分を証明する唯一の公的書類の戸籍を秘匿にし、若し何らかの方法で交付請求しようとすると本人に通知するというのである。 これでは民事トラブルの製造工場を役所が作るようなものである。

 結婚だろうが商取引だろうが詐欺を行おうとする人の大半が身分を誤魔化している。偽名を使い、住所を偽り、 経歴を偽り、親子関係を偽り、結婚や家族、親族関係を偽っている。ところが、こうした偽りを確認するシステムを排除し、 もし調べようとすると、その事を悪事を働こうとする人に役所がご丁寧にお知らせすると云うのである。

 詐欺と思えば訴訟を起こし裁判をすれば良い、と弁護士は言うでしょうが、 一般的に騙され被害を被ってから裁判などしても大半は後の祭りである。探偵社や興信所が行うのは疑いをもった時点で、 転ばぬ先の杖として調査するのである。それを全て相手にお知らせするシステムを提唱したのが、あのお偉い大阪府知事だと云うのである。 余りににも多忙で考える余裕が無く、云われるがままにその時の感覚で物を言っているとしか思えない暴挙である。

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2009年02月24日

だんだん

■社長日記■

 先週金曜日、NHK朝の連ドラ「だんだん」の打ち上げパーティー、「だんだん撮影終了を祝う会」が大阪のホテルニューオオタニで盛大に開催された。何故か私にも案内があり、 喜び勇んで参加した。

 6時半受付の7時開会であったが、6時半にはスタッフの多くが会場近くに集まっている。若い子がいるな・・・と観ていると何と、 めぐみ(三倉茉奈) のぞみ(三倉佳奈) に石橋君(山口翔悟)がいて、 その横ではしゃいでいるのが康太君 (久保山知洋)。なんと「だんだん」 の主役が勢ぞろいしているではないか、ところが、特に人だかりするでも無く、ごく普通に若い子がホテルに遊びに来ていると云った感じ。 お互い写真を取り合ったりしてはしゃいでいる。余りに普通で、その気さくさ、あっけらかんとした自然体には拍子抜けする感じであった。

 やがて、7時の開会と共に「だんだん」のオープニングよろしく、竹内まりやが主題歌を歌いながら登場、キッチリ3番まで歌ってくれた。のぞみめぐみもすっかり歌手であったことを忘れお客さん気分で、 竹内まりやにキャーキャーと声援を送っている。実に気取りのない、「だんだん」そのものののぞみめぐみである。そんな中、何となく押される感じの圧があり、 フッと横を観ると、何とお父さんの(吉田栄作)が私の横に立っている。エッと思いながら 「アッ、吉田さん。隠岐はどうでした、知夫はどうでした?」、 やつぎばやに質問をかぶせると、気さくに「イヤー良いとこでした。赤壁が良かったネ、」、 「エッ、レッドクリフ」、「いや、 そうじゃなく知夫の赤壁」、「西ノ島、國賀は・・・」、 「西ノ島も國賀も良かった・・・、良いとこだね・・、海大好きだから」、「夏、鯛釣りにおいでよ・・・」、などと話が弾む、前のテーブルではめぐみのぞみ石橋君康太君も楽しそうにワイワイやっている。その内、家族ごとに舞台に上がり、 自己紹介を兼ねて思いでやエピソードを話し始める。テレビドラマ同様に本当に暖かい雰囲気に包まれており、厳しい花むらの女将(藤村志保)でさえ笑顔が絶えない感じであった。 そんな中で、一人キリッとたスーツにネクタイ姿の男が私の横に、ムムッ、もしや、「井岡!」、「エッ井岡さんですか?、何でここに・・、」、すると、ハスキーな独特の声で 「ええ、井岡です。ボクシングのシーンありましたでしょう」、「アッ、そうでした、それ丁度観ました・・・ところで○○さん知ってる」、 「知ってるしってる・・・大先輩ですよ」、「そう、僕友達なんですよ」、とここでも話が弾む・・、 何とも楽しいひと時であった。その後、二次会、三次会と用意されていたが所用を理由に家路にと向かった。 それにしても気取りの無い明るい気さくなスタッフの面々であった。

 3月の最後のシーンは隠岐の知夫里島http://www.chibu.jp/が舞台になるはず、 だって準主役の石橋君は隠岐の知夫里島(人口800人、狸1000匹で村の長は狸)の出身なのですから。

 写真撮影も普通に許されていたがブログ等への掲載は硬く禁じられており、残念。

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2009年02月20日

調査業の内外格差

■社長日記■

 昨日東京で開催されたNPO法人全国調査業協会連合会理事会の席上、 「会報誌の原稿を来週月曜までに」との厳命が下った。しかも、1200文字で、との厳しい規制。全くもって何を・・と思うが、 そうも云っておれない。そこで、先ほどからセッセと何時もの持論を書き始めた。毎度の事ながら、その原稿で今週のブログ更新とさせて頂く。 ご容赦の程を・・・・。

調査業の内外格差       副会長 松谷廣信

 我が国に於ける調査業界のこの不況、私はこの業に関係し40年になるが未だ過って経験した事がない。 原因はサブプライムローン等と云うグローバルなものでは無く、 自ら墓穴を掘ったと云われても仕方が無い社会的信用の低さと業界を取巻く法規制と偏向した行政指導によるものと思われる。英・ 米国に於ける調査業は弁護士等よりも社会的信用度は高く、一定の手続きさえ踏めばセンシティブな個人情報でも入手でき、 採用調査(雇用調査)は採用マネージャーが行わなければ成らない最低限の任務(ネグレジェント・ ハイアリングなる考え方)とされ、商取引に於いては、会社は勿論、経営者、役員、 主要株主の身元調査を詳細に行い、住所履歴・犯罪歴・職歴・学歴・ クレジットカード履歴・留置裁判履歴・ 法的違反歴などの調査を義務ずけ社内のコンプライアンス委員会への報告をルール化しているのが一般的とされている。 これは犯罪や不正防止のため企業が最低限果たさなければならない社会的責務と捉えられているが為である。ところが日本に於いては全く逆で、 採用調査や取引先の経営者や役員の身元調査は社会悪と捉え、 厚生労働省や地方自治体の多くは人権やプライバシー保護を理由に「身元調査はしないように・・」との行政指導を行っている。 いったいこの差はどこから来たのであろう。単に「文化の違い」という人もいるが簡単に文化の違いで片付けられる問題ではない。 私は社会的な大問題と捉えている。最近の社会風潮に見られる個人の権利利益のみを主張し、 義務や責任は眼中に無い身勝手な人が横行する背景に、 人権やプライバシー保護を声高に叫ぶ人権至上主義の偏った考え方が見え隠れするからである。 人は何処かで誰かから見られている事を意識することによって自己規制する事ができ、悪いことをすると後で報いが来る事を知っていた方が良い。 再生出来ない社会はいけないが人は何かで調査される事がある事を知っていたほうが良い。 放蕩による自己破産でも直ぐに免責され殆どペナルティーのない今の社会は何処かおかしい・・・。

 

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2009年02月10日

立春

■社長日記■

 立春の声を聞くと同時に我が家の庭の梅が一輪・2輪と咲き始め、日に日に花びらを増やしている。梅の花と言うのは、 寒さの中に凛とした如何にも涼しげな花で、桜とは一味も二味も違った美しさがある。私は「凛とした」とか「涼しげ」 と表現できる人や物が好きで、今頃の3ぶ咲から5ぶ咲くらいの梅の花が良い。

紅梅

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盆栽の紅白梅

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  枝垂れ梅

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ついでに写した山茶花

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2009年02月06日

講演会

■社長日記■

 昨日(5日)、一昨日(4日)と二日続けて講演会を聞きに行った。 一昨日がリーガロイヤルでの手嶋龍一、 昨日が帝国ホテルでの桜井よしこ。両名とも100年に1度と云われる世界恐慌下での激動するアメリカ、 中国、日本の3国間に焦点を絞っての話であった。手嶋龍一は、バラク・オバマ大統領就任演説を如何に読むか、 鋭い切り口で正面から捕らえた解説であったが、桜井よしこは、歴史を紐解き、 大統領演説の裏に隠れたアメリカと中国の日本戦略を鋭く抉り出す内容のものであった。両名とも今が旬の評論家、 何れも1千名近い聴衆を集めていたが、物音一つせず皆が引き込まれるように聞き入っていた。

 その中で私が一番印象に残ったのは、桜井よしこの言葉、「国家は経済によって滅ぶものではない志によって滅ぶのだ」。言葉は少し違っているかもしれないが、 確たる志を持たない今の日本人を喚起する痛烈な言葉であった。

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2009年02月02日

JMAS(日本地雷処理を支援する会)

■社長日記■

「友遠方より来る、また、楽しからずや」ではないが、昨日久し振りにカンボジアに居る友人からメールが来た。 年に何回かの報告メールであるが、とても頑張っている様子が窺え、楽しみにしているメールのひとつである。

 そこで、今日はこの友人が身命を賭して行っている、国際貢献とその日常を写真で紹介しようと思う。

 この友人が行っている国際貢献は日本地雷処理を支援する会で、 自衛隊OBが中心となって行っているNPO法人である。彼は、53歳で自衛隊を定年すると同時にこのNPO法人の立ち上げに参加し、 5年ほど前から現地(カンボジア)入りし、1年の大半をそこで暮らしている。この会の活動は日本地雷処理を支援する会 を見て頂くとして、 彼が時々送ってくる写真の一部を此処に添付します。少しでも興味を持たれた方は「支援する会」に連絡を・・・。

 

カンボジアの地雷原に入って、地雷や不発弾を探索

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現地人も地雷探索、処理に直接参加。

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地雷を発見。こんなのは日常茶飯事、一日に何個も処理するという。

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地雷を撤去した後を畑にするため開墾に励む村人。

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女性も地雷や不発弾処理に参加している

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現地の人と一杯飲みながら談笑。

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地雷処理作業中に捕まえたウサギを丸焼きにして、昼食にするところらしい・・・。

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日本のボランティア団体から送られたポンプで水遊び。至る所に地雷や不発弾はあるが、何ともこの長閑な風景、 小生の子供の頃と何も変わらない。

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子供達の洗濯風景。

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定期的に水質検査をするらしい。

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 村で炭焼きをし生計をなしている家族。何となく羨ましい感じ・・・。

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対戦車地雷の処理中に爆発し7名の現地作業員が死亡、その慰霊碑が昨年1月に造られ、その式典の一コマ。

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 何かよく判らないが、何とも長閑な風景である。

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2009年01月22日

新春放談

■社長日記■

 今週は、関西総合調査業協会の会報誌(新春号)を発行しなければならず、その作業に追われ、 何時ものことながらブログ更新の時間が取れない。そこで、また小生得意の手抜き技、奥の手を出すことにした。 会報誌の原稿添付で今週はお許し願いたい・・。

新春放談          会長 松谷 廣信

 新年明けましておめでとう御座います。会員の皆様方には清々しい新年を迎えられた事とお喜び申し上げます。

 それにしても昨年は厳しい年であった。世間は9月のリーマンショックを機に末曾有の不況に落ち込んだと云うが、 我が調査業界は9月どころか、ここ数年来原子力潜水艦で深海に潜り、浮上することを忘れたかの如くである。そこで、 新年に当たり私なりにその原因を分析し、浮上の道を会員の皆様と一緒に探ってみたいと思う。

私がこの調査業界に身を寄せたのは1971年、23歳の時であった。当時の関西経済は万博景気の余波もあって活気にあふれ、 調査業も引く手あまたの盛況で、納期が間に合わず、採用調査等は春先に調査したものを秋にレポートすると言った超多忙な状況にあった。また、 大衆調査関係も電話帳を始めとした広告媒体をフルに活用、大鯛を網ですくい上げるような大きな仕事で潤っていた。 ところが1975年の地名総監事件を機に「身元調査おことわり運動」が大々的に行われ、 大手企業や金融機関の大半が新卒中途の別なく採用調査を控えるに至った。また、 大衆調査関係も結婚等の差別問題に起因して身元調査のあり方が問題視され、徐々に陰りが見え始めた。しかし、 全般には景気の下支えもあって平成の1桁代位までは細々ながらでも何とか食にはありつけていた。ところが平成12年の日本アイビー・ リック事件を機に、企業の採用調査は急激に落ち込み、大衆調査部門にも少なからずその影響がでた。そんな中での昨年来の不況である。 厳しいとしかいいようがない。ただ、景気の良し悪し、経済の浮き沈みは世の習い、資本主義経済下にあっては致し方無い事である。ところが、 調査業界の今のていたらくは必ずしも取り巻く環境によるものばかりではなく、多分に自ら墓穴を掘った感じがある。その根本原因は、 差別体質と荒っぽい営業手法から社会的信用を失墜し、調査会社は「高い、怖い、いい加減」 の印象を広く社会に与えてしまった結果によるものといえなくもない。採用調査、結婚調査に対する行政の規制はただひとえに 「差別につながるおそれ」であり、その恐れさえ払拭できれば規制の根拠はない。また、大衆調査の不振も、高い、怖い、 いい加減の社会的評価を覆すことが出来れば、決して需要が無い訳ではない。 調査という仕事は有史以来延々と続いてきた社会生活に欠くことの出来ない有益な仕事であり、 安全な社会生活を営むためには無くてはならない崇高な職業である。にも関わらず、 日本の調査業が未だ日の目を見ないのは偏に自らの体質にあるのではないか?考えさせられる部分もある。たしかに、 調査を取り巻く環境が個人情報、プライバシイ、人権等々、何かと厳しくなっている事に違いはない。アメリカやイギリス、 ヨーロッパ各国の調査業は、立派に社会的認知を得て、一産業として高い評価を得ている。特にアメリカでは企業の管理者の最低限の仕事として、 採用調査、取引先調査が義務づけられているくらいである。それもこれも社会の要請と業界の自助努力の結果であって、 差別と調査をイコール視されるようなナンセンスがなかったからである。日本の調査業界も自らの努力によって差別を無くし、 差別と調査は全く別次元のものであることを社会に広く知らしめなければならない。

所謂、差別のない社会を作ることによって、「調査は差別につながる」などと云う、 自己矛盾の論理を完全に払拭しなければならないと考えている。区別と差別は違い、好き嫌いと差別も違う。云われ無き差別、 自らの力ではどうすることも出来ない差別、そんな差別はあらゆる努力によって解消しなければならない。しかし、 調べることを禁止することによって差別は決して無くなりはしない。寧ろ、規制すればするほど変質化し潜在化した差別が強くなる。それが人の深層心理ではなかろうか。「差別意識の解消」は法律や規制によって出来るものではない。 解消の方法は色々あると思うが、隠すことや調査を規制することによって解消されるもので無いことは火をみるより明らかである。 行政や人権団体は、調査する事が差別であるかのように言うが、調査は、事実の追求であり真実を解き明かす術である。 被差別部落云々など全くナンセンスとする、差別のない無い世の中を作らんと!!、 その理想に燃えて行政も人権団体も運動しているのではないか。そうした理想を掲げながらなぜ調査を規制するのか? 我々調査会社は 「部落差別調査は、しない、受けない、やらせない」運動を推進している。ところが、聞くところによると大阪府は現状の規制に更に輪をかけ、 戸籍の入手を本人に通知するシステムを推奨し、市町村にその検討を要請しようとしているという。人の身分を公証する資料は戸籍しかなく、 あらゆる調査の基礎資料となるのが戸籍であるにも関わらず、「誰かが貴方を調べていますよ」 と云うことを行政が被調査人に知らしめるシステムを導入しようとしている。 これは一見いかにも親切で不正防止に役立つ方法と思われるかもしれないが、例えば「独身を装って女性を口説き」、口説かれた女性が 「本当に独身か否か?」調べようとすると、行政がその詐欺師的男に「貴方を調べている人がいますよ」 とお知らせすると言うおかしなことになってしまう。これこそ要らぬお世話である。 逆に夫婦を装って、相手を脅すなどと云う行為もよくある。ところが、本当に夫婦かどうか調べようとすると、それも脅迫する相手に「あなたのことをこの人が調べいますよ」とお知らせすると言うことになる。 事件や事故が起こる前の事前調査、 悪質な他人への成りすまし行為や詐欺行為の解明調査で真実を知ろうと相手の身分確認調査を実施すれば、 市町村が被調査人にお知らせするといった馬鹿げたシステムが構築されてしまうことになる。 何を目的にこのようなシステムを導入しようとしているのか・・、私には理解しがたい。 何れにしても我々調査業者は今まで以上に差別解消に向け不断の努力をし、 調査イコール差別ととらえる様な間違った考え方を是正して貰わなければならない。また、 戸籍の公開原則を極めて厳しく制限している現状を打開し、 庶民の安全に貢献する調査業が欧米並みの社会的認知を得られるよう活動を強化して行かなければならない。新年に際し、 会員の皆様とともにこうした決意を新たにしたいと思っておりますので、ご協力の程宜しくお願い申し上げます。

投稿者 ks110 : 14:50 | コメント (0) | トラックバック

2009年01月13日

スキー

■社長日記■

 毎年1月の3連休は、所属する船場ロータリークラブのスキー同好会が企画するスキーツアーに参加することにしている。

 今年は、長野県の白馬。土・日・月と3泊3日のスキーを楽しんできた。参加者は13名、平均年齢60歳余と可也の高齢であるが、 それがスキーウエアーに身を包むと40歳の壮年となり、ゲレンデに立つともはや20代の若者である。 ゴンドラとリフトを乗り継いで2千メートル級のゲレンデに降り立つや我先にと一気に滑降、何とも若々しい老人パワーであった・・・?。

 と云う事で、昨晩遅くに帰宅した事もあり今日は少々疲れ気味。ただ、休日の疲れを仕事に持ち込む事はご法度、 勤労者としては有ってはならないことである。休日の目的は、仕事の疲れを癒し英気を養うことにある。よって、 今日は何が何でも元気溌剌でいなければならない、筋肉痛などなんのその・・・何ともトホホ・・・。

投稿者 ks110 : 17:35 | コメント (0) | トラックバック

2009年01月08日

新年明けましておめでとう御座います。

■社長日記■

 新年明けましておめでとう御座います。今年も週一更新に努める所存ですので、宜しくお願い申し上げます。

 今年の正月は自宅でノンビリ。何時もは、ゴルフ、スキー、小旅行など結構バタバタと過ごしていた様に思うが、 今年は元日にお寺にお参りし法話を聞いたくらいで、後は家族団らん。久し振りにゆったりとした良いお正月を過ごすことが出来た。 何となくノンビリと云うのが良くなってきたのは歳のせいかも・・?。

 5日初出で、今日まで挨拶回り。昨年もそうであったが新年の挨拶回りにも関わらず、話題はどうも暗い。「今年は期待してください・・ ・」などの前向きな話は殆ど聞けず、「採用は有っても欠員補充くらい」との話ばかり、新規の事業計画などは全く聞けずじまいであった。

 同様にマスコミ報道も超暗い。テレビは早朝から人員削減、派遣切り、炊き出し、宿舎確保、生活保護申請云々等など、 昨年末からシリーズの様にして流している。これでは明るい話題など出てくるはずがない。実態以上に不況を煽り、 マスコミは不況を商売にしているのか!!、と怒りさえ覚えるほどに執拗に報道している。何もマスコミの報道姿勢ははこれに限らずで、 人の心を暗くするような嫌なニュースだけに集中している。何故マスコミはこんなに消極的な事が好きなのか・・?。多分それは、 視聴者がそれを望んでいるからと云う事であろうと思うが、マイナスだけを恣意的に扱うのは国の大損失であるように思えて成らない。また、 最近気になるのが政治家の言葉狩り、本音で一寸きつめの事を口にすると、言葉尻を捉えて野党が政争の具にする。 これでは本音の論議など何一つ出来ないのでは・・?と思うが、マスコミも政治家の言葉狩りが大好きなようである。

 と云う事で、家族団らんのゆったりとした正月のお返しか、今週は今ひとつ気分がパッとしない。 そんな気分では新年早々指揮に影響する。そこで、今度の3連休は気分転換の為白馬にスキーに行くことにした、ルンルン・・・♪♪。

投稿者 ks110 : 17:33 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月27日

見知らぬ貴方へ

■社長日記■

 はや御用納め。例年通り29日の納めにしようと考えていたが、どうも世間は27日で終るところが多いらしい。でも我が社は、 と頑張るつもりでいたが肝心の仕事の依頼が無い。掃除に2日も掛けるわけに行かず、意を決して今日で納める事とした。

 「調査会社の社長ブログ」の僅かな愛読者の皆さん、1年間本当に有難うございました。 心より御礼申し上げます。何処かで誰かが読んで下さると思うから続けることが出来ます、本当に本当にありがとう、感謝申し上げます。

 先週土曜日、何時もの様に図書館で手当たり次第に本を借りてきた。今回は正月を挟むので貸し出し期間が4週間ほどある。 そこで欲張って何時もの倍の6冊借りた。そのうちの一冊が浅田次郎の「見知らぬ妻へ」。浅田次郎が「見知らぬ妻へ」に寄せる思いと、小生が 「見知らぬ貴方へ」よせる思いは勝るとも劣らない。来年も週一は更新に勉めますので、何卒宜しくお願い申し上げます。

 それにしても厳しい1年であった。全般にはリーマンショックの9月を機に急激な不況に入ったようであるが、 弊社は今年1月から落ち込みぱなし。前年同月比でプラスに転じた月が一度も無かった。「情報産業ゆえ何事も常に先取りして」 と何時も考えてはいるが、何も不況まで先取りすることは無かろうに、確りと先取りしてしまった。何ともトホホ・・・。 しかし取ってしまったものは仕方が無い。そこで来年は好況を先取りすることに一心に努めようと思う。世間は、 後1年は先ず難しいと見ているようであるが、弊社は不況の先取り分をお返ししなければならない立場にある。 その責務は何がなんでも果たさなければ・・・。

 それでは、良いお年をお迎えくださいませ・・・。見知らぬ貴方へ愛を込めて。

投稿者 ks110 : 10:05 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月24日

今年の漢字「変」

■社長日記■

 今年の漢字は「」と決まった。 「変革」とか「変化」とか、色々な形で「」が多く使われ話題になった年であるが、私の感想は 「変革」とか「変化」ではなく、「何か変だ」・・・の「」な年であった様に思う・・・。

 「変革」とか「変化」と云う言葉から受けるイメージは、 私的には、自主的で先に向かっての能動的な感じを受け、昨年の「」 などよりは遥かに積極的で明るい印象である。

 ところが小生が感じた今年のイメージは、「何か変」の 「」でしかなかった。 このブログでも書いた記憶があるが、何と云ってもあの無茶苦茶な原油の高騰、その影響でガソリンが1リットル200円、 小生の出身地の隠岐ノ島などは230円まで高騰したが、今や100円を切るまでに下がっている。1年の間で100% の乱高下など投機以外の何者でもない。投機が投機筋の中だけで動いている間は良いが、 この急激な不況にみられるように額に汗することなく稼ぐ金融筋のマネーゲームが実体経済に影響し、予想もしない急激な不況に至る。 私のような経済音痴には「何か変だ」としか思いようがない。

 また、「個人情報」や「プライバシー」の考え方もそうで、 何の為に個人情報やプライバシーが大切かを説くこともせず、だだ闇雲に個人情報やプライバシーの保護を叫び、 「人権」を錦の御旗に大手を振っている人の多いことか。「人権」 を叫びながら人権無視や人権侵害が横行しているのも「何か変」である。

 「戸籍」や「住民票」問題もそう・・。 戸籍も住民票も公開の原則を崩せば、その存在そのものが何のために、と思われるくらいであるが、一部の不正取得や不正使用を防止するために、 公開原則を廃したとしか思えない厳しい取扱いにし、「」 をはびこらせるシステムを構築している。「何か変」だとしか言いようが無い。 聞くところによると大阪府は戸籍取得に対し、本人通知システムを作ろうとしているとか。それこそ、 「争い事」の火種製造工場を作るに等しい暴挙である。知事は弁護士ゆえ、 争い事が増えれば増えるほどウハウハかもしれないが、もう少し深く掘り下げて慎重に考えて頂きたいと思う。

 姓名、年齢、住所、、経歴、身分、 親子関係などは本人以外の人でも確認しようと思えば確認できるシステムを残しておかなければ、 詐称がいくらでもまかり通るおかしな社会になってしまう。先般もこのブログに書いたが、今やあらゆる証明書の偽造が割りに簡単に出来る。 戸籍も住民票も運転免許書も、いわんや履歴書や名刺などは作り放題である。ところが、 戸籍や住民票など人の身分や住所を証明するものは本人以外には入手困難、経歴の確認も本人承諾が必要となれば、 嘘がまかり通るのは火を見るより明らか。ところが、誰でも自分の事を調べられるのはいい気のするものではない。そこで、個人情報、 プライバシー、人権を盾に、「貴方のことは調べられないようにします」、「もし調べている人が居たら貴方に知らせるシステムを作ります」 と云われると、なるほど、それは良い事だと皆が賛成する。たしかに皆が善良で嘘をつかないのであればそれで良いが、それ程世の中は甘くない。 ところが、「何か変」と思っても「騙されているのでは」と感じても、 調べることが出来ないシステムを作られてしまえばどうしようも無くなる。何処の誰が何を意図しているのか知らないが、 今現実にそう云う社会が作られようとしており、可也の段階まで進んでいる事は間違いない。とにかく「何か変だ」。

 今年のぼやき納め。

投稿者 ks110 : 15:49

2008年12月15日

感動

■社長日記■

 早や師走。12月は「師も走るほどに忙しい」と云うが、その通りで、師が走るくらいだから凡人はなおさらである。超多忙、「何が」、 「資金繰りが」と云うのが関西人の乗りで、昨年までは少々資金繰りが忙しかろうが何だろうがジョークを言い合い遊んでいたが、 今年の年末はそうも行かない。リーマンショック以後の不況は余りにも急激で、 少々の事はジョークで笑い飛ばしていた小生の友人達も今ひとつ顔色が冴えない。そこで、 「こんな年は早く忘れてしまおう」という事なのか、やたらと忘年会の誘いが多く、 先週は日曜から金曜まで6日連続の飲み会となった。東京で2日、大阪で4日と続き流石にこたえた。

 その中、東京の行き返りで読んだ本が、「太郎が恋をする頃までには・・・」(栗原美和子 筆)。 書き出しは何だ・・・と云う感じであったが、読み進むに連れて恐いほどに入り込まされ、字が霞んで見えなくなる、 車窓の風景に目を転じ涙をごまかす、その繰り返しであった。何故それほどに感動したかと云うに、 文体からしてノンフィクションの社会派私小説としてとらえていたから。ところが実際は、 ノンフィクションとフィクションを入り混ぜて私小説にしたものである事が判り、何とも云えない複雑な気持ちになった。「こんなの有りか・・・ ?」と云う感じ。

 ところが一昨日の土曜日、2660地区のロータリーの地区大会のフィナーレで聴いた「佐藤しのぶ」の歌声、同じ涙でも全く違ったものであった。 60年間の人生で、正直、歌と歌声に涙したと云うのははじめてであった。それも、気がついたら涙が溢れていた・・・と云う感じ。 何とも云えない感動であった。

投稿者 ks110 : 17:38

2008年12月03日

十三と云う街

■社長日記■

 大阪に「十三」(ジュウソウ) と呼ばれる下町がある。大阪市の北部に位置し、淀川の北岸に広がる大阪特有の極々庶民的な街である。東京の下町とは随分違い、 大阪南の下町ともまた違う。誰の歌だったか忘れたが昔、「十三の姉ちゃん」 と云う歌が流行ったことがある。所謂、歌になる程に独特の味を持った街と云うことであろう。

 その十三に知人を尋ねた日のこと。夕方知人宅に向かって表通りから少し入った路地を歩いていると、 人目もはばからず立ちションをしている男がいる、余りいい気はしないが道は一本、仕方なくその人の横を通りかけると、 「今晩は・・」と声がする。 アレッと思って回りを見回すが誰も居ない、立ちションの彼と私の二人である。と云うことは・・・彼が私に「今晩は・・」と挨拶したらしい。全く見も知らずの人であり、しかも立ションをしながらである。普通、 挨拶をされたらあいさつを返すが、流石にこの時は引いてしまい、黙って通り過ぎた。

 知人に合うなり、その話をした。「今おかしな人に合ってん、 十三には変わった人がおるナー・・」と、すると、その知人、「何言うとんねん。 十三の人は皆そうやで。知る知らないに関係なく、朝顔を合わせれば、お早うございます、 夕方顔を合わせれば、今晩は・・、お休みなさい・・ 。皆が声を掛け合う。若い人でも皆そうするでー」と云う。「ほんまかいな・・ 」、「ほんまや・・」、「顔見知りでなくても?」、「そうや、顔見知りでなくても。 中には、昨日寝れなくてな・・等と話し掛ける人もいる・」 とのこと。

 どうも、おかしな人は小生の方であったらしい。彼から見たら、 立ちションしながらでもわざに挨拶したのに知らん顔で通り過ぎるなんて・・・、と云うことになる

 その話を聞いたとたん、立ちションの彼(40歳前後)に何とも云えない親しみを覚え、引き返して「今晩は・・」と挨拶をしたくなった。と同時に、 十三と云う街が何となく好きになった。

投稿者 ks110 : 15:04

2008年11月25日

里帰り

■社長日記■

 昨年同様11月22・23・24日と3連休は郷里「隠岐ノ島」に法事の為帰って来た。昨年が1周忌、今年が3回忌。何となく変、 と思うがそう云う数え方をするらしい。それに兄貴の33回忌を重ねての法事であった。

 22日早朝に出発したが3連休の初日、予想通り中国縦貫道路は吹田インターを入って間もなく渋滞、 宝塚を越えるのに小一時間を要したが後は極めてスムーズ。久し振りに妻と二人のドライブを楽しんだ。中国から米子自動車道に入ると、 何となく山陰の香りが漂ってくる。県境の長い長いトンネルを抜けると、山が燃えていた。大山が雪化粧、すそは見事な紅葉。ワッすごい、 思わず声が出る、車は蛇行・・・。「お父さん前を見て!」、文句を言いながら妻はすっかり大山に見とれている。 暫く走り大山パーキングに車を止めて写真撮影。ところがこのパーキングからは今ひとつ、 手前2?3キロのところの眺めが素晴らしかったが高速で車を止めるわけにもいかず、残念であった。

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境港着12時40分、隠岐汽船の出航までに 少し余裕があった為、境港のキタローロードを散歩することに。 道路の両脇は妖怪でいっぱい、鬼太郎やねずみ小僧くらいは判るが後の妖怪はサッパリ、ただ、その妖怪の数にはビックリした。

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こんな調子で妖怪を紹介するとキリがない。この妖怪の名前は知らないが、口の中は賽銭で一杯、よく観光地で見られる一コマ。

 

隠岐の家の2階から撮った朝の風景。この景色を見る為に隠岐に帰るようなもの。

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夕食の後、夜9時頃家の前で懐中電灯を照らしながら手づかみで捕ったサザエとアワビ。この季節になると夜、浅瀬にサザエが遊びに来る。 膝までの浅瀬で結構捕れる。

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楽しい楽しい2泊3日の里帰りであった。

投稿者 ks110 : 17:41

2008年11月21日

近畿島根県人会

■社長日記■

 今週日曜日、近畿島根県人会第46回総会がホテルニューオオタニにて大々的に開催された。参加者数570名。 過去45回で最高が380名であったと云うから如何に盛況であったかがお分かり頂けると思う。

 島根県人会は、石見、出雲、隠岐と3地区に分け、1年交代で総会の幹事役を務める事となっており、今年は隠岐地区の担当であった。 従って、懇親会での出し物(演芸)も隠岐一色。何時の頃からかは知らないが、隠岐には極めて庶民的な伝統文化があり、 祝い事で飛び入りで行う「にわか」とか、北前船がもたらしたと思われる隠岐民謡など、宴席での芸事は盛り沢山。 その地元芸人が大挙押し掛けての懇親 会。それはそれは賑やかなものであった。

舞台のお払い神事のシーン

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隠岐民謡と綺麗どころの踊り。隠岐の島から今日の日の為・・。

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「にわか」と呼ばれる寸劇。

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寸劇の闘牛シーン。

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民謡「しげさ節」で日本一になった娘さん。

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県人会とは全く関係ない、大阪城のお堀の銀杏並木。余りに綺麗だったから。

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投稿者 ks110 : 18:19

2008年11月14日

自己責任

■社長日記■

 最近よく「自己責任」と云う言葉が頭をよぎる。「いったいどうなっているんだ!」という感じ。 怒りと云うよりも何となく不思議な感じがしている。

 今朝の読売新聞にこんな記事があった。「大阪府が舞洲、夢洲、 咲洲等の護岸から釣り人を締め出す計画を立てている。それに、釣り人など府民の多くが、ささやかな楽しみの場をなぜ奪うのか・・ と大反対の声を上げている」と云う内容の記事である。

 なぜ府がそんな計画を持ったかと云うと、1年ほど前に護岸で釣りをしていた男性が誤って海に落ち死亡したらしい。すると、その遺族が 「男性が海に落ち死亡したのは、府の安全対策が不十分であった為・・とし、府を相手取って提訴した事に起因しているらしい。 ただ、その事件は係争中で判決は出ていないし、訴訟の中身もよく知らないので、 その件に何かコメントしようと云うのではない。

 ただ、小生の感覚からすると「エッ何で!」と云う感じである。  「自己責任」は、と云う感じ。何でもかんでも他人の責任にし、自分の責任は完全放棄。 日本古来の武士道などとは程遠く、利己主義と個人主義が横行し、権利主張のみをするから、 保身の塊である行政は些細なことでも法律を作り規制を設け、責任を逃れようとする。結果、 非常に余裕の無いギスギスした社会が形成されて行く。

 回顧趣味では無いが、昔は多くの事が「自己責任」でかたづけられた。その事の良し悪しは別として、それだけに「責任意識」 は何をするにつけ強かったと思う。ところが今や「自己責任」などと云う言葉は死語になりつつある。何でもかんでも他人のせいにするから、 他人は保身に走らざるを得ない。結果、法律でがんじがらめにされた遊びの無い社会になって行くことになる。

 最近、銀行や郵便局などお金の絡む所での手続きの煩いこと。一方で個人情報、個人情報、他方で本人確認、本人確認。 権力のある機関はそれで良いかもしれないが、本人確認など要求できない零細企業や個人はどうするの・・。

 そう云えば数日前、見事な履歴書に出会った。○○年3月京都大学経済学部卒業、○○会社勤務、 退職と云う立派な履歴である。ところが京大の卒業者名簿に該当者は居ない。前職、前々職に取材をし、上手く学歴を聞き出すと、 最終学歴は愛知大学経済学部卒業になっていると云う。そこで愛知大学の卒業名簿を調べたがやはりない。この詐称、 調査会社に依頼したが故に判ったこと。幾らベテランの人事担当者でも面接だけでは見抜けまい。

 ところが採用時の調査はまかりならんと云うのが厚生労働省、ハローワークである。それを真に受け、 弊社が採用調査の営業をかけると、「そんな事して良いんですか?。採用調査は禁じられているのでは?」等とのたまう人事担当者が大い。 特に関西は行政と人権団体の活動が熱心で、採用調査イコール差別ととらえ調査会社を罪悪視する傾向がある。

投稿者 ks110 : 14:22

2008年11月11日

家庭菜園

■社長日記■

 その後の菜園。今年5月の大型連休を利用し、家の庭を開墾し畑を作った。家の庭の菜園、まさに家庭菜園である。 最初に挑戦したのが夏野菜、極々一般的に、トマト、キュウリ、ナス、ピーマン。美樹は割りに順調に育ったが実は今ひとつ。 一番よく出来たのがキュウリ、次がトマト。ナスとピーマンは、出来るにはできたがと云う程度であった。ただ、味は抜群。 野菜でも生産者に似るのかと感度しきり。

 で、今度は秋野菜に挑戦。こまつ菜、ほうれん草、春菊、二十日大根、大根、えんどう豆と欲張ってみた。成果はいかに・・?。 写真をご覧あれ.

自助努力で成長した「こまつ菜」。但し、小生の口に入る前に、親子ばったが隣近所に声をかけ大群をなして食べに来る。

家庭菜園 004

家庭菜園 005

 

これは大根。葉は殆どばったに食べられた。

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これは「春菊」。春菊は味が合わないのか臭いが嫌いなのか、殆ど手をつけない。

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「こまつ菜」のましな分。

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「大根の葉」の大半は食べられている。

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庭の片隅に咲きかけた「つわぶきの花」。

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7月から咲き始め11月になった今でも3日に一度は咲く朝顔。大変な生命力である。妻は私の育て方と自慢げであるが、多分に自助努力。

家庭菜園 001 家庭菜園 002 

投稿者 ks110 : 15:42

2008年10月28日

調査業を取巻く環境パート2

■社長日記■

関西地区の良識派の業界人で構成する団体に、「関西総合調査業協会」と言うのがある。その協会の会報誌「関調協会報」を今日発行した。その会報誌に掲載した私の原稿を添付し今日のブログとする。悪しからず・・・。

調査業を取巻く環境(米国と日本の格差) 会長 松谷廣信

 今私の手許に以下のようなレポートがある。これは、アメリカのシンクタンクから日本のシンクタンクの理事に送付されてきたリスクマネジメントの資料である。

取引業者に係る事項

1.下のようなケースでは、すべてコンプライアンス担当者はその取引の内容及びそれに関係する情報をコンプライアンス委員会に報告しなければならない。

・不適格な人、あるいはその可能性が疑われる人が存在する可能性のある商業取引
・ある額以上の資産の売買、金融取引
・継続的な企業関係、戦略的提携、ジョイントベンチャー

報告には次のような事項を含めなければならない。

名称、住所

法的形態(例えば株式会社、ジョイントベンチャー、合名会社等)

事業形態(事業内容)

事業展開している地域

役員名、主要株主および下記のような背景調査(アメリカの例)

・身元調査、住所履歴
・犯罪歴
・職歴、学歴の確認
・ライセンス(免許)、証明書等の確認
・運転歴調査(違反等)
・クレジットカード履歴
・自己破産等の記録調査
・留置、裁判歴
・法令違反等
・メディアサーチ(マスコミに取り上げられたものの調査)
・国外行動調査

提案されている取引の理由(我社、子会社の側から見て)

その取引の合法性

この取引を仲介あるいは紹介したことによって報酬を受ける人がいればその身元確認が必要


2.物品、サービスの供給者との取引に係る原則は以下の通りである

・コンプライアンス委員会は、不適格な団体、人物と我社・関連会社が取引を継続している場合、それを「不適切な重大事態」と認識する。

・したがって、このような取引関係が即時中止されることを我社にとって最善であると認識する。

・コンプライアンス担当者は全ての物品・サービスの取引相手の背景調査を行い、その正当性を定期的に確認しなければならない。そこで疑義のある場合には調査を行い、その結果を全て委員会に報告しなければならない。

 所謂、コンプライアンス上ある一定の取引に関し、相手企業と役員及び大株主について徹底した身元調査を定期的に行い、関係するコンプライアンス委員会に報告することを義務づけている。

 驚く無かれである。私は、前回の全調協の会報誌に米国の採用調査についてのネグリジェント・ハイアリングなる考え方を紹介し、採用マネージャーが行わなければならない必要最低限の一つに採用調査(身元調査)がある事を書いたが、商取引に関してもこれ程身元調査がコンプライアンス上重要視されているとは思わなかった。今更ながらアメリカと日本の感覚の違い、調査に関する考え方の違いに驚かされるばかりである。

 米国では、企業の社会的責任上、雇用者の責任として採用調査を詳細に行い、商取引の相手先を綿密に調査する事を徹底して行っている。ところが日本は、個人情報保護や人権、プライヴァシィを盾に、人事調査(身元調査)そのものを否定しようとする考え方が大手を振い、厚生労働省や自治体は、採用調査も結婚調査も「差別につながるおそれ・・」として、極めて否定的な見解を取っている。また、何を根拠にしているのか、「身元調査をしないよう」指導し、ハローワーク等は「採用調査」が行われたと云うだけで事情聴取さえ行っている。所謂、差別の有無ではなく、「つながる怖れ」として調査そのものを問題と捉えている。

 米国では人権や商道徳、企業の社会的責任を果たすために身元調査を重要視し、一定の手続きさえ踏めば、個人の居住履歴、クレジット情報、運転履歴、犯罪歴、裁判歴などの情報は比較的簡単に入手できるシステムを構築している。ところが我が国は、人の住所、氏名、年齢さえ確認できなくし(住民票の公開制限)、親子関係や結婚歴などは、たとえ結婚相手でも確認できなくし(戸籍の公開制限)、行政や大手企業は、求職者の履歴(学歴、職歴)も個人情報保護を理由に第三者照会には応じないシステムを構築しているる(個人情報保護法の拡大解釈)。そして、自分の所さえ良ければ、自分の所さえ問題にならなければ的利己主義をコンプライアンスと取り違え、社会の安全・安寧などの社会的責任は全く眼中にないのではと邪推したくなる状況にある。最近話題になった、事故米の流通(三笠フーズ事件)なども、米国的なコンプライアンスの考え方で、取引先調査を徹底していれば、流通段階の何処かできっと歯止めが掛かったはずである。

投稿者 ks110 : 15:05

2008年10月23日

人事調査

■社長日記■

 今日午前中の話。 ”社長電話ですよ・・・”、懐かしい友人からの電話(元の職場の同僚であった友人(元調査員))。

 「松ちゃん元気?、ところでチョット悪いんやけど、 某人の大学の卒業と勤め先の確認できへんかな・・?」、「何それ」、 「いや、一寸仕事の関係なんやけど・・・、 平成5年の○○大学卒で○○会社に13年ほど勤めていたと云う人なんやけど、どうもオカシイねん」。

そんなこと自分でやりーや。昔取ったきねづかで・・・」、「うん、それが自分なりにやってみたんやけど、学校は、それは個人情報なんで・・ 等と最もらしい理由をつけて応えてくれんし、会社に訪ねても、個人のことは・・・とかで何も判らんのや。 何か昔と違ってえらいことになってるねんナー?」

そやで・・・、昔とは全然違ってきて、個人の事は何も判らなくなってるねん。 確認するシステムが個人情報保護を理由に、全てシャットアウトされつつあるねん」、「ほなどないすんの・・。個人の事は何も言えんという事は、逆に云えば個人の事は何でもかんでも云いたいほうだいかいな・ ・・?」、「そや、だから俺、最近腹たちまぎれ云うてんねん。 東大卒や京大卒が一挙に倍増するデーって・・」、「何でそないな事になってん?」、

そら、人権の有識者とか・・色々賢いお方が集まって、卓上の空論でやるからこないな事になるんとちゃうか?。今は、 戸籍住民票も取れんしな・・。成りすましなんて簡単に出来る世の中になってるねん匿名社会とか云われて、個人情報保護の行き過ぎを一時非難する声もあったが何時の間にか、 個人の事は答えないと云うのが定着しつつある。事なかれ主義の典型だネ・・。 警察なんか退職者は勿論、現職でも居るかいないかさえ云わない。 自分らが調べる時は個人情報保護も人権もプライバシーもあったものではないが、自らの事になると徹底して隠す。だから、” 元○○警察で刑事していた”などと大洞吹いても絶対OKやで・・・。幾らたずねても居たとも居なかったとも云わないんだから・・・」、

そんなアホな、住民票も戸籍も見れんわ、学歴も職歴も確認できんわ、エ、 それでどないすんねん。名詞なんか何ぼでも作れるんやで・・、確認できんちゅうことは、何でも有りかいな。結婚離婚を何回繰り返していても、 本人が初婚と云えばそれまでか・・」、

そやで・・、個人の事を確認しよう思うたら、本人にその為の承諾を貰わんといかんらしいわ・・・。 しかも書面で貰わんと、確認に必要な本人承諾の証明がでけへんねん」、

「えらいこっちゃなー、と云うことは何か、商取引でも何でも、 相手の事を知ろうと思えば、相手に調べさせてもらうよってに、その為の承諾書をお願いします、って云うわけ。  そんなアホなことがあるかいな・・、これから取引しようとか、付き合いしようとか、名詞だされて大きな話されても、 相手の事を本当に知ろうと思うと、調べさせてもらいますよってに、調べてもらって結構です、 という意味の書面を書いて下さい、なんてお願いするんか・・? 」

そういう事になるわナ・・」、「そら一寸おかしいちゃうか・・、相手の確認もまともにできんで、それで騙されたらどないすんねん」、

そら、騙された方がアホやねん」、「騙された方がアホやいうても、調べられへんのやろ、そらおかしいわ・・・」

 こんな話で延々30分。結局何とかやってみよう、と云う事にはしたが、奴さん、調査料など全く眼中にない。時代錯誤もはなはだしい・ ・・?。

 誰が・・、どっちが・・、二人ともや・・。人権の有識者にこっぴどく叱られそう。

 だが、幾ら自分なりに勉強しても、こうした「人に関する調査」を、個人情報とか人権、プライバシイを理由に出来なくしてしまうシステムや考え方 (否定する考え方)はどうしても理解できない。納得がいかないと云うよりも、「人を調べてはいけない」などと云う考え方がまかり通る世の中になったら、 いったいどんな事がおこるだろうとそら恐ろしくなる。多分、詐欺や契約違反など民事訴訟は倍増で、弁護士はウハウハかもしれないが。

有識者曰く、 「人を調べてはいけない」などと云う法律は作っていないし、 そのような指導もしていない。ただ、採用調査は差別につながるおそれがあるから「ダメだ」といっている。結婚調査も、 差別につながるおそれがあるから「ダメ」だと云っている。戸籍も住民票も、使い方によっては差別につながるおそれがあるから「ダメ」 だと云っている。

 確かに使い方によっては「つながるおそれ」はあると思う。かと云って、つながるおそれが有るものは「ダメ」としたら、 世の中の大方のものは「ダメ」という事になる。

 包丁や剃刀やハンマー等を凶器とした殺傷事件は多くあるが、 包丁や剃刀やハンマー等の製造や使用を禁ずる行政指導などは聞いたことがない。ところが「差別」となると、つながるおそれのあるものは全て 「ダメ」であり、人権団体のみならず行政も徹底した指導をしている。人の差別は、奥深く非常に微妙な問題であり、その事は重々承知している。 しかし、かといって「人事調査」を否定して差別がなくなるものではない。

 「差別」をなくすための啓発運動を批判するような考えは毛頭ないし、自らも啓発活動には積極的に参加しているつもりである。ただ、 「人事調査」を否定するような考え方には、これからも、はぐれ狼の如く吠え続けて行こうと思う。

 

投稿者 ks110 : 14:21

2008年10月21日

京阪中ノ島新線開通

■社長日記■

 今週日曜(19日)、京阪電車の中ノ島新線が開通。早速、新線利用で通勤。ワクワク気分で新駅の「なにわ橋」駅に降り立った。全てが真新しく何とも清清しい、エスカレーターを乗り継ぐこと3回、 地上に上がるや目に飛び込んで来たのが中ノ島公会堂、一瞬立ちすくんで見とれてしまった。爽やかな気分で「矛流し橋」を渡り、 裁判所の横を通って会社へ。今までの北浜駅とは大分気分が違う、距離にすれば300mほどであるが、中ノ島と北浜では空気が違う感じ。 しかも、3分短縮、当分は通勤を楽しめそう。

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京阪中ノ島新線「なにわ橋」駅。新聞報道によると壁や天井に使われている木材はカナダ産とか、 構内に木の香が微かに漂っている。今までの駅とは違い、何となくゆったりと気分が漂う駅である。

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一番出口を出ると目の前に「中ノ島公会堂

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左側に中ノ島公会堂、正面の茶色い建物が裁判所、木の先が矛流し橋であるが上手く撮れていない。

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これは裁判所の東側にある弁護士会館、弊社はその北側。

     

投稿者 ks110 : 18:24

2008年10月17日

三八会

■社長日記■

 三八会。昭和38年中学卒の同級生会の名称が「三八会」、 極めて単純な名前で何処にでもありそうであるが、小生にとってはとても貴重な名前であり会である。我が家の娘などは「サンパチカイ」 と聞くだけで、呆れ顔になる。何故かって・・・、余りにも多いから。「お父さん、同窓会年に何回やるの・・・?」、 そんな事を言われながら今週の日曜も朝早くから三八会の集まりにイソイソと出かけた。

 集合は新幹線の三島駅、12時ジャスト。昼から箱根観光をして、夜は大箱根ホテル泊、 翌6日は大箱根ゴルフクラブでゴルフを楽しもうとの企画。

 気のおけないやんちゃ坊主(女)の集まり、年に何回やっても楽しさは変わらない。 日曜の箱根は今にも雨になりそうなどんよりとした天気、翌月曜は朝から結構な雨。ところが流石女子プロのトーナメント開催地(今年8月)、 芝はしっかりしているしグリーンの速さは天下一品、7ヤードで打ったつもりが5ヤードオーバー。 出だしからスリーパットのボギーと午前中は散々であったが、昼からは早いグリーンにも少し慣れ、パー6の好成績で終わった。

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芦ノ湖畔に建つ箱根神社の大鳥居。

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芦ノ湖。

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箱根のロープウエイ。20人乗り位の大型でひっきりなしに来る、そのスケールの大きさにビックリ・・。

 

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箱根の大涌谷。地球の息吹をまざまざと感じさせる風景であった。観光客は相当数いたが、アレッここはどこ、中国か・・?、 と錯覚しそうなくらい中国語が飛び交っていた。

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箱根の「ススキの原」。写真は上手く撮れていないが秋風にたなびくススキの波は圧巻であった。

投稿者 ks110 : 12:10

2008年10月15日

中ノ島の風景パート2

■社長日記■

 以前「中ノ島の風景」と題して、春の陽気につられ、中ノ島をぶらついた時の風景、 ホームレスとの出会いや国旗掲台の寂しさ(錆びれと日本人の心の寂しさ)などをこのブログに書いた覚えがあるが、今日も秋の陽気につられ、 久ぶりに中ノ島を歩きたくなった。お昼を済ませブラッと出かけたところ、中ノ島公会堂(明治の洋館建) の前に陣取った小学生の写生風景に出会った。特に絵に興味がある訳ではないが、何故か子供の絵には強く引かれるものがあり、暫く、 子供の描く絵に見入っていた。ジックリと公会堂を見ながら克明に写生する大人顔負けの画家の卵的な子もいれば、何所を見て書いたのか、 ササッと画用紙に線を引き、後は隣の子にちょっかいを出して遊んでいる子など実に様々である。特に男の子のやんちゃぶりが面白い。 絵は3分の1も描けていないが立ち上がってはねまわっている、とても楽しそうに・・・。「絵などいい加減でいい・・・、遊べあそべ・・・、」 、つい応援したくなってしまった。

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中ノ島の名所。明治に建てられた洋館。可也老朽化していたが数年前にリニューアルされた。

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一心に写生する子供。

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写生そっちのけで遊びまわる子供。

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隣にチョッとちょかいを・・・。

 

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中ノ島公会堂の前が出口となる京阪中ノ島線の新駅。10月19日の開業を待つばかり。この駅が当社に一番近くなり、 小生は通勤時間が多分3分程短縮される。19日は新線利用でこの駅に降り立つつもり。

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中ノ島にかかる昔の面影を残す水晶橋。

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上は御堂筋に掛かる渡辺橋。

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水晶橋から写した大川の風景。

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弊社の並びに在る大阪の裁判所(地裁と高裁)。

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ついでに弊社を東側から写す。  

投稿者 ks110 : 15:50

2008年09月24日

運動会

■社長日記■

 今朝定刻通り9時に出勤。朝のコーヒーを飲みながら日経の新聞小説「望郷の道」 に読みふけっていた。すると、テンポの良い何となく懐かしいリズムの太鼓と笛の音が聞こえてきた。その音につられふと窓の外を眺めると、 西天満小学校の運動会風景が目に飛び込んで来た。元気の良い入場行進、 1人ひとりの顔までは見えないが、緊張と誇らしさ、恥ずかしさと嬉しさの入り混じった児童の顔が目に浮かぶ。少しの間、社内に居るのを忘れ、 運動会に見入っていた。

 すると、50年昔の小学校時代の運動会が甦って来た。そう、親子対抗リレー。 小学4年の私がトップ、次が1歳上の兄、3番はお父さん、ラストがお母さん。3番走者までは1・2を接線で競っていた。 当時、小学校の運動会とは名ばかりで、実際は地区対抗の年に一度の一大イベントであった。大人も相当な熱の入れよう、 点数を争そって大人同士が喧嘩をする事さえあった。応援もすごかった。そんな中での親子対抗リレー、点数も大分高かったように思う・・。で、 4番走者にバトンが渡った、ところが母は何を間違えたか、一人で徒歩競争をしていた・・・、ほぼ半周遅れでゴール。

 涙ながらに母を責めた、幼い頃の一コマをまざまざと思い出した。

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 西天満小学校の運動会。弊社ビルの6階、私の部屋の窓から撮る。

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ついでに窓からの景色を・・。北西側と北東側。ただ単に撮っただけ。 

 そう言えば、数日前の日経新聞のコラムに、元京大総長が、総長室からの眺めの素晴らしさを誇らしげにつづっていた。東山三山を一望・ ・・と。エライ違いである。小生の部屋からはビルばかり。

投稿者 ks110 : 17:53

2008年09月16日

3連休

■社長日記■

 またまた3連休。良いのか悪いのか、とにかく休みが多い。小生、元々休みを前に計画して何かを、と云う習慣がない。休みになって、 「さて、今日は・・」と考えるタイプ。元来が仕事人間ゆえ、休みの事など殆ど眼中に無いからであろうか・・?。

 ところが突然の計画が中々素晴らしい。初日は、目覚めと同時に心身統一道をしながら、妻に一言「映画に行こうか・・」、と、直ぐに 「行こういこう・・」、上機嫌である。協議の結果「おくりびと」に決定。 早々に枚方シネックスへ、何時もガラガラのシネックスが何故か可也の入りである。但し、大半が「おくりびと」に非ず、「おくられびと」 に近いお人が大半である。 

 映画評論は得意でないが、とにかく良かった。特に映画館が暗くて良かった。涙線が弱ってきた小生にとっては何よりである。 これがテレビやビデオだと、家族とでもとても一緒に観ておれない。

 翌日は単独でゴルフ。それも2年ぶりのホームコース月例参加。スタートのパー5、スリーオンツーパットのパー、 次のパー4 ドライバーはナイスショット、さい先良し。残り175ヤード、これも見事2オンとイメージしてフルショット。ところが、 キャディーが何を狂ったか突然ファーと大声を発している・・・ムム・・。今度はニコッと笑いながら可愛いお声で、「お客さんもう1球」、 何とも憎らしいキャディーである。結局はトリプル。今日もダメか、月例をサボっていたつけか・・等と思い肩の力が抜けた。すると、 意外や意外、終わってみると4アンダーのネット68。もしや、と思いきや、何とネット63が2人、 後は64、65と続々と続いている、68などベスト10も危うい感じ。早々に引き上げることと相成った。

 3日目は、久し振りに高野山へ。以前にもこのブログで書いたが、義父の墓が高野山に在る。個人墓ではなく、 「五族の墓」と 「陸士56期」の墓の二つに祭られている。 五族の墓とは、日本、漢、蒙古、満州、朝鮮民族の五族であり、 五族協和を旗印に戦った満州国軍関係者のお墓である。

 3時間ほどかけて、高野山のお墓をお参りした。それにしても高野山のお墓には、何時もながらたまげるばかり。一見は百聞にしかず、 世界遺産に登録されるだけの事はある。未だの方は一度は行かれるべきとお勧めする。

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「五族の墓」の供養塔

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「五族の墓」、左から日本民族、朝鮮民族、漢民族、満州民族、蒙古民族の墓

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墓標に刻まれた名前、右上から愛新覺羅溥儀、愛新覺羅秋鴻、愛新覺羅溥傑、同 浩とある。

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高野山にはこんなとんでもない大きくなお墓が何百何千と連なっている。

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上二つは陸士56期の墓。花を供える妻と娘。

 

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これは写真工業会の墓。写真が刻み込まれている。

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花菱アチャコの落書き塚「楽書塚」

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割りに新しいお墓。とにかくでかくて綺麗。

投稿者 ks110 : 18:25

2008年09月04日

疑問

■社長日記■

 大阪市の裏金問題。「モグラ叩き」のよう、とさえ云われるほどに次から次と際限がない。 市長の仕事は、「お詫び会見か・・」と思われるくらい就任以来何回と無く難しい顔をして頭を下げている。昨日の会見でも 「適応可能な最大限の処分で対応したい」と云っているが、云いえて妙、 非常に上手い表現で、民間出身の市長とは思えない言い回しである。お詫びももはや慣れたものである。

 で、松ちゃん何が言いたいの・・・。実は、飲酒運転と裏金問題に対する処分についてである。

 最近の公務員の飲酒運転に関する神経質さ、 その取り組み姿勢は立派としか云いようが無い。ゴルフ場でよく見かけるシーンであるが、お昼の休憩時のビールは何とも美味しい。 ところが酒好きにも係らず全く口にしない人が居る。アレッと思うと、大概が公務員である。昼からハーフ廻ってお風呂に入れば、 酔いなど全く残っていない。ところが飲酒検問されると絶対に大丈夫とは云い切れない。そこで検問を恐れ一杯も口にしない。見事、立派である。 何故か、職場の処分が恐いから・・・。飲酒運転でひかかり「適応可能な最大限の処分」をされると、噂では「懲戒免職」まであるという。懲戒免職だと、 1千万単位の退職金は飛ぶは職は失うは、女房子供には愛想つかされ独り身に・・なんて事に成りかねない。たかがビール一杯で・・、 故にお昼のビールは飲まない。非常に判りやすく納得である。

 ところが、市民が汗水たらして納めた血税を、皆で話し合って横領し、 隠しポケットにないないしてもたいした処分ではないようである。懲戒免職などの処分は聞いたことがない。 「適応可能な最大限の処分」がどんなものかよく判らないが、次から次から出てくる犯罪にも係らず、その調査そのものも打ち切るらしい。 何とも不思議である・・・。

 飲酒運転など自己責任の問題で、確かに違反ではあるが犯罪ではない。 ところが下手をすると全てをパーにして路頭に迷う程の処分を受ける。ところが、裏金つくり(税金の横領)は立派な犯罪である。にも関わらず、 お茶を濁す程度の処分でおさめられ、適当なところで調査も打ち切られる。裏金つくりに関わった人の名前も出なければ、 隠すことに関わった人の名前も出ない。管理責任など誰か取っているのか・・。一事が万事である、私には理解できない事が多すぎる。

 この疑問に誰かお答えいただけませんか?。

 

投稿者 ks110 : 13:52

2008年08月25日

人事調査と差別

■社長日記■

 「松谷さん、全調協(NPO全国調査業協会連合会)の会報原稿が今日期日ですが、 どうなってますか?。」。編集委員長からの催促の電話(可也怒っている様子・・・)。「エッ・・、申し訳ない。夕方までに何とかします。」、「20文字30行の6千字でキッチリお願いします。そのスペースしかありませんから」。そんな、 小説家でもあるまいし、文字数まで細かく決められて書けるか・・・!!。ひと言、 云いたいところではあるが期日当日までコロッと忘れていた自分が悪い。渋々パソコンに向かった・・・、 そこで出来上がった原稿を今日のブログとする。

 調査と人権「採用調査と差別」                     松谷廣信 

 米国では、従業員を採用する際に、求職者のバックグランドを調べるのは当然の事となっている。ネグリジェント・ ハイアリング(雇用主の怠慢雇用)なる考え方から、雇用主が求職者のバックグランドを調べる事無く採用した場合と、 調べて採用していた場合では、採用後に起こした事件・事故に対する使用者責任が全く違うからである。

 例えば、飲酒運転の過去を持った人を運転手として採用し、 その人が事故を起こした場合は、雇用者責任を問われ、訴えられれば敗訴するのは明らかである。しかも、 アメリカでは納税者の情報はパブリックレコードとして一般に公開されており、このレコードを調査することで、 必要なバックグランドのチェックができる。犯罪歴やクレジット情報なども比較的簡単な手続きで第三者でも入手可能となっており、 採用時のみならずあらゆる機会にバックグランド調査が利用されている。従って、米国では採用調査は、 採用マネージャが行わなければならない最低用件の一つになっている。

 ところが日本では採用調査を罪悪視する傾向さえあり、厚生労働省などは 「採用時の調査は差別につながるおそれがあり、調査はしてはいけない」 との行政指導を徹底して行っている。また、個人情報保護法施行以後は、履歴確認さえままならず、官公庁・学校・ 企業共に個人情報保護を理由に経歴確認にさえ応じなくなっている。犯罪歴とかクレジット情報などもっての外と云う状況にある。

 いったいこの違いは何処から来るのであろう。それを単に「文化の違い」と説く人もいるが私にはとてもそうは思えない。 日本でも30年ほど前まではアメリカ同様、採用時の調査は広く行われ、 社会的にも当然の事として認知されていた。ところが、当時の採用調査には一部差別的な要素を含んでいた。そこで差別解消の為に、 採用調査を否定する動きが起こったのも当然の流れと言えなくはない。

 しかし、人権団体や行政及び我ら調査業界の運動の成果で、現在の採用調査(人事調査) に差別の意図などは全くないし、そうした意図を持って依頼する企業もなくなった。

 ところが行政も人権団体も十年一日の如く「調査は差別につながるおそれ・・・」として、 調査を否定する論拠としている。「何々のおそれ」で物事を否定する事が許されるなら、あらゆる事物事象が否定されるであろう。

 私は、塾講師が生徒を殺害した「沙也乃ちゃん殺害事件」が起きたとき、採用調査の必要性が社会的に再認識され、 少しは改善に向かうのでは・・と密かな期待感を持った。が、未だしである。業法施行がなった今、 採用調査を含むあらゆる人事調査のあり方を今一度真剣に論議し、真の人権が護れる社会ルールを形作っていきたいものである。

 

 

投稿者 ks110 : 17:19

2008年08月20日

お盆の里帰り

■社長日記■

 お盆が近づくと里帰りの虫が騒ぎ出す。今年は7月半ばに帰省したので、「お盆は大阪で」とも思ったが田舎に居る同級生から電話、 「同窓会やるから帰ってこい・・」。そうなると里帰りの虫は黙っていない。結局、15・16・17と2泊3日の予定で帰郷。 15日の早朝3時半に妻と二人で、一路島根へと出発。島根半島の七類港着07時10分、09時30分のフェリーに乗り、 12時10分隠岐の島の別府港着。

 その夜は中学の同窓会。同級生120名中40名が参加、海賊風バーベキュー(サザエ、ヒヨーギ貝、岩牡蠣、魚、肉、野菜など) でドンちゃん騒ぎをし、そのまま大型クルーザーでナイトクルーズに、隠岐ならでは贅沢な遊びである。クルーザーで盆踊り会場に乗りつけ、 踊りに参加。音頭とりも同級生、2時間ほど盆踊りに興じ、再度クルーザーのキャビンでドンちゃん騒ぎ。

 翌16日は、しゃーら船送りに参加し、その足で鯛釣りに連れて行ってもらった。 水深50メートルの内海であったが入食いに近い状況で結構な成果。お昼は、釣りたての鯛と鯵の刺身に舌鼓をうつ。夜には再度同級生が集まり、 大型クルーザーのキャビンで酒盛り。何とも楽しい1日であった。

 17日は大鯛釣りに挑戦、外海へ出ての流し釣りであったが、これは当たり外れの激しい漁で、2時間ほど頑張ったが全く反応なく、 早々に切り上げとした。夕方4時過ぎのフェリーで隠岐をあとにし6時半、七類港着。米子自動車道から中国自動車道を一路大阪へと走り、 我が家着11時過ぎ。楽しい楽しい3日間であった。

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七類港を出て一路隠岐へ。隠岐汽船フェリー。

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島根半島を出るところ

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隠岐独特のシャーラ船。16日の朝海に流す。地区の中学生が中心となり夏休みの大半をこの船造

りに費やす。昔は若者宿的な感覚で、泊り込みの共同作業で行っていた。

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右先頭に乗っているのは同級生。

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シャーラ船送りの風景。各人が船を出し沖まで送って行く。

 

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鯛つり。手のひら大のレンコ鯛。

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妻も鯛つりに挑戦。見事な戦果。

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鯵と鯛が一挙に3匹。

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大粒の雨が急に降ってきて・・、早々に中止。

 

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クルーザーのキャビンで同級生と・・・。

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 酔いが廻り、何時の間にかこんな姿に・・・。

 

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翌日の大鯛釣り。同級生の漁師と共に。但し、戦果なし。

 

投稿者 ks110 : 18:01

2008年08月12日

集中豪雨、何かおかしい。

■社長日記■

 天候異変。先週水・木と業界の会合で東京へ出張していた。テレビも新聞も見ず、バタバタと過ごし木曜の夜遅く自宅に帰ると、妻が 「お父さん昨日の大雨知っている・・・」、「イヤ何も。雨降ったん・・」、「新聞も見てへんの・・、寝屋川のほう大変やったんやから・・」。 ただ、我が家は何と云う事はなく、翌日普通に出勤した。すると昼ごろ妻から電話、「お父さん大変・・。まえの家(今年3月に転居)の近所、 雨で大変やったみたい。うちは特にどうもないけど隣の○○さん、向いの○○さんは床下浸水。 4軒隣の○○さんは床上浸水でタンスの3段目まで水が来て、避難したんだって。」、「なにそれ・・・」、「で、○○さんの家、 住まれへんようやし・・。家貸してもいいかな?」、「ぜんぜん構へん、入って貰ったらいいがな・・」。 そんな事で、 空き家にしていた家に利用価値がでてきた。

 それにしても最近の雨の降り方、どうなっているのだろう。部分的集中豪雨による鉄砲水で死者何名、ところが隣町は、「雨ふったん・・ ・」て云う感じ。完全な亜熱帯地方の天候に変わりつつある。多分原因は、自然環境破壊による温暖化現象のなせるわざであろう。 そして間違いなくこの現象は今後酷くなって行くであろう。

 そう云えば昨年9月30日、私の出身地隠岐の島は1時間に100ミリを越す豪雨にあい、 激震災害の指定を受けたが未だその傷跡は癒えていない。

 で、教訓。土地や家を買うときは、周囲の状況をよく観て、高台でも平地でも周囲と比べ低いところはダメ。川の近くは要注意。 溜池付近も要注意。道路の側溝より土地が低いとダメ、少なくとも30センチは上がっていないと、等々。

 

投稿者 ks110 : 11:26

2008年08月05日

PL花火

■社長日記■

 8月1日、PLの花火大会に妻と二人で行ってきた。この暑いのに花火・・とは思ったが、個人宅に調理人を呼んで、 食べ放題飲み放題の可也贅沢な花火見物とのこと。ただ事前情報によると行き帰りの混雑は想像を絶するもので、 電車に乗るのに2時間近くは並ぶ覚悟がいると云う。小生、何が嫌いと云って、並ぶほど嫌いなものはない。 調理人付きの飲み放題食い放題にPL花火と並ぶ事を対比させ、悩みに悩んだ。結果、エーイままよ・・、混雑しておれば何処かで時間を潰せば・ ・・との思いで、参加を決定。

 集合は5時、少し早めにと会社を3時半に出て一路「金剛」駅へ。何とスムーズなこと、1時間弱で金剛に付き、 お招き頂いた家に着いたのが4時40分。5時から宴会開始、イタリア料理であったが中々の美味。ワイン片手に2時間ほど談笑していると花火、 ドーン、ドドーン!!、まっこと綺麗じゃのー、惜しげもなく次から次から、実に見事なものであった。

 食と花火を堪能し、一路帰路へ。これがまた驚き。駅に着くや直ぐに特急電車が来る、ホームで座席指定を買い、 そのままゆったりシートで難波駅まで。日常の通勤電車より余ほどスムーズ、最高の花火見物であった。

 これぞまさに日頃の行いのなせるわざか?

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投稿者 ks110 : 18:20

2008年07月28日

天風会香里賛助会、修練会

■社長日記■

 7月25(金)・26(土)・27(日)の3日間、 財団法人天風会香里賛助会夏期特別研修会(修練会)が開催された。

 天風会行事の中で最も重要視されるのが盛夏の中で行われる、この特別研修会である。3日間、朝8時から夕方5時まで、 短パン一つで体操・実験・座禅・講義などみっちりと修養に勉めるのである。猛暑の中での3日間は可也きついものがある。 朝夕の体操の時間を除いた約6時間は畳の上での正座もしくは半跏趺坐で座っていなければならない。何よりもこれが大変である、 背筋をピンと伸ばし・・・午後からは睡魔との闘いである。処が何故か3日間の修養を終えると何ともいえない充足感に包まれる。 不思議なものである。

 修養の内容は毎年同じ。入会して16年、毎年同じ研修を受けて来たが感じ方はその都度違う。 参加メンバーや講師の違いもあるが一番の違いは自分の心の態度であろう。その点今年は充実していた。 景気が悪く経済的には最悪の状況であるが故に、逆に気持ちは引き締まざるを得ないが為か・・・。

投稿者 ks110 : 18:00

2008年07月22日

ジェットで隠岐へ

■社長日記■

 先々週突然田舎の前町長(現、隠岐観光?社長)から電話、「松谷さん、突然のお願いなんですが7月18日のジェット機初飛行の搭乗者が余りにも少ないので何とか協力願えませんでしょうか・・、」、「また突然の話ですね・・」、「とにかく大阪へ行きますから、詳細はその時に・・」、と云う事で、隠岐観光の社長が翌々日来社。詳細は次の通り。

隠岐へのジェット機就航は7月18日から8月末までの40日間、期間限定による就航で、しかも搭乗率が80%を切ると翌年は飛ばないと云う厳しいもの。
その為、80%の搭乗者率確保は町を上げての至上命題である。ところが7月19・20・21が連休で、この3日間は何とかなるが初便の18日がいまのところ30%の予約しかない。そこで急遽、「隠岐の観光大使に応援を・・」となった様である。

余りにも急な話。出郷者に里帰りを諭し、ジェット機利用をお願いして欲しいとの意向であったが、それは一寸。そこで、所属する船場ロータリークラブのメンバーに「私の故郷、隠岐へ」と声を掛けたところ、「一度行って見たいと思っていた・・・」と云う連中が直ぐに8名集まり、私を含む9名で急遽隠岐ツアー
を企画。18・19・20日の2泊3日で隠岐ノ島へ行ってきた。

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18日、隠岐空港着。今年の初便客を、幼稚園児が踊りで歓迎してくれた。

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今年から観光名所を一つとして売り出している妖怪「ネズミ男岩とヌリ壁」

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東国賀の一風景

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国賀海岸特有の断層と岩肌

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国賀海岸の亀岩

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国賀海岸の奇岩、風景

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西ノ島町の牧畑。牛の放牧風景。

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故郷の家から撮った写真。夜明けと朝日

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島後のかぶら過ぎ。一つの幹が6本に。

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隠岐の闘牛(牛つき)の横綱。化粧まわしをつけた晴れ姿。

投稿者 ks110 : 19:19 | コメント (2) | トラックバック

2008年07月15日

天風会ゴルフと千躰地蔵

■社長日記■

 先般、所属する天風会のゴルフコンペが、三木ゴルフ場で開催された。主催は、 財団法人天風会大阪賛助会。今年4月、 小生が代表を務める香里天風会も財団の賛助会となった為、大阪よりお誘いを受けた。 誘われれば断る訳に行かない、香里を代表して渋々ルンルン気分で参加。

 開催3ケ月前に案内を受け、早速申し込んだが、以来何の連絡もなし。当日、三木ゴルフに着いたが、 やはり案内もなければコンペカウンターもなし。一般カウンターで受付を済ませたものの「もしかしたら中止か?、それとも日時間違いか?」。 初参加で、しかもメンバー表も組み合わせも貰っていないため、誰が参加するのかも判らない。一様ゴルフウエアーに着替え用意はしたが、 周囲を見まわしても知った顔は一人も居ない。、いったいどないなっているのか・・・不安は募るばかり?。

 そこに救いの神、香里の指導をして下さっている南方先生がニコニコ顔で玄関から入って来た。 「先生お早うございます!!」、やはり間違っていなかった・・、 心底ひと安心。

 4組16名のコンペであったが既に何十回と重ねているコンペで、会場も三木ゴルフと決まっており、参加者は常連ばかり。従って、 極めて簡素化し幹事に負担が余り掛からない様にしている事が後でよくわかった。流石天風会員のゴルフ、合理的である。

 コンペ結果。初参加は優勝なしと決まっており、2位を狙ったが惜しくも3位、ただ、ベスグロであった。優勝者は何とネット62。 但し、ハンディー52を持っていた。、これも驚きであったがもうひとつビックリしたのが表彰式。優勝から12位まで賞があり、 表彰式後に賞の袋を全て回収、次回にまたその袋を使うらしい。合理的と云うか何と云うか・・、流石の天風先生も、天国で苦笑しているのでは。

 満足いく成績でゴルフを終え、大阪賛助会のメンバーとも懇親を深め、ニコニコ気分で一路我が家へ。 三木東インターから高速に乗ろうと田舎道を走っていると、「千躰地蔵→  との看板が眼に入った、ムム・・千躰地蔵。 咄嗟にハンドルを右に切っていた。1分も走ったであろうか、何の変哲もない山すそに千躰地蔵。素朴この上ないような朽ちかけた地蔵さんと、 真新しい綺麗な地蔵さんが如何にも自由奔放に、勝手気ままに置かれている。その数が千躰を数えると云うのであろう・・・。 その地蔵さんに自然と手を合わせる。何となく幼児返りしたような素直な気持ちになれた。

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投稿者 ks110 : 17:40

2008年07月08日

船場ロータリークラブ

■社長日記■

 昨日7月7日、船場ロータリークラブの初例会が北区のウェスティンホテルで開催された。 船場ロータリーの例会場は中央区の日航ホテル32階であるが、初例会や新年例会など特別な例会は場所を変えて行うのが通例となっている。

 7月に初例会?、と思われるでしょうが、元々ロータリークラブの発生はアメリカであり、ルール等も何かとアメリカぽいものが多い。 そこで、ロータリー年度も7月1日から翌6月30日と定められている。

 で、今年度、小生、「幹事」 の大役を仰せつかった。ロータリーと云うのは読んで字の如くで、まわるのである。マーク(エンブレム)も、その通り歯車である。所謂、 皆が平等で役務も1年毎に廻る(変わる)、しかも、指名されたら文句を言わずに受けると云うのが暗黙のルールとなっている。ただ、会長、 幹事は大役と云うこともあって、会長は就任2年前に使命を受け、副会長、会長ヱレクトと2年間の研修期間を経て就任、 幹事は1年前に指名され副幹事を経て幹事となる。

 来年6月末まで1年間、何かとクラブの雑務と会長の補佐役を務めなければならない。所属する船場ロータリーは、 今期47名で21年目のスタートとなる。創立時50名でスタートし、10年で約70名(私が入会した時) と順調であったが以後衰退の一途で一時45名にまで減り、20周年には何とか50名にまでは挽回しようと頑張った。 結果49名で20周年を迎えたが、20周年を機に2名の退会者があり、今期は47名のスタートと相成った。

 会員数47名とは云え大半が会社経営者で業種も違う。海千山千というか、小なりと云えども一国の主の集まりであり、 個性豊かな人が多いのは当然のこと。その集いの幹事役である。何とか船出はしたものの船頭多くして船すすまずでは困る。 昨日の懇親会でも80歳の最長老より、「会の運営は会長が3割、幹事が7割。幹事の力量で会の良し悪しが決まる・・。 頑張れ・・ただ肩を張らずに」とのお言葉を賜った。何とも・・トホホ・・・である。

投稿者 ks110 : 16:13

2008年06月27日

戸籍

■社長日記■

 「社長、お兄さんから電話ですよ・・」、「もしもし・・」、 「頭にきた・・・」、可也、怒っている様子、「お前、町長に電話して頼んでくれんか・・・」、「何、それ」・・・。詳しく事情を聞いてみると、 こう云うこと。

 仕事の関係で急にオーストラリアに出張しなければ成らなくなったらしい。 ところがうっかりしていてパスポートが切れているのを忘れていた。急いでパスポートの申請をしなければ間に合わない、 ところが早くても1週間程かかる。しかも身分確認で戸籍の添付が義務づけられており、本籍地の役場で戸籍とらなければならない。そこで、 何時ものように本籍地の役場に電話・・。

 「戸籍1通送って貰いたいのですが・・」、すると、 「松谷さん、申し訳ありませんが本人確認が必要ですので免許証のコピーとか送って下さい。 そうでないと戸籍は送れません・・」、「急いでいるんですわー、 それでは間にあわんので・・・」、「大山の松谷だ・・、 あんたよう知っておっだねか・・」、「あー、それは判っておっだだいど、 この前の戸籍法の改正で本人確認が必要になっておっだけん・・・」、「だから、 あんた俺しっておっだねーか、エッ・・」、「それがそういかんだわい。 」、「、そんなら○○に取ってもらうわ・、 あれ俺の姪だけん」、「いや、 それも・・・、同一戸籍に入っている親族ならとれっだいど、幾ら親戚でも戸籍が別であれば無理だは・ ・」、・・・・、 免許証のコピー送ったところで、本人はこっちにおるのに、どうして本人確認するんだ・・・、 全くバカな・・、色々理屈をこねてみたらしいがらちがあかなかったらしい。

 一旦電話を置いて、直ぐに役場に居る姪(昨年まで戸籍係り)に電話、事情を話し、「とにかく急ぐから戸籍取って送ってくれ」と頼む。ところが、姪も役所勤めで係官の言う事はよく判る、 「そら、やっぱり無理だけん」、もー、 話にならん。そこで、小生に電話をしてきたものらしい。

 で、「お前、町長に電話して・・・」となった訳。「町長がそんなこと・ ・、そら無理だわ・・」、「ほなどないするねん・・・、郵便往復している時間がないねん・ ・・。」  そこで考えた・・・?。 今のところ兄貴からの電話はない。何とか上手く行けたかも・・。

 隠岐の島の孤島、僅3,000人程の島で大半が顔見知り、年賀状の交換くらいはしているし、帰郷すれば、 「ヤー、元気かエー」「どげしてござっかの・・」等と声を掛け合う中でありながら本人確認が必要、しかも免許証か何かで・・・。 そら、頭に来るはな・・・。 しかし法は絶対である。誰が悪い訳でもない。

 昨年まで公開原則であった戸籍の取得でである。戸籍には個人情報やプライバシーがあり、他人が勝手に取ることは適当でない、 との考え方から取得に厳しい制限が加えられ、自分の戸籍をとるのでさえ、こんな事になる。 戸籍公開の是非については私なりの意見はあるが法改正が行われてしまった今更自説をぶり返そうとは思わない。 しかし、戸籍が事実上非公開になった事により、身分詐称の有無の確認が取れなくなった。

 今の世の中、あらゆる物の偽装、偽造が可能である。戸籍、住民票、運転免許書、 卒業証明書など、偽造を商売にしている人さえいる。その気になれば素人でもそう難しくはないようである。所謂、 身分を証明する資料の偽造が意外と簡単に出来るのである。ところが、個人情報とかプライバシイを理由に、 第三者がその身分証明を確認する手段を法的に出来なくしている。従がって、 偽造が大手を振ってまかり通る事となる。

 身分証明の資料でさえ偽造可能なのだから、口頭での名前、経歴、身分、住所などは言いたい放題である。名詞、 履歴書なども作り放題である。第三者が確認する手段は、個人情報保護やプライバシイ保護の観点から厳しく制限されており、 一部では確認することが人権侵害であり、その為の調査を悪ととらえる風潮さえある。

 土地や建物は法務局への登記が義務づけられ、所有権者や担保設定の状況、また、その履歴も詳細に記載されており、 誰でもが閲覧・取得できるようになっている。当然の事である、そうでなければ、 他人の不動産を偽って売買などと云う事が日常茶飯事におこるから。

 ところが人の事に関しては、その確認の為の閲覧・取得を、今回の戸籍法の一部改正で出来なくしてしまった。悪いやつほどよく眠る・・ 何の心配も無くスヤスヤと・・・、身分詐称に法的擁護を得て。

 味噌もクソも一緒にするな!、人を何と心得おるか・・、ばか者! 。 有識者なる人権の偉いさんの”お叱り”が今にも聞こえそうである。だが、「人は」 この世に造られた物の中で最も優秀な霊長と言われる存在である、と思うが故にである。「人権」 が如何に大切なものであるか、と思うが故にである。

 

 

 

 

投稿者 ks110 : 15:26

2008年06月19日

関西総合調査業協会第5回通常総会

■社長日記■

  今日は、関西総合調査業協会の第5回通常総会である。 収支決算と事業報告の承認及び収支予算案と事業計画案の承認が主な議案で、 執行部としてはシャンシャンで終わるものと想定し気楽に構えている。但し、総会は年1度の最大行事、 本当は相当な緊張感を持って望まなければ成らないものである。特に、当業界は海千山千の集まりというか、過去の総会歴史を見ると大変で、 今年も某協会では、執行部不信任の緊急動議が出され、「可決」 された、との噂も耳にしている。ところが当協会は何時もシャンシャンで、正直気抜けするくらいであるが、これも良いのか悪いのか、 たいした意見も何も無いと言う事は、会員が協会運営に無頓着で関心が無い現われ、とも取れなくはない。判断に迷うところである。

 それにしてもこの調査業界の不況は酷い。何が原因なのか・・・?。関西経済の低迷に起因し、 経営者もサラリーマンも夜遊びをしなくなり、家庭をジッと守っている奥さん方が、夫の浮気の心配をしなくなった。その為、 尾行調査など浮気調査の依頼が少ないのだ・・。と説く人も居る。なるほどと思わなくもない。だが、知らぬは妻ばかりなり、 男の浮気心はそんな事くらいでやまるものではない、と説くごじんもいる。それも、なるほどとうなずけるが、何が本当やら。正直、 私は大衆調査系の事はよくわからない。

 ただ、弊社が専門で行う人事調査、特に採用調査に関しては、 厚生労働省をはじめとした行政機関の行政指導及び人権擁護団体の運動の成果の現われである。「採用調査は差別につながるおそれがある」 従って、「調査は反社会的行為である」と言った論法である。所謂、一昔も二昔も前の採用調査をもとに、 今でも採用調査に差別の意図があるかの如く説いている。全くの誤解である。

 採用調査は、あくまでも申告履歴が正しいか否か職業適性能力は、勤務態度は、就業意欲はなど応募者の自己申告の正否と職務能力を調べるのであって、差別とは別次元のものであるが、 「つながるおそれ」を前面に押し出し、行政指導をしているのである。「つながるおそれ」で物を言えば、 あらゆる事を規制しなければならなくなるが、何故か人事調査に関しては「つながるおそれ」 が錦の御旗の如く通用するようである。

 それにしても後少しで総会と云うのに挨拶の言葉一つ準備できてない。もう少し緊張感をもたなければ・・・。

下の写真は総会とは全く関係ない。先々週の日曜日、中学の時の同級生7名で滋賀県の日吉神社にお参りした時の写真。余りに、 綺麗であったため。

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これは我が菜園で今週日曜に初収穫した野菜。

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投稿者 ks110 : 12:48

2008年06月11日

何かおかしい。

■社長日記■

 「松ちゃん、最近余りブログ更新してないな・・・。それに少しおとなしなったんちゃうか、怒りもボヤキも少ないし、 まっちゃんはやっぱり怒らんとおもろないわ・・・」等と、数少ない「調査会社の社長ブログ」 フワンからご指摘を受けた。それも複数の人から。

 反省、やっぱり週一は更新せなあかんわな、それに少しは自分の思いをストレートにぶつけなおもろないわな・・・。自分でもそう思う、 納得である。

 ところが、戸籍法は改悪されてしまい、今更である。個人情報は、暖簾に腕押しで、「ほんまおかしいわナー、まっちゃんが云うこと判らんことないわ・・・」と、 頭のお堅い行政官でさえ慰めてくれるが、実際は何も変わらない。正直、「犬の遠吠えで、少し空しくなってきた・・」 と云うのが偽らざる心境である。

 しかし、それではダメ。犬の遠吠えだろうと暖簾に腕押しだろうと、何かしなければ何も始まらない。と云うことで、 一寸ぼやいてみることにする。

 何を隠そう・・・、今一番腹が立つのは、ガソリンの高騰、世界の投機マネーである。経済音痴の小生には難しい事は判らないが、 私の記憶では1バレル25ドル程度であった原油価格が1年半足らずで6倍に高騰、一部では140ドルに達している。いったいこれ何だ・・・、 と云う感じである。原油は地下水を汲み上げると一緒で、殆ど人手なしに機械が昼夜を問わず、文句一つ言わず、黙々と汲み上げているのである。 何も製造原価が上がった為でもなんでもない。よくは判らないが、将来のエネルギー不安をネタに、投機が投機を煽り、 世界的バブル現象を呈している。そして、一握りの投機筋の思惑で世界中の経済が狂い始めている。 実体の伴わない資本主義経済の恐ろしさである。

 秋葉の事件もそうだが、全てがゲーム感覚で動いているのでは。人の命もゲーム感覚、世界経済もゲーム感覚。 ゲームがゲームの範囲であれば良いが実体がゲームに動かされ、何かおかしくなっている。

 「本当」と云う事を今一度皆が真剣に考えなければ成らない時代に入っているように思う。

 

 

 

投稿者 ks110 : 14:42

2008年06月04日

家庭菜園パート2

■社長日記■

 5月のゴールデンウィークに汗水たらして開墾した我が家の菜園のその後。

 1週間を置いて翌日曜日、いそいそとホームセンターに出掛け各種の苗を購入。先ずは地上に出来る物からと思い、トマト、きゅうり、 なすび、ピーマン、ししと、枝豆の他、油粕、果実肥料等を仕入れ、早速我が家の菜園に植え付けをした。後は、お天気と苗自身の生命力任せ・・ ・。いい気な者である。

 庭を開墾した菜園ゆえ、当然のことながら土は痩せこけており、栽培者はずぶの素人。可哀そうなのは苗木である。 ところが栽培者は成すすべを知らない。トマト、きゅうり、なすび、ピーマン、ししと、枝豆の子供はまさにてて無し児である。しかし、 自然の力は凄い、親は無くとも子は育つ。

 苗は自力で立派に成長してきた。一寸した感動ものである!!。

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投稿者 ks110 : 15:45

2008年05月22日

イベント

■社長日記■

 何時もの事ながら5月後半から6月に掛けては各種のイベントが重なり、胃は重く、財布は軽く、頭は春霞の如く、と相成り、 何ともトホホ・・と云うのが例年の事である。早、今年もその例に漏れず、今週は、月曜が所属する船場ロータリーの20周年記念例会。 火曜は東京で全国調査業協同組合の総会及び懇親会と重なり、来週は大阪で2つ小イベントがあり、6月は自分が会長、 副会長を務める協会の総会が2つ待ち構えている。その準備を思うと、何とも・・・と言いたくなるが、何事も思い方考え方。 そう言えば天風先生のお言葉にこう言うのがあった、「宇宙の昭々たる摂理は、 万象は常に流転す、さすれば今日の禍いも、やがて明日の幸いを瑞祥するの兆し足らん。さなぎだにただ一心に心の力を信念精進せば・・・・・・ 」(自己陶冶の一節)。

 それにしても船場ロータリー20周年記念式典は中々であった。 会場は何時もの日航ホテル。参加者は来賓、会員家族、OB会員等総勢170名。夕方5時から記念式典、6時半から9時まで祝宴。 ディナーショーは北野タダオ&ジャズオーケストラボーカル加藤ヒロユキと云う知る人ぞ知る豪華メンバーであった。 令婦人を隣に往年のジャズを聴きながら飲むワインは最高であった。ただ、頭は春霞の如くで、目は万象を流転していた。

 ここで携帯で撮った写真を添付・・・

 と試みたが撮ったはずの写真が撮れていない。  残念!!。 という事は、東京の総会風景も撮れていない。

投稿者 ks110 : 17:38

2008年05月07日

家庭菜園

■社長日記■

 ゴールデンウイーク。今年は暦通り。何時もだと何処か小旅行に・・と云うところだが、 今年は転居して間がないと云う事もあって自宅で過ごす事とした。1日は「角好集会」 という20年近く続いているゴルフコンペに参加したが後の3日は全くの自宅。

 前々から考えていた菜園つくりに着手した。自宅の庭の一部に菜園をつくるのが夢であったが、 今度の家は何とかそのスペースが確保できそう。そこで早速、近くのホームセンターに出かけ農機具と土壌改良剤を購入、 鍬とスコップを片手にねじり鉢巻で開墾をはじめた。「開墾とは大げさな・・」と言われそうだが、 踏み固められた庭を畑にするのはまさに開墾であった。最初は、鍬で十分と勢いよく振り上げたが全く歯がたたない、 そこでスコップに持ち替え格闘すること半日、何とか1坪半程を開墾に成功した。

 後は鍬で何回か土を掘り返す。消石灰や土壌改良剤を混ぜては掘り返すを繰り返し、畝を3つ作って一様完成とした。 たった1坪半ほどの畑であるが足腰肩腕はパンパン。お百姓さんの苦労やいかに・・・身にしみて感じたゴールデンウイークであった。

 1週間ほど寝かせ、来週くらいにはいよいよ種植えである。どうなる事やら・・・、失敗は覚悟の上、とにかくやってみようと思う。 何とも楽しみである・・・。

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農機具一式

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開墾途中

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土中から出てきた石や木屑。

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何とか畑らしくなってきたところ。

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畝を三筋作って一応完成。

投稿者 ks110 : 17:30

2008年04月28日

関西隠岐人会(隠岐の国のひろば)

■社長日記■

 昨日、関西隠岐人会第6回総会が太閤園の本館3階で大々的に開催された。 参加者310名、隠岐島出身の関西在住者が一堂に会し、楽しく一日遊ぼうと云う会である。こうした郷土会は、 田舎であれば有るほど集まりがよく結束も固い。島国根性が故かも知れないが、 そうした意味では御他聞に漏れず隠岐の結束は中々で参加率も良い。ただ、何故か平均年齢は60歳を遥かに超え、 老人会に見間違うのではと少し心配するくらいである。

 演芸の出し物は、民謡ロック(おき民謡をロック調にアレンジしての演奏)、 にわか(その場の思い付きで寸劇をやる。突然に遣るので「にわか」という)、 尺八と津軽三味線(石川氏と阿部兄弟、津軽三味線で優勝、準優勝に輝いた兄弟)、 隠岐民謡キンニャモニャなど盛り沢山で中々の盛り上がりがあった。

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阿部兄弟の津軽三味線

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有志による寸劇(にわか)

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投稿者 ks110 : 16:39

2008年04月22日

隠岐國観光大使

■社長日記■  3年前の今頃、突然郷里の隠岐から「隠岐國観光大使」を命じられた。以来、観光大使として「隠岐観光振興の為に寝食を忘れ奔走した」と云いたい所だが、正直大使らしい事は殆どしてなく、せいぜい友人知人に故郷自慢をして、得点つきの観光大使の名詞を配るくらいの事しかできていない。  そこで今日は、観光大使らしく、この世界的に広く知られた著名人ブログ「調査会社の社長ブログ」で、わが故郷「隠岐ノ島」を紹介してみたいと思う。 「隠岐ノ島」関連サイト。 http://www.town.okinoshima.shimane.jp/index.php http://www.e-oki.net/ http://www.d2.dion.ne.jp/~okidango/ http://www.kouka.ne.jp/~w1022058/ http://www.mapple.net/byarea/0601060000.htm http://www.town.nishinoshima.shimane.jp/index0.html http://www1.ocn.ne.jp/~dozen/ http://tnguide.jp/sn/ama/ http://fish.miracle.ne.jp/sekiheki/ 上記アドレス及び隠岐、西ノ島、海士町、知夫村などで時々ホームページを覗いてほしい。  隠岐ノ島出身ではあるが歴史、名所・旧跡など知らないことだらけ。観光大使など務まる訳もないが郷里が期待しているのは一人でも多くの観光客誘致であろう。その為には自ら隠岐ノ島出身を機会あるごとに口にし、「まっちゃん」の郷里に一回行って見ようか・・・ 、そんな気分にさせる事なのかな・・、などと考えている。  で、今度の日曜日は関西隠岐人会の総会である。太閤園のメイン会場(3F)で、12時から15時30分迄。今のところ参加予定者310名。世話役のご苦労や並大抵ではない。小生、この会の副会長の大役をおおせつかっているが皆の足を引っ張らないようつとめるのが関の山である。 「隠岐の島出身者諸兄へ告ぐ、4月27日は万難をはいし太閤園へ・・・

投稿者 ks110 : 14:25

2008年04月08日

またまた花見

■社長日記■

 またまた花見の話。5日の土曜日、所属する船場ロータリークラブのゴルフコンペが河内長野市の天野山ゴルフ場で開催された。主催は、 私の親友「東田俊康」が会長を務めるゴルフ「ヘタコの会」、コンペ名は「桜花乱打会」。所謂、満開の桜の下で如何に数多く叩くか、 その数を競う大会である。当然、優勝は一番多く叩いた人、で賞品は包装された中味不明の賞品を乱打した順にとって行くというもの。 実にユニークな趣向であった。

 真面目な紳士の多いロータリークラブでこんなコンペが開催されるなど思っても見なかった真の現会長(元大阪弁護士会会長) が締めの挨拶。「実に楽しかった。ヘタコ会なるこんな楽しいユニークな会があるとは知らなかった。今後この会は正式な親睦会にしよう・・・。 とにかく楽しかった、実に楽しかった・・・。」

 翌日曜日は、彼の有名な雲雀丘花屋敷の邸宅に招かれた。これは船場RCで受け入れていた「米山奨学生」の阪大入学を祝して、 と云うか、かこつけてと言うか、彼を招いて桜の下でバーベキューを楽しもうと云う場外特別企画。

 阪急「雲雀丘花屋敷」の駅から徒歩約20分、無茶苦茶な坂道である。ところが眼下に広がる眺望の素晴らしいこと、 この上無しの絶景である。しかもお屋敷の周りは、桜、さくら、サクラ。こんなの所に住む人とは・・・。知らなければ先ず間違いなく誤解する、 、、知っていると何とも・・・。

 バーベキューを堪能した後、一杯気分で周囲を散策。すると何時の間にか「ひばりが丘ゴルフ場」の10番ホールに立っていた。 そんな馬鹿な・・・、酔っ払っての闖入ではない、柵を越えたわけでもない、進入禁止の所を無断で入った訳でもない。 普通に散歩していたら自然とたどり着いた所が10番ホールであった。未だまだ日本も捨てたものでない、 こんな大らかなところが残っていようとは・・・。感激しつつ、 こんど散歩するときは必ずクラブとボールを隠し持とうと堅く決意したのであった。

 宴も酣を過ぎ、少し肌寒くなって来たので部屋の中へ、安楽椅子に腰掛けるが早いか睡魔に襲われそのまま記憶無し。 一時間も寝たであろうか・・・、気持ちよく目覚めた。すると眼下になんと百万ドルの夜景、一瞬天国に居るのかと戸惑った。いやはや何とも・・ ・とにかく素晴らしい所であった。奨学生に感謝かんしゃの一日であった。

 

ひばりが丘GC 10番ホール

 

投稿者 ks110 : 18:35

2008年04月07日

花見

■社長日記■

昨日、今日と朝6時半起床。目覚めと同時に「我は今、力と勇気と信念とを持って甦り・・・・」と天風道の「甦りの誦句」を黙称しながら、寝床の上でひとり按摩、その後、感謝念で布団をあげ洗顔の後、庭に出てプラナヤマ呼吸、呼吸操錬、統一式運動、積極体操を行い、爽やかな気分で食卓に向かう。定刻より少し早く家をでて速足で駅へ、勿論歩く時は「歩きながらの呼吸法」。中々優秀な天風会員である。これが1年365日続けば金さん銀さんくらいはいけるか
も・・・。

何時もの電車より1・2本早いのに乗り、一つ手前の「天満橋」駅で下車。天満橋を渡って大川端を歩き、9時3分前に会社着。

そう・・、桜につられての天満橋駅下車である。大川端の桜は7・8分咲き。明日、明後日の土日が満開であろう。それにしても今年の桜は見事である。開花と同時に花冷えとなった為か、花びらが何となく凛として、活きが良いのである。昨日、今日の小生の如くである。一寸調子に乗りすぎか・・・・。

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投稿者 ks110 : 14:47 | コメント (0) | トラックバック

2008年03月28日

探偵業研修会「個人情報保護法と調査業」

■社長日記■

  昨日3月27日は、 NPO法人全国調査業協会連合会関西総合調査業協会の共催による、 探偵業の教育研修会であった。

 場所は、大阪市西区のグランドロイヤルホテル。貧乏協会故、部外講師を招く金がない、 そこで何時もの事ながら金の掛からない自前講師とし、1時間は全調協理事の伊藤氏が、後の1時間は小生が担当した。演題は 「個人情報保護法と調査業」、判ったようで分からない演題である。 個人情報保護法は如何に個人の情報を護るかと云う法であり、調査業は如何にして個人情報を入手し正確な調査を行うかと云う業である。

 これは難しい。ところが調査業者としては、順法精神に徹しながら如何にして情報を入手するか、この方法をさぐらなければならない。 こんな事を外部講師に委託しても、納得できるようなお話が聞けるとも思えない。そこで、 お金もさることながら何時もの毒舌でお茶を濁すこととした。話の概要はこんなこと・・・。

 個人情報保護法で、個人情報の取扱に関する義務を負うのは、 「個人情報取扱業者」であり、この取扱業者とは、 6ケ月以上に亘って5000件以上の個人情報を体系的に検索できるシステムを構築し、第三者が検索可能なように置かれているもので、 それを事業のように供している者が「個人情報取扱業者」であり、法律上の義務を負うが、 取扱い業者でなければ法的義務はない。しかも、 個人情報データベース等に関わる個人情報の入手や提供を細かく規制しているのであって、 あらゆる個人情報を規制対象としている訳ではない。開示や利用停止などの義務を負うのは、保有個人データ(開示や内容の訂正をする権限を持ち、その企業が収集した情報)であり、 データの安全管理を義務付けられているのは個人データ (データベース化された中の個人データ)である。 一般的にはデータベースとか保有個人データとか個人データに関係なく、あらゆる個人情報が規制対象で、 個人の事を聞こうとすると、「それは個人情報ですから・・・」と拒絶、 しかもそうした何でもかんでも個人情報保護にかこつけて取材拒否をするのは行政や大手企業に多く見られる。ところが、 その行政や大手企業が実際はより個人情報を欲している。自分の所は出さないが入手はしたいと云うのが本音である。

 保護法の理念は「個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を護ること」としており、 あらゆる個人情報を義務付けているのではなく、保有個人データや体系的に集合化された中の個人データであることをハッキリと理解すれば、 今のような何でもかんでも「個人情報ですから・・・」などと云う言葉は出ないと思うが・・・現実はとんでも無くやり難い。

 法律と云うのは最低のルールであり、そんなに何でもかんでも規制し、 社会生活がまともに出来ないような法が施行されている訳がないのに、事なかれ主義、 自己保身にはしるが故に今のような訳のわからないことになり、履歴の経歴確認さえ出来ない社会になりつつある。

 ザッとこんな自説を喋って普段の鬱憤をはらした。はらしついでにその後、名古屋、 東京など遠方から来てくれた会員と一緒に午前様とあいなった。

投稿者 ks110 : 18:07

2008年03月21日

円高に嘆く

■社長日記■

 飲み屋で友人とばったり。可也酩酊している様子、で、開口一番「松谷さん、もうあかん。 こうして飲むのも今日が最後や95円やで・・95円、もうあかんわ・・ 。」、「確かに急激過ぎるはな・・・」、「115円で設定しているねん」、「何か方法あるやろう、 両だてするとか・・」、「内は100%輸出や・・、輸入はゼロやし、投機的な事は一寸・・」。 そんなこんなで相当堪えている様子。だが慰めようもないし私の知識では適当な助言もできない。ただ、「今日は飲めているから良しとし・・、明日は明日・・・」と判ったようなわからない話でお酒をにごし、 後は何時もの調子。

 だが、こんな嘆きは彼だけではない。国民の多くが、実態を伴わない訳のわからない投機マネーに操られ、 実生活に大きな影響を受けている。円高、原油高、サブプライムローン問題等など、 それにしても急激過ぎる。門外漢の私にはよくわからないが、 実態に関係なく投機筋の思惑で世界中の人が踊らされているような気がしてならない。

 しかもこんな経済の混乱期に肝心な日銀総裁人事が政争の具に使われ、 結果総裁不在でこの荒海を乗り切らなければならない。政治家はいったい何を考えているのか・・。 多数決と言うのが民主主義の原理原則であるが多数決が故に右往左往する事も多く、無責任な世の中をつくっているようにも思える。

 何れにしても経済も政治ももう少し実態に即したものに成らないと、真面目にコツコツと生きている多くの人が意欲を無くしてしまう。

投稿者 ks110 : 16:35

2008年03月14日

転居

■社長日記■

 昨年9月に着工した新居がようやく完成、一昨日転居した。同じ香里園地区であるが行政区は違い枚方市になる。駅から徒歩16分、 前より1分遠くなったが高台の見晴らしの良い所であり、結構気に入っている。運動がてらに歩くには丁度良い距離である。 ただ坂が多く朝は良いが仕事帰りは少しきついかも。

 家は和風であるが設備は相当ハイテク化しており、正直全く判らない。とにかく何でも自動で、以前とは全く勝手が違い、 妻も私も戸惑うばかり。新居を楽しむと云うより何か仮住まいをしていると言った感じで少々疲れ気味である。 正直この歳になっての転居はきついものがある。

 ただ間違いなくこの家が終のすみかになると思う。焦らずのんびりと本当の自分の家に創り上げて行こうと考えている。

投稿者 ks110 : 13:16

2008年03月06日

梅とメジロ

■社長日記■

 啓蟄の声を聞けば少しはと思ったが相変わらず寒い。しかし、この寒さの中でも梅は季節を忘れず、見事に開花してきた。 この時期になると通勤路が少し変わる。自宅から駅まで約15分の道程を、梅の花を求めてジグザグに歩く事となる。 今朝は友呂岐神社の梅の木にメジロが2羽止まって蜜を吸っていた。梅に鶯ではないがメジロもよく似合う、 そこで写真にと直ぐに携帯におさめたが、さてメジロは何所に・・・・。

 画像 010  全く判らない。電車を一台遅らせたのに・・・。

画像 009 画像 008 そこで申し訳ないので大阪天満宮の境内正面に飾られている見事な盆梅を撮ってきた。 唐衣が樹齢250年、あけぼのが樹齢100年である。

投稿者 ks110 : 19:00

2008年02月28日

香里天風会「新道場開設記念講演会」

■社長日記■

  今週日曜日は、香里天風会の 「新道場開設記念講演会」であったが非常に盛会裡に終える事ができた。

 気になっていた出席者も優に目標をオーバー、60名で満席の会場に70名が入り、身動きし辛いほどの盛況であった。 会員の努力もあるが流石に尾身理事長(前財務大臣)の名前は凄い。また、講演内容も感動的で、会員は勿論、 初参加の方の多くが至極感激した様子であった。主催者としては何よりの喜びであった。また、尾身先生自身も結構感じ易いほうなのか、 講演中に声を詰まらせるシーンが何度かあった。 それほどに天風先生に対する思い入れが強かったと云う事なのでしょうが、後から直接先生に聞いてみると、 「皆の熱意がヒシヒシと感じられ、非常に話していて気持ちが良かった。香里は皆素晴らしい・・・」とのことであった。

 朝目覚めた時は、真っ白の雪景色に、飛行機は・・、関空は・・、と頭も真っ白になったが(講演者、 尾身理事長は当日沖縄から関空経由で香里園に来る予定であった)、何事も無く、講演会は盛会で、 しかも理事長よりお褒めの言葉を頂くことができた。天風会員冥利につきる嬉しい一日であった。 

投稿者 ks110 : 14:10

2008年02月22日

香里天風会 道場開設記念講演

■社長日記■

 来る2月24日(日)に私が代表を務める香里天風会の新道場開設記念講演会を開催する。 記念講演は、 財団法人天風会理事長前財務大臣の尾身幸次先生に来て頂くことになっている。 その準備と新入社員研修(2名採用)で結構バタバタとしており、中々ブログを書く時間が取れない。そこで、 またまた何時ものように手抜きを決め込み、講演会に先立っての挨拶文を事前にしたためたので、それを添付させて貰うことにする。

 今日は香里天風会の新道場開設記念講演会にかくも多数ご参加いただきましたこと、衷心より厚く御礼申し上げます。 会員の皆様は今更という感じでしょうが、今日は、町会の皆様方にもお声がけをさせて頂き、初参加の方も多数お見えでございますので、 記念講演に先立ちまして少し香里天風会の歴史と申しますか、生い立ちを紹介させて頂きます。

 元々香里の天風会は当道場を提供していただいている藤田和恵先生が発端でございます。昭和37年、 体調の優れなかった藤田和恵が大阪で開催されていた天風先生の公開講演を聞き、先生の 「真理の話」 に衝撃的な感動を覚え、以来今風に言うならば天風先生の追っかけを始めたそうでございます。女の直感と申しますか、 和恵さんは天風先生に始めてお会いしたときに「本物」と直感され、 翌日には無理やりご主人の元洋先生を講演にお誘いし、 以来2人3脚で天風道一途の道を歩まれ、香里天風会の礎をきずきました

 昭和41年、 香里本通町の藤田邸改築時に藤田医院の2階に天風会の道場を造り、お庭の中に4?50人が体操のできるスペースを設け、 天風会一色の環境を作られました。そして、診察に訪れる患者さん等に積極的にお声がけをし、 毎日曜日藤田邸を開放し行修を始められたそうです。そうした献身的な活動に、天風先生も「うい奴」と思われたのか、 わざわざこの香里の藤田邸にお見えになられお泊りに成ったこともあったそうです。 昭和43年天風先生ご帰霊後は2代目会長の安武先生、 3代目会長の野崎さんにも至極可愛がられ、安武先生などは何回と無く藤田邸でお泊りになられたようです。そして、 昭和46年、 安武会長の強い要請で財団法人天風会の香里支部を立ち上がりました。 以来営々として旧藤田邸で正月3ケ日以外の日曜日は、朝9時から12時まで一日も休むことなく修錬が行われてきました。また、春・ 秋の1日行修会、ハイキング、7月末3日間の夏期特別研修会も欠かすことなく続けてまいりました。 支部設立当初の特別研修会には、野崎先生や安武先生などが直接ご指導に見えられたようです。その後は長く、 山形に居られる伊藤久吉先生にご指導いただき、4年前からは東京の稲松先生、また、春・ 秋の行修会は山田務明先生、 その後は神戸の南方先生にご指導頂いてまいりました。

 ところが香里園駅前東地区の再開発計画に伴い立ち退きを余儀なくされ、昨年末に藤田先生と共にこの東香里園町に移り、 今日の道場開きとなった次第です。

 今日の「記念講演会お誘いの案内」にも少し書かせて頂きましたが、旧道場は古いながら道場にも庭木にも天風会員の気が染み込み、 一歩踏み入っただけでその気を強く感じる人もいたくらいです。そんな皆で創り上げた素晴らしい道場であっただけに、 立ち退きは非常に残念でしたが、社会の要請ゆえ致し方ないことでございました。 天風会は繰言は申しません。後は、 この新道場を以前にも増した立派な天風会道場にしていきたいと思っております。所謂、 形ではなく天風会らしい積極の気が染み込んだ道場にしたいと云う事です。 その為皆様と共に一生懸命歩んでいきたいと思いますので宜しくお願いいたします。また、今日は、 財団法人天風会本部より尾身理事長をお迎えし、 この香里道場の開設を記念してご講演を頂く事になっております。

 尾身理事長は皆様ご存知の通り、 衆議院議員として目覚しいご活躍をなさっている先生でございます。 多くの方は既にご承知かと存じますがここで簡単に先生のプロフィールをご紹介させて頂きます。

 先生は、1932年(昭和7年)12月、群馬県の沼田市で8人兄弟の長男として生まれ、 父親の行商の手伝いなどをしながらも昭和27年に一橋大学に入学。 奨学金と家庭教師のアルバイトで学費を賄う苦学をして、56年(S32年)に大学を卒業、 同時に通産省にキャリアとして入省、

以来、ニューヨーク領事、各課の課長を歴任なさり、82年6月中小企業庁指導部長を最後に通産省を退官。 翌83年12月衆議院議員選挙に群馬一区から出馬され初当選、以来8回連続当選を果され、 97年には国務大臣経済企画庁長官、 01年国務大臣 沖縄及び北方対策担当大臣を歴任し、前安部内閣では財務大臣を重責を担われていました。

 ところが、このような多忙な分刻みの生活の中でも、天風会の主だった行事には必ず参加なさっておられます。 後で、先生からもお話があるかもわかりませんが、先生は、「議員が天風会員になったのではない、天風会員が議員をしているのだ」 と公言なさっておられるやに聞き及んでおります。先生は昭和36年に天風会に入会なさり、以来、心の本籍を天風会に置き、熱心に行修を続け、 今は財団法人天風会の理事長を務めていただいています。このような先生に、この香里の道場開設に際し、 記念講演を頂けますことはこの上ない喜びでございます。香里の会員を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。

  

 

 

投稿者 ks110 : 14:55

2008年01月15日

新春放談

■社長日記■

 昨日夜8時30分、無事宮城県の鬼首スキー場より帰阪。 連休3日間年寄りの冷や水と笑われながら船場ロータリークラブのメンバー15名でスキーを楽しんで来た。平均年齢60才余、 ところがスキーウエアーに身を包むと殆ど年齢不詳、滑降の姿は皆10代、ところが夜のカラオケは何故か演歌のみ。 心身の年齢差は間違いなく30歳はある。とにかく楽しいひと時であった。

 明日からはまた東京出張。で、今日は少し忙しい。ブログを書いている時間がないので、 業界団体の会報誌に載せる原稿を添付する事とする。

「新春放談」            

 新年明けましておめでとう御座います。会員の皆様方には清々しい新春のスタートを切られたこととお喜び申し上げます。 今年は子干支、 十二子のスタートの年。我が調査業会は、法制下の基での新たなスタートの年。また、私は人生折り返しの新たなスタートの年である。

何事もスタートが肝心。だからと言って気負ってはならない。肩の力を抜き、ケツの穴を占め、臍下丹田に気を込め、 虚心平気の状態で新たなスタートを切りたいと願っている。

私の協会活動のスタートは、会社創業3年目の昭和56年、全国4団体の一つ「調友会」であった。 当事の調友会は協会とは言いながら業界人の親睦を第一に何時も和気藹々とした雰囲気に包まれ、 会合は熱海の旅館で宴会付の楽しいものであった。ところが、昭和60年の大阪府条例問題を機に4団体を一つにとの気運が高まり、 昭和62年に業界は一本化され、翌63年にはその団体が社団法人として認可された。協会内には多種多様な問題を抱えていたが、 正直その時は嬉しかった。“生涯の仕事”と命をかけた我が調査業がやっと陽の目を見た、と。そして、会員の誰もが望んだ「社会的地位の向上」 に向けて新たなスタートを切ったかに思えた、が、あに図らんや、協会は内部抗争に明け暮れ、社会に向けての活動は殆ど出来ず、 結果元のもく網で離合集散を繰り返し、「社会的地位の向上」を叫びながら「社会的地位の向下」へと進み、 業界の自浄作用や自助努力など綺麗ごとでは改革は難しいと判断され、国会議員の手により、探偵業の取締が法制化されるに至った。 業界の一部には「探偵業法」は業界活動の成果、業界が勝ち取ったものと考えている人も居るようであるが私にはどうしてもそうは思えない。 運用如何によっては業そのものの存亡にも関わりかねない相当厳しい内容を含んでいる。探偵業法は議員立法であり、 確りと土台固めをし逐条的に作られたものでなく、始めに条文ありきで、 法案を通す為に解釈如何ではどちらとも取れる曖昧さを残したまま全会一致で法案は成立したようである。 それだけに今後の運用如何では業界に取って両刃の剣、利剣となすも邪剣となすも、ある意味、私たち調査業者の取り組み如何にかかっている。 業界の新たなスタートとなる今こそ、各業界団体は一致団結、初心に帰って真の協会活動に取り組まなければ成らない。そして、 3年後の業法見直しの時には、取り締まりのみでなく育成も考えて貰えるような業界に成長していなければならない。 私が今一番危惧しているのは、業法が出来たが為にまともな調査が出来ず、結果依頼者にご迷惑を掛けることになりはしないかと云う事である。 料金の高い安いは、ある意味、調査の結果次第である。業法の趣旨、「依頼者保護」に努めるには、より正確な、 より内容のある調査をすることである。業法を守らんが為に依頼に応えられないような事になってはならない。

 

投稿者 ks110 : 11:48

2008年01月11日

新年

■社長日記■

  新年明けましておめでとうございます。

 早々にブログを書かなくてはと思いながら、新年の挨拶回りや来訪者の対応で中々時間が取れず、今日になってしまった。 それにしても今年の正月休みは長かった。多くの企業が9連休の7日初出であった様だが、弊社も7日初出で初日から通常業務に入った。

 挨拶回りで感じたのは、何処とも今ひとつ元気がない。弊社のクライアントの多くが中堅企業という事もあるかも知れないが 「日銀や大企業発表による好景気観は何処の話し・・」と云った所見を述べる人が多い。特に大阪の経営者はそう感じているようである。 昨日公示された大阪府知事選の各候補者は、それぞれ表現は違っても「大阪復興!!、元気な大阪!!」 を叫んでいるが、本当に”元気”が欲しいと思う。

 その元気を出すために明日からの3連休は東北にスキーに行くこととなった。毎年この時期、 正月明けの連休は所属する船場ロータリークラブのスキー同好会がスキーツアーを募る。それに応募してのスキーである。 下手の横好きだけに怪我には十分に気をつけなければ ・・・。

 正月は、一泊二日 で「お伊勢参り」としゃれこんだ。驚いたのなんの、 とにかく凄い人であった。駐車場待ちで1時間半、そこから情緒豊かな参道の商店街を通り内宮へと向ったが、 人ひとの山でまともに前が見えない。私が住んでいる成田山も参拝者は多いが、その比ではない。さすがお伊勢さんである。 参道の商店街はてんてこ舞い、ただ赤福本店だけはシャッターを下ろし、「お詫び」 の張り紙だけが目立っていた。何ともいえないわびしさが漂っていた。

 人間正直が一番。「」は昨年でバイバイ、今年の漢字は 「」とか「」 にしたいものだ。

投稿者 ks110 : 18:31

2007年12月28日

■社長日記■

 今日は、今年の仕事納め。午前中は通常業務で午後から大掃除、その後御用納めで賑やかにとの予定である。

 今年1年週一ペースで拙いブログを書き続けた。くだらないブログであるが、それにも懲りず眼をとおして頂いた数名の 「調査会社の社長ブログ」愛読者諸君、本当に有難う御座いました。 何処かで誰かが読んで下さると思うから書けるんであって、そうで無ければ決して継続できるものではない。 名前も顔も知らない未だ観ぬ貴方ですが心から感謝申し上げます。来年もきっと貴方がそっと眼をとおしてくれているものと信じて、 懲りもせず書き続けようと思います。今年に増してご愛顧のほど宜しくお願い申し上げます。

 1年の締めくくり、今年の漢字は「」であった。何とも情けない、 しかし実際「偽装」「偽証」「偽造」と「」 の問題で新聞紙上を賑わした事の多かったこと。何故こんなに「偽」の問題が多く発生するのか・・。情報公開が原因なのか、 告発ばやりが原因なのか、コンプライアンス意識の低下なのか、凡人には良く判らない。ただ言えることは、「」の問題は非常にイメージが悪く、業績低下どころか会社の存亡にまでかかっわて来る。 とにかく正直が一番、私どものような調査、情報産業は「信用、信頼」が何よりも大切なものである。 一端信頼を裏切ると今までの全てがゼロに成ることさえある。このことだけは肝に銘じて仕事をしなければと思っている。

 但し、個人情報保護、人権、プライバシー問題などで、この上なく人に関する調査は難しくなっている。依頼者の要望に応えたく、 一生懸命になれば成るほど個人情報保護、人権、プライバシー問題の壁にぶつかり、結果的に依頼者の「信頼」を失う事になりかねない。 真実を知るために「偽」を行う。許される事ではないが調査業には「偽」の影がウロウロするのも事実である。

投稿者 ks110 : 11:53

2007年12月21日

SEO対策

■社長日記■

 先般も紹介させて貰ったが、弊社企業サービスとウエブ製作会社のクレフソリューションが業務提携し、キーワード無制限のSEO対策サービスを開始したところ、マスコミが可也の興味を示し、今週水曜日 (12月19日)には日刊工業新聞が記事掲載してくれた。24面の下段部分に「キーワード無制限ウエブ検索上位表示」と題した42行の記事である。正直、 今のマスコミの報道姿勢には些か疑問を持っている小生であるが、 弊社のような零細企業の新たな試しみを記事にして頂けた事は感動ものである。何となく良い正月が迎えられそうな気がする。

 それにしても時の経つのは早い。今年も残すところ後10日、仕事は来週4日間のみと成る。毎年の事ながら年末になると「今年1年、 何をしたのかな・・・」「どんな年だたかな・・・」等と振り返ってみる。ところが過ぎ去った事は意外と何てことはない。 如何なる事があっても全て時が解決してくれている、不思議なものだと思う。

 今年は早々から戸籍法の一部改正問題で衆参議員会館を陳情書を持って走り回ったり、 6月の探偵業法の施行に伴う監督官庁との折衝など個々の問題は色々とあったが、振り返ってみると「何をしたのかな・・?」という感じである。

 学生時代の1年と社会に出てからの1年は倍くらい違うが、20代の1年と50代の1年はまた倍くらい違う。 60才を過ぎてからの1年はどうであろう?。出来ることなら学生時代の1年に戻したい・・・、 その為には新たな兆戦をあえてしなければならいかも。

投稿者 ks110 : 16:34

2007年12月13日

忘年会

■社長日記■

 12月に入るやいなや忘年会の予定で一杯。今日13日で既に6回、 後5?6回で予定終了となるが飲めるようで飲めない小生に取っては少々厳しいものがある。

 還暦を迎えるこの歳になると身体は徐々に来世へ行く準備を始める。血圧、血糖値、中性脂肪・・・、数値は少しずつ怒りを表す。 60年もの長きに亙ってこの身勝手な私にただただ忍の一字で付き合ってきたのだ、文句の一つも言いたくなるのは判る。ただ、 文句があるなら自分一人で言えばいい。ところが隣近所に相談し、集団で文句を言い、怒りを露わにするから困る。私にどうしろと云うのだ・・? 、60歳にもなれば色んなしがらみで、断る訳には行かない付き合いが多くある。そこの所を判って欲しい・・。ところが妻と一緒で、 我が肉体も今ひとつその点に理解が足らない。しかも、一度言い出すと中々収まらない。困ったものである。

 昨年もそうであった。忘年会、新年会明けの1月末の面接。「松谷さん・・・」、主治医の声が少し曇っていた。 今年はもう少し明るい声を聞きたいと思うが。

投稿者 ks110 : 18:14

2007年12月07日

季節感

■社長日記■

 季節感が少しおかしくなっている。私の感覚がおかしいのか季節がおかしいのかよく判らないが、ほん1ケ月前までは夏の感覚で、 スーツは夏物を着用していた、ところが今はコートを着ている。早や冬到来と思いきや山は紅葉の真っ盛り、大阪名物、 御堂筋の銀杏は今が一番の見ごろ。秋なのか冬なのか、感覚が少しおかしくなる。

 何れにしても温暖化現象は大変である。京都議定書云々の難しい事は判らないが、 このまま人類が身勝手を続ければ間違いなく地球は急激な変化をもたらし、人の生存が危ぶまれるまでに至るでしょう。しかし、 人間はそこまでアホではない。自らを守るために必ず何らかの対策をとる。ところが、 時期を逸するとその対策に何倍もの労力と費用がかかると思われる。

 今、肌で感じる季節感の変化で、自然(神)がその対策を急かしていると感じられてならない。

*

*

投稿者 ks110 : 14:30

2007年12月06日

SEO対策

■社長日記■

一寸真面目な話し。
弊社、株式会社企業サービスとWeb製作会社の株式会社クレフソリューションが提携し、画期的なSEO対策商品の売り出しを開始。
既に可也の反響があり、プレスリリースしたところ各社が取り上げてくれている。我社に取っては久々の明るいニュースである。

調査会社と Web 制作会社が、キーワード無制限の定額 SEO サービスを開始

Japan.internet.com Webマーケティング - 調査会社と Web 制作会社が、キーワード無制限の定額 SEOサービスを開始

株式会社クレフクリエイティズム SEO対策で2つの業界初!
調査会社とWEB制作会社がコラボでキーワード無制限の定額SEOサービスを開始。

新興市場Information [ Fuji Sankei Business I ]

投稿者 ks110 : 17:09 | コメント (0) | トラックバック

2007年11月30日

お詫び会見

■社長日記■

  3週間のご無沙汰でした。

 パソコンのセキュリティー対策で工事をしていた為、ブログのエントリーが出来なかった。決して怠けていた訳ではない。 ところが今週は連休明けと云う事もあって超多忙。故に、エントリー可能とはなったがパソコンに向かう時間が上手く取れずじまい。

 来週からまた怠けずセッセと書きますので、僅か数名のブログ愛読者諸君、今日のところは許してたもれ・・・。

 

投稿者 ks110 : 18:29

2007年11月13日

青春

■社長日記■

 今朝、何時ものように通勤電車に揺られながら本を読んでいて、とても良い言葉に出会った。

 「青春とは人生のある期間をいうのではなく、心の様相を言うのだ。

 歳を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いがくる」(サミュエル・ウルマン)

 全くその通り。還暦を迎える歳ではあるが理想を失うことなく、青春を謳歌したいと思う。そう言えば天風先生の誦句集の中にも、 「人間は理想を持つことなしに生きるべきものではない、・・・・。」 の一節があったの思い出した。

 昼の休憩時間、久し振りに中ノ島公園まで足を伸ばした。中ノ島はバラ園で知られており、 春先のバラは目を見張る華やかさがあるが秋のバラ も悪くない。今日は一寸風があり肌寒さを感じたが、 風が運んでくるバラの香りは何とも言えず爽やかであった。        

投稿者 ks110 : 16:32

2007年11月07日

島根県人会と石見神楽

■社長日記■

今週日曜は近畿島根県人会が太閤園で盛大に開催された。近畿島根県人会は副題を「ふるさと応援団」と銘うって、石見、出雲、 隠岐の3地区に分け輪番制でその年の幹事役を担当する事となっており、今年は石見地区が幹事役であった。 運よく石見銀山が世界遺産に登録されたという事もあり、石見地区はねじり鉢巻で大いに頑張った。何と、参加者数380名、 県知事ほか県下各市町村長も大勢駆けつけ、それは大変な賑わいであった。  出し物は石見銀山の世界遺産登録を祝して創られたと言う天領太鼓と無形文化財の石見神楽。 和太鼓の響きに圧倒されたその後の石見神楽がまた素晴らしかった。はずかしながら石見神楽を生で観たのははじめて、 30分間ほど舞台に釘付けになった。言葉では上手く表現できないが、数百年も続いた伝統芸能はやはり何処か違う、 久し振りに舞台に酔い興奮冷めやらぬ自分を味わった。  月・火と東京出張。月曜は全国調査業協同組合の教育研修会、 火曜は全国調査業協会の理事会であった。今日久し振りに本社に出勤。先週土曜からの日経新聞にザッと目を通す、・・ と言いたいところだが実際は新聞小説「望郷の道」(北方謙三)を読むだけ。今まで新聞小説を読み続けた事は殆ど無かったが、 一時北方謙三にはまっていた私にとって今度の「望郷の道」は見逃す訳には行かなかった。今は、 朝会社に来てコーヒーを飲みながら新聞を読むのが何よりの楽しみとなっている。

投稿者 ks110 : 16:34 | コメント (0) | トラックバック

2007年10月30日

ナイトクルーズ

■社長日記■

 船旅は最高の贅沢という。私は海育ちという事もあって子供の頃から船に乗る機会は多く、小・ 中学生当事はテンマ船の艪をよく漕いだものである。ところが隠岐之島から本土に渡る船は大の苦手であった。今は、高速艇で1時間、 フェリーだと約3時間程で渡るが、私が高校生位までは6時間を要した。しかも、500トン位の小さな船(当事は凄く大きく思っていたが・・) で日本海の荒海を渡るため、一寸時化ていると船室で寝ていてもズズズッ、ズズズッと端から端まで滑り落ちる。可笑しな表現と思うでしょうが、 実際「滑り落ちる」という表現がピッタリとくる凄まじい揺れであった。船酔いの苦しさは経験した者しか判らないが、それはきつい。 その経験があるだけに親の死に目意外は冬は田舎に帰らないと固く決意していた程である。

 その私が28・29日の一泊2日、にっぽん丸でののワンナイト・クルーズを楽しんだ。 ロータリーの友人から飛鳥やにっぽん丸での船旅の話を何度か聞かされており、一度は乗ってみたいとひそかに思っていた。そんな折、 たまたま知人から「にっぽん丸」のワンナイト・クルーズの案内があった。 船酔いのトラウマがあるだけに一瞬躊躇するものはあったが妻に話すと、「それいいじゃない、行きましょう」の一言。 瀬戸内のナイトクルーズであり、先ず船酔いは大丈夫・・・と決意し申し込んだ。

 夕方5時、神戸港の中埠頭で乗船。総トン数21903トンで8階建、超豪華客船の名にはじない素晴らしい船であった。 船内に一歩足を踏み入れたとたん何となくフワッとゆったりとした雰囲気があった。船も豪華だが、 それにも増してお客をもてなそうとする心が船員の一人ひとりに強く感じられ、すごく良いムードが船内一杯に漂っていた。 そんな中で食事やゲームやショーを楽しむ。船はゆったりと貴婦人の如く瀬戸内を行く。 下船は翌日14時であったが陸上とは別の時間が流れているかのような一時であった。

 これで世界一周など夢のまた夢であるが、船旅のとりこになる人の気持ちは判るような気がした。

sh0260  sh0262  中埠頭の夜景

 sh0274  sh0275 明石大橋を真下から写す

投稿者 ks110 : 18:28 | コメント (0) | トラックバック

2007年10月22日

天風会(秋の一日行修会)

■社長日記■

 昨日は、香里天風会の秋の一日行修会であった。講師は南方哲也先生。以前にもご紹介したと思うが、天才の中の天才、 南方熊楠の血縁にあたる先生である。

 午前9時から午後4時までみっちり行修に励んだ。香里天風会は毎日曜午前中、日曜行修と称して呼吸法、統一式運動、積極体操 (平和建設運動)、養動法、安定打坐(坐禅)等を行っているが、特別行修として夏の修練会(3日間)と春・秋の一日行修会がある。

 参加者は30名と少し淋しかったが、非常に内容のある充実した行修会であった。

 既に15・6年。毎年同じ事を繰り返し行っているが感じ方は全く違う。不思議なものである。修練を重ねるに従い、 より新鮮味が出てくると言うか、感動が大きくなる。普通は逆だと思うが天風会の教義や修練は、遣ればやるほど感じるものが大きくなる。

投稿者 ks110 : 15:38 | コメント (0) | トラックバック

2007年10月11日

ほのかな気分

■社長日記■

 今、金木犀の花盛り。

 駅まで15分。運動を兼ねて毎朝セッセと歩いている。 経路は幾通りかあるが最近は道幅は狭いが一番の近道である旧村中の経路を好んでいる。この経路、 景色は余りよくないが何と言っても香りが素晴らしい。そう、金木犀の香りである。家の庭先や生垣に金木犀が一杯で、 一昨日からいっせいに咲き始めた。何ともいえないほのかな香りを漂わせている。その香りが家の玄関(我が家の庭にもある) から駅頭近くまでづっと続く・・・・・、特に今日はその香りが強かった。「ほのかな気分」で職場に向うことが出来た。

「 ほのかな気分」でもう一言。今週初日、友人に誘われて夜、北の新地へ・・・、はじめ私の行きつけの店で飲んでいたが、 友がもう一軒と強引に誘う・・・、仕方なくルンルン気分で着いて行く。そこは私が行くような店と違い、何ともごうじゃすな店であった (酔眼朦朧)。飲むとトイレが近くなる、美人に案内されて小用に・・・。トイレの壁掛に、「犬のおっぽをまくらに、猫のひるさがり」  と書いた笑福亭二鶴の色紙があった。何となく私も「ほのかな気分」になった。

 ついでにもう一言。今朝のNHKテレビ。ひとり山里に住む老人が書いた詩が静かなブームになっていると報じていた。「もとめない」 という詩集らしい。人は皆何かを求めて生きているが、何でもかんでも求め過ぎているのでは・・?、そうでなく、本当に必要なものだけ (例えば心の安らぎ、真の幸福)を求め、後は一切求めない人生。そうする事によって本当に望むものが求められるのでは・・・・。どうも、 そんな思いを詩にしているようである。未だ読んではいないが、多分、「ほのかな気分」になれる様な詩集ではないか、と興味を覚えた。

投稿者 ks110 : 12:43 | コメント (0) | トラックバック

2007年10月09日

同窓会

■社長日記■

 またまた同窓会。

 今年は還暦という事で何かと同年代の集まりが多くある。なかでも同窓会というのは良いものである。同窓会は、大、高、中、 小とあるが、大概は小・中学校は一緒なので中学以上の同窓会が一般的なようであるが、結びつきは下に下がるほど強い。

 なかでも今回集まったのは、私の出身地隠岐之島のひとつの島、西ノ島の内のひとつの地区、 大山と呼ばれる戸数60戸程の集落の同級生の集まりである。 何ともローカルな話しである。 これ以上ローカルな集まりは無いくらいローカルである。ところがローカルであればあるほど結束は強い。戸数60戸で同級生は13人、 戦後のベビーブームとは言いながらもの凄い出生率である。因みに今はと云うと、同じ大山地区で小学生が総勢2?3人、 過疎と少子化でお先真っ暗と言わざるを得ない状況にある。

 3連休の初日、6日(土)の朝は早や5時過ぎに眼が覚めた。そう今日は大山の同級が鳥取県の皆生温泉に集まる日。 ルンルン気分でもはや寝ように寝れない・・・、妻を起こさぬようにと気を使いながら寝床をはなれたが、「もうー・・お父さんは、 小学生でもあるまいに・・・」と、からかい気味に怒られる。9時半出発の予定であったがどうも落ち着かず9時に出発、 吹田と姫路に寄って同級生を拾い、一路皆生温泉へ、皆生着16時。

 集まったのは11名。13名の内一人は中学2年の時、一人は昨年他界した。 従って生存者11名で全員集ったと言いたいが一人どうしても体調不十分で参加できず、 飛び入りで地区は違うが大山大好きの同級生が代理出席してくれた。

 18時車座になって宴会が始まった。30分もしない内に殆どが幼児返り、男女の隔てなく全て呼び捨てかチャンづけであり、 みごとに昔に返っている。御歳60歳の男女が○○ちゃんと呼び合い全く違和感が無い、 産まれたときから一緒で小学校も中学校も片道40分の地道を行き帰りした仲である、中には高校まで一緒であった奴もいる。 第三者から見れば異様な光景と思うが当人同士に違和感があろうはずがない。結局床に着いたのが1時半であった。 ところが朝は早や6時には起きていた。

 

 

 

投稿者 ks110 : 17:31 | コメント (0) | トラックバック