2008年05月07日
家庭菜園
■社長日記■ゴールデンウイーク。今年は暦通り。何時もだと何処か小旅行に・・と云うところだが、 今年は転居して間がないと云う事もあって自宅で過ごす事とした。1日は「角好集会」 という20年近く続いているゴルフコンペに参加したが後の3日は全くの自宅。
前々から考えていた菜園つくりに着手した。自宅の庭の一部に菜園をつくるのが夢であったが、 今度の家は何とかそのスペースが確保できそう。そこで早速、近くのホームセンターに出かけ農機具と土壌改良剤を購入、 鍬とスコップを片手にねじり鉢巻で開墾をはじめた。「開墾とは大げさな・・」と言われそうだが、 踏み固められた庭を畑にするのはまさに開墾であった。最初は、鍬で十分と勢いよく振り上げたが全く歯がたたない、 そこでスコップに持ち替え格闘すること半日、何とか1坪半程を開墾に成功した。
後は鍬で何回か土を掘り返す。消石灰や土壌改良剤を混ぜては掘り返すを繰り返し、畝を3つ作って一様完成とした。 たった1坪半ほどの畑であるが足腰肩腕はパンパン。お百姓さんの苦労やいかに・・・身にしみて感じたゴールデンウイークであった。
1週間ほど寝かせ、来週くらいにはいよいよ種植えである。どうなる事やら・・・、失敗は覚悟の上、とにかくやってみようと思う。 何とも楽しみである・・・。

農機具一式

開墾途中

土中から出てきた石や木屑。

何とか畑らしくなってきたところ。

畝を三筋作って一応完成。
投稿者 ks110 : 17:30
2008年04月28日
関西隠岐人会(隠岐の国のひろば)
■社長日記■昨日、関西隠岐人会第6回総会が太閤園の本館3階で大々的に開催された。 参加者310名、隠岐島出身の関西在住者が一堂に会し、楽しく一日遊ぼうと云う会である。こうした郷土会は、 田舎であれば有るほど集まりがよく結束も固い。島国根性が故かも知れないが、 そうした意味では御他聞に漏れず隠岐の結束は中々で参加率も良い。ただ、何故か平均年齢は60歳を遥かに超え、 老人会に見間違うのではと少し心配するくらいである。
演芸の出し物は、民謡ロック(おき民謡をロック調にアレンジしての演奏)、 にわか(その場の思い付きで寸劇をやる。突然に遣るので「にわか」という)、 尺八と津軽三味線(石川氏と阿部兄弟、津軽三味線で優勝、準優勝に輝いた兄弟)、 隠岐民謡とキンニャモニャなど盛り沢山で中々の盛り上がりがあった。

阿部兄弟の津軽三味線

有志による寸劇(にわか)

投稿者 ks110 : 16:39
2008年04月22日
隠岐國観光大使
■社長日記■ 3年前の今頃、突然郷里の隠岐から「隠岐國観光大使」を命じられた。以来、観光大使として「隠岐観光振興の為に寝食を忘れ奔走した」と云いたい所だが、正直大使らしい事は殆どしてなく、せいぜい友人知人に故郷自慢をして、得点つきの観光大使の名詞を配るくらいの事しかできていない。 そこで今日は、観光大使らしく、この世界的に広く知られた著名人ブログ「調査会社の社長ブログ」で、わが故郷「隠岐ノ島」を紹介してみたいと思う。 「隠岐ノ島」関連サイト。 http://www.town.okinoshima.shimane.jp/index.php http://www.e-oki.net/ http://www.d2.dion.ne.jp/~okidango/ http://www.kouka.ne.jp/~w1022058/ http://www.mapple.net/byarea/0601060000.htm http://www.town.nishinoshima.shimane.jp/index0.html http://www1.ocn.ne.jp/~dozen/ http://tnguide.jp/sn/ama/ http://fish.miracle.ne.jp/sekiheki/ 上記アドレス及び隠岐、西ノ島、海士町、知夫村などで時々ホームページを覗いてほしい。 隠岐ノ島出身ではあるが歴史、名所・旧跡など知らないことだらけ。観光大使など務まる訳もないが郷里が期待しているのは一人でも多くの観光客誘致であろう。その為には自ら隠岐ノ島出身を機会あるごとに口にし、「まっちゃん」の郷里に一回行って見ようか・・・ 、そんな気分にさせる事なのかな・・、などと考えている。 で、今度の日曜日は関西隠岐人会の総会である。太閤園のメイン会場(3F)で、12時から15時30分迄。今のところ参加予定者310名。世話役のご苦労や並大抵ではない。小生、この会の副会長の大役をおおせつかっているが皆の足を引っ張らないようつとめるのが関の山である。 「隠岐の島出身者諸兄へ告ぐ、4月27日は万難をはいし太閤園へ・・・ 」投稿者 ks110 : 14:25
2008年04月08日
またまた花見
■社長日記■またまた花見の話。5日の土曜日、所属する船場ロータリークラブのゴルフコンペが河内長野市の天野山ゴルフ場で開催された。主催は、 私の親友「東田俊康」が会長を務めるゴルフ「ヘタコの会」、コンペ名は「桜花乱打会」。所謂、満開の桜の下で如何に数多く叩くか、 その数を競う大会である。当然、優勝は一番多く叩いた人、で賞品は包装された中味不明の賞品を乱打した順にとって行くというもの。 実にユニークな趣向であった。
真面目な紳士の多いロータリークラブでこんなコンペが開催されるなど思っても見なかった真の現会長(元大阪弁護士会会長) が締めの挨拶。「実に楽しかった。ヘタコ会なるこんな楽しいユニークな会があるとは知らなかった。今後この会は正式な親睦会にしよう・・・。 とにかく楽しかった、実に楽しかった・・・。」
翌日曜日は、彼の有名な雲雀丘花屋敷の邸宅に招かれた。これは船場RCで受け入れていた「米山奨学生」の阪大入学を祝して、 と云うか、かこつけてと言うか、彼を招いて桜の下でバーベキューを楽しもうと云う場外特別企画。
阪急「雲雀丘花屋敷」の駅から徒歩約20分、無茶苦茶な坂道である。ところが眼下に広がる眺望の素晴らしいこと、 この上無しの絶景である。しかもお屋敷の周りは、桜、さくら、サクラ。こんなの所に住む人とは・・・。知らなければ先ず間違いなく誤解する、 、、知っていると何とも・・・。
バーベキューを堪能した後、一杯気分で周囲を散策。すると何時の間にか「ひばりが丘ゴルフ場」の10番ホールに立っていた。 そんな馬鹿な・・・、酔っ払っての闖入ではない、柵を越えたわけでもない、進入禁止の所を無断で入った訳でもない。 普通に散歩していたら自然とたどり着いた所が10番ホールであった。未だまだ日本も捨てたものでない、 こんな大らかなところが残っていようとは・・・。感激しつつ、 こんど散歩するときは必ずクラブとボールを隠し持とうと堅く決意したのであった。
宴も酣を過ぎ、少し肌寒くなって来たので部屋の中へ、安楽椅子に腰掛けるが早いか睡魔に襲われそのまま記憶無し。 一時間も寝たであろうか・・・、気持ちよく目覚めた。すると眼下になんと百万ドルの夜景、一瞬天国に居るのかと戸惑った。いやはや何とも・・ ・とにかく素晴らしい所であった。奨学生に感謝かんしゃの一日であった。


ひばりが丘GC 10番ホール

投稿者 ks110 : 18:35
2008年04月07日
花見
■社長日記■昨日、今日と朝6時半起床。目覚めと同時に「我は今、力と勇気と信念とを持って甦り・・・・」と天風道の「甦りの誦句」を黙称しながら、寝床の上でひとり按摩、その後、感謝念で布団をあげ洗顔の後、庭に出てプラナヤマ呼吸、呼吸操錬、統一式運動、積極体操を行い、爽やかな気分で食卓に向かう。定刻より少し早く家をでて速足で駅へ、勿論歩く時は「歩きながらの呼吸法」。中々優秀な天風会員である。これが1年365日続けば金さん銀さんくらいはいけるか
も・・・。
何時もの電車より1・2本早いのに乗り、一つ手前の「天満橋」駅で下車。天満橋を渡って大川端を歩き、9時3分前に会社着。
そう・・、桜につられての天満橋駅下車である。大川端の桜は7・8分咲き。明日、明後日の土日が満開であろう。それにしても今年の桜は見事である。開花と同時に花冷えとなった為か、花びらが何となく凛として、活きが良いのである。昨日、今日の小生の如くである。一寸調子に乗りすぎか・・・・。


投稿者 ks110 : 14:47 | コメント (0) | トラックバック
2008年03月28日
探偵業研修会「個人情報保護法と調査業」
■社長日記■昨日3月27日は、 NPO法人全国調査業協会連合会と関西総合調査業協会の共催による、 探偵業の教育研修会であった。
場所は、大阪市西区のグランドロイヤルホテル。貧乏協会故、部外講師を招く金がない、 そこで何時もの事ながら金の掛からない自前講師とし、1時間は全調協理事の伊藤氏が、後の1時間は小生が担当した。演題は 「個人情報保護法と調査業」、判ったようで分からない演題である。 個人情報保護法は如何に個人の情報を護るかと云う法であり、調査業は如何にして個人情報を入手し正確な調査を行うかと云う業である。
これは難しい。ところが調査業者としては、順法精神に徹しながら如何にして情報を入手するか、この方法をさぐらなければならない。 こんな事を外部講師に委託しても、納得できるようなお話が聞けるとも思えない。そこで、 お金もさることながら何時もの毒舌でお茶を濁すこととした。話の概要はこんなこと・・・。
個人情報保護法で、個人情報の取扱に関する義務を負うのは、 「個人情報取扱業者」であり、この取扱業者とは、 6ケ月以上に亘って5000件以上の個人情報を体系的に検索できるシステムを構築し、第三者が検索可能なように置かれているもので、 それを事業のように供している者が「個人情報取扱業者」であり、法律上の義務を負うが、 取扱い業者でなければ法的義務はない。しかも、 個人情報データベース等に関わる個人情報の入手や提供を細かく規制しているのであって、 あらゆる個人情報を規制対象としている訳ではない。開示や利用停止などの義務を負うのは、保有個人データ(開示や内容の訂正をする権限を持ち、その企業が収集した情報)であり、 データの安全管理を義務付けられているのは個人データ (データベース化された中の個人データ)である。 一般的にはデータベースとか保有個人データとか個人データに関係なく、あらゆる個人情報が規制対象で、 個人の事を聞こうとすると、「それは個人情報ですから・・・」と拒絶、 しかもそうした何でもかんでも個人情報保護にかこつけて取材拒否をするのは行政や大手企業に多く見られる。ところが、 その行政や大手企業が実際はより個人情報を欲している。自分の所は出さないが入手はしたいと云うのが本音である。
保護法の理念は「個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を護ること」としており、 あらゆる個人情報を義務付けているのではなく、保有個人データや体系的に集合化された中の個人データであることをハッキリと理解すれば、 今のような何でもかんでも「個人情報ですから・・・」などと云う言葉は出ないと思うが・・・現実はとんでも無くやり難い。
法律と云うのは最低のルールであり、そんなに何でもかんでも規制し、 社会生活がまともに出来ないような法が施行されている訳がないのに、事なかれ主義、 自己保身にはしるが故に今のような訳のわからないことになり、履歴の経歴確認さえ出来ない社会になりつつある。
ザッとこんな自説を喋って普段の鬱憤をはらした。はらしついでにその後、名古屋、 東京など遠方から来てくれた会員と一緒に午前様とあいなった。
投稿者 ks110 : 18:07
2008年03月21日
円高に嘆く
■社長日記■飲み屋で友人とばったり。可也酩酊している様子、で、開口一番「松谷さん、もうあかん。 こうして飲むのも今日が最後や、95円やで・・95円、もうあかんわ・・ ・。」、「確かに急激過ぎるはな・・・」、「115円で設定しているねん」、「何か方法あるやろう、 両だてするとか・・」、「内は100%輸出や・・、輸入はゼロやし、投機的な事は一寸・・」。 そんなこんなで相当堪えている様子。だが慰めようもないし私の知識では適当な助言もできない。ただ、「今日は飲めているから良しとし・・、明日は明日・・・」と判ったようなわからない話でお酒をにごし、 後は何時もの調子。
だが、こんな嘆きは彼だけではない。国民の多くが、実態を伴わない訳のわからない投機マネーに操られ、 実生活に大きな影響を受けている。円高、原油高、サブプライムローン問題等など、 それにしても急激過ぎる。門外漢の私にはよくわからないが、 実態に関係なく投機筋の思惑で世界中の人が踊らされているような気がしてならない。
しかもこんな経済の混乱期に肝心な日銀総裁人事が政争の具に使われ、 結果総裁不在でこの荒海を乗り切らなければならない。政治家はいったい何を考えているのか・・。 多数決と言うのが民主主義の原理原則であるが多数決が故に右往左往する事も多く、無責任な世の中をつくっているようにも思える。
何れにしても経済も政治ももう少し実態に即したものに成らないと、真面目にコツコツと生きている多くの人が意欲を無くしてしまう。
投稿者 ks110 : 16:35
2008年03月14日
転居
■社長日記■昨年9月に着工した新居がようやく完成、一昨日転居した。同じ香里園地区であるが行政区は違い枚方市になる。駅から徒歩16分、 前より1分遠くなったが高台の見晴らしの良い所であり、結構気に入っている。運動がてらに歩くには丁度良い距離である。 ただ坂が多く朝は良いが仕事帰りは少しきついかも。
家は和風であるが設備は相当ハイテク化しており、正直全く判らない。とにかく何でも自動で、以前とは全く勝手が違い、 妻も私も戸惑うばかり。新居を楽しむと云うより何か仮住まいをしていると言った感じで少々疲れ気味である。 正直この歳になっての転居はきついものがある。
ただ間違いなくこの家が終のすみかになると思う。焦らずのんびりと本当の自分の家に創り上げて行こうと考えている。
投稿者 ks110 : 13:16
2008年03月06日
梅とメジロ
■社長日記■啓蟄の声を聞けば少しはと思ったが相変わらず寒い。しかし、この寒さの中でも梅は季節を忘れず、見事に開花してきた。 この時期になると通勤路が少し変わる。自宅から駅まで約15分の道程を、梅の花を求めてジグザグに歩く事となる。 今朝は友呂岐神社の梅の木にメジロが2羽止まって蜜を吸っていた。梅に鶯ではないがメジロもよく似合う、 そこで写真にと直ぐに携帯におさめたが、さてメジロは何所に・・・・。
全く判らない。電車を一台遅らせたのに・・・。
そこで申し訳ないので大阪天満宮の境内正面に飾られている見事な盆梅を撮ってきた。
唐衣が樹齢250年、あけぼのが樹齢100年である。
投稿者 ks110 : 19:00
2008年02月28日
香里天風会「新道場開設記念講演会」
■社長日記■今週日曜日は、香里天風会の 「新道場開設記念講演会」であったが非常に盛会裡に終える事ができた。
気になっていた出席者も優に目標をオーバー、60名で満席の会場に70名が入り、身動きし辛いほどの盛況であった。 会員の努力もあるが流石に尾身理事長(前財務大臣)の名前は凄い。また、講演内容も感動的で、会員は勿論、 初参加の方の多くが至極感激した様子であった。主催者としては何よりの喜びであった。また、尾身先生自身も結構感じ易いほうなのか、 講演中に声を詰まらせるシーンが何度かあった。 それほどに天風先生に対する思い入れが強かったと云う事なのでしょうが、後から直接先生に聞いてみると、 「皆の熱意がヒシヒシと感じられ、非常に話していて気持ちが良かった。香里は皆素晴らしい・・・」とのことであった。
朝目覚めた時は、真っ白の雪景色に、飛行機は・・、関空は・・、と頭も真っ白になったが(講演者、 尾身理事長は当日沖縄から関空経由で香里園に来る予定であった)、何事も無く、講演会は盛会で、 しかも理事長よりお褒めの言葉を頂くことができた。天風会員冥利につきる嬉しい一日であった。
投稿者 ks110 : 14:10
2008年02月22日
香里天風会 道場開設記念講演
■社長日記■来る2月24日(日)に私が代表を務める香里天風会の新道場開設記念講演会を開催する。 記念講演は、 財団法人天風会理事長で前財務大臣の尾身幸次先生に来て頂くことになっている。 その準備と新入社員研修(2名採用)で結構バタバタとしており、中々ブログを書く時間が取れない。そこで、 またまた何時ものように手抜きを決め込み、講演会に先立っての挨拶文を事前にしたためたので、それを添付させて貰うことにする。
今日は香里天風会の新道場開設記念講演会にかくも多数ご参加いただきましたこと、衷心より厚く御礼申し上げます。 会員の皆様は今更という感じでしょうが、今日は、町会の皆様方にもお声がけをさせて頂き、初参加の方も多数お見えでございますので、 記念講演に先立ちまして少し香里天風会の歴史と申しますか、生い立ちを紹介させて頂きます。
元々香里の天風会は当道場を提供していただいている藤田和恵先生が発端でございます。昭和37年、 体調の優れなかった藤田和恵が大阪で開催されていた天風先生の公開講演を聞き、先生の 「真理の話」 に衝撃的な感動を覚え、以来今風に言うならば天風先生の追っかけを始めたそうでございます。女の直感と申しますか、 和恵さんは天風先生に始めてお会いしたときに「本物」と直感され、 翌日には無理やりご主人の元洋先生を講演にお誘いし、 以来2人3脚で天風道一途の道を歩まれ、香里天風会の礎をきずきました。
昭和41年、 香里本通町の藤田邸改築時に藤田医院の2階に天風会の道場を造り、お庭の中に4?50人が体操のできるスペースを設け、 天風会一色の環境を作られました。そして、診察に訪れる患者さん等に積極的にお声がけをし、 毎日曜日藤田邸を開放し行修を始められたそうです。そうした献身的な活動に、天風先生も「うい奴」と思われたのか、 わざわざこの香里の藤田邸にお見えになられお泊りに成ったこともあったそうです。 昭和43年天風先生ご帰霊後は、2代目会長の安武先生、 3代目会長の野崎さんにも至極可愛がられ、安武先生などは何回と無く藤田邸でお泊りになられたようです。そして、 昭和46年、 安武会長の強い要請で財団法人天風会の香里支部を立ち上がりました。 以来営々として旧藤田邸で正月3ケ日以外の日曜日は、朝9時から12時まで一日も休むことなく修錬が行われてきました。また、春・ 秋の1日行修会、ハイキング、7月末3日間の夏期特別研修会も欠かすことなく続けてまいりました。 支部設立当初の特別研修会には、野崎先生や安武先生などが直接ご指導に見えられたようです。その後は長く、 山形に居られる伊藤久吉先生にご指導いただき、4年前からは東京の稲松先生、また、春・ 秋の行修会は山田務明先生、 その後は神戸の南方先生にご指導頂いてまいりました。
ところが香里園駅前東地区の再開発計画に伴い立ち退きを余儀なくされ、昨年末に藤田先生と共にこの東香里園町に移り、 今日の道場開きとなった次第です。
今日の「記念講演会お誘いの案内」にも少し書かせて頂きましたが、旧道場は古いながら道場にも庭木にも天風会員の気が染み込み、 一歩踏み入っただけでその気を強く感じる人もいたくらいです。そんな皆で創り上げた素晴らしい道場であっただけに、 立ち退きは非常に残念でしたが、社会の要請ゆえ致し方ないことでございました。 天風会は繰言は申しません。後は、 この新道場を以前にも増した立派な天風会道場にしていきたいと思っております。所謂、 形ではなく天風会らしい積極の気が染み込んだ道場にしたいと云う事です。 その為皆様と共に一生懸命歩んでいきたいと思いますので宜しくお願いいたします。また、今日は、 財団法人天風会本部より尾身理事長をお迎えし、 この香里道場の開設を記念してご講演を頂く事になっております。
尾身理事長は皆様ご存知の通り、 衆議院議員として目覚しいご活躍をなさっている先生でございます。 多くの方は既にご承知かと存じますがここで簡単に先生のプロフィールをご紹介させて頂きます。
先生は、1932年(昭和7年)12月、群馬県の沼田市で8人兄弟の長男として生まれ、 父親の行商の手伝いなどをしながらも昭和27年に一橋大学に入学。 奨学金と家庭教師のアルバイトで学費を賄う苦学をして、56年(S32年)に大学を卒業、 同時に通産省にキャリアとして入省、
以来、ニューヨーク領事、各課の課長を歴任なさり、82年6月中小企業庁指導部長を最後に通産省を退官。 翌83年12月衆議院議員選挙に群馬一区から出馬され初当選、以来8回連続当選を果され、 97年には国務大臣経済企画庁長官、 01年国務大臣 沖縄及び北方対策担当大臣を歴任し、前安部内閣では財務大臣を重責を担われていました。
ところが、このような多忙な分刻みの生活の中でも、天風会の主だった行事には必ず参加なさっておられます。 後で、先生からもお話があるかもわかりませんが、先生は、「議員が天風会員になったのではない、天風会員が議員をしているのだ」 と公言なさっておられるやに聞き及んでおります。先生は昭和36年に天風会に入会なさり、以来、心の本籍を天風会に置き、熱心に行修を続け、 今は財団法人天風会の理事長を務めていただいています。このような先生に、この香里の道場開設に際し、 記念講演を頂けますことはこの上ない喜びでございます。香里の会員を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。
投稿者 ks110 : 14:55
2008年01月15日
新春放談
■社長日記■昨日夜8時30分、無事宮城県の鬼首スキー場より帰阪。 連休3日間年寄りの冷や水と笑われながら船場ロータリークラブのメンバー15名でスキーを楽しんで来た。平均年齢60才余、 ところがスキーウエアーに身を包むと殆ど年齢不詳、滑降の姿は皆10代、ところが夜のカラオケは何故か演歌のみ。 心身の年齢差は間違いなく30歳はある。とにかく楽しいひと時であった。
明日からはまた東京出張。で、今日は少し忙しい。ブログを書いている時間がないので、 業界団体の会報誌に載せる原稿を添付する事とする。
「新春放談」
新年明けましておめでとう御座います。会員の皆様方には清々しい新春のスタートを切られたこととお喜び申し上げます。 今年は子干支、 十二子のスタートの年。我が調査業会は、法制下の基での新たなスタートの年。また、私は人生折り返しの新たなスタートの年である。
何事もスタートが肝心。だからと言って気負ってはならない。肩の力を抜き、ケツの穴を占め、臍下丹田に気を込め、 虚心平気の状態で新たなスタートを切りたいと願っている。
私の協会活動のスタートは、会社創業3年目の昭和56年、全国4団体の一つ「調友会」であった。 当事の調友会は協会とは言いながら業界人の親睦を第一に何時も和気藹々とした雰囲気に包まれ、 会合は熱海の旅館で宴会付の楽しいものであった。ところが、昭和60年の大阪府条例問題を機に4団体を一つにとの気運が高まり、 昭和62年に業界は一本化され、翌63年にはその団体が社団法人として認可された。協会内には多種多様な問題を抱えていたが、 正直その時は嬉しかった。“生涯の仕事”と命をかけた我が調査業がやっと陽の目を見た、と。そして、会員の誰もが望んだ「社会的地位の向上」 に向けて新たなスタートを切ったかに思えた、が、あに図らんや、協会は内部抗争に明け暮れ、社会に向けての活動は殆ど出来ず、 結果元のもく網で離合集散を繰り返し、「社会的地位の向上」を叫びながら「社会的地位の向下」へと進み、 業界の自浄作用や自助努力など綺麗ごとでは改革は難しいと判断され、国会議員の手により、探偵業の取締が法制化されるに至った。 業界の一部には「探偵業法」は業界活動の成果、業界が勝ち取ったものと考えている人も居るようであるが私にはどうしてもそうは思えない。 運用如何によっては業そのものの存亡にも関わりかねない相当厳しい内容を含んでいる。探偵業法は議員立法であり、 確りと土台固めをし逐条的に作られたものでなく、始めに条文ありきで、 法案を通す為に解釈如何ではどちらとも取れる曖昧さを残したまま全会一致で法案は成立したようである。 それだけに今後の運用如何では業界に取って両刃の剣、利剣となすも邪剣となすも、ある意味、私たち調査業者の取り組み如何にかかっている。 業界の新たなスタートとなる今こそ、各業界団体は一致団結、初心に帰って真の協会活動に取り組まなければ成らない。そして、 3年後の業法見直しの時には、取り締まりのみでなく育成も考えて貰えるような業界に成長していなければならない。 私が今一番危惧しているのは、業法が出来たが為にまともな調査が出来ず、結果依頼者にご迷惑を掛けることになりはしないかと云う事である。 料金の高い安いは、ある意味、調査の結果次第である。業法の趣旨、「依頼者保護」に努めるには、より正確な、 より内容のある調査をすることである。業法を守らんが為に依頼に応えられないような事になってはならない。
投稿者 ks110 : 11:48
2008年01月11日
新年
■社長日記■新年明けましておめでとうございます。
早々にブログを書かなくてはと思いながら、新年の挨拶回りや来訪者の対応で中々時間が取れず、今日になってしまった。 それにしても今年の正月休みは長かった。多くの企業が9連休の7日初出であった様だが、弊社も7日初出で初日から通常業務に入った。
挨拶回りで感じたのは、何処とも今ひとつ元気がない。弊社のクライアントの多くが中堅企業という事もあるかも知れないが 「日銀や大企業発表による好景気観は何処の話し・・」と云った所見を述べる人が多い。特に大阪の経営者はそう感じているようである。 昨日公示された大阪府知事選の各候補者は、それぞれ表現は違っても「大阪復興!!、元気な大阪!!」 を叫んでいるが、本当に”元気”が欲しいと思う。
その元気を出すために明日からの3連休は東北にスキーに行くこととなった。毎年この時期、 正月明けの連休は所属する船場ロータリークラブのスキー同好会がスキーツアーを募る。それに応募してのスキーである。 下手の横好きだけに怪我には十分に気をつけなければ ・・・。
正月は、一泊二日 で「お伊勢参り」としゃれこんだ。驚いたのなんの、 とにかく凄い人であった。駐車場待ちで1時間半、そこから情緒豊かな参道の商店街を通り内宮へと向ったが、 人ひとの山でまともに前が見えない。私が住んでいる成田山も参拝者は多いが、その比ではない。さすがお伊勢さんである。 参道の商店街はてんてこ舞い、ただ赤福本店だけはシャッターを下ろし、「お詫び」 の張り紙だけが目立っていた。何ともいえないわびしさが漂っていた。
人間正直が一番。「偽」は昨年でバイバイ、今年の漢字は 「真」とか「凛」 にしたいものだ。
投稿者 ks110 : 18:31
2007年12月28日
偽
■社長日記■今日は、今年の仕事納め。午前中は通常業務で午後から大掃除、その後御用納めで賑やかにとの予定である。
今年1年週一ペースで拙いブログを書き続けた。くだらないブログであるが、それにも懲りず眼をとおして頂いた数名の 「調査会社の社長ブログ」愛読者諸君、本当に有難う御座いました。 何処かで誰かが読んで下さると思うから書けるんであって、そうで無ければ決して継続できるものではない。 名前も顔も知らない未だ観ぬ貴方ですが心から感謝申し上げます。来年もきっと貴方がそっと眼をとおしてくれているものと信じて、 懲りもせず書き続けようと思います。今年に増してご愛顧のほど宜しくお願い申し上げます。
1年の締めくくり、今年の漢字は「偽」であった。何とも情けない、 しかし実際「偽装」「偽証」「偽造」と「偽」 の問題で新聞紙上を賑わした事の多かったこと。何故こんなに「偽」の問題が多く発生するのか・・。情報公開が原因なのか、 告発ばやりが原因なのか、コンプライアンス意識の低下なのか、凡人には良く判らない。ただ言えることは、「偽」の問題は非常にイメージが悪く、業績低下どころか会社の存亡にまでかかっわて来る。 とにかく正直が一番、私どものような調査、情報産業は「信用、信頼」が何よりも大切なものである。 一端信頼を裏切ると今までの全てがゼロに成ることさえある。このことだけは肝に銘じて仕事をしなければと思っている。
但し、個人情報保護、人権、プライバシー問題などで、この上なく人に関する調査は難しくなっている。依頼者の要望に応えたく、 一生懸命になれば成るほど個人情報保護、人権、プライバシー問題の壁にぶつかり、結果的に依頼者の「信頼」を失う事になりかねない。 真実を知るために「偽」を行う。許される事ではないが調査業には「偽」の影がウロウロするのも事実である。
投稿者 ks110 : 11:53
2007年12月21日
SEO対策
■社長日記■先般も紹介させて貰ったが、弊社企業サービスとウエブ製作会社のクレフソリューションが業務提携し、キーワード無制限のSEO対策サービスを開始したところ、マスコミが可也の興味を示し、今週水曜日 (12月19日)には日刊工業新聞が記事掲載してくれた。24面の下段部分に「キーワード無制限ウエブ検索上位表示」と題した42行の記事である。正直、 今のマスコミの報道姿勢には些か疑問を持っている小生であるが、 弊社のような零細企業の新たな試しみを記事にして頂けた事は感動ものである。何となく良い正月が迎えられそうな気がする。
それにしても時の経つのは早い。今年も残すところ後10日、仕事は来週4日間のみと成る。毎年の事ながら年末になると「今年1年、 何をしたのかな・・・」「どんな年だたかな・・・」等と振り返ってみる。ところが過ぎ去った事は意外と何てことはない。 如何なる事があっても全て時が解決してくれている、不思議なものだと思う。
今年は早々から戸籍法の一部改正問題で衆参議員会館を陳情書を持って走り回ったり、 6月の探偵業法の施行に伴う監督官庁との折衝など個々の問題は色々とあったが、振り返ってみると「何をしたのかな・・?」という感じである。
学生時代の1年と社会に出てからの1年は倍くらい違うが、20代の1年と50代の1年はまた倍くらい違う。 60才を過ぎてからの1年はどうであろう?。出来ることなら学生時代の1年に戻したい・・・、 その為には新たな兆戦をあえてしなければならいかも。
投稿者 ks110 : 16:34
2007年12月13日
忘年会
■社長日記■12月に入るやいなや忘年会の予定で一杯。今日13日で既に6回、 後5?6回で予定終了となるが飲めるようで飲めない小生に取っては少々厳しいものがある。
還暦を迎えるこの歳になると身体は徐々に来世へ行く準備を始める。血圧、血糖値、中性脂肪・・・、数値は少しずつ怒りを表す。 60年もの長きに亙ってこの身勝手な私にただただ忍の一字で付き合ってきたのだ、文句の一つも言いたくなるのは判る。ただ、 文句があるなら自分一人で言えばいい。ところが隣近所に相談し、集団で文句を言い、怒りを露わにするから困る。私にどうしろと云うのだ・・? 、60歳にもなれば色んなしがらみで、断る訳には行かない付き合いが多くある。そこの所を判って欲しい・・。ところが妻と一緒で、 我が肉体も今ひとつその点に理解が足らない。しかも、一度言い出すと中々収まらない。困ったものである。
昨年もそうであった。忘年会、新年会明けの1月末の面接。「松谷さん・・・」、主治医の声が少し曇っていた。 今年はもう少し明るい声を聞きたいと思うが。
投稿者 ks110 : 18:14
2007年12月07日
季節感
■社長日記■季節感が少しおかしくなっている。私の感覚がおかしいのか季節がおかしいのかよく判らないが、ほん1ケ月前までは夏の感覚で、 スーツは夏物を着用していた、ところが今はコートを着ている。早や冬到来と思いきや山は紅葉の真っ盛り、大阪名物、 御堂筋の銀杏は今が一番の見ごろ。秋なのか冬なのか、感覚が少しおかしくなる。
何れにしても温暖化現象は大変である。京都議定書云々の難しい事は判らないが、 このまま人類が身勝手を続ければ間違いなく地球は急激な変化をもたらし、人の生存が危ぶまれるまでに至るでしょう。しかし、 人間はそこまでアホではない。自らを守るために必ず何らかの対策をとる。ところが、 時期を逸するとその対策に何倍もの労力と費用がかかると思われる。
今、肌で感じる季節感の変化で、自然(神)がその対策を急かしていると感じられてならない。


投稿者 ks110 : 14:30
2007年12月06日
SEO対策
■社長日記■一寸真面目な話し。
弊社、株式会社企業サービスとWeb製作会社の株式会社クレフソリューションが提携し、画期的なSEO対策商品の売り出しを開始。
既に可也の反響があり、プレスリリースしたところ各社が取り上げてくれている。我社に取っては久々の明るいニュースである。
調査会社と Web 制作会社が、キーワード無制限の定額 SEO サービスを開始
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新興市場Information [ Fuji Sankei Business I ]
投稿者 ks110 : 17:09 | コメント (0) | トラックバック
2007年11月30日
お詫び会見
■社長日記■3週間のご無沙汰でした。
パソコンのセキュリティー対策で工事をしていた為、ブログのエントリーが出来なかった。決して怠けていた訳ではない。 ところが今週は連休明けと云う事もあって超多忙。故に、エントリー可能とはなったがパソコンに向かう時間が上手く取れずじまい。
来週からまた怠けずセッセと書きますので、僅か数名のブログ愛読者諸君、今日のところは許してたもれ・・・。
投稿者 ks110 : 18:29
2007年11月13日
青春
■社長日記■今朝、何時ものように通勤電車に揺られながら本を読んでいて、とても良い言葉に出会った。
「青春とは人生のある期間をいうのではなく、心の様相を言うのだ。
歳を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いがくる」(サミュエル・ウルマン)
全くその通り。還暦を迎える歳ではあるが理想を失うことなく、青春を謳歌したいと思う。そう言えば天風先生の誦句集の中にも、 「人間は理想を持つことなしに生きるべきものではない、・・・・。」 の一節があったの思い出した。
昼の休憩時間、久し振りに中ノ島公園まで足を伸ばした。中ノ島はバラ園で知られており、 春先のバラは目を見張る華やかさがあるが秋のバラ も悪くない。今日は一寸風があり肌寒さを感じたが、 風が運んでくるバラの香りは何とも言えず爽やかであった。
投稿者 ks110 : 16:32
2007年11月07日
島根県人会と石見神楽
■社長日記■今週日曜は近畿島根県人会が太閤園で盛大に開催された。近畿島根県人会は副題を「ふるさと応援団」と銘うって、石見、出雲、 隠岐の3地区に分け輪番制でその年の幹事役を担当する事となっており、今年は石見地区が幹事役であった。 運よく石見銀山が世界遺産に登録されたという事もあり、石見地区はねじり鉢巻で大いに頑張った。何と、参加者数380名、 県知事ほか県下各市町村長も大勢駆けつけ、それは大変な賑わいであった。 出し物は石見銀山の世界遺産登録を祝して創られたと言う天領太鼓と無形文化財の石見神楽。 和太鼓の響きに圧倒されたその後の石見神楽がまた素晴らしかった。はずかしながら石見神楽を生で観たのははじめて、 30分間ほど舞台に釘付けになった。言葉では上手く表現できないが、数百年も続いた伝統芸能はやはり何処か違う、 久し振りに舞台に酔い興奮冷めやらぬ自分を味わった。 月・火と東京出張。月曜は全国調査業協同組合の教育研修会、 火曜は全国調査業協会の理事会であった。今日久し振りに本社に出勤。先週土曜からの日経新聞にザッと目を通す、・・ と言いたいところだが実際は新聞小説「望郷の道」(北方謙三)を読むだけ。今まで新聞小説を読み続けた事は殆ど無かったが、 一時北方謙三にはまっていた私にとって今度の「望郷の道」は見逃す訳には行かなかった。今は、 朝会社に来てコーヒーを飲みながら新聞を読むのが何よりの楽しみとなっている。
投稿者 ks110 : 16:34 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月30日
ナイトクルーズ
■社長日記■船旅は最高の贅沢という。私は海育ちという事もあって子供の頃から船に乗る機会は多く、小・ 中学生当事はテンマ船の艪をよく漕いだものである。ところが隠岐之島から本土に渡る船は大の苦手であった。今は、高速艇で1時間、 フェリーだと約3時間程で渡るが、私が高校生位までは6時間を要した。しかも、500トン位の小さな船(当事は凄く大きく思っていたが・・) で日本海の荒海を渡るため、一寸時化ていると船室で寝ていてもズズズッ、ズズズッと端から端まで滑り落ちる。可笑しな表現と思うでしょうが、 実際「滑り落ちる」という表現がピッタリとくる凄まじい揺れであった。船酔いの苦しさは経験した者しか判らないが、それはきつい。 その経験があるだけに親の死に目意外は冬は田舎に帰らないと固く決意していた程である。
その私が28・29日の一泊2日、にっぽん丸でののワンナイト・クルーズを楽しんだ。 ロータリーの友人から飛鳥やにっぽん丸での船旅の話を何度か聞かされており、一度は乗ってみたいとひそかに思っていた。そんな折、 たまたま知人から「にっぽん丸」のワンナイト・クルーズの案内があった。 船酔いのトラウマがあるだけに一瞬躊躇するものはあったが妻に話すと、「それいいじゃない、行きましょう」の一言。 瀬戸内のナイトクルーズであり、先ず船酔いは大丈夫・・・と決意し申し込んだ。
夕方5時、神戸港の中埠頭で乗船。総トン数21903トンで8階建、超豪華客船の名にはじない素晴らしい船であった。 船内に一歩足を踏み入れたとたん何となくフワッとゆったりとした雰囲気があった。船も豪華だが、 それにも増してお客をもてなそうとする心が船員の一人ひとりに強く感じられ、すごく良いムードが船内一杯に漂っていた。 そんな中で食事やゲームやショーを楽しむ。船はゆったりと貴婦人の如く瀬戸内を行く。 下船は翌日14時であったが陸上とは別の時間が流れているかのような一時であった。
これで世界一周など夢のまた夢であるが、船旅のとりこになる人の気持ちは判るような気がした。
中埠頭の夜景
明石大橋を真下から写す
投稿者 ks110 : 18:28 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月22日
天風会(秋の一日行修会)
■社長日記■昨日は、香里天風会の秋の一日行修会であった。講師は南方哲也先生。以前にもご紹介したと思うが、天才の中の天才、 南方熊楠の血縁にあたる先生である。
午前9時から午後4時までみっちり行修に励んだ。香里天風会は毎日曜午前中、日曜行修と称して呼吸法、統一式運動、積極体操 (平和建設運動)、養動法、安定打坐(坐禅)等を行っているが、特別行修として夏の修練会(3日間)と春・秋の一日行修会がある。
参加者は30名と少し淋しかったが、非常に内容のある充実した行修会であった。
既に15・6年。毎年同じ事を繰り返し行っているが感じ方は全く違う。不思議なものである。修練を重ねるに従い、 より新鮮味が出てくると言うか、感動が大きくなる。普通は逆だと思うが天風会の教義や修練は、遣ればやるほど感じるものが大きくなる。
投稿者 ks110 : 15:38 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月11日
ほのかな気分
■社長日記■今、金木犀の花盛り。
駅まで15分。運動を兼ねて毎朝セッセと歩いている。 経路は幾通りかあるが最近は道幅は狭いが一番の近道である旧村中の経路を好んでいる。この経路、 景色は余りよくないが何と言っても香りが素晴らしい。そう、金木犀の香りである。家の庭先や生垣に金木犀が一杯で、 一昨日からいっせいに咲き始めた。何ともいえないほのかな香りを漂わせている。その香りが家の玄関(我が家の庭にもある) から駅頭近くまでづっと続く・・・・・、特に今日はその香りが強かった。「ほのかな気分」で職場に向うことが出来た。
「 ほのかな気分」でもう一言。今週初日、友人に誘われて夜、北の新地へ・・・、はじめ私の行きつけの店で飲んでいたが、 友がもう一軒と強引に誘う・・・、仕方なくルンルン気分で着いて行く。そこは私が行くような店と違い、何ともごうじゃすな店であった (酔眼朦朧)。飲むとトイレが近くなる、美人に案内されて小用に・・・。トイレの壁掛に、「犬のおっぽをまくらに、猫のひるさがり」 と書いた笑福亭二鶴の色紙があった。何となく私も「ほのかな気分」になった。
ついでにもう一言。今朝のNHKテレビ。ひとり山里に住む老人が書いた詩が静かなブームになっていると報じていた。「もとめない」 という詩集らしい。人は皆何かを求めて生きているが、何でもかんでも求め過ぎているのでは・・?、そうでなく、本当に必要なものだけ (例えば心の安らぎ、真の幸福)を求め、後は一切求めない人生。そうする事によって本当に望むものが求められるのでは・・・・。どうも、 そんな思いを詩にしているようである。未だ読んではいないが、多分、「ほのかな気分」になれる様な詩集ではないか、と興味を覚えた。
投稿者 ks110 : 12:43 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月09日
同窓会
■社長日記■またまた同窓会。
今年は還暦という事で何かと同年代の集まりが多くある。なかでも同窓会というのは良いものである。同窓会は、大、高、中、 小とあるが、大概は小・中学校は一緒なので中学以上の同窓会が一般的なようであるが、結びつきは下に下がるほど強い。
なかでも今回集まったのは、私の出身地隠岐之島のひとつの島、西ノ島の内のひとつの地区、 大山と呼ばれる戸数60戸程の集落の同級生の集まりである。 何ともローカルな話しである。 これ以上ローカルな集まりは無いくらいローカルである。ところがローカルであればあるほど結束は強い。戸数60戸で同級生は13人、 戦後のベビーブームとは言いながらもの凄い出生率である。因みに今はと云うと、同じ大山地区で小学生が総勢2?3人、 過疎と少子化でお先真っ暗と言わざるを得ない状況にある。
3連休の初日、6日(土)の朝は早や5時過ぎに眼が覚めた。そう今日は大山の同級が鳥取県の皆生温泉に集まる日。 ルンルン気分でもはや寝ように寝れない・・・、妻を起こさぬようにと気を使いながら寝床をはなれたが、「もうー・・お父さんは、 小学生でもあるまいに・・・」と、からかい気味に怒られる。9時半出発の予定であったがどうも落ち着かず9時に出発、 吹田と姫路に寄って同級生を拾い、一路皆生温泉へ、皆生着16時。
集まったのは11名。13名の内一人は中学2年の時、一人は昨年他界した。 従って生存者11名で全員集ったと言いたいが一人どうしても体調不十分で参加できず、 飛び入りで地区は違うが大山大好きの同級生が代理出席してくれた。
18時車座になって宴会が始まった。30分もしない内に殆どが幼児返り、男女の隔てなく全て呼び捨てかチャンづけであり、 みごとに昔に返っている。御歳60歳の男女が○○ちゃんと呼び合い全く違和感が無い、 産まれたときから一緒で小学校も中学校も片道40分の地道を行き帰りした仲である、中には高校まで一緒であった奴もいる。 第三者から見れば異様な光景と思うが当人同士に違和感があろうはずがない。結局床に着いたのが1時半であった。 ところが朝は早や6時には起きていた。
投稿者 ks110 : 17:31 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月03日
近畿国賀会
■社長日記■今週日曜日、近畿国賀会の第43回総会が大阪港岸壁に程近いホテル・ シーガルで盛会に行なわれた。参加者150名弱、郷里西ノ島町からは町長、町議会議長のほか産業界の代表も参加、又、宴席には 「隠岐民謡を歌う会」(キャラバン隊)の綺麗どころが多数来援、歌に踊りにとそれは賑やかな懇親会となった。12時開始で30分が総会、 先ず会長と来賓挨拶で始まり、郷里の近況説明があり、会計報告で総会は終わり。後は、ワイガヤの宴席となるが総会開始早々から殆ど宴会状態。 「ヨー・ヤー・まめなかの・どげしてござらしゃかの・・・」等など、方言まる出しで話しが弾み、 来賓挨拶など殆ど聞いていない。何とも賑やかな総会であるが、そのムードを良しとして、毎年参加してくれるメンバーも多い。 大阪に居ながらにして郷里をほうふつとさせる場がここにある、何時もながら何とも良いものである。
私は4年前、近畿国賀会の40回記念総会の時に会長に就任した。以来年1回、 同郷人の集まりの為の手伝いをさせて貰っているが、実はこれが思ったよりも大変。全て手つくりの会であり、出郷者への呼びかけ、来賓招待、 町役場との調整、会場設営、物産展示即売会準備、アトラクション企画、 案内パンフや参加者名簿作成等など数えたらきりが無いほど遣らなければならないことはある。所が、会社と違い、 手伝いをして頂くメンバーは皆横並びで、しかもオール手弁当のボランティアである。そう簡単に統制は取れない・・・、 それだけにやりとげた後の満足感はまた一味違ったものがある。
そんな、大変ではあるが楽しい会である。にも関わらず、この会を民族主義者、右翼の会と間違えたお人がいる。以前このブログで、 「近畿国賀会総会」と題して一文を書き、その中で会長を務めている事も書いた。それを見た某人が 「松谷というのは右翼と違うか?、国賀会という右翼の会の会長をしているではないか・・」と、私の友人に注意を諭したらしい。 ビックリ仰天有頂天である、全くもって・・。しかし、何でそんな事に・・・・とよくよく考えてみた。ところが、「国賀会」 「国賀会総会」「国賀会会長」と並べてみると、ん・ん・・そう言えばそうとも。いやはや何ともであるが、 とんでもない早とちりと云うか、先読みをする人もいるものだ。
実は、この話しには裏があり、某人が一寸した商売絡みで私の事を簡単に調べたらしい。そこで、このブログにたどりつき、 たまたま目に止まったのが「国賀会」の事を書いた箇所であった様だ。そして「国賀会会長」と云うだけで全てを判断したのであろう
人を判断するには、キッチリとした調査機関(企業サービスなど)を使い確りとした調査をしないと、こんな間違いが起こる。
投稿者 ks110 : 16:49 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月26日
清々しい彼岸
■社長日記■秋分の日、「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、 今年のような残暑厳しい天候異変の中でも、彼岸の声を聞くと同時に、朝夕はすっかり秋の漂いが感じられる。特に今日の目覚めは秋そのもので、 気がつくと腹の上にタオルケットがかかっていた。爽やかに目覚めると同時に、布団の上で天風式ひとり按摩を行い、 感謝念で布団を揚げ、洗顔の後プラナヤマ呼吸法、呼吸操練、統一式運動、平和建設運動(積極体操)を実施し、 その後愛妻のつくってくれた朝食に舌鼓をうつ。そして8時過ぎ出勤の途についた。
こう書いてみると中々感心な天風会員である。気持ちの中では常にこうありたいと願っているが、思うように行かないのも人生。ただ、 思わなければ絶対に成らない。故に、思いだけは崇高なものを持ち続けることにしている。
話は変るが今日、福田内閣が誕生。総裁選は福田さん圧勝と予想されていたが、麻生さんの頑張りも目を見張るものがあった。何となく、 日本人の持つ中庸心が働いたのかとも思うが、それはそれで良かったのでは・・。先週、東京の行き帰り新幹線の中で、 麻生太郎の「とてつもない日本」を読んだ。 マスコミや評論家は、事あるごとにダメ日本をまくしたて、「とんでもない日本」と結論づけるが、この本は、 如何に日本が素晴らしいか・・、皆もう少し自信を持とうではないか・・?、と呼びかけている本であった。 政界の中枢にいる人だけに、当たり前と言えば当たり前だが、それにしても清々しい読後感であった。
清々しさついでにもう一つ清々しい話し。24日の祭日、妻と娘の3人でシネックス枚方へ・・。最近少しはまっている映画鑑賞、 特に何が観たくてという訳でもなかったが娘が「ミス・ポター」 (ピーターラビットの作者)が観たいというので、それに付き合うことにした。映画評論は上手くできないが、只ただ良かった。 風景の素晴らしさと主人公ミス・ポターの純で自然そのものの心がピッタリとマッチして、何とも清々しい綺麗な映画であった。
投稿者 ks110 : 16:21 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月18日
呆れた泥棒
■社長日記■久し振りの3連休、鋭気を養ったはずなのに今ひとつハッキリとしないボーとした頭で出勤。会社の前まで来て、「なに・・・、 なななんだ、これは!!」、一瞬眼を疑った。何と会社の正面玄関にポッカリと大きな穴が開いている、 人の足がスッポリと入る大きさの穴である。よく視ると、側溝の溝に被せている蓋が無くなっており、溝がむき出しになっている。 ただそれだけ事であるが、正面玄関のしかも丁度真ん中である。ボーとした頭で歩いてくると間違いなく足を突っ込み、 下手をすると大怪我をしかねない状況になっている。誰がこんな事を・・・。

最近鉄類が相当値上がりしてる、中でも銅管やステンレスが高いらしい。マスコミ報道で、地下ケーブルが盗まれたとか、 歩道の鎖が捕られたとか、鉄杭が抜き捕られたなど時々耳にしてはいたが、まさかまさか直接自分に関係してくるとは・・・、全く驚きである。 面白いというか呆れるというか・・・。
側溝の蓋が何故か高級なステンレスでつくられていたのだ。しかも、真ん中部分だけが固定されてなく、 掃除用に取り外し可能になっていた。それを持って行ったらしい。何ともマー・・傑作な話である。それにしても持って行った奴の顔が見たい・・ ・、怒りはしないからこのブログを見たら顔を見せてくれ。
但し、明日から週末まで東京出張、顔を見せるのは来週にして欲しい・・・。
投稿者 ks110 : 19:04 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月13日
心と身体、気力と体力
■社長日記■昨日(9月12日)、安倍首相が突然辞意を表明!。
船場ロータリークラブの歓送迎ゴルフコンペが奈良国際ゴルフ場で開催され、歓送迎の花火よろしく豪快にボールを打ち上げ?、 ハーフを終えてクラブハウスで食事を楽しんでいた時、突然、「安倍首相が辞意を表明」との声が聞こえた。なに・・・、 一瞬耳がおかしくなったかと思った。テレビを観ると「辞任表明の記者会見」が映し出されている、今度は目を疑った。 まさに晴天の霹靂とはこのこと、全くビックリした。
テレビや新聞報道では、それぞれ識者が見解を述べているが、何が本当なのかよく判らない。ただハッキリと言えることは 「気力が萎えた」と云う事であろう。所謂、「意欲、やる気」の「気」である。与謝野官房長官によると「健康上(体力)の問題も一因」 との事であるが、健康は身体だけでなく心の問題が大きい。
「健康な身体に健全な心がやどる」という言葉があるが、一方 「健全な心に健康な身体がやどる」とも言われる。一般的には前者の方であるが私は逆で、 後者の方が正しいと信念している。心身の問題は非常に難しく、一概にどちらがどうとは言えないが、真の健康は、 「心が川上で身体が川下」と思っている。
今回の安倍首相の辞任も、「体力よりも気力」の問題である。就任以来約1年、内・外両面からボデーブロウを打たれ続け、 たまりかねて「気」が悲鳴をあげたようである。「気の健康」 「心の健康」というのは非常に難しく、点滴や投薬では維持できない。最近は、 ある種の健康ブームでフィットネスクラブや健康体操、健康器具、健康食品等々、身体の健康には大変な気の使いようであるが、 意外と心の健康はなおざりに成りがちでは無かろうか。「真の健康は心から」 と信念している私には少し疑問に思えるところである。特に政治を志す人は「心の健康」 に気をつけて頂きたい。
中村天風哲人の言葉(誦句)にこんなのがある。「たとえ身に病があっても心まで病ますまい、たとえ運命に非なるものがあっても心まで悩ますまい。 否一切の苦しみをも なお楽しみとなす強さを心に持たせよう。」。何事も、思い方考え方である。
投稿者 ks110 : 18:35 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月04日
夢の国、隠岐之島が危ない
■社長日記■ほんこの前、このブログで故郷「隠岐之島」の素晴らしさを自慢したばかりであるが、その隠岐之島が今瀕死の重傷にある。 マスコミで一寸報道はあったが、「大分雨が降ったらしい」程度のことで特に気にも留めていなかった。 ところが昨日所用があって田舎に電話したところ、想像を絶する豪雨で、隠岐全島が大変な被害に喘いでいる事が判った。聞くところによると 「僅か3時間で500ミリ近い雨が降った」という。其の為、各地区の多くが鉄砲水にやられ、道路は寸断されるは、家に水は入り込むは、 でそれは大変な状況であったとのこと。
早速、西ノ島町役場に連絡を取り詳細の情報収集に努め、知人にも誰彼となく電話をしてみた。中には床上浸水で家の中は泥だらけ、 納屋が崖崩れでつぶれ母屋に倒れ掛かっているなど、それはそれは大変らしい。役場の情報によると、西ノ島町で床上浸水36戸、 床下浸水74戸、公共施設や納屋や牛子屋などの被害は数知れず、車両も何台か流されたらしい。 1000戸程の町であり10分の1が床上床下浸水したことになる。そんな状況の中、今日は県知事が現地視察に来るという。 町としては何とか国の災害指定を取り付け、復旧にこぎつけないとただでさえ火の車である財政が持たない。 幹線道路は何とか復旧したらしいが山道は入ることさえ出来ずにいるという。ところが、よくよく聞いてみると島前(西ノ島、海士、知夫) よりも島後の方が大変らしい。家もさることながら田畑が殆どダメらしい。田畑に土石流が入った所は高齢者の農夫ではどうにもならない。結果、 農業を止めてしまう事になる。
郷里を離れている者は、ただ心配するしかないが何とか頑張って欲しいものである。それにしてもマスコミは、 ちっぽけな離島の事など全く眼中にないのか、これくらいの事は報道に値しないのか、その点はよく判らないが、ただ言えることは、 くだらぬ馬鹿話に公共の電波を使い、肝心な事には使い惜しみをしている。今の日本をここまで堕落させたのは偏にマスコミであると言いたい。
投稿者 ks110 : 18:41 | コメント (0) | トラックバック
2007年08月31日
「反転」(田中森一)と中村天風
■社長日記■日曜日、ゴルフの打ちぱなしで汗を流していると、携帯がブルル・・・・、「もしもし、お前、田中森一の反転読んだか・・」 突然兄からの電話である。「なに、それ・・」、「今話題の小説、止めケン(検事)の田中森一が書いた本だ」、「それがどうしたん・・」、 「直ぐ買って読め・・・、これは凄い、朝から首っ引き目が離せん。境遇的に相通じる所もあるし、久し振りに感動した・・」、 少し興奮気味の電話であった。
私は、兄とは一つ違い、所謂年子である。歳は違わなくても兄と弟は全く違う。とにかく兄貴というのは凄い、 ある意味親以上に怖い存在である。その兄の命令である、きかぬ訳には行かない。早速その足で本屋に向かい、大枚1700円をはたき「反転」 を購入。
直ぐに読み始めた、ところが仕事柄もあってか兄の受けた印象と少し違い、寧ろ反発を覚えるところさえある。弁護士たる者が・・・、 守秘義務は・・・等とつい思ってしまう。それにしても、裏社会の一部を垣間見る事ができる興味深い本であったことに違いは無い。
その中で、筆者田中森一は、「終章」と「あとがき」の中で書いているが、 獄中精神的に相当参っている時に友人から送られた一冊の本に救われたという。その本がなんと、 中村天風の講演録をテープ起こしした「成功の実現」であったという。 以後、中村天風に関する本を読み漁り、今では枕元に常時、中村天風の著作「真理のひびき」を置き、何時も寝際に読んでいるという。ただ、 筆者田中森一は中村天風の本を、単なる「自己啓発本」と捉え紹介しているように取れるところがあり、 その点は少し気に入らない。と云うのも実は、中村天風は50年の長きに亙って講演活動を行いながら、 自筆の本は殆ど残していない。それには、先生なりの深い考え方があり、真理の教えは「文章で書き表せれるものではない・・」との思いと 「本を読んで簡単に判ったと思われたら、逆に教えが仇になることがある(中途半端に勉強し判った気になっていると、 イザ事があった時にできず、出来ない自分が情けなくなり落ち込みがより一層深くなる)」との考えがあったようである。所が、 戦後周囲の強い要望から断りきれず、非売を条件に3冊の本を書いている。その本が、今「天風会」 の唯一の教材となっているが市販はされていない。本の題名は、「真人生の探究」 「研心抄」「錬身抄」で、所謂、天風三部作である。その他に「安定打坐考抄」があるが、何れも非売品である。可也難解な本であるが、 市販されている中村天風関係の本とは一味も二味も違う。市販されている天風関係の本は、天風会の会員やその周辺者が書いたものが全てで、 天風先生自らの著作で無い為、単なる自己啓発のハウツー本として読まれる傾向がある。
本当に中村天風直伝の「心身統一法」を勉強するには、各地に在る天風会員の集まる所に出向き、直接学ぶしか方法はない。 京阪沿線在住者は是非「香里天風会」へおこし下さい。
住所、寝屋川市香里本通町8?8藤田医院内(事務局電話、072-832-4585 川崎宅)、毎日曜日AM9時?12時。 家族的な雰囲気で楽しくやっていますので、お気軽に立寄って下さい。
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2007年08月08日
調査業を取巻く環境
■社長日記■NPO法人全国調査業協会連合会から会報発行に伴い投稿の原稿依頼があった。 「この忙しい時に・・」と言いたい所であるが、役目柄そうも言えない。そこで、眠たい目を擦りながら、 昨夜その原稿を書いた。折角書いたからには会報だけではもったいない。そこで嫌々ながら、今週のブログは、その原稿を添付することにする。 決して手抜きではない。ただ、物は常に有効に活用をしなければいけないと思うから・・・・。
「業界を取巻く環境」
調査業界を取巻く環境が今ほど厳しかったことは無かったのではないか。全般の景気は東京を中心に回復基調にあり、 地価は既にミニバブル現象を呈しているとさえ言われる程であるが、我が調査業界はここ十数年下降の一途をたどり、 浮上の兆しは全く見られない。その上、下降に拍車をかけるかの如く、消費者保護法、個人情報保護法、 住民基本台帳法及び戸籍法の一部改正と法の網がかけられ、そして今年6月1日には 「探偵業の業務の適正化に関する法律」(探偵業法)がスタートした。業界の一部には、この探偵業法施行を「待ちに待った慶事」 ととらえている所もあるようであるが、業法の内容は、検討すればする程その厳しさに驚かされる。立法趣旨は 「依頼者と被調査人の保護」にあり、業者の育成は微塵もない。主務官庁は公安委員会で、実務は都道府県警が行う事となっている。 所謂、調査業界を警察の管理下に置き、業界の実態把握と消費者保護と被調査人の保護に努めようというのである。そして、 実際の調査の現場には、人権の視点と個人情報保護の網をかけ、調査そのものを非常に難しいものにしている。 長年調査業界に身を置き、依頼者の為に日夜汗してきた者からみると、今ひとつ釈然としないものを感じる。 依頼者保護の一番の眼目は、料金も去ることながら調査の中味ではないでしょうか。幾ら低料金でも調査内容が貧弱であれば、 結果的には非常に高いものにつく。逆に、少々料金が高くても調査内容が依頼主旨に沿ったものであれば結果的には安いものにつく。 ところが、法律は依頼者保護を主眼としながら、実際の調査現場を、 人権と個人情報保護による規制で非常に難しいものにしている。 何らの権限も与えられず厳しい法規制の枠の中で、 依頼者が納得する調査を実施しなければならない。「調査員の苦労や如何に・・」 との感が強い。ただ、業法は施行したばかりで、 実際の運用はこれからである。3年後の見直しを見据えて、 じっくりと研究して行かなければ成らないと考えている。
「21世紀は人権の世紀」 と言われるが、人権を論じる難しさ、人権を論じる恐さ、人権が人権を踏みにじる矛盾、日本国憲法では 「人権は国民の不断の努力によってこれを保持し、濫用してはならない」としているが、実際には人権のはき違えから、 個人の大権のような使われ方をしている。また、個人の権利意識が錦の御旗の如く使われ、「個人情報保護法」などは、 法律の趣旨に関係なく、「個人情報は全て本人の承諾なくしては取得してはいけない」かの如く解釈し、 個人の事を調べるのは良くないこと、と全く訳の分からない事を言い出す人権論者が大手を振るに至っては、今は「世も末」 と嘆くしか打つ手がないようにさえ思える。ただ、揺り戻しが必ず来ることを信じて、今は忍の一字で耐えるしかないのかも。
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2007年07月30日
天風会(修錬会を終えて)
■社長日記■7月27・28・29日と3日間、香里天風会の夏期特別研修会(修錬会) が行なわれた。
5月中旬からその準備を始め、やっとその日を迎え、そして3日間事故なく無事に研修会を終えることが出来た。 しかも非常に充実した素晴らしい内容の修錬会ができた。誰もほめてくれないので自画自賛するしかないが、 私が経験した過去16回の中では最も充実したものになったと思う。
正直、5月中旬から準備に入ったと云うものの時間ばかりが経過し、実際の準備は遅々として進まず、 結果的には準備不足のままスタートした。それだけに27日の朝は可也不安を覚えていた。ところがドッコイである。
当初は定員50名として計画していたが何時にも増して応募者が多く、結果的には58名の多数となった。 それだけに準備不足の不安が募ったが、イザ蓋を開けてみると、参加者の気が増幅し、 準備の不足分を皆が自然とカバーしようと自主的に動く事となり、かえって準備不足がプラスに転じ、 結果的に気の充実した内容のある研修会になった。
まさに心身統一法を地で行く結果となった。
「我は今、力と勇気と信念とを持ってよみがえり、新しき元気を持って、 正しい人間としての本領の発揮とその本分の実践に向わんとするのである。我はまた我が日日の仕事に溢るる熱性をもって赴く、 我はまた喜びと感謝に満たされて進み行かん・・・・」、これは「よみがえりの誦句」の一節であるが、今まさにこの心境である。
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2007年07月23日
天風会(香里天風会)
■社長日記■公私共に超多忙。先週末は例によって東京で「全国調査業協会連合会」の理事会があり出張。 同時に、7月1日に東京支社を千代田区一番町に移した事もあり、 麹町署へ探偵業の届出を行ってきた。その他、東京都下のクライアントを表敬訪問。夜は関係する鮨江戸時代で会食。築地店、麹町店と鮨屋を梯子し、ホテルに入るバタンキュー。 折角の東京出張なのに娘には会ってもらえず