調査会社の社長ブログ

東北地方太平洋沖地震により被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

隠岐島前高等学校

 昨日の朝、寝ぼけ眼でリビングに顔を出し、女房に「おはよー」 と声を掛けるや、間髪いれず「お父さん、此れ見て、コレ!」と目の前に押し付けられたのが読売新聞・・・、3面の頭に、大きくふと文字で書かれた「隠岐島前高校」の文字が飛んできた。

 何事か・・・もしかして廃校か・・・そんな事が一瞬頭をよぎったが、あにはからんや、離島の高校の驚異的な躍進が報道、紹介されていた。

 「島根県立隠岐島前高等学校」は我が母校である。誰が何と云っても我が母校なのだ。

 それが実は廃校の危機にあった。島の人口減少と共に生徒数も徐々に減り、一学年一クラスで生徒数も100名を切ろうかと云うところまで来ており、廃校も止むなしか?、しかし、そうなると島前の子供は、高校進学は全て親元を離れ、寮かアパート住まいをして高校に学ぶ事となり、益々高齢化は進むは人口は減るは・・で結構淋しい事になるのである。

 その危機にあった高校が島民の知恵と努力で驚異的に飛躍、今春は募集定員を倍増して80名、2クラスにしたと云うのだ・・・・。

 小生に取っては今年一番の朗報であった。田舎の皆も頑張っているんだナー・・・

以下は読売新聞の記事

人情、自然魅力の島留学…隠岐島前高校が定員倍増

 島根県・隠岐諸島の県立隠岐島前(どうぜん)高校(海士(あま)町)が今春の募集定員を2学級80人に倍増させた。

 島の人情味や豊かな自然を求める都会っ子らの“離島留学”が増えているためだ。過疎化や少子化で入学者が減り、一時は統廃合も危ぶまれた島の学校は、「島親」となって県外の生徒の身元を引き受ける住民の協力などで活気を取り戻しつつある。文部科学省によると、島の高校での定員増は珍しいという。

 隠岐諸島では、地元の中学卒業者の多くが本土の高校に進学し、同高への入学者は2008年度に28人と、1997年度(77人)の3分の1近くにまで減った。

 減少が止まらなければ統廃合の恐れがあることから、町は「高校がないと島から若い人が出てしまい、町の存続にかかわる」と対策を検討。10年度、本土から入学しやすいように、同高の寮(定員56人)に入る成績優秀な生徒の寮費補助を始め、町営の学習塾も開設して東京から講師を招いた。島民は、留学生らの身元引受人になり、「島親」として見守り始めた。

 こうした取り組みをインターネットなどで知り、島外からの志願者が増加。同高の生徒数は10年度に34人に持ち直し、11年度は大阪、兵庫、広島などからの13人を含む40人に増えた。今春はさらに志願者増を見込み、2学級に増やす。入学願書の受け付けは2月3日まで。

 文科省などによると、離島の多くで生徒数減から公立高の統廃合が進んでいる。広島県・大崎上島(大崎上島町)では98年、木江工業高と大崎高が大崎海星高に統合。山口県・周防大島(周防大島町)でも07年、安下庄高と久賀高が統合し、周防大島高となった。

 同省初等中等教育局は「離島で学級数が増えるのは異例。地域ぐるみの支援が学校の魅力を高めているのではないか」としている。

2012年1月30日  読売新聞)

Posted on : 2012年01月31日 | コメント (1) | トラックバック (0)

調査目的の正当性

 何時もの事ながら、「関西総合調査業協会」の会報誌原稿をしたためたので、掲載前にブログに転載させて頂きます。立っている者は親でも使え、などと云う便利な言葉があった様に思うが、利用できるものは全て利用すると云うのが私の主義でして・・・あしからず。

 

 「新春放談」             

 新年明けましておめでとう御座います。昇り龍、辰年の新春、会員の皆様はどの様なお正月をお迎えでしたでしょうか・・・。

 私は、還暦を向かえ早や5年、御歳55歳。人生120年、還暦を折り返しとし、母のお腹に帰るまで後55年。今までの人生を振り返ると長い様で意外と短い。従って、これからは心身の健康に最大留意し、残り55年を「明るく 元気に 活き活きと 勇ましく」生きて行こうと、決意新たに新春のスタートをきりました。

ところが月半ばを過ぎ、何か変わったかと云えば・・・、あいも変わらず時間に追われ、何するで無くバタバタと無為な時を過ごしており、早や反省しきりであります。

ただ、今の調査業界に無為な時を過ごしている余裕は無く、業界人が一丸となって社会的認知を得られる内部改革を行わなければならない、と強く思わせられている所であります。と云うのが、昨年後半に新聞紙上で大きく報道された、調査業者による公文書や個人情報の不正入手問題であります。

私は予てから戸籍・住民票は、公開を原則としたものであり、「交付請求に対する役所の対応にこそ問題がある」と声を大にして来ました。実際に、戸籍法や住民基本台帳法は、人権、プライバシー、個人情報保護などの観点から何度か法改正が行われ、無制限な公開には一定制限が課されたものの、第三者でも、権利行使や義務を履行する為の交付請求は公に認められており、我ら調査業者も権利義務のある依頼者から委任を受ければ、交付申請は可能と解釈して居ります。

ところが業者の多くは、戸籍・住民票は如何なる理由があっても入手不可能と考え(そう思わせる対応を役所がしている事もあるが・・)、正面からの請求には消極的になっている様です。

ただ、被調査人と調査依頼者との関係は様々で、単に権利の行使、義務の履行と云っても思い方、考え方、立場によってその解釈は大きく異なり、役所の運用面でも温度差が相当にある様です。

例えば、結婚を前提にお付き合いしている一方の相手が、お付き合いの過程で相手に疑問を感じ、その疑問を解くために住民票や戸籍を確認する必要が生じたとする。

こうしたケースで、一方の相手(第三者)が役所に赴き戸籍、住民票の交付請求をした際に、権利の行使として交付を受けられるか否か?。云うまでもなく結婚は人生の一大事で、結婚を決めるには相当の決断と信頼関係を必要とするが、その信頼関係に疑問が生じたとすると、それをクリアーにしなければ事を決める訳には行かないでしょう。その為の住民票や戸籍の交付請求は当然の権利行使と考えるが、役所はどう判断するのでしょうか。よしんば結婚を前提とした相手方の交付請求は当然と認められたとしても、今度は結婚前提のお付き合いを役所にどう証明するかである。ただ単に仲良く手を繋いでいる写真では証明になるまいし、もう少し親密な関係をとなると、これもまた一寸・・・。婚約証明などと云われたら、これはこれで大変だし、だいたいは婚約する前に確認、調査の必要性が生じるものである。そんなこんなで、実際は結婚の為の相手確認は極めて難しいのが実情です。ところが、結婚の為の調査依頼は非常に多く、しかも、その依頼にお応えするには、被調査人の住民票や戸籍は必要不可欠とさえ云える。元々、住民票や戸籍の交付規制は部落差別をさせない為の一方策として取られたものである。今では、個人情報やプライバシー問題など、規制のための規制理由を列挙し、規制する事が人権擁護になっていると諸官庁は考えているようであるが、実は、戸籍、住民票の交付規制が人権侵害につながり、いかに多くの善良な市民が泣かされているか、などは役人は勿論、法改正に関わる知識人と云われる様な人は知る由も無さそうである。

差別調査は基本的人権の侵害であり、法的にも道徳的にもしては成らない事であり、特に大阪府下では条例でも規制されており、やれば罰を受けることになっている。従って、差別調査など実施する業者がいるはずも無いのに、何故に十年一日の如く「つながるおそれがある・・」等として、ここまで規制を強化しようとするのでしょうか。

しかし、今回の不正入手の事件は全く別次元の問題です。

我々が行う情報収集にはある意味ダーティーな部分を伴う事も有る。そのダーティーさは良く言えば調査力とも云え、何の特権も持たない調査業者が綺麗ごとのみでお客の依頼に応えようとするのには無理があり、法律スレレスの技法を使う事も有ろうと思うが、それでも情報収集に努めるのは「調査目的の正当性」がバックにあっての事である。

私達調査業者が絶対に犯してならないのは目的の正当性である。目的の正当性が故に、情報収集のダーティーさもある意味許されると、我田引水と云われるかも知れないが、そう考えている。ところが、今回の事件は、新聞報道によると「調査目的の正当性」は微塵も感じられず、ただ金の為だけに動いたとしか思えないものである。こんな反社会的な目的で、戸籍、住民票を入手し逮捕されたのでは弁護のしようもない。

役所の規制が厳しいから迂回入手をした、役所の対応が間違っているから止むを得ず行った等と云えるものではなく、過去の我々の主張が全て水泡に帰す、怒りをとおり越して情けなく成るほどの愚かな行為である。

私は、この仕事を幾ら叩かれ様と自負心を持って続けているのは、調査目的の正当性が背景に有るが故の事なのです。

会員の皆様もこのことだけは肝に命じて、仕事に邁進して欲しく思います。

 

Posted on : 2012年01月23日 | コメント (0) | トラックバック (0)

新年の誓い

 新年明けましておめでとう御座います。今年も好き勝手なことを書くと思いますが、時々は覗いてみてやって下さいませ。貴方だけが頼りです・・・。

 毎年の事ながら弊社は5日が仕事始め。挨拶回りの関係で、初日は車での出勤を常としており、通勤時の車の混み具合で、その年の景気動向を予測する事にしているが、今年は見事にガラガラ・・・。何と25分で到着してしまった。

 近年、阪神高速守口線が渋滞することは少なくなったとはいえ、通勤ラッシュの8時半で前後に車の姿が見え隠れする程のガラガラには驚いた。バブル期は1時間半を要したと云うのに・・・。

 でも、今年は辰年、昇り龍。絶対に天に昇る程の素晴らしい年にしようと、心を新たにしています。

 人は、右へ行こうと思うから右へ行くのです。左へ行こうと思うから左に行くのです。これは絶対の真理ですぞ!!。 先ずは前へ行こうと思う・・・。

 誓いの言葉

「今日一日 怒らず恐れず悲しまず、正直親切愉快に、力と勇気と信念とを持って、自己の人生に対する責務を果たし、恒に平和と愛とを失わざる、立派な人間として生きる事を、自分自身の厳かな誓いとする」

Posted on : 2012年01月06日 | コメント (0) | トラックバック (0)

時の長さ

 今年も後5日を残すのみ・・・、アッと云う間の1年であった。

 先ほど今年最後のロータリークラブの例会を終え帰社したが、メンバーの大半が「もう今年も終わりだね・・・早いな・・・アッと云う間だね・・・」、挨拶代わりのように口にしている。小生も「そうですね・・1日は結構長いのに、1年は直ぐだよな・・・」と応じている。

 これっていったい何なのでしょう?。

 子供の頃は1年1年キチッと成長し、背丈も大きくなり、知識も年毎に付いていく。そんな目に見える成長と、今ひとつは早く大人になりたいな・・・などと願望も強く、将来への夢も希望もあるが故、1年1年が脳裏にハッキリと刻まれ、時の経過をキッチリと記憶すのであろう。

 ところが年をとるにつれ、成長は愚か後退さえ感じられ、知識も薄れ、将来に夢も希望もなく、ただその日その日を漫然と過ごすが故、過ぎてみると1年何をしていたのか判然とせず、結果アッとをいう間の1年になってしまうのでは。

 と云う事は、夢と希望を持って、自分の成長が感じられる何かに取り組み、意識明瞭に日々生きれば、子供の頃の様な1年を1年と感じられる充実した時を刻むことが出来るかもしれない。

 そうだ、来年はその様にしてみよう。だって辰年だもの、天に昇らなきゃ・・・・。

 此処まで書いて、もしかしたらと昨年12月のブログを覗いてみると、言葉は違うが似たことを書いている。アチャー、これだと来年も同じになる可能性が大・・・でも辰年だから・・・。

 干支などに頼らず、自らの意志でキッとそうしよう!!。

Posted on : 2011年12月26日 | コメント (0) | トラックバック (0)

ゲストスピーカー

  昨夜、ひょんな事からダイヤモンド経営者倶楽部の分科会で話をすることになった。「探偵業について何か話しをして欲しい・・・持ち時間は1時間」とのこと。年齢と共に人前で話す機会は増えてはいるが、ダイヤモンド経営者倶楽部と云えば相当な会社の社長さんばかり、しかもリーガロイヤルホテルでである。

 「虚心平気」を座右の銘とする小生ではあるが、緊張は隠せない。それでも席についてしまえば、えーいママよ、と腹は据わる。

 そうそうたる社長さんを前に、調査業の現状と、採用調査を否定的にみる厚生労働省への不満をぶつけ、京都の病院で起こった爪はがし事件や栃木での小学生の集団登校にクレーン車が突っ込み、多くの幼い子供の命をうばった事件など、事前に採用調査さえ実施していれば未然に防げたことを、声を大にして訴えた・・。

 久々に溜飲の下がる思いであった。

 結構真剣な面持ちだね?、やはり大分緊張していたのかな・・・。

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 話はコロッと変わるが、今週、日・月と一泊2日で中学の同級生とゴルフコンペを楽しんだ。このコンペ、42歳の厄年にはじめ、年2回開催で既に48回を数える。小生は一度も休まず皆出席であるが、よる年波には勝てぬというか、当初は3組12名の参加があったが、今や2組をつくるのがやっと。ただ幾ら少なくなってもこんな気のおけないコンペは止めるわけにはいかない。少なくとも後10年は続けたいものだ・・・

 今回は神戸フラワーパークで宿泊。タイミングよく「神戸 光の祭典、イルミナージュ」の開催中で、ホテルの窓から携帯でパチリ・・・。

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Posted on : 2011年12月09日 | コメント (0) | トラックバック (0)

個人情報保護法について

 流行語ではないが、最近やたらと「個人情報」とか「個人情報保護」と云う言葉を耳にすることが多い。役所も企業も団体も個人も、人のこと個人のことをたずねると、必ずと云っていいほど、「それは個人情報ですから・・」と、のたまい、応えようとしない。

 いったい是って何でしょう?。所謂、個人のこと、個人情報に関する事には一切応じてはいけない。それが至極当然で当たり前の事と捉えられている様である。

 ところがよくよく考えてみて下さい。人と人との会話では、70%・80%が人に関すること、しかも個人に関することでは無いでしょうか。特に奥様方の井戸端会議、今で云う「おちゃ・・」などでは、90%を超えるのでは無いでしょうか。

 尋ねられれば「個人情報ですからお応えできません」とのたまいながら、日常会話では個人の事(個人情報)を何の抵抗も無く話し合っている。

 人が社会生活を営む上で、個人情報を全て伏せていたら、多分コミュニティーは築けないのではないでしょうか。それなのに、お尋ねすると、個人情報ですからお応えできませんとなる。

 これは平成17年4月1日から全面施行された「個人情報保護法」に関連し、この保護法が施行されるや否や猫も杓子も「個人情報ですから・・・」と云いだした。ところが実際にこの個人情報保護法をどれだけの人が理解して、使っているのでしょうか?。

 この法律は、極々簡単に云うと、「個人情報取扱事業者」を対象にした法律であり、取扱事業者以外の人は、この法律の適用外で、何ら法律の縛りを受けないのです。そして、「取扱事業者」とは如何なる場合かと云うと、これもごく簡単に言うと、「5000件以上の個人情報を体系的にデータベース化にして検索できる様システム化し、それを事業の用に供する者」を云うのであって、一般個人の大半は取扱事業者には該当しません。

 元々この法律は、IT化の進展に伴い、コンピューターやネットワークを利用して大量の個人情報が蓄積、処理されるに至り、個人情報は、その性質上いったん誤った取り扱いをされると個人に取り返しの被害を及ぼすおそれがあり、この状況を踏まえて、誰もが安心してIT社会の便益を亨受する為にもうけられたものであります。

 ところが一端この法律が施行されると、官公庁は勿論あらゆる企業が個人の事は全て口外してはならないとし、履歴の確認さえ出来ない、おかしな社会を作りつつあるのです。

 従って、少し悪賢い人は、自分の履歴など云いたい放題、書きたい放題で、一流企業や官公庁に在籍していた履歴にしておけば確認が取れない事をよくよく知っており、履歴書詐称をし、自分を偽り、悪さを働く事が容易に出来るようになっています。

 我が社が行う、採用調査でも経歴詐称は今や30%を遥かに越えてきており、個人情報保護の行き過ぎが非常に危惧される状況に成ってきている事を指摘しておきたいと思います。

Posted on : 2011年12月02日 | コメント (0) | トラックバック (0)

死にざま

 今朝、知人から定期的に送られてくる事務所通信に目を通していた。小難しい内容が多く、眠気と闘っていたが、 以下の文に目を覚まされた・・・。

 淀川キリスト教病院名誉ホスピス長、柏木哲夫氏の言葉

 看取りという仕事は重い。しかし、 人生の総決算の場に参加させていただくというのは大きな特権である。看取りを通して、実に多くのことを患者さんとご家族に教えていただいた。

「人は生きたように死んで行く。  しっかり生きた人はしかり死んでいく。  周りに不平を言いながら生きてきた人は私たちスタッフに不平を言いながら亡くなっていく。 感謝しながら生きた人は感謝しながら、 ベタベタ生きた人は、ベタベタ死んでいく。 これまでの生きざまがみごとに反映する。 よき死を死すためには、よき生を生きねばならない。」

僕はどんなふうに死んでいくのかな?。できたら、しっかり死んで行きたいな・・・。その為には、 しっかり生きなくちゃー。

Posted on : 2011年11月22日 | コメント (0) | トラックバック (0)

近畿島根県人会

 13日(日)は、近畿島根県人会の日。 朝9時に世話役一同、ホテルニューオオタニに集合。会長も実行委員長も猫も杓子も一緒になって、受け入れ準備に大わらわ。

 11時開催と云うのに10時くらいから集まり始め、何と11時の開催時には600名を超える入場者となった。ニューオオタニの2F大広間が超満員、通常9人掛けの丸テーブルを10人掛けにする大賑わいであった。

 この手の会は、何人集まるかが勝負。主催者の挨拶など何ら関係なく、参加者が多ければ、それで盛会としたものである。そう云う意味では、今年の県人会は大成功。

 なんと、その幹事役は隠岐之島。そう・・隠岐出身者が一丸となって、この県人会を盛り上げたのである。従って、出し物も隠岐一色。

 

 隠岐の伝統芸能、「寿舞」で開演・・・

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「祝い舞」

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後は何時もの隠岐民謡と踊り・・・、ドンちゃん騒ぎの始まりであった

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このお父さんの踊りは絶品、中々この味は出ませんよ・・・

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観客が突然舞台に上がり踊りだす・・・、隠岐では当たり前の光景なれど、ここは大阪・・・ホテルニューオオタニですぞ・・・。

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舞台下でも踊り出す御仁が続出・・・、隠岐まる出しの宴席となる。これぞ舞台と観客の一体化か・・・。

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  終には隠岐ノ島町長も歌いだす・・・

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  県知事、善兵衛さんもあっけにとられ・・・

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 関係者の皆様、本当にご苦労様でした。

小生は殆ど何のお手伝いも出来なかったけれど、枯れ木も賑わいと、参加だけはしたのである。

 

 

Posted on : 2011年11月15日 | コメント (0) | トラックバック (0)

万歳三唱

 先般、所属する船場ロータリークラブと心斎橋ロータリークラブとの合同例会が大阪ガスビルレストランで開催された。

 その席で、心斎橋ロータリーの長老が、最後の万歳三唱で、以下のコピーを配布し、ひと講釈述べられた。

 「へーそうなんだ・・・」と納得。強く印象に残ったので、私だけの知識とするには余りにも勿体無く、当ブログにて日本国民に広くお知らせする事とした。

 

万歳三唱令  (施行、明治12年4月1日  太政官布告第68号)

 第一条  万歳三唱は大日本帝国及び帝国臣民の天壌無窮の発展を祈念し発声するものとす

 第二条 発声にあたってはその音頭をとる者は全員その心を一にして声高らかに唱和するものとす

 第三条 唱和要領の細部については別に定む

朕万歳三唱令を裁可し之を公布せしむ此布告は明治12年4月1日より施行すへきことを命ず

御名 御璽

 

万歳三唱令の細部実施要領

1、万歳三唱の実施にあたっての基本姿勢は直立不動の姿勢なり この際両手指を真っ直ぐ下方に伸ばし体側にしかり着けるものとす

2、万歳の発声とともに右足を半歩踏み出し同時に両腕を垂直に高々と挙げるべし この際両手指が真っ直ぐ伸びかつ両手を正しく内側に向けておくことが肝要なり

3、万歳の発声終了と同時に素早く元の直立不動の姿勢に戻るべし

4、以上の動作を両三度繰り返して行うべし

5、いずれの動作を取るにあっても節度を持しかつ気迫を込めて行うことが肝要なり

以 上

 

Posted on : 2011年11月04日 | コメント (0) | トラックバック (0)

なにわクルーズ

  今週日曜日、「なにわクルーズ」と名づけたロータリーの家族親睦会に妻と共に参加。大阪の水路をめぐる舟遊びで、昔から一度乗ってみたいと思っていた。

 経路は、湊町船着場から西へ出て道頓堀川水門を通り、木津川を北へのぼり松島橋を潜って中之島へ、中之島は基本一方通行で中之島の北側を東へ、堂島橋⇒玉江橋⇒渡辺橋⇒大江橋⇒水晶橋⇒難波橋⇒天神橋を経て東横堀川を南に下り、高麗橋から本町橋を潜り、道頓堀川へ出て相合橋⇒戎橋⇒道頓堀橋⇒大黒橋を経て湊町船着場へと帰る約90分の船旅であった。

 船内ガイドはなにわの芸人、若手落語家で、この案内がまた中々おもろかった。

 

湊町船着場を出て道頓堀川水門に入った所。川を水門(鉄扉)で塞ぎ水位を調整しているところ。左側に暗く写っているのが水門を上げ下げさせるアーム。

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水門内で水位調整を待っているところ。「それがどうしたねん」って云われそうな写真ですが、本人は水門に興味があり、紹介せずにいられないのだ・・・。

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木津川を北上しているところ

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京セラドーム

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橋の下をすれすれで通るところ。

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中之島を船からみると

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東横堀川の水門。水門を左右に開閉するアーム。ここの水門は上下でなく左右に動く。

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水門が開きかけたところ。右端が少し開きかけているでしょう・・・。

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  道頓堀川の川端でイベントをしていた。

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日本で一番有名なグリコの看板・・・・?

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僅か90分の船旅であったが、この間、橋の下を潜ったのが49回。船からの景色よりも、橋の下が面白かった。

Posted on : 2011年10月23日 | コメント (0) | トラックバック (0)

皇居 江戸城

 今週は月曜から東京出張であった。業界団体の理事会と教育研修会への参加が主な目的であったが、築地の鮨江戸時代にも顔を出したかった。自分で言うのもなんですが、非常に美味しい良い店なんですよ・・・。

 東京の宿はここ数年、永田町か麹町付近のホテルに決めている。この地区には地方公務員用の宿泊施設が多く、何処も広くて安い。しかも、閑静で治安も良く、小生のようなお登りさんにはもってこいの所である。

 そう、ここは皇居に近く、朝目覚めると皇居に向かってご挨拶が出来るのである。そこで、おのぼりさん宜しく、お堀端を歩く。定宿から15分も歩くと、桜田門がある。

 ここから明治維新が始まったととも云える桜田門。井伊大老が水戸の浪士に襲撃された桜田門の変が起きた所である。

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これが外桜田門

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外桜田門を入ると、この様な広場になっておりコの字に曲がって内桜田門がある。

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これが内桜田門。外桜田門と内桜田門をコの字型に造る事によって強靭な防御門になった様である。

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桜田門から数分で二重橋。

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Posted on : 2011年10月07日 | コメント (0) | トラックバック (0)

不思議

 昨日、知人の墓参に行ってきた。場所は神戸の大倉山の山裾に所在する祥福寺。知人は他界して3ケ月。

 何時も気にはなっていたが、雑事に追われ行けずじまいでいた。ところが昨日の午後少し暇ができたので、急遽墓参することにした。阪急電車で一路神戸へ、高速神戸で下車し、大倉山の山裾まで徒歩約30分、久しぶりの神戸を味わいながら、祥福寺へと向かった。

 門前に立って圧倒。大倉山を背に、何ともいえない雰囲気をかもし出している、名刹の名に相応しいお寺であった。30年ほど前に、その知人の父親の葬儀で、このお寺に一度来ているが、その時は特別な感慨は無かった。ところが昨日は全く違った。凛とした静けさと云うか・・・素朴で重厚・・・、如何にも禅宗のお寺らしいお寺であり、何ともいえない重厚な雰囲気に圧倒された。

 本堂に入り声を掛けると、20歳ソコソコの若いお坊さんが出てきた。実は・・・・・・と墓参の旨を告げると、暫くお待ち下さいとの返答。 待つこと約5分、 先ほどのお坊さんと違い、少し年季を感じさせるお坊さんが出てきて、「時間を過ぎており、お参りは本当は出来ませんが、・・・・様の墓参とか、特別にお参りしていただきますが、案内をさせますので暫くお待ち下さい・・・」とのこと。

 かってが違う・・・、小生はただ本堂をお参りし、手を合わせれば位の感覚であり、まさか案内されてのお参りなど考えても居なかった。しまった、お布施も何も無い・・・。しかし、今さらジタバタしたとて、と腹をくくり、案内を待つことにした。

 案内に出てきたのは、やはり20歳ソコソコの修行僧。 こちらへ・・、長い渡り廊下から参道に入り、本堂の裏に在る「弐重の塔」へと案内された。お坊さんの説明によると、弐重の塔が納骨堂になっており、そこに納骨されているとのこと。

 わざに弐重の塔の鍵を開け、塔の中へと案内して頂いた。普通、五重塔とか三重塔とか、中に入れてもらえることすら滅多に無いが、私一人の為に、しかも時間外で施錠されているにも関わらず、施錠を解いて中に入れて貰えた。こちらに・・・さんはお納めされています。

 確りと手を合わせお祈りをした。

 境内ではお坊さんが大きな鐘を突きながら、大きな声でお経を読んでいた。こんな光景に出会ったのもはじめてであった。

 墓参を済ませすがすがしい気持ちで、三ノ宮へ。実は墓参のついでにと、久しぶりに同級生と待ち合わせをしていた。6時丁度に同級生とドッキング。「安くて美味しいところ・・・」と注文をつける。なんと、彼が案内してくれた店に入って、ビックリ・・・。

 その店、神戸に来るたびに行きたい行きたい、と探していた店であった。実は20年も前のこと、墓参目的の人に2・3回連れて行ってもらった店で、以来一度行きたい行きたいと思っていた店であったのだ。店に入るなり、突然大きな声を上げた。この店・・・エッ・・・ほんと・・・。

 アー彼が連れてきてくれたのだな・・・。こんな事ってあるのだなー・・・、彼も一緒に来たかったのだな・・・、何ともなんとも不思議な感じであった。

祥福寺(神戸市兵庫区五宮町)

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祥福寺は祥福僧堂とも呼ばれ、臨済宗の修行道場である。

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 本堂の裏側に見えるのが弐重の塔

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Posted on : 2011年09月28日 | コメント (0) | トラックバック (0)

感動

  「なにもかも失われた時にも 

    未来だけはまだ残っている」

           クリスチャン・ ボビー  米国の作家

 今朝会社のトイレに入って、感動。  ”何それ!”って思われるでしょうが、  実は、弊社のトイレに「日めくり名言集」 が掛かっている。誰がめっくってくれたか知らないが、今朝目に飛び込んで来たのが、この言葉・・・。

 そうだ・・・全くその通りだ、  小泉元総理は、大相撲で「感動」したが、小生はトイレの便器に腰掛けながら 「感度」 したのである。

 日本の政治家も、下手な失言ばかりで「ゴメンなさい」の繰り返しじゃ芸が無い。これくらいの名言が吐けないものか。

 その箴言の横に小さな字で、こんなのもあった。

「再出発に”もう遅いはない”  人生いつも今からだ」  石川 洋)

 この名言集は昨年暮れに頂いたものであり、震災を機にでたものではない。

 

 

Posted on : 2011年09月12日 | コメント (0) | トラックバック (0)

台風12号

 台風12号、大型でゆっくりとした最も性質の悪い台風のようである。 余り性質の良い台風って聞かないが、この12号は進路も少し変わっており、太平洋から日本海に、真横に横断しそうな雰囲気である。

 天罰はもうけっこう・・・、日本人の多くは東北大地震で多くの事を思い知らされ、 反省もしているのだから・・?

 今日は定時に終わり、早めに帰途につくことにしよう・・・・。花金と云うのに・・・ トホホ

 台風と言えば思い出すことがある。 私が小学生の頃、通学に徒歩30分を要した。 しかも海岸端の地道を延々と30分歩くのである。当時は集団登校などと云う洒落たものは無かったが、自然と近所の子供同士誘い合って、4・ 5人固まって登下校する。

 冬は相当厳しいが、春、秋ののどかな日など最高である。 朝はそれでも真っ直ぐに登校するが、帰りはまともに帰る事はない。海岸を歩きもって蛸を採ったり、貝を採ったり、 海鴨を見つけては石を投げる、当たる訳などないが、それでも当時は可也真剣であった。

 海に飽きれば山越えをする。秋はアケビにフユビ、エブに椎の実など、 自然の宝庫であった。従って、家に帰るのは何時も夕暮れ時。そこで、母が私に付けたあだ名が「時知らず」、帰宅すると、何時も挨拶の如く、 「このトキシラズが・・」と叱られたものである。

 ところが台風の日ばかりは真っ直ぐに帰途につく。しかしこれが大変・・・、 当時はろくな防波堤などなく、台風の波が道を洗う・・・正に道を洗うのである。従って、浪と浪の隙間を読み取って一気に走り、 浪が打ち寄せる瞬間に山側に非難、その繰り返しで必死で家に帰るのである。時に高波が打ち寄せると、民家の屋根にかかるくらいなのだから、 小学生に取っては大変なことであった。

 それでも楽しかったナ・・・・、   なつかしいセピア色の思い出である

Posted on : 2011年09月02日 | コメント (0) | トラックバック (0)

経歴調査(採用調査)

 マスコミ報道によると、認知症の症状がある入院患者の爪を、こともあろうに看護助手が剥がし、逮捕されたと云う。爪を剥がすなどと云う行為は、拷問の中の拷問であり、聞いただけでゾッとするが、それが病気治療の為に入院している病院で行われていたと言う。何とも惨い話しであるが、どうも事実の様である。

 しかも、この事件を起こした看護助手、過去にも同様の事件を起こし、3年8ケ月の実刑判決を受けた御仁とか。ここに至っては空いた口が塞がらないと云うか・・・全くもってである。

 ここで小生が何が云いたいか、判る人は分かり、「もうろくしたでも有るまいに、同じことを何度も云うな・・・」とお叱りを受けるかも知れないが、それでも云わずにおれないのだ!!。

 この看護助手を雇っていた病院長は、「履歴書には過去の事件については記載が無く、採用について問題ないと判断した」としている、とのこと。

 被害者に対し、病院側が今後どのように対処するかは判らないが、今日のマスコミ報道を見る限りでは、病院の採用システムを問題視し、杜撰な採用を糾弾する様な内容の記事は目にしない。

 誰もが気付いている事と思うが、今のマスコミは、この杜撰な採用を批判する思想を持たない。厚生労働省しかり、人権団体しかり。それはそうでしょう、「採用時の調査は差別につながるおそれがあるので、してはいけない」と10年一日の如く一貫して指導し、大声で叫んで来たのだから、いまさら「採用に際しては、経歴を確り確認し、公正な採用に務めましょう・・・」などとはとても云えまい。

 人権をうたって、命に関わるような人権が侵されてしまった。数ヶ月前にもトレーラーが小学生の集団登校の列にノーブレーキで突っ込み、尊い子供の命が奪われた事件があったが、このケースも全く同様で、この運転手も過去に同様の事件を起こしていた。また、数年前ではあるが塾講師が生徒を殺すという惨い事件があったが、この講師も素行不良で過去問題視されていた人物であった。

 こうした事件を回避するには、採用時に応募者の経歴チェックをする以外に方法は無いが、今の日本は「採用調査」に対し極めて否定的である。いかなる力が働いてこんな事になっているのか知らないが、厚生労働省などは話し合いをしようともしない。ただ一方的に行政指導の名の下に、通達するのみである。

 これがアメリカだと、ノーチェックで採用し、このような事件を起こした会社は、2度と立ち上がれないくらいのペナルティーを受けるが、日本では、会社の「使用者責任」を追及しようとする姿勢は少ない。会社は「採用法が甘かった・・・」等と2・3回頭を下げれば、それ以上マスコミも警察も追及しようとはしない。同じことが繰り返されているにも関わらず・・・。

 資本の三原則、「人、物、金」などは中学生の頃に学ぶ、社会の常識であり、中でも企業の命運を左右するのは人である。ところが、その人を採用するのに、「如何なる人物か調査してはいけない」等と、日本の人権論者はのたまうのである。結果、このような痛ましい人権侵害が起こっているにも関わらず・・・・。

 もう少し皆で考えてみようではありませんか・・・・?。

Posted on : 2011年08月26日 | コメント (0) | トラックバック (0)

帰省

 お盆に帰省してきた。

 隠岐は絵の島華の島・・・、西の島前、東の島後・・・、北前船の帆が揺れる・・・♪♪。そう、小生の田舎は隠岐の島。なかでも北前船の風待港として、江戸から明治に掛けては最も栄えていた、「大山」の出身である。

 大山と云ってもいささか広く、集落は、北の方と南の方(ナーノホウ)に二つに別れ、我輩はナーノホーの中心部に位置する鳥居さんの少し南にて産まれた。

 家は既になく、敷地は竹やぶに覆われ、隣家との境界もおぼつかなくなっているが、我が家の隣は「ラーゲリーからの遺書」の主人公、山本幡雄氏が生まれ育った所である。「それがどうした・・」と云われれば困るが、そうなのである。

 毎年何かの用事で帰省はしているが、お盆にノンビリと帰ったのは3年振りか?。以前にもこのブログで書いたことがあるが、お盆の夕方墓参りに行くと、それはそれは大変である。彼方此方から、「いつ帰らっしゃんしたかの・・」「いつまでござっかの・・」等など、声が掛かり、その度にひと言二言、言葉を交わしていると中々家路につかない。女房子供は呆れ顔であるが、それが何とも云えない帰郷の良さである。

 そんなこんなで3泊4日、久しぶりにノンビリとした田舎を満喫してきた。

 

波止(友人の別荘)から見た夕日

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友人の別荘でバーベキューの準備。 この御仁、中学の同級生であるが、妻子を松江に置き、一人隠岐に別荘を造り壮春を謳歌している。ヨットハウス、トレーラーハウス、キャンピグカーハウス、カラオケハウスと手作りで4棟を建て(設置)、20人は宿泊OKと豪語している。

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小生は食べる人・・・

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隠岐ならではのバーベキュー

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小生の娘なれど顔を見せるわけには行きません・・・。

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夜もふけ、しょうしょう出来上がり気味・・・・・

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宴のあと・・・独り思いにふける・・・

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翌朝、大山のシャーラ舟を流すところ、新仏を舟にのせ沖から流す行事・・・

 

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新仏の舟に同乗させてもらい、仏壇に供えた物の一部を流すのが普通であるが、船出に間に合わなかったため、簡単なボール箱舟を作り流したところ・・・・、何とも素朴で味がある

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牧畑で草食む牛、 冬季以外は牧畑で放し飼いにしていてOK、子供も自力で産み、自然の中でそのまま育てる。子牛は母親の傍を離れることがないので誰の子供か一目瞭然とか

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同じく巻畑で放し飼いされている馬・・・、廣太郎は馬を見るのは初めて、興味深深の様子・・・。馬は年中放し飼い、冬場でも雪を掻き分け草を食むらしい

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 廣太郎の雄姿・・・

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鬼舞から見た絶景・・・・霞たなびく浦郷湾

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なでしこの花・・・

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鬼舞の方から観た国賀海岸・・・

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久しぶりに我が家に帰宅、伸びのびと寝る廣太郎・・・、暑さ故か近頃は玄関の石畳で寝るのがお気に入りのご様子帰省 053_t

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Posted on : 2011年08月19日 | コメント (0) | トラックバック (0)

その後の廣太郎

 我が家に廣太郎が来て早や6ケ月、今では一家の主的な存在で、我が物顔で各部屋を行き来し、内も外もなく庭と室を自由に出入りし、捕まえようとすると逃げ回り、知らぬ顔をするとちょっかいを掛けて来る。全く持って自由奔放、気ままなものである。廣太郎を見ていると「私は犬になりたい」的な心境になる。

 先ずはご覧あれ。生後7ケ月半、人間に換算すると小学校4・5年らしい。この愛らしい顔で小生が帰宅するや否や全力で飛び掛ってくる・・・、とにかく恥じも外聞も無く、全身で喜びを表す。その姿を見ると仕事の疲れも悩みも一瞬に吹き飛んで仕舞う・・・・

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★見る犬、廣太郎!

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その後の広太郎 007_t

一寸すまし顔

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得意のアイコンタクト、この表情で訴えられるとつい・・・・、でも心を鬼にして・・・・

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少しお疲れかな・・・・?、とにかく気楽なもので、疲れると声を掛けても横目でチラッと見るだけ、

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これは小生がこの夏、丹精込めて作ったゴウヤのカーテン。

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再び廣太郎。とにかく何でもかじる・・・・

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最近は戸を開けることを覚えた、1センチほどの隙間があれば、そこに前足を突っ込み横に開ける、もしかして天才かも・・・・?、見ただけで賢さが判るでしょう・・・・

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その後の広太郎 023_t

 

 明日からお盆休み、久しぶりに隠岐へ帰ろうと思う。バンザーイ

Posted on : 2011年08月12日 | コメント (0) | トラックバック (0)

超多忙

 今週は超多忙。明日から東京で中々パソコンに向かう時間が取れない。先週金曜から日曜まで3日間は香里の修練会(天風会の)でした。

 50名のところ65名の参加があり、嬉しい悲鳴でした。猛暑の中すし詰め状態でしたが、 それなりに活気のある良い修練会になりました。

 今週は税務署さんが来てくれており、何かと大変でした。

Posted on : 2011年08月03日 | コメント (0) | トラックバック (0)

天風会神戸賛助会夏期修練会

 先週金曜日から今週月曜まで4日間、神戸の徳光院にて天風会の夏期修練会が開催され、それに参加して来た。参加者110名、徳光院の会場は満杯であった。

 夏期修練会は天風会員にとっては、1年最大の行事であり、万難を排し参加しなければならない。ただ、この修練会は各地で開催されており、一般的には自分が所属する賛助会が主催する修練会に参加するのが普通であるが、熱心な会員になると、全国の修練会をはしごする人も居る。

 私は香里賛助会の所属であり、会員になった平成4年から20年間、一貫して香里の修練会に参加して来た。ところが、香里ばかりでは・・と言う事もり、一昨年から他の修練会がどんなのか見てやろう、との思いもあって、積極的に出向く事にした。一昨年が東京(5日間)、昨年が大阪(多武峰で4日間)、そして今年は神戸に参加した。

 天風先生の教えは一つであり、修練会では天風哲学と心身統一法を系統的に学び行じるもので、何れの会場でも遣ることは一緒である。でも、会場の雰囲気は可也違い、それぞれ特色がある。また、参加するその時の気持ちによっても可也違って来る。

 従って、何処がどうと断言できる様なものではないが、私にとって今年の神戸は素晴らしかった。東京、大阪に比べ参加人員が少なく、纏まりやすいと言う事も多分にあると思うが、それにも増して自分の精神状態の方が大きかった思う。安定打坐(天風式座禅)にしても真理瞑想(天風先生の悟りの教え)にしても、非常に気持ちよく出来、得るものが多くあった。

 再来週の金、土、日は香里賛助会の修練会。この分だと、香里もきっと良い修練会になるだろう。そんな予感がプンプンとしている。

 だって、何時もだと、参加人員が気にになり、やきもきするのが今頃であるが、早や3日前に予定人員をオーバーし、ネット上では募集を打ち切ったくらいである。それに小生の気持ちが乗っている。

Posted on : 2011年07月19日 | コメント (0) | トラックバック (0)

携帯電話と運転マナー

  訃報と云うのは何時何処で聞いてもビックリするが、最近は大概の知らせが携帯電話にかかって来る。

 これが困ったものと云うのか、かける方は相手が何処でどの様な状態にあるのか知るよしもなく、一方的にかける。受けるほうは、反射的にハイ・・・・と応答。そこで、訃報を知らされると、とんでもなく動転する!。

 車の運転中は本来携帯電話はドライブモードにしておくべきなのだが、中々そうも行かない。で、つい着信音に反応し出たところ、突然訃報の知らせ。

 これは困る。気が動転して運転が・・・・、大事には至らなかったが、昨日運転中にそんな事があった。

 やはり運転マナーはキッチリ護らないと・・・と強く思った。

 運転中の携帯受信は止めましょう

Posted on : 2011年07月08日 | コメント (0) | トラックバック (0)

履歴確認、経歴確認

 久しぶりに紹介業に従事している古い友人より電話、「松谷さん、会社の簡単な信用調査だけど、遣ってもらえるだろうか?」、「遣るもやらんもそれが内の仕事ですがな・・・、それより一度顔見せてよ・・・」、

 暫くして、その友人が会社に来てくれた。

 昔話に花を咲かせた後、彼が言うには、最近登録者の中に経歴詐称が疑われる人が目立つようになって来た、面接していると何となく辻褄が合わなかったり、中には、昔登録に来た時の履歴と違っていたり等、明らかなものもあると言う。

 人材紹介業は厚生労働省の許可事業であり、通達は絶対である。従って、履歴確認の調査は出来ないとのこと。登録者は、「経歴確認調査をしない事を知っているから、最近は平気で履歴詐称をしている感じもする」と嘆いていた。

 この件に関しては、嫌と云う程、今までに持論を述べて来たので今日は避けるが、私が危惧していた状況が現実になりつつある様だ・・・。

 東大卒や京大卒が相当増えているのは間違い無さそう・・・。

 先月した調査でも、こんなのがあった。依頼者曰く、「某人の紹介で最近知り合った人がいるが、その人を信用して良いか否か調査して欲しい」とのこと。

 話しによると、その人物、「うちの息子は東大医学部卒で・・・、娘はアメリカの大学を出て・・・」。それも、話のついで的なかたちでボソボソと喋るらしい。自分の事も色々と喋るが、特に自慢気に話す訳でもない。ところが、何処で飲み食いしても自ら払おうとはしないし、話しの割に貧乏くさい感じもする。もう一つ信用し切れない、とのこと。

 話しを聞いただけで、「そら、止めておきなはれ・・・」と云いたい感じではあったが、こちらも商売。

 結果は案の定、現住所さえ嘘であった。

 ところが、今の個人情報保護を絶対視する風潮と役所の対応からすると、普通の人では、何一つ確認できないと思う。氏名、年齢、親子関係、夫婦関係、現住所、学歴、職歴、全て個人情報で、第三者が確認しようとしても何一つダメ。

 調査のプロである、弊社の調査員も、最近はしょっちゅう頭を抱えている。ところが、昔は調査の為の予備調査で一円のお金にもならなかった事項が、個人情報保護のおかげで、1件何万円、何十万円と貰える世の中になってきた。喜ぶべきか、悲しむべきか・・・・?

 全く困ったものだ・・・お上と云うのは!。

 

Posted on : 2011年06月24日 | コメント (0) | トラックバック (0)

心身統一法「神経反射の調節法」

 神経反射作用の調節法

  これは天風先生がヒマラヤ山脈の麓、 カンチェンジェンガのヨーガの里で修行中に体得されたクンバハカ法を基礎として、 神経学的理論生理学的効果を解明し、 我々が日常生活で実践できる方法にして教えられているものである。

これはヨーガ密法の一つであり、教えられるものではなく、 修行を積んで体得する以外にはなく、一生かかっても体得できない修行者がいるくらいのものである。

 ところが天風先生は3年弱のインドでの修行で、 カリアッパ聖者より 「出来た、 ヨシ」と、お墨付きを貰ったクンバハカを、私たちに具体的にお教え下さっている。

 後で、その具体的方法、遣り方を説明しますが、簡単に言うと 「尻、腹、肩」 であり、尻の穴を締め上げ、 下腹に力を充実させて、肩の力を抜く、この体制を同時に行う方法です

説明だけを聞くと、なんだそれだけのことか、と思われるかもしれないが、実際はこれが中々難しく、 出来たようで出来ていないのがこのクンバハカである。

 これは、身体にも精神にも非常に効果の高い方法であり、 これを完全に身につけると鬼に金棒である。

従って、真剣に継続してキッチリと身につけて頂きたくおもうのです。

そこで、出し惜しみをする訳ではないが、具体的方法を説明する前に、感応性能を積極化するのに何故この神経反射作用の調節を必要とするのかと云う事を説明する事とします。

人間には視覚、味覚、臭覚、聴覚、触覚の五感感覚事物事象を捉え、末端神経から中枢神経を経て脳髄府に伝えられるもので、 神経系統というものは生命確保の中枢をなすものであるが、同時に高度反射作用を有するものでもある。

刺激衝動(感覚・感情)⇒末端神経⇒中枢神経⇒脳髄府

五感感覚を通し受ける刺激衝動は細大漏らさず末端神経から中枢神経を通じ脳髄府に伝達されるが、実は、神経系統の反射作用と云うものは、 その人の心理状態によって伝わり方に大きな相違があるのです。

所謂、消極的で神経過敏になっている人は、僅かな感覚刺激や感情衝動でも大袈裟に強烈に伝わる、 とくにそれがマイナス的な消極的なものであればより一層大きく伝わり、その反応も大きくなる。

特に現代に生きる人は、 あらゆる方面からの過剰な刺激のために、感覚神経はひっきりなしに興奮し、過労により疲労し、神経過敏になっている人が非常に多い。

中年のサラリーマン層には鬱病などの精神疾患にかかっている人が増え、 若者の多くは非常にキレ易くなっている傾向がある。

これは、多忙で刺激衝動の多い社会に生活しているため、自然とストレス過多となり、神経過敏に陥っているが為と考えられている。

これらの刺激衝動が人に与える影響は、その元の大きさによるのではなく、心の知覚した分量によるのです。 これは、神経の反射作用によるものです。

また、これは自律神経にも大きな影響を与えます。

自律神経交感神経副交感神経の2つからなり、 外的刺激は交感神経を通じて伝えられるが、その刺激に(怒り、悲しみ、恐れ・・・)より、交感神経が直ぐに反応し、瞳孔が開いたり、 血圧が上がったり、血糖値が上昇したりなどする。反対に、副交感神経は、 交感神経の興奮により引き起こされた諸器官の変化を元に戻そうとする役目をしている。

これら神経叢は、その時の怒りや、悲しみや、恐れなどショックが強すぎたり、何回も何回もショックが繰り返し起こったりすると、 この2つの神経では対応しきれなくなり、自律神経失調症などの心身症が生じたりする。

そこで、そうならない為にもこの刺激衝動、所謂、ショックやストレスに対処する方法を身につけておかなければならない。

こうした、刺激衝動、ショックやストレスが神経を通し脳髄府に伝わる、その前に体勢を整え、刺激衝動を緩和し調整して、 神経に及ぼす悪影響を和らげる方法が、神経反射の調節法であり、天風会ではこれを「クンバハカ」 と称している。

天風先生がインドで如何にして体得したか・・・ ・

具体的方法

 尻、腹、 肩の三位一体

1、肛門を閉める (仙骨神経叢の動揺を防ぎ、骨盤神経の安定わ保つ)

2、肩の力を抜く (横隔膜神経叢の動揺を防ぎ、自律神経の安定を保つ)

3、下腹(丹田) に力を込める(腹腔神経叢の動揺を防ぐ)

4、刺激の強烈な時には一瞬息を止める

で、1から3までを同時に行い、完全クンバハカはその体勢で一瞬呼吸を止めるのである。

先ずは尻をしめる練習、

事あるごとに行う。歩いても、座っても、立っても、最後は寝ていても尻の穴が閉まっているまでに、

意識的に行い、そのうち、無意識にも出来るようになる。すると閉まったものだ・・・。 

こうした体勢が完全に取れると、心身が調和し、生命力が充実し、霊体化した状態となり、人間の真正な状態を作る事が出来るのである。

 また、こうした体勢が作られるとオーラが出て来るようになる。 

 応用法

 活力吸収法(プラナヤマ) 、日に何百回、何千回

 活力移送法

 養動法

  神経系統の異常興奮を抑える

  活力の分布を平均化する

  内臓筋肉のつり、のび、凝りを緩和する

  運動不足を補う

  姿勢を正しく矯正する

 

Posted on : 2011年06月17日 | コメント (0) | トラックバック (0)

心身統一法「積極観念の養成法」

今日は、「積極観念の養成法」について

積極観念の集中法

 

積極観念の集中(養成)は、観念要素の更改が潜在意識に働きかける方法だったのに対し、実在意識(顕在意識)の働きかける方法である。

 

 潜在意識が積極化されれば、自然、実在意識も積極化される事になるので、敢えて、積極観念の集中法をしなくても良いのでは無いかと考える人がいるかも知れないが、 長年、消極観念で生き、神経過敏になっていた多くの人は、観念要素の更改で潜在意識の強化に努めながらも、現実の日常生活では、 何時しか知らず知らずに消極的方面に感化される怖れが大いにあるためである。 

この方法の心がけは、日常生活の中で、常に己の明るい方向明るい方向へと向ける事である。もっと、極端に言えば、 人生を暗くするような出来事だと分かっていても、心は明るく保つように努めることである。  

 これは言葉で言えば、それまでのことですが、自分の心に自分で働きかけ、本能的に受ける感情や感覚を、 恣意的に自分が思う方向に向ける事であり、それを習い性とするには、それ相応の努力が必要である。

 古歌にも「なせば成り、 なさねば成らぬものなるを、成さぬは、おのが成さぬためなり」と云うのがあるが、真人生に生きんとするには、 「なす人」 にならなければならない。

 

 ではその方法とは(実践要項は)・・

?        内省検討

?        暗示の分析

?        対人精神態度

?        苦労厳禁(取り越し苦労厳禁)

?        正義の実行

 

1、       内省検討

  自分が思っていること、考えていることが、積極か消極かと云う事、即ち自己の心的態度を客観的に観察し批判することです。

 これは事物事象の良し悪しを観察、批判するのではなく、その事物事象に対する自分の心の態度がどうか?、積極か消極かということです。  

 これは意外と難しい。従って、常に自分の感情を交えないで、客観視して観る癖をつけるよう、意識して努め、 習い性とする必要があるでしょう。

 

2、       暗示の分析

  これは多面から来る暗示が積極か消極かということを分析批判することです。

 そして、積極的なものは受け入れ、消極的なものは断然排除することです。

 特に現代社会は消極暗示で充満しており、社会的に大きな影響力をもつマスコミが完全に麻痺しており、 消極的な方面からしか報道しなくなっていると云う事を認識し、厳しく分析批判する必要があります。

 同様に、友人や会社やなど、日常生活で接しる人や物にも十分気をつけ、消極的なものに引きずられないよう気をつけなければなりません。

 

3、       対人精神態度

  これは読んで字の通り、人に対する時の自分の心の態度のことです。

  少なくとも天風会員は、人に接するときに、相手を消極的にするような態度や言動をとってはなりません。

  事情の如何を問わず、人に接するときは、明るく、朗らかに、活き活きと勇ましくあるように努めなければなりません。

  特に悲運の人や病気の人に接する時は気をつけ、同情して相手に引っ張られるような事があってはなりません。できるだけ鼓舞し激励して、 相手を元気つけてやりましょう・・・・。

即ち、相手に積極的な暗示を与えてやるようにすることです。

 

4、       苦労厳禁

  過去苦労、現在苦労、未来苦労(取り越し苦労)がある。

過去苦労

過ぎ去った事をあーでもない、こうーでもないと考え、暗く落ち込む人がいるが、こんな苦労からは何も生まれない。ただ、過去を顧みて現在、 未来に反映させる為の検討はまた別である。所謂、過去を振り返る心の態度がどうかと云うことであり、 振り返って落ち込むような振り返り方はダメだということです。

現在苦労

 心は現在を要す。過ぎたるは追うべからず、来たらざるは向うべからず。

 人は死ぬべきものであるが、死ぬまでは生きている。

未来苦労(取り越し苦労)

 取り越し苦労ほど下らぬものはない。それは、いたずらに心のエネルギーを消耗するだけのことだ。

 取り越し苦労というもんは全て消極的観念から発せられるものである。

 自分で自分の心のスクリーンにお化けの絵を書いて、自分で恐れたり驚いたりしているような、滑稽なものである。

 ただ、未来の事を考えるなと云うのとは違う。所謂、これも過去の反省と同様で、将来の事を考えるにしても、 その心の態度が積極か消極かと云うことであり、消極ならば取り越し苦労になり、積極ならば建設的なものとなるのである。

 

5、正義の実行

 正義の実行といえば、何かたいそうで凄く難しい様に思われがちであるが、決してそんな難しいものではない。

 人間誰しもが持っている「本心」 「良心」にもとらない行動をすればよく、心に疚しさを感じな行いをする事である。

 だから、一寸勇気を出して、その場その時に、自分の心で感じた、本心良心で感じた事を実行するように努めることです。

 朝、道端でお会いした人に「おはようー」と声を掛ける。電車にすわっていて、しんどそうな老人や妊婦に席を代わってあげるとか、 雨にぬれているひとに傘を差し出してあげるとか(雨あめ振れふれ母さんが蛇の目でお迎え嬉しいな・・・、あれあれあの子はずぶ濡れだ、 柳の木陰で濡れている、、母さんのお傘を貸しましょう・・・)

 そんな事から始めればいいと思う。

 相手が喜ぶ事をしてあげる。させて貰う。自分の本心良心を喜ばせてあげる。そんな事に努めましょう。

 

 何れも、この積極観念の養成法は、実在意識に働きかける事であり、常に意識して、自分を客観視しながら、 習い性となるよう努めなければならいことです。

 

Posted on : 2011年06月16日 | コメント (0) | トラックバック (0)

心身統一法「観念要素の更改法」

 先週に引き続き心身統一法について。

 先週は概論を書きました。今日はその実際方法についての解説、?観念要素の更改法です。

観念要素の更改法  

 心身統一法の概論で、心を積極的に把持する必要性について十分にご理解頂けたと思います。そこで、今日は如何にして心を積極化するか、 その方法論の第一番目、「観念要素の更改」についてお話致します。

 既にお聞きの通り、心の強い弱いは、「感応性能」の働きが強いか弱いか、 積極か消極かという事に比例するということです。

 そこで、第一に理解すべきは、人間の心で思うこと、考えることの根幹は、観念要素であるということです。

そして心で思うこと考えること、即ち思考というものが、いちいち物の声に応じるように「感応性能」に反映されるのです。

 ということは、消極的な思考をすれば官能性能は消極化し、当然、精神生命も消極化してしまうのです。逆に、積極的思考が、 感応性能を積極化し精神生命を積極化させることになるのです。

人間の思考作用というものは、心の表面、 即ち実在意識領で行われている。ところが、 全てが実在意識かと言えば、そうではなく、実際は心の奥深く、「心の倉庫」とも言われる潜在意識領で作られているのです。

そして、その観念要素となるものは、この潜在意識領内にあり、 この観念要素が消極的だと、顕在意識(実在意識)で物事を積極的に考えようと努力しても、断然無理と云う事になってしまいます。

即ち、積極精神を作るには感応性能積極化しなければならないが、 その因子となる観念要素潜在意識領内にあるため、 この潜在意識を積極的にしなければ、顕在意識で幾ら努力しても無理があるのです。

  しからば如何にしてこの潜在意識積極的なものに更改するかですが、 ここで天風先生が考え出されたのが暗示感受作用の応用です。

 人間には元々暗示に感じる習性があり、この作用を応用することにより、観念要素の更改、 即ち潜在意識を更改することが意外と簡単にできるのです。

 一般的に暗示となるものは、?言語、 ?文字、?行動、?現象、などであり、ありとあらゆる事物事象が、悉く暗示となるのです。言い換えると、 この世は暗示によって支配されており、我々は暗示の世界に生きているといっても過言ではないくらいなのです。

 ところが現代の世の中はマイナス暗示で充満しており、特に、 マスコミは消極好きで、新聞、ラジオ、テレビなど目に映るもの耳に入るものの大半がマイナス的なものです。従って、今の世の中では、 マイナス思考が持て囃され、過去、現在、未来をマイナスで彩ると、何となく賢くて情があって思いやり深い人のように思われている。従って、 ある意味、弱者に情を掛け、一緒に悩み苦しみ、一緒になって「大変ね、大変ね・・・」と遣っていると、 あの人はとてもいい人だということになる。

  ところがどっこい、そんな事では絶対に望むような「幸せな人生」にはならない。

 人間は元々暗示に同化感化する習性があるが、全てに等しく同化感化するのではなく、 心の弱い人は消極的な暗示に感化し、積極的な暗示は受け入れない。従って、逆に強い人は、積極的暗示には感じるが消極的なものは拒否する。

特にこの傾向は他面暗示に顕著に現れる。

 ところが、この傾向は自己暗示では少なくなり、 自己を改善しようとか向上させようとする場合は、心が弱い人でも、自分で自分に積極的な暗示を掛けると、 その自己暗示を受け入れる傾向がある。

 そこで、自分で自分に暗示を掛ける「自己暗示誘導法」を用いて、 観念要素を更改する方法を創建した。

 自己暗示誘導法には

1、       連想暗示法

2、       命令暗示法

3、       断定暗示法

4、       付帯要項  

?    日常の言行

?    感謝の生活と3行

?    3忽の実行

 

1、       連想暗示法

この方法は、意識的に積極的思考を作り、それを自分の心に思念連想する方法です。

古来からわが国にある「座禅」などもこの方法の一つとされる。しかし、 多忙な現代人には中々その時間と余裕がない。

そこで、天風先生は、誰にでもできる簡単な方法を考え出された・・。毎夜、 寝際の際は大脳静止作用が働き、暗示を受けやすい状態になっている。この時を利用して、 自己暗示を掛けると効果が倍増する。 従って、寝床に入ったら、嫌なことやマイナスの事は一切考えないようにする。そして、楽しいこと、積極的なことのみを考えるように努める。

人間の頭は2つの事を同時には考えられない。従って、嫌な事はすべて明日に考える事として、 寝床に入ったら、無理にでも楽しい事を考える、それでもダメなら、明るくなるような本を読むとか、 天風会関係の本や誦句集を読むようにしたらよい。

とにかく、どんな方法でも良いからマイナスは寝床に持ち込まないことにするのである。

ここで一つ理解しておかなければならないことがある。意外と多くの人は眠るという事を余り重要に思っていないようであるが、 本当は眠ると言うことは、生命にとって物凄く大切な事なのである。

何故なら、睡眠というのは自然の力と人間の生命が交流結合する時である。

人間お生命は、自然の力の中にあるブリル)というものでいかされているが、 この活力が睡眠時には、何の妨げも無く、全体に完全に供給される時なのである。所謂、神人冥合の時であり、大脳に静止作用が働き、 この静止作用が生じると、活力をより多くスムーズに受け入れることができ、同時に、昼間消費したエネルギーを補充するのである。

この事からも、寝がけの心持が如何に大切であるかと云う事が分かると思う。

次に行うのが、命令暗示法である。

これは自分に自分で命令する方法で、小さな手鏡を持ち、手鏡に映った自分に対し、自分が成りたいと思うことを具体的に一つだけ、 小さく言葉に出して、二人称で命じるのである。

コツは、手鏡、真剣、眉間、小声、一つの事を具体的に、一回限り、成就するまで一つの事を続ける。

 例、信念、吃音、数学、夜尿症などなど

 

断定暗示法

これは、命令暗示法と並立して行う。

昨夜、寝がけに命令した事項を、目覚めと同時に、今度は一人称で、自分は、信念が強くなった、と断定する。この時は鏡は使わなくともよい、 そして、一度ではなく、日に何回でも行うほど良い。ただ、これは命令暗示と対になっているので、命令した暗示を成就するまで行うのであって、 自分が成りたい、色んな事項を日替わりで行ったのでは効果は薄くなる。

 コツは、寝起き、命令と対、真剣に、一人称、日に何度でも、

 

付帯事項

1、       日常の言行

     日常の言行に気をつけ、積極的言行で生きることである。

     言語には強烈な暗示力があり、積極人生を志す者は、消極的言語は例えどんなことがあっても使わない、 との心がけをしなければならない。

     考えてみるに、消極的な言語、困った、まいった、情けない、遣っていられない、頭にきた、等など・・・、そんな言葉を吐いた後、 気持ちはどうかと云うことである。

     また、その言葉からは何の解決にもならない・・、ところが現代人の多くは、消極的な言動が謙虚で優しく、 情のある人の様に思われる傾向がある。特に、最近の若者言葉の中に、消極心を短くして連発する様な傾向が目に付く。大いに、 学校教育などでも気をつけて欲しいとおもうところである。

 

2、       感謝の生活と三行

  先ずは不平不満を口にしないこと。不平不満からは何も生まれない。

  不平不満があるから向上心が沸くというのは間違い。

  感謝の実行。嬉しいことに感謝するのではなく、感謝する心に楽しさ、嬉しさが出てくる。

西洋の教え「感謝念の薄い人の人生には、幸福の女神はその慈愛の手を伸ばさない」と云うのがある。

事物事象を見るとき、個人的な自己本位の考え方でみないで、大所高所から広く観察すようにすれば、自然と感謝念が沸いてくるようになる。

常に正直、親切、愉快に生活する。

誓いの言葉、今日一日、・・・・

3、       三忽の実行

  怒らず、怖れず、 悲しまず

  こうした消極感情の発作は、活力を著しく減退させる。下らないことで怒らない。 「真に怖れるべきは真理なり」 「悲観は身を殺し、 憤怒は悪魔の息吹なり

 叱ると怒るは違う。

 

 

 

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心身統一法について

 財団法人天風会、「心身統一法」について少しご紹介させて頂こうと思います。一昨年から 「心神統一法」の講師研修養成講座を受講しており、今年ようやく受験資格ができ、一次試験 (ペーパー試験)は一応合格。そこで2次試験(講義実演)に向け、講演の下書き原稿をしたためました。

 内容はともかく、原稿作成にはそこそこ時間を要したが、発表の機会に恵まれず、パソコンの中に眠っているので、 このまま埋もれさせてしまうのも勿体無いと思い、勝手にこのブログで投稿しようと思いたったしだいです。

 講演30分用の原稿なので、結構長く、堅苦しいものと思いますが、少しでもご興味のある方はお目通し頂けたら幸いです。 天風教義のなんたるかが少しは分かるかも知れません・・・。

 

心身統一法について(公開講演用)

 

 故中村天風哲人が説かれた心身統一法(道)について、その概要と言いますか、入り口の部分を大まかにお話させて頂こうと思います。

 

 古今東西永遠のテーマとも言うべき事項、それは、

人間とはいったい如何なる存在なのか?」、

「何の為にこの世に生まれてきたのか?」

「人が幸せになるにはどうしたら良いだろう、幸せって一体なんだろう?。」

 

 そんな、素朴ではあるけれど、誰もが思い悩んできた、永遠のテーマにお応えし、しかも、誰しもがこの教えを信念実行すれば、必ず幸せになれると云う方法、即ち 「幸せの方程式」を、 手取り足取り具体的に、そのノウハウを教えているのがこの心身統一法です。

 

 先ず、人間はいったい如何なる存在か?

幸福なものなのか、不幸なものなのか?

このテーマに天風先生は、一言で明快に断定しておられる。

 「人は皆、 生まれながらにして等しく幸せに生きられる様に作られている」と、

 

また、人はこの世に何の為に生まれてきたのか、についても、一言で明快に、「人は宇宙の向上と進化」と云う、大使命を負って、生まれてきたと。

そして、その使命を果たせる様に、人間には生まれながらにして、絶大なる力が与えられていると、説く。

 

 そして、その力を発揮することによって、人として生まれがいのある、有益で幸せな人生を送る事が出来るのである。

 

 しからば、如何にしてその力を発揮させるかである。

 

 人には元々、潜勢力と云う絶大なる力が誰にも等しく備わっている

その潜勢力については、偉大な哲学者、スエット・マーデンやイマニエル・カントやトーマス・ カーライルもそれぞれの著書の中で述べておられる。

 

 そして、この潜勢力なるものは、宇宙の進化と向上とに寄与する為、 本来の使命を果たすために与えられているのです。

 

先ずはこの事を信念化しなければならない。

所謂、「人間の真正な価値を認識する」ことである。

 

 そんな力などあるわけが無い。人生なんて所詮、苦しく辛いもので、幸せになどそう簡単に成れるものではない、 と思い考えている人が現在の世の中には非常に多い。

しかし、そう考え思っている人は、結果的にそうなるかもしれない。

 

 ある意味、人生は、その人の「思い方、 考え方」、次第でどうにでも成る。

人は右へ行こうと思うから、右へ行く」、 「左へ行こうと思うから、左へ行く」のです。

従って、幸せになれると思わなければ幸せになどなれません

 

人間に備わっている偉大な力、潜勢力も、元来備わっている、 のだと先ずは思はなければ、発現はできません。

 

だから、先ずはそう信念する事から始めなければならない。

お釈迦さんも「信なきものは救われず・・ 」とおっしゃっているが、その点は非常に重要です。ただ、そう信じなさいと言われても、 現代の人は色んな知識や情報を一杯持っており、簡単にハイ分かりました、とは上手く行かない。ところが、実際に遣ってみて効果がでれば、 体感すれば、信じない訳には行かない。だから、天風先生は、先ず遣ってみなさい、実行してみて下さい、とおっしゃる。そして効果を体感し、 それが信念化できれば、後はしめたもの。

 

ところが、その方法が分からない。ただ、考えてみて下さい。この東京、この日本、現代のこの地球を、誰がここまで発展させたでしょう。 サルや鳥や犬ではない。

桃太郎はサルや鳥や犬の力を上手く借りて、思いを遂げた様ですけど、紛れもなくこの世は人間が、この手で作ってきたのです。

誰しもが持っている力を発揮し、この地球を作り上げてきたのです。この現実をみても、犬やサルと違って、人間の力が如何に凄いか、 一目瞭然だと思うのですが、如何ですか。まさに人間は万物の霊長なのです。

 

 そして、いま一つは、「報償の法則」です。人生の事柄、一切合財は全て、 その人の蒔いた種子の通りに実現するのです。

しかも、この法則は飽くまでも厳粛で公平です。

善因善果、悪因悪果は人生の鉄則なのです

 

この事も肝に命じて置かなければ成りません。

種を蒔かないと花も実もできないと同様、如何に素晴らしいものでも知っただけではダメです。実行しなければ結果は実りません

先ずは信じて行うことです。報償の法則で遣れば少なくとも遣っただけの結果は出ます。それが公平です。平等ではない、公平です。

 

 先ずはその事を知って、自分の人生、真人生を建設しなければならない。

 真人生の建設には、生命力の充実とその発現が必要である。

 

人の生命には、体力、胆力、精力、能力、 判断力、断行力と云う6つの力が備わっており、 この六つの力が十分に発揮されないと、真人生の建設はおぼつかない。

 しかも、真人生とは、長くて、強くて、 広くて、深くなければならない。長くて、強くて、広くて、深い、真人生を送るには、先ず、体と心を統一させて使わなければなんらない。

 

ところが、現代人の生活法は、

1・本能本位の生活、2. 感情本位の生活、3.理性本位の生活、4.信仰本位の生活

5.霊性本位の生活

 

 人間の生命は、そもそもどう云う内要素を持って作られているかと云うと、

霊魂を中核として精神と肉体が密接不離」 の状態の下に結合されている。

即ち、心と体とが打って一丸とされたものが人間の命の真の姿である。

そして、心身の統一された生き方が、人間の本来の面目に即応した純正な生き方なのです。

所謂、人間の本来の面目は、心身一如である、 と云うことです

 

そこで結論的に言えば、人生の一切をよりよくしてくれる潜勢力と云う生命内奥の力の発言は、人間の命のありのままの姿、 心身一如の状態を確保する為に、心身を統一して生活することによって、確保されるのです。

 

では、心身の統一された生活とは、どんな状態かというと

精神を?「精神生命の法則」、 肉体を? 「肉体生命の法則」に順従して生活する事です。

心身統一の原則は、 自然法則順従なのです。 所謂 心は心の法則、体は体の法則に従わせなければならない。

 

 そして、心身を統一した生き方をすると「」の収受分量が増大し、命の内容量も増大し、 これが心の力、 体の力となる。

 この「」 と云うものは、人間が生きるのに必要な「」「生命力」の根源であり、人間は「」によって生かされているのである。

 

心身統一の原則

1.       生存の原則(生存の確保)――自然法則に順応

  心は本然即応    体は条件調和

2.生活の原則――効率促進

  心は精神統一    体は訓練的積極化

 

具体的には、 心本然即応とは、霊性心(本心+良心) に即応させることであり 心を常に、尊く、強く、 清く、正しく、持つことであり、具体的行動としては正直、親切であること。

本心良心喜ぶ言動を取ることに努めることである。  

 

体の条件調和は、 自然法則に順応させ 感覚器官を鍛錬し、環境に調和させ、自律神経に働きかけて自然治癒力を高め、新陳代謝を活発化させる。

 

また、 生活の原則としては、 効率促進であり 心は統一して使用体は訓練的に積極化する。そして、 統一道とは積極と統一である

心は積極的に持ち使うときは統一して使う。体は自然環境に調和させ訓練的に積極化して行くことである。

 

また、心と体の関係であるが、あくまでも心が川上で体が川下にあたる。心が体に及ぼす影響は100%であるが、 体が心に与える影響は必ずしも100%ではないことでも判る。

 例、縁台将棋とか・・・

 

そこで先ず、心を積極化する事が先決問題となる。

 

天風先生は、奔馬性結核にかかった事で心が弱くなり神経過敏になった。玄洋社の豹と呼ばれ、軍事探偵として満州で大活躍、 貼り付けの死刑台にあってもビクともしなかった心が、病気に成っただけで、何故こんなに弱く過敏になったのか・・ それが知りたくて猛勉強をし、教えを求めてアメリカ、ヨーロッパを回り、縁あってヨーガの聖者、カリアッパ氏に会い、3年の修行を経て、 帰国。

その後も研究に研究を重ね、心の積極化法を創建したのである。

 

研究を重ねた結果

自分の心が弱くなったのは感応性能が弱くなった事に気づく。

感応性能は精神生命に固有されるものであり、 事物事象を感受したり反応したりする心の働きを云うのである。

 

が、ただ単に、その動き、性能を名づけたのではなく、精神生命に固有されたものであり、体に心臓があるように、 心の心臓と捉えても良いのではないかと、私は個人的に考えているが、何れにしても、事物事象を感じ知覚する、その以前に、 感応性能と云うフィルターを通る。

このフィルターが消極的だと消極的なもののみを通し、積極的なものは拒絶してしまう。逆に、積極的だと積極的なものを通し、 消極的なものを拒絶する事を行う。

 

そこで、心を積極化し生命の力(ブリル)をより多く取り入れるには、この感応性能を積極化しなければ成らないと気づき、 この感応性能の積極化法を心身統一法と名づけたのである。

そして、心を積極化する具体的に定めた。

1、        観念要素の公開法

2、        積極精神要請法

3、        神経反射の調節法

であり、

4、        精神使用法

としたのである。

 

事物事象⇒五官感覚⇒神経⇒知覚⇒認識⇒思考⇒言動

 

 

ありがとう御座いました。分かったようで分からないと思いますが、所謂、 心神統一法は心の積極化法であり、感応性能の積極化法で、上記の4項目を実施することなのです。そこで、 次回から1項目づつ4回連続で投稿する事にします。

すでに用意できている原稿なので、頻度を上げて更新する事につとめます。

 

Posted on : 2011年06月07日 | コメント (0) | トラックバック (0)

その後のサボテンの花

 先週金曜日、1年に1日しか咲かないサボテンの花を紹介し、多分、土日にひとり淋しく咲いて、花の生涯を終えるであろう的なことを、書きましてが、今朝来てビックリ。

 何と、サボテンの花が、私を迎えて呉れました。「感謝感激」、見てやってください、この必死に咲く姿を・・・

サボテンの花32 001_t

サボテンの花32 002_t

しつこい様だけど今日一日だけの命です、しっかり見てやって下さい・・・

サボテンの花32 003_tサボテンの花32 004_t

  サボテンの花32 006_t サボテンの花32 005_t

サボテンの花32 007_t

 

でも、夕方にはこの姿・・・・

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Posted on : 2011年06月06日 | コメント (0) | トラックバック (0)

関東人と関西人

 今週火水と東京へ行ってきた。東京駅の改札を出てビックリ、以後何処へ行っても、エッ、エッと云った感じ。完全に街が半死状態。実際はそうでは無いと思うが、節電の関係で照明をグッと落とし、エスカレーターも半分くらいしか動いていないし、デパートもレストランもオフィスも全て薄暗い。洗面所のエアータオルもオールストップ。

 「関西とはエライ違いだなー、」と云うのが第一印象。同時に東京の人って規律正しいと云うか、「キチッとしているなー」と感心した。

 多分これが関西なら、こうは上手く行かないのでは?。「看板消して、店暗くして、そんなんで商売になるか???。」などと違反者続出間違いなし。

 その点東京は凄い。見かけだろうが、良い恰好しいーだろうが、皆がキッチリ協力するのだから偉い。この調子だと何とか夏を乗り切るのでは・・・、そんな思いがした。

 そんな東京を見て、ふと思い出したのが、平成7年の阪神淡路大震災。

 震災後1週間くらいの時の事。興味半分と云うのではないが被災地の中心部、三ノ宮に行った。何と筆舌に尽くし難い、物凄い状況。市役所が半分になり、そごう百貨店が消え、大半のビルが垂直に堕ち、9階建てが7階建てに、5階建てが4階建てに、と云った状況で、その凄まじさに唖然とした。

 ところがである。駅の高架下のパチンコ屋が軍艦マーチを高らかに、チーン・ジャラジャラ、チーン・ジャラジャラ、しかもお客は超満員・・・。少し足を伸ばし、歓楽街を覗くと、倒壊ビルの谷間でポン引きのお兄ちゃんが昼間から、「お客さん、一寸ちょっと・・・良い娘いまっせ・・・」と声を掛けて来る。

 その時の僕は確信した。神戸は大丈夫だ・・・、何があっても必ず復興すると!。

 

 

Posted on : 2011年05月19日 | コメント (2) | トラックバック (0)

大震災を教訓に

 未曾有の大震災から早や2ケ月。傷跡は深く、瓦礫の撤去どころか、大半の被災者が避難所生活から脱し切れない状況にあり、復興にはまだまだ年月がかかりそうである。

 被災者には、ただただ「前を向いて・・・」としか云いようがないが、家屋敷はともかく、ご身内を亡くされた方には、慰めの言葉も無く、全ては時の解決を待つしかない様に思う。

 ただ、石原慎太郎東京都知事ではないが、今回の大震災を「天罰」「神の啓示」と捉える人も多く、最近色んな会合でそうした言葉を耳にするが、私自身も「そう捉えるべき」だと思っている。そして、「物質から精神へ」、そんな流れに成れば良いのになーと思っている。

 物質なんて自然の力、神の力からすれば無きに等しいもの。元々日本は大陸とつながっていたと云うのだから、ビルや家など物の数ではない。ところが、戦後の日本は、経済発展の名の下に物とお金に執着し、命をかけてそれを欲し護ろうとして来た。「武士は喰わねど高楊枝」などの精神論は何時の間にか死語となり、物によって人が動かされ、上下も裏表もよく判らなくなって来つつあったのでは。

人の命は地球よりも重い」との言葉を残し、一大決心をしたときの総理がいたが、その判断が正しかったか否かは別として、その命よりも精神に重きを置いた時代もあった。

 竹やりなどの精神論ではどうしようもないが、平成の時代を反映した「はじの文化」と云うか、日本人のDNAにしみついた「日本の心」を今いちど復活させ、無縁社会など何時のことと云えるような、人間の本心良心に目覚めたコミュニティー社会の幕開けになれば・・・、それが神の啓示に応えることになるのでは。

 柄にも無く一寸気取った事を書いてみたが、結構こんな事を考えている人は多いようで、もしかしたらとの期待感はある。だって、そんなに難しい事ではない。今より少し勇気を持って、会う人に「おはようー」「今日はー」と云えば良い。石川啄木ほどの事は出来なくても、自分が本来持っている愛の心を少し勇気を出して出せば良い。

 避難所のコミュニティー社会には、そんな日本人の心が溢れていると聞く・・・。

 

 

Posted on : 2011年05月12日 | コメント (0) | トラックバック (0)

採用調査と人権

 栃木県で小学生6人がクレーン車にはねられて死亡すると云う痛ましい事故が起きた。しかも集団登校の列の中にノーブレーキでクレーン車が突っ込んだものらしい。

 その後の報道によると、この事故を起こした26歳の運転手は、以前にも登校中の子供を跳ねる人身事故を起こし、未だ執行猶予中の身であったとか。

 この事件、今後如何なる処分、如何なる賠償になるかは判らないが、多分これがアメリカで起きた事件であれば、運転手はもちろんであるが、会社は2度と立ち上がれない程の処分、賠償金を支払う事となった事でしょう。

 何故なら、会社は運転手を雇うに際し、詳細な採用調査を行い、運転履歴を調べ、その上で採否を判断するシステムが確立されており、採用前調査を実施せずに運転手を雇い、この様な事故を起こし、しかもこの運転手に過去同様の事故歴があったとすると、会社は全面的に使用者責任を問われ、責任を取らされるからです。

 ところがあにはからんや。日本は、採用前調査は個人情報保護と差別につながる、等を理由に、採用調査を否定し、厚生労働省は雇用者に徹底して採用調査をしないよう行政指導している。

 偉そうに云う訳ではないが、この会社が弊社(企業サービス)に採用調査を依頼していたら、多分6人の小学生は、今日も明るく賑やかに友達と一緒に登校していた事でしょう。

 これくらいの調査、幾ら個人情報j保護の壁が厚くても、弊社の調査員に取っては朝飯前のこと・・・?。 考えれば考えるほど、訳の判らない行政指導に腹が立つ。

 風が吹けば桶屋が儲かる、程の回りくどさで無く、端的に云ってこの事故の責任の一端は厚生労働省にあると思う。会社はペーパー試験と面接だけで運転手の資質や病歴など判る筈がない。ところが調査をすると行政からお目玉をくらうから雇用調査をすることが出来ない。

 マスコミもこの事を知ってか知らずか、運転手の氏名、年齢、履歴などを詳細に報じているが、会社の名前は余り表に出さない。いったいこれって何・・・?。過去に同様の事故を起し執行猶予中の身にある社員を、何の調査もせず採用し、結果6人の小学生が死んだのである。

”責任者出て来い” (ちょっと古いか・・・)

 国も会社もほうかぶりし、運転手個人に全て責任を被せようとすのかも知れないが、この事故は事件であり、自然災害とは全く違う。日本の人権施策がもたらした事件であり、亡くなった6人の子供は厚生労働省の行政指導に基ずく犠牲者と言えなくも無い。

Posted on : 2011年04月21日 | コメント (1) | トラックバック (0)

春日和

 春日和。この陽気を東北に届けたい・・・。

 折角自然が恵んでくれるこの陽気、無駄にしてはいけない、室内作業を早々に切り上げて戸外へ・・・。 イヤでもそんな気にさせられる今日の陽気である。

 先ほどお昼のニュースを聞いていたら、造幣局の通り抜けが始まったのを報じていた。やはりこれに参加せぬ訳には行くまい・ ・・と云う訳で、ブログを書く時間が なくなった。

 

Posted on : 2011年04月14日 | コメント (0) | トラックバック (0)

自然の営み

 自然と云うのはスゴイ!、ただただ驚くばかりである。あれ程の地震と津波を起こし、人間にこれでもかと云う災難を与えながら、なにくわぬ顔で春を呼び寄せ、何時もと同じく桜を咲かせる。

 何時もだとこの時期、マスコミは日本各地の桜を追い、朝のひと時を楽しませてくれていた。朝テレビをつけて、何となく気分が晴れるのは、唯一この時期。その他は、事件や事故など気分が滅入るマイナスイメージのものが大半であるが、今年は震災と原発で、桜のニュースなど皆無・・・。

 そんな事もあって、桜の事など頭からすっかり消えていた。ところが、「アレッ桜が咲いている、何時の間に?」と思ったのが先週末で、早や今週末は一番の見ごろ。

 そこで、今日のポカポカ陽気に誘われ、、自転車で大河端へ。大川端は淀屋橋から毛馬橋の間、片道約4キロ弱が桜並木。

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Posted on : 2011年04月07日 | コメント (0) | トラックバック (0)

復興に向けて

 マスコミでも一部報じられているが、今回の震災に対する義捐金は阪神淡路大震災の比ではなく、相当な盛り上がりを見せており、復興の大きな力になるものと思われる。また、ボランティア活動も徐々に動きつつあり、復興に向けて国民の気持ちが一つになり、人間の温かさが自然と感じられる、良い支援ムードが出来つつあるように思う。

 マスコミ報道も、震災直後の悲惨さから徐々に人の温かさを感じさせるものに変わりつつあり、筆舌に尽くし難い震災ではあるが、「人間捨てたものじゃない・・・」と思わせるムードが漂いつつある事も事実である。

 誤解を恐れずに云うとすると、宇宙(この世)は「進化と向上」に向かって動いており、人はその為に生を授かっている。震災は、自然(神)の破壊の気の作用であり、消極の気がもたらすものであるが、人間に対する一つの啓示と捉えることもできる。否、そう捉えなければ成らない。そうすることによって、破壊の気、消極の気を、積極の気に変える事が出来るのだから・・・。

 起きたことはどうしようもない。後はそれを正面から捉えてプラスに変えるしかなく、人間は本来そう云う様に造られている。

 震災前は、育児放棄、虐待、殺人、など消極の気がもたらすマイナスだけが報じられ、「それでも人間か・・・」と云いたくなるような情けない日本人像がクローズアップされていたが、今は悲惨な中にも人の温かさが表に出てきている様に思う。少年非行や親の虐待など、日本人の荒んだ消極の心を、今回の津波が一緒に洗い流してくれたのかも知れない。

 ただ、少し気になっている事がある。それは余りにも全般に自粛ムードが漂っていることだ・・・。私の周りでも今週になってあらゆる祝賀行事的なものが中止となりつつある。昭和天皇崩御の年を思わせる自粛ムードが感じられ、本当にこれで良いのか、とつい思ってしまう。

 商売人故の性かもしれないが、行き過ぎた自粛ムードはかえって復興にとってもマイナスになる。震災で大変な打撃を受けている経済界は二重の打撃を受ける事になり、特に今回の原発で壊滅的打撃を受ける観光関連事業は大変な状況に陥るのではと心配せざるを得ない状況にある。

 余り右へ倣え的な自粛ムードに流されず、元気を出そう日本で、明るく溌剌と元気に遣ろうではありませんか!

 

Posted on : 2011年03月29日 | コメント (0) | トラックバック (0)

地震

 自然の脅威をまざまざと見せ付けられた感じ。何とも云いようがないが物事の基本は自然法則順従。この地震もただ受け入れるしかない。後は、復興に向かって進むだけ。人間の力をまざまざと自然に見せ付けてやるだけである。

 ただ、心配なのは農村の復興である。一端海水につかった田畑の復元は時間と労力と根気を要するが、高齢化社会の農村では多分に無理がある様に思われ、暗澹とした気持ちになる。

 小生の田舎、隠岐の島でも、水害で一端ダメになった農地は全く復元されず、何十年と休耕田畑のままである。荒れ野原の田畑を見ると一抹の淋しさを感じるが、どうしようもない。多分、農村被災地の田畑の復興は難しいのでは。それとも農業目的の株式会社でも立ち上げて、フリーターを正社員採用して、農業に従事させるとか・・・。一定、国の支援があれば結構妙案かも・・・。

 それにしても原発は恐いね・・・。ある意味、地震や津波は自然現象で人の力ではどうしようもない。しかし、原発は違う。原発事故は復興など有り得ず、半永久的な死地、死海となる可能性さえある。原発が自然に逆らった行為なのかどうかは判らないが、思い知らされるものである事は間違いない。

Posted on : 2011年03月15日 | コメント (0) | トラックバック (0)

竹島領有権

 「政権末期」とは思っていたが、ここまでガタガタとは。

 「日本固有の領土」で、50年前までは隠岐島民の漁場として大いに賑わっていた「竹島」を、 こともあろうに韓国領土として認める共同宣言文「竹島放棄宣言文」にサインをした国会議員がいた。 しかも政権与党の政治倫理審査会会長で党常任幹事会議長を務める民主党の中堅議員、土肥隆一衆議院議員である。

 呆れて物が言えないとはこのこと。本文を読まずに先にサインをしてしまったなど、 寝ぼけた言い訳をしているようであるが、何とももはや・・。

 しかも、その結果責任を役職辞任で済ませようとしている。それを良とするする党も党である。

 世が世であれば切腹もの、否、売国奴として貼り付け獄門でも済まされないほどの大罪であるにも関わらず、なのに。

 尚、今ひとつ疑問に思うのがマスコミの姿勢である。これは、国を売る大事件なのに、余りピンと来ていないのか、 扱いは交通事故並みの平易なものである。政治家もマスコミも、完全に平和ボケしてしまい、人の揚げ足を取るのが精一杯の低レベルさにある。

 国を売るという行為がいかなるものかよくわかってなく、政治の責務が何なのかも判っていないとしか思えない。

Posted on : 2011年03月11日 | コメント (0) | トラックバック (0)

愛知県調査業協会

 今週は、週初めから何かとバタバタして、ゆっくりパソコンに向かう時間も無かった。そんなこんなでブログも更新できず、今日も殆ど時間が取れない。そこで何時もの奥の手、引き出しを開くと、愛調協さんに提出したほやほやの原稿が出てきた。これを使わない手は無い・・・。

 

 

                    関西総合調査業協会 会長松谷 廣信

愛知県調査業協会員の皆様、今日は・・。私は関調協の会長を仰せつかっている松谷と申します。愛調協さんの会報誌に投稿の機会を頂きましたこと、有り難く、厚く御礼申し上げます。

 大阪の現況ですが、公安委員会への届出は500社を少し超えるまでになっている様です。しかし、実際に探偵業を専業として営んでいる所は100社に満たない様に思います。大阪府下では10数年前のピーク時で200社余、今は100社を切るのではないかと推測しています。

所謂半減です。原因は何なのか?私なりに分析してみますに、第一は、失われた20年と云われる経済不況でしょう。第二は、人権やプライバシー意識の高まりと、それに伴う行政指導及び団体運動による影響。第3は、業者自らの姿勢によるものではないでしょうか。

 第一の経済不況は、私たちの力ではいた仕方ありません。しかし、第2・第3の問題は、業界団体として対処して行かなければならない重大な懸案と考えています。

21世紀は「人権の世紀」などと云われ、人権に対する意識は非常に高まりつつあります。しかし、人権に対する考え方は、国、地域、人により様々で、必ずしも一定したものではありません。ただ、人権の名宛人は、国などの公権力になる場合が大半で、私人間では可なり違って来ます。ところが、人権意識の高まりにつれ、この事を履き違え、国、社会、団体、企業、個人、夫々の立場で人権の保障範囲は違うにも関わらず、名宛人なしで人権を主張する、首を傾げたくなるような現象が多く見受けられるように成ってきました。日本国憲法では、人権に関し「濫用してはならず、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う」と規定されています。ところが、最近「人権のインフレ化」などと云う言葉が囁かれるように、人権を錦の御旗に権利だけを拡大解釈して主張し、義務を蔑ろにする傾向が非常に強くなっている様に思います。

個人情報保護法の解釈などにはその傾向が顕著に見受けられます。この法律は、データベース上の個人情報を管理する法律であり、個人情報取り扱い業者(5千件以上の個人情報を体系化し、事業に供する者)がその対象であるにも関わらず、個人情報の取扱いには全て本人承諾を要す、と解釈され、個人情報の有用性に対する配慮など全く眼中に置かず、無条件に個人情報を保護しているかの如く、都合が悪い事は全て、個人情報保護を盾に、逃げ隠れする現象が顕著になってきています。

住民票や戸籍に関しても、人権やプライバシーに対する考え方の中で、今の取り扱いになっているのでしょうが、真に平穏な安寧な公平な社会を望むのであれば、もっともっと議論を深めなければならないと思います。こんな事は行政官が一番肌で感じているはずなのですが、如何なる力が働いてのことなのか・・・。

少なくとも、履歴書など本人の申告事項が正しいか否かくらいは確認できる社会システムにしておかなければ、「正直者がバカを見る」おかしな世の中になって仕舞うのは明らかです。

調査と云う仕事は、人類が共生生活を営むようになって以来、自然発生的に生まれたものであり、安全で公平な社会を維持するには必要不可欠なもので有ります。

その事に注力し、自らの仕事に誇りを持ち、業界人皆が団結し、調査の正当性を堂々と主張し、社会的認知を得て、正しく正確な調査ができる社会システムを標榜し、業界人皆が一緒になって活動して行かなければ、今の業界不況から抜け出すことは難しい様に思われます。

愛調協の皆様、共に力を合わせ、業界発展の為に活動する真の協会を作るため努力しようではありませんか・・・。

 

 

Posted on : 2011年03月10日 | コメント (0) | トラックバック (0)

スキー

 予定通りスキーに行ってきました。遊びとなると帯状疱疹もギックリ腰も何のその、2日間しっかりと滑って来ました。

 立山スキー場は中々良かったですよ・・・。上級者には少し物足りないかも知れないが、年一回のロートルスキー屋に取っては丁度いいくらいの斜度でコブにもなってなく、しかも天候に恵まれ、立山連峰を一望視しながらのスキーは最高でした。

 翌日曜は早々にホテルを出て金沢へ。久々に友人と会い、兼六園から金沢城を見物し、その後会食。20数年振りの再会で話しは尽きなかったが、夕方にはサンダーバードが迎えに来たため渋々帰阪。

立山スキー場

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館山駅の近くに設置されていた雪落とし洗浄機、雪国ならでは・・・。

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金沢 「兼六園 」              唐崎松

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霞が池

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石灯篭の菰被り、「菰を被せていないと、雪が氷って灯篭を割く事があるらしい」

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平成13年に復元された金沢城の五十間長屋、木材の美しさに感動。

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金具は殆ど使われた無く、見事な木組で作られている。

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屋根瓦は鉛で造られており、イザと云う時には屋根の鉛をはがし鉄砲弾にする為の工夫とか・・・。

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お堀が凍っていた。

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Posted on : 2011年02月23日 | コメント (0) | トラックバック (0)

帯状疱疹(ヘルペス)

 何とヘルペスにかかってしまった。

 先週の日曜日頃から横っ腹がチクチクと痛み少し赤くなっていた。アレッ・・毛虫にやられたかな・・・。

 天風会で毎日曜午前中は短パンひとつで過ごし,この寒さでも戸外で体操をする。それで、毛虫に・・と思っていた。  ところが中々痛みが引かない、時々差し込むような結構な痛みを感じる。何かな・・・と思いながら社員に 「毛虫に遣られたのかな・・」などと症状を話すと、 「社長、毛虫は未だでしょう・・」、「アッそうか毛虫は春だよな・・、ならムカゼかな?」、「ムカゼも未だ眠っていますよ」、「アッそうー、 なら何かな・・・」、半ば馬鹿にされながら話しをしていると、百科事典の異名をもつベテラン女史が、 「社長一寸見せて?」とのたまう。「エッ女子社員に素肌を・・・」と、一寸躊躇したが、横っ腹をめくって見せると、ひと言 「社長これ帯状疱疹です、すぐに皮膚科に行って下さい、そうでないと治りませんよ・・ 」、きついお達しがあった。

 仕方なく、ネットで近くの皮膚科を探し急行すると、ひと目診るなり、「帯状疱疹、 ヘルペスです。何かお疲れが有ったんですか・・」とのこと。1週間分の薬を貰い、こんなの直ぐに治るは、くらいに思っていた。 ところが翌日(祭日)夕方に腰がギク・・、アレッと嫌な感じがした。翌朝起きようとするが動かない・・・、以来4日間布団の中、 ヘルペスとギックリ腰のダブルパンチで大変な4日間であった。

 ところが週末は立山でスキーの予定。ここは無理をせず、歳を考えて温泉に切り替えた方が正解かも・・・。

Posted on : 2011年02月16日 | コメント (0) | トラックバック (0)

おばあちゃん

 「思うことはかなう」。でも、単に思うだけではダメ。

 端的に云えば、思うことが成就した姿を具体的に映像化して、真剣に思い続けることです。すると、何時の間にか思いが叶って来るのです。そんなバカな・・・、と云う人も居るでしょうが、しかし、少なくとも思わなければ叶うことはありません。これは真理ですぞ・・・・。

 人は右へ行こうと思うから右へ行くのです、左へ行こうと思うから左へ行くのです。ただ単にそういうことです。

 従って、思わなければいいものを、「大相撲春場所、このままでも開催もあやぶいのでは?」などと思ったものだから、その通りに成ってしまった。全くもって・・・。

 先週このブログに書いた親戚の90歳余のおばあちゃん、中止が決った当日の夜に電話して来て、ぼやくことぼやくこと。「大阪場所を唯一つ生きる楽しみに、指折り数えて待っていたのにけ・・・。本当にやくてもねー、だめつまんことになってしまって・・・」、こちらも「ほんとにな・・・」とあいずちをうつしかない。しかし、話しをマイナスで終わらせては・・・と思い、「おばあちゃん、来年の春場所まで元気で居れ云う、天のおぼしめしだだわい。楽しみが先に伸びて、また生きる張り合いが出来ただねか・・・」、「そげかいな・・・」、一応ご納得頂いて電話を切ったものの、何とももはや・・・。

 

 

Posted on : 2011年02月09日 | コメント (0) | トラックバック (0)

大相撲と隠岐の島

 日本相撲協会は八百長問題で大騒ぎになっているが、私のハートも大騒ぎである。

 一月場所は小生と同郷の「隠岐の海 歩」が11勝4敗と大活躍し敢闘賞受賞の栄誉に輝いた。隠岐の島から幕内力士誕生は有史以来のこと。しかも、11勝を上げ敢闘賞など、天地の騒ぎである。

 そこで、何が何でも今度の大阪場所は幟旗を持って応援に・・、と堅い決意で、既に切符も手配済みである。にも関わらず、この騒ぎで開催さえ危ぶまれている。何とももはや・・・。

 大相撲は日本の国技、それが何時の間にかモンゴルの国技に変わりつつあり、これは大変、と危機意識を持ったのが隠岐島民。古来から隠岐の島は相撲どころと云われ、目出度い事があると、それを祝う為に徹夜で相撲を取り続ける「古典相撲」と呼ばれる行事が未だに続いている地域であり、住民には皆その血が流れている。

 そこで大相撲に危機意識を持った隠岐島民は、関取の育成に奔走し、今では「隠岐の海」をはじめ3人の力士(隠岐の富士、向井亮太)を相撲協会に送り込み、今年も18歳の若人を1人送り込む予定にしており、何とかモンゴルから日本の国技を奪還せんと画策している最中なのに・・・。多分、人口比でみると今は隠岐が一番大相撲に貢献しているのでは・・・。

 実は、隠岐の再生は日本相撲協会にかけていたのだ・・、その事をよく心得て文科省は思案して欲しいものだ。八百長などもってのほかだが、小生の親戚の90歳余のおばちゃんは、相撲観戦が唯一の楽しみ。今度の大阪場所には桟敷で一緒に観戦を約束しており、これが中止となれば生きる気力を失いかねない。地球よりも重い人の命がかかっているのです、蓮舫さん、よくよくこの事も考えて下さい・・・。

Posted on : 2011年02月04日 | コメント (0) | トラックバック (0)

田の神さま(あえのこと)

 昨日、日経新聞の文化欄にこんな記事があった。

 石川県・能登町に昔から受け継がれてきた「あえのこと」と呼ばれる伝統行事らしいが、読んでいてほのぼのとした気分になり、一日気分よく仕事が出来た。そこで、「調査会社の社長ブログ」愛好者の賢い皆様にも、その気分のお裾分けをしたくなった。なんたる親心・・・。

 石川県・能登町の農家では、昔はどこの家でも行っていた行事らしいが、今は保存会のごく一部の農家で継承されているだけらしい。ところが、実に素朴なこころ温まる行事である。

 毎年12月5日に田んぼの神さまをお招きし、1年の収穫を感謝するために家でもてなし、2月9日にお送りする行事で、「あえのこと」と呼ばれているらしい。

 12月5日の早朝、農家の家長(主)が尾頭つきの魚を買いに行き、主婦はお膳の調理にとりかかる。そして、家長は、栗の枝で12ヶ月を意味する1尺2寸の大箸をつくる。夕方には紋付、袴に着替え、鍬を持って田んぼの神さまを迎えに行く。「田の神さま、春から冬までご苦労様でございました。お迎えにあがりました」とお伝えし、そして、「めでたい」と3回繰り返しながら土に鍬を入れ、神様を起こす。ところが、田の神さまは目が不自由と云う事で、家までお連れするのに、こまかい道案内を声にしながら帰る。田の神さまは夫婦であり、家の神棚の下にお膳を2つ並べ、赤飯や大根などの農作物のごちそうを並べてもてなす。勿論、尾頭つきの魚もお膳につける。そしてお風呂も沸かし、ゆったりとくつろいで頂く事にするらしい。しかも、田の神さまは目が不自由なため、家長は逐一説明をしながら、執り行なわなければならない。神さまの食事が終わった後で、お下がりを家族で頂戴する。そして約2ケ月間、家の中でおくつろぎ頂き、2月9日に田んぼにお送りする。

 昔の日本人は、こうした目に見えないものに感謝すると云う、ほのぼのとした温かいものを持っていた様である。

 天風先生のお言葉の中にも、「喜びがあるから感謝するのではなく、感謝するところに喜びがうまれる」と云うのがあった。

 何となく、こうした目に見えないものに感謝するこころが広く持てたら、現代人はもっともっと幸せになれるだろうに・・・。

Posted on : 2011年01月26日 | コメント (0) | トラックバック (0)

全調協会報

  松の内が終わった先週末から新年会が目白押し、一日に2つ掛持ちなどと云うのもあり、今週は少々疲れ気味。そこで今週は、得意の奥の手を出す事に決定。

 先般、全国調査業協会連合会から新年号(会報)の原稿依頼があり、急ぎ書き上げたものが手元にあるので、それを添付し、今週のブログとします。あいも変わらずの自己主張なれど、飽きずに一読頂ければ幸いです。

新年明けましておめでとう御座います。会員の皆様には清清しい新年をお迎えになられたこととお喜び申し上げます。今年こそは、干支に因んで「飛躍の年に」と願わずには居られませんが、関西の経済市況は依然厳しく、関西総合調査業協会は、会員減少に歯止めが掛からず、運営に苦慮しているのが現状です。

私は昨年、龍馬ブームに便乗し、「業界の龍馬たらん」と各団体に働きかけ、行政に堂々とものが言える、社会的信用を得た業界団体への再構築を願って動きました。

ところが大船の舵は重く、羅針盤を失くしたのか、航海不能ではと心配せざるを得ない状況にあり、未だその足がかりさえつけられずにいます。

自分ながら不甲斐ないと思うが、今は、大船が停泊するのをジッと待つしかないのか、などと思っています。

 それにしても個人情報保護の嵐は凄いね。ただ、この嵐も方向性を見失っている様に思う。目的は「個人の権利利益の保護」にあるが、現実は最も大切な権利(命)を侵害するに至っている。

 今や、個人情報は、本人承諾なくしては何一つ取ることは出来ず、例え取れたとしても、その情報の確認手段を取り上げられてしまっている。取り上げた本人は、「そんな事はした覚えが無い」と云うのでしょうが、現実はそうなのです。

 結果、狂喜乱舞しているのが詐欺師や悪巧みを考える輩です。政治家や行政官は、声の大きな一部の意見に耳を傾け、声の小さな大衆意見は聞く耳を持たないようである。

 私は、以前から住民票戸籍の第三者入手に対する「本人通知制度」に警笛を鳴らして来たが、早くも心配した通りになりつつあり、箕面市、羽曳野市を皮切りに、今や大阪狭山市、河南町、岬町、富田林市、田尻町、高槻市、泉佐野市、吹田市、河内長野市,太子町、藤井寺市、千早赤阪村,柏原市、四条畷市、摂津市と広がりを見せている。

 これは、弁護士でも誰でも、戸籍、住民票の交付請求をすると、本人にお知らせすると云う非常にご親切なシステムです。ただ自分の事だけ考えると、だれでも「あーそれは良いのでは・・」と思うでしょう。ところが今一歩踏み込んで考えると大変な問題である事に気付くはずです。

 例えば彼氏彼女に不審を持ち、本当に独身なのか、1人暮らしなのか、それを調べようとすると、役所が「貴方は調べられていますよ」と相手にお知らせするのです。「私は何処どこの誰です」と云われ、相手を信用していたが、「どうも一寸?」と思って確認すると、「貴方は確認されていますよ」と教えてあげるのです。一事が万事です。ワルは間違いなくこの制度を利用するでしょう。

調査に関し、消費者に一番身近に居る私達調査業者が、こうした問題に真剣に取り組むには、業界団体の意見統一と、その力がどうしても必要になります。採用調査問題にしてもしかりです。小異を捨て大道に着くことが、業界の発展、ひいては消費者保護に繋がるものと確信し、今年も微力ながら協会活動に取り組む所存です、ご支援の程を宜しくお願いします。

 

 

 

 

Posted on : 2011年01月21日 | コメント (0) | トラックバック (0)

新春ゴルフ

 一月初めの3連休は、東北か北海道でスキーと云うのが何時ものことであったが、今年は予定変更で2月半ばとなった。

 8日(土)の朝、何時もの事ながら、目覚めて、「エッ今日から3連休・・・」と気付く。そんなのだから計画など全く立てていない・・。そこで朝食を取りながら考える。考えると言っても、自分の事を自分で考えるのだから、直ぐに答えはでる。休みにすることは、映画、ゴルフ、読書、庭掃除、とこの4つしかない。

 そこで先ず女房に「映画、今何やってる」、「○○、○○」、で直ぐに「アンストッパブル」に決定。映画評論は上手くできないが、とにかくこれは良かった。ストーリーは、無人の暴走列車を如何に止めるか、と云う単純なものであるが、30分間は緊張と興奮の連続で、ハリウッド映画を十二分に満喫することができた。逆に、連休3日目に観た「生まれる」は、正直暇つぶし的な感覚で、「娯楽映画ばかりよりも、たまにはこんなのも・・・」的な思いで、映画館に向かったが、これがまた良かった。色々と考えさせられた・・・・”映画って良いなー”。

 ところが本当は今日書きたかったのはこんな事ではない。土曜日の朝、映画と同時に思い立ったのがゴルフ、そこで天気予報を見ると、日曜は暖かく月曜から寒波、しかもゴルフ手帳をみると日曜はAクラスの月例、早速ホームコースに電話、エントリーOK。

 予報通りの好天気とは行かなかったが、天気などなんのその、何と5アンダーでホールアウト。もしや優勝も、とほくそえんだが結果は5アンダーが3名。1人はハンデキャップ3の兵で優勝は逃したが、悪くとも3位入賞は間違いなし(後の1人が同ハンデーで年齢勝負となるが発表を聞いていない為)。

 何れにしても幸先の良い新春ゴルフであった。

Posted on : 2011年01月11日 | コメント (0) | トラックバック (0)

新春放談

 新年明けましておめでとう御座います。

 本年も週一ペースでブログを更新するつもりですので、「調査会社の社長ブログ」に目を通して頂いている数少ない賢者諸氏、今年もご愛顧の程宜しくお願い申し上げます。また、時に何らかのメッセージが頂けたら幸甚に存じます。

 弊社は5日より業務スタート。毎年の事ながら、5日は挨拶回りと決めており、その為車で会社に行くことにしている。毎年、その通勤途上の道路(1号線)の混み具合でその年の景気を予測しているが、今年は見事にガラガラ、何時もだと守口から高速に乗るが余りにもスイスイで、「これでは早く着きすぎる」と思い、下道を走って時間調整をしたくらいであった。と云うことは・・・・・。

 でも日経新聞によると、大企業は今期3月期の株主配分10%増(業績回復で6兆円)とあり、大初会では景気良く株高でスタートしたらしい。非常に喜ばしい事ではあるが、個人的には今ひとつしっくり来ていない。

 大企業の多くは増益基調にあるようで、それが景気回復による増収増益なら万々歳であるが、私にはどうもそうは思えない。この不況下での増益はコスト削減の効果によるところが大きく、ある意味腹立たしい思いがしている。

 企業努力によるコスト削減等と云えば、言葉は良いが、実際は下請け泣かせや納入業者叩き、アルバイト、派遣、準社員など労働力の低コスト化を徹底的に行ってのものであり、周辺者を泣かせ自己の利益確保に重きを置く、アメリカ的経営姿勢が見え隠れして、どうにも喜べないのである。

 回顧趣味ではないが、年功序列や運命共同体的企業体質で急成長を遂げた昭和40年代が懐かしく思えてならない。

 こんな事を言っている様では弊社の将来は?、だけど何となく今年は明るい年になりそうな気がしている。極楽トンボかな・・・・。

 

Posted on : 2011年01月06日 | コメント (0) | トラックバック (0)

御用納め

 今年の業務も後一日を残すのみ。明日は御用納め。

 毎年の事ながら、この時期になると一年を振り返り、「今年はどんなんだったかなー・・・」などと考える。ところが近年、一生懸命振り返ってはみるが、何をして一年が過ぎたのかよく判らない。アッという間に一年が過ぎ、などと皆がよく云うが、本当にその通り。過ぎ去った時は本当に早い。

 多分、時の流れに身を任せ・・的な日々を送っているから、結果的に何をしたのか良く判らない、などと云う情けない事になってしまっているのであろう。

 でも結果をみれば、総じて先ず先ず。市況の厳しさは相変わらずながら、経費削減と危機意識の効果か、売上は微増ながら収支バランスは何とか取れた様だ。また、個人的にも特に何か、と云う事無く、総じて平穏無事。

 欲な事を言わず、この平穏無事に感謝、感謝。先ずは生きて居る事に感謝しなければ・・・。

 と云うのが、実は一昨日、私の高校の時の恩師が亡くなった。それもおん歳69歳。現役の町長で、元気も意欲も満々であったのに。聞くところによると業務中の突然死で、それこそアッと云う間もない状況であったとか。

 その訃報を聞いて以来、と云うものが小生の頭の中を駆け巡っている。先生は最後に自分の死を持って、私ら生徒に教えを説かれたのかも・・・そんな気がする。

 「朝に道を聞き、夕に死すも可なり」、そんな言葉があったように思うが、まさにその通り。一分先の命を保証できる人は神以外には存在するまい。まことに儚いと思うが、儚さ故に日々充実した時を過ごさないと、この世に生を受けた意味がない。

 一年を振り返って、何をしたのかよく判らない。こんな事ではどうしようもない・・・。来年はもう少し計画的に物事を進め、年末に、「やった、やった」と云える、意識明瞭な日々を送ることに努めよう・・・・。 

Posted on : 2010年12月28日 | コメント (0) | トラックバック (0)

暑署

 今年の漢字「」。

 毎年、今年の漢字が発表されると、私なりのコメントをこのブログに乗せてきたが、今年はピンと来るものが無く、筆が進まない。

 今年の漢字が「」と決まった途端の第一印象「何それっ・・」、第二印象「暑って嫌いなんだよなー、書き難くて・・」。第三印象、「昨年の「」は良かったのにな・・」。後は何もなし。

 これではコメントにならないが、でもそうなのだから仕方が無い。

Posted on : 2010年12月22日 | コメント (0) | トラックバック (0)

朗報と自然治癒力

 前回のブログに書いた、我が家の付近にねぐらを構えている子狸くん、とても元気になったよ・・・。バンザーイ!。

 元気なところを写真で紹介したいと思うが、元気に走り回っている為シャッターチャンスがつかめず、残念・・・。それにしても獣の自然治癒力って凄いね。トボトボとしか歩けなかったあの狸が、4・5日で走り回るまでに回復していた。

 小生など、2ケ月以上前に捻挫した手首(回転椅子から落下)が未だに完治せず、かなり違和感が残っていると云うのに。

 そう云えば、天風先生のお話しにも同じ様なのがあった。ヒマラヤ山脈の麓、カンチェンジェンガ(ヨーガの里)で修行中、師匠のカリアッパ先生が、突然天風先生の手を剃刀で切り、同時に傍に居た犬の前足を切った。そして、どちらが先に治るか競争させたらしい。結果、遥かに犬の方が早く治った、とのこと。

 ケガひとつ治すのに、医学を修めた人間よりも、遥かに能力の劣る犬のほうがよっぽど早くに治す。これは何なのか、その事を、身を持って教えてくれたと云う話しです。

 所謂、気にするから治らない。病は忘れる事によって治る。病を治すのは医者でもなければ薬でもない。死に至る病以外のあらゆる病は、全て自分で治すのです。この世に生きとし生ける全てのものは、皆自分自身で自分を治すのです。如何なる動植物にも、自然治癒力(自然良能力)と云う力が備わっており、その力によって回復させるのであって、医術や薬が治すのではなく、そうしたものは自然治癒力の補佐をしてくれるに過ぎない。従って、その力が十分に発揮できるような状態にして置くには、普段からその事を心がけ鍛錬しておく必要があるにです。

 そして、その方法をお教えしているのが財団法人天風会です。そうー、心身統一法がそうなのです。

 今度の日曜日は、香里天風会の越年会(忘年会)です。普段通りの日曜行修の後、天風先生の講演テープ「安心立命の人生観」を拝聴します。2時間ほどの長いテープです。一度立ち寄ってみませんか?。老若男女どなたでも結構です、興味のあるかたはお気軽に来てくださいませ・・・大歓迎です。

Posted on : 2010年12月17日 | コメント (0) | トラックバック (0)

自然破壊と自然保護

 今週火・水と東京出張。火曜に会議と二つの忘年会を掛け持ちでこなし、翌朝ボーとした頭で商談するも、今ひとつ乗りが悪い。こんな時は「何もしないのが仕事」と心得、午後は遊ぶ事にした。ところが根が仕事人間の小生のこと、空き時間のつぶし方をしらない・・・。それなら真っ直ぐ帰阪すればいいものを、貧乏性の私には、それも何となくもったいない。そこで思いついたのが、ハトバスでの都内観光。

 「3時間くらいの都内観光は・・・」と尋ねると、「お台場コースがよろしいのでは」とのアドバイス。ガイドさんの案内に従い、早速ハトバスに乗車。何と50名は乗れる2階建てバスにお客は5人。でも、バスは一路お台場へ・・・。都内観光を兼ねて約40分でお台場着、そこで1時間の観光を楽しみ、再度40分かけて東京駅まで帰る、正味2時間30分のハトバ ス都内観光であった。

 お台場に降りるや「自由の女神像」が出迎えてくれた。ニューヨークへ行くまでのことはない、お台場で十分と云った感じで、それは立派な女神像であった。

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お台場に造られた人工海岸。でも東京湾の一部で、海は海。しかも意外に水は綺麗で、エッここが東京と云う感じ。

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磯には普通に海藻が生え、ニイナ(貝)もいっぱい居た。

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お台場から観た高層ビル群。

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巨大ショッピングビルの中に在ったミニ水族館。実物はとても綺麗で、つい写してしまった。

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これはお台場とは全く別。

今朝、出勤途中に狸を発見。家を出て50m程の所で子狸がヨボヨボと歩いていた。幾ら近づいても逃げる気配ひとつ無く、ただヨボヨボと歩くだけ。よくよく見ると足の裏が傷ついている感じで、爪の間から血がにじんでいる。従って、痛くてまともに歩けない。車が来ても自転車が来ても逃げることすら出来ない状態にある。動物病院にと直ぐに思ったが、入れる箱もなければ時間も無い。ただただ、誰か暇で親切な人が通りかかり、介抱してくれる事を願いつつ、意を決して駅へと向かったが・・・。

実はこの狸、以前から同じ場所でしょっちゅう見かけていた。ただ、出会うのは何時も夜で、しかも、結構なスピードで元気に道路を横切っており、この道路を獣道と間違っていた様であるが、何故に足の裏など傷つけたのか?。もしかしたら誰かが剃刀で、、、。だって、野生動物が足の裏を傷つけるなんて、一寸考えにくい・・・。

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Posted on : 2010年12月10日 | コメント (0) | トラックバック (0)

マスコミ

 早や師走。何時も思う事ながら過ぎ去った時は早い、でも結構一分は長い。状況と感じ方によって物は違って見える。「百万の人が居れば百万の正義がある」とか、云われてみると全くその通りと思う。故に、余り頑迷に自己主張をしていると嫌われる。

 そんな思いから、今年はもう少し大人のブログにしようか・・・等と考えていたが、やはり結果は同じ。相変わらず、同じ主張を繰り返してしまった。でも、とり方によっては、それだけ一貫していると云う事であり、それが私なのだから仕方がないか・・・。

 それにしてもマスコミって凄いね。個人情報保護法は対象外で、公的な人のプライバシーはある程度制限され、事と次第によっては公開されても仕方ないらしいが、何の意味があってあんなくだらない芸能人の裏話や、聞きたくもない嫌な事件ばかりを追いかけて、事細かく報道するのか・・・。全くあきれるばかりである・・・。

 例えば、社会面のニュースは、明るいもの建設的なものを50%以上、殺人やイジメなど暗く嫌なニュースは50%以下と定め、それに違反すると罰則があるくらいにしないと、今のマスコミではどうしようもない感じがする。

 最近ニュースを聞いていて楽しのはスポーツくらい。後は、政治にしようが社会面にしようが聞くに堪えないようなニュースばかり。こんなニュースを日々観たり聞いたりしていると、間違いなく人間はマイナス思考が強くなり、怒りぽくて取り越し苦労の上手な、消極的人間が知らず知らずの内に出来上がってしまう。

 で、そうした人間が事件を起こし、またニュースになる。政治家は、天下国家を考え、国民を見て政治をするものと思っていたが、最近は何よりもマスコミを意識して政治をしなければならないらしい。

 戦前の様な報道規制や言論統制は論外だが、マスコミと云うのは、もう少し社会的影響の大きさを意識した経営であって欲しい。視聴率さえ取れればOKとする、今のマスコミ界に人は居ないのであろうか・・・。

 

 

Posted on : 2010年12月03日 | コメント (0) | トラックバック (0)

紅葉

 年齢を重ねるに従い、物に対する感じ方が異なってくる。若い頃は紅葉に惹かれる事は余り無く、大人が紅葉した山を観て、「ワー綺麗・・・」等と声を上げるのを、なにが?的な感覚でみていたが、最近は何故か紅葉に惹かれる。

 ゴルフをしていてもコース戦略よりも紅葉に見惚れ、ナイスチョットに成ることがしばしば。そんなこんなで今週23・24日と、女房と2人で紅葉狩りと洒落込んだ。

 目的は大台ケ原の紅葉。ただ大台ケ原に直行では色気が無い。そこで、阪神高速から南阪和道に入り、橿原インターを出て桜井市へ。談山神社? 明日香 ? 壷坂寺 ? 川上村 ? 上北山温泉(泊) ? 上北山観光 ? 大台ケ原 ? 不動屈鍾乳洞 ?  と国道169号線の紅葉と山間の景観を満喫してきた。

 

談山神社の紅葉、赤、青、黄色、見事な紅葉であるが、盛りは少し過ぎていた。今朝NHKで、談山神社の紅葉を、今が盛りと放映していたが、可也いい加減。盛りは半月前であったと思う。

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壷坂寺の大釈迦如来石像。それはそれは見事な石仏で、お寺に一歩入るとこの石像に圧倒される。(明日香を抜けて川上村に向かっている途中、壷坂寺の看板が目に入り、咄嗟にハンドルを左に切ったのであったが、この判断が正解。心洗われる、とても良いお寺で、眼を見張った・・・ここは目によく効くお寺とか。そう、お里沢市物語のお寺なのだ・・。)

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壷坂寺(壷坂観音、壷坂霊験記のお里沢市で知られるお寺)

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壷坂寺から一望される大和盆地(大和朝廷の里)

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 上北山温泉の小高い丘に在る薬師堂の横にあるサクラ。間違いなく桜であるが何故か花が満開。隣の家の玄関にお爺さんが立って、この木を眺めているので、「おじいさん、この木、サクラですよネ・・、毎年この時期に咲くのですか?と大声で尋ねたが、お爺さんはただニコニコと微笑むばかりであった。

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関西一の標高を誇る大台ケ原山頂(標高1,690メートル)

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今回の目的は大台ケ原の紅葉であったが全くの調査不足。早くも大台ケ原は冬支度、広葉樹は全て葉を落とし、冬備え万端であった。でも、それはそれで良かった。

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山頂付近で見つけた霜柱。

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山頂の食堂。山頂着12時30分、よって昼食を食べんと山小屋の食堂を覗くとこの案内。11月23日の祭日で毎年年内の営業を終わるらしい。

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国道169号線の山間の紅葉。

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Posted on : 2010年11月26日 | コメント (0) | トラックバック (0)

里ごころ

 10月24.25日は竹島領有権確立隠岐の島集会、10月31日は知夫会、 11月3日は島根県人会、11月6.・7日は黒木中学の同窓会、そして今週11月10日は島根県人会ゴルフコンペと、ここ2・3週間は郷土行事一色で中々休みが取れない。それでも寸暇を見つけては映画鑑賞、今年もはや25本は観ている。ところが、「桜田門外の変」は未だ。早くしないと上映が終わってしまう・・と少々焦り気味であるが、上手く時間が取れない。時間よ止まれ・・・・。

 それにしても歳と共に田舎が恋しくなる、男の帰省本能なのかな・・・。その点、女は違うようだ、大半は嫁いだ所に根着くと云うか、男に比べ帰省本能は薄いようで、「定年後は郷里で・・・」等と云う話しは先ず聞かない。

 小生の夢は、1年のうち数ヶ月、郷里隠岐の島に帰り、半自給自足の生活をすること。特に「立て網」が遣りたくて仕方がない。何故なのか・・・自分也に考えてみるに、どうもこれもノスタルジーのひとつらしい。

 多分小学校低学年の頃であったと思うが、父と一緒に大山の海に「立て網」を仕掛けた事がある。数日だったのか数ヶ月だったかうろ覚えであるが、兎に角、父と一緒に伝馬船を漕ぎ、網を仕掛け、翌朝掛かった魚を獲り、井戸端で調理をした記憶が鮮明に残っている。多分それが無性に楽しかったのだろうと思う・・・。今になって何故か、それがとてもしてみたいのである。

 

 島根県人会の演芸風景。今年は岩見地区が幹事役を務めた為、当然出し物は岩見神楽。大蛇に娘が喰われてしまうと嘆く老父母。

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大蛇を懲らしめんと現れた須佐之男命(すさのうのみこと)

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大蛇がたる酒を飲み、大暴れ

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 酔いがまわってきた大蛇

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「田植え囃子」  非常に素朴な民族芸能 であった。

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平城遷都1300年祭の大極殿。同窓会の翌日皆で奈良の遷都1300年祭を見学。最終日と云うこともあって大変な人出であった。

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Posted on : 2010年11月12日 | コメント (0) | トラックバック (0)

戸籍、住民票の非公開と詐欺

 神奈川県で、60人の男女が197回の養子縁組を繰り返し、新たな借金を重ねるなどの詐欺行為を働いていた事が大きく報道されている。また、つい先日は、養子縁組を繰り返し、保険金殺人に繋がった事件などが報道されていた。

 そんな事から、詐欺事件に興味を持ってウエブ上での社会欄に目を通すと、有るはあるは、ワンさと詐欺事件が並んでいる。結婚詐欺、減刑詐欺、住宅ローン詐欺など報じられているだけでも相当有る。

 ただ、ニュースで報じられる詐欺事件などほんの氷山の一角で、実際には何千何万と云う事件にならない詐欺事件が日常茶飯事におき、善良な市民の多くが泣きをみている。

 詐欺とは、他人をだまし金品を奪ったり損害を与えたりすることであるが、詐欺を働こうとする人間の大半は、自らを欺き、自分を自分でなくし、第三者の自分になって他人をだますのが大半である。

 従って、氏名、年齢、住所、経歴、家族構成を事前に調べれば、大半の詐欺は未然に防ぐ事ができる。その為には住民票や戸籍で確認する必要がある。

 個人を特定する為(身分関係の証明)に戸籍があり、誰が何処に住んでいるのかを証す為に住民票がある。従って、戸籍も住民票も公開にしておかないと、社会の秩序が保てなくなるため、戸籍ができた明治5年から今日まで一貫して法的には公開としている

 ところが、実際は戸籍も住民票も、本人及び家族以外にはほぼ100%入手不可能である。何故なのか、理由は簡単。戸籍、住民票を管理している行政の窓口が第三者の交付請求に応じないが為である(法的根拠が有る様でなく、運用基準なるもので、応じないようにしている)。その背景には強力な人権団体の力が働いている様に思う・・・。

 この事を知っているワルは、氏名、年齢、住所、履歴など幾ら偽っても、今の日本の社会ではバレないよう保護されている為、大手を振って他人をだまし、金品を奪ったり損害を与えたりするのである。

 一般の人は余りこんな事は考えないのでしょうが私ども調査業者は、善良な市民や企業が騙されて損をしないよう、事前に事実関係を調べリスクを回避する事を仕事としており、日々この問題に直面しているのである。ところが、その人が、何処の誰なのかを証明する戸籍も住民票も取れないために、大変な苦労を強いられることになっている。

 実際、今日ウエブ上で報じられている詐欺事件の大半は、行政が法律通り、第三者請求に応じていれば、未然に防ぐことが出来たと思う。いや、それより何より、戸籍、住民票が従前のようにオープンであったなら、事件そのものが起きていないかもしれない。大体、養子縁組を何回も繰り返し、姓を変えて借金を重ねたり、ローンを逃れたり、保険金を騙す事など出来やしない。だって、戸籍をみれば直ぐに判るんだもの(改原や除籍を見る必要はあるが、現戸籍をみただけでも、多分調査員なら判ると思うが・・・。)

Posted on : 2010年11月02日 | コメント (0) | トラックバック (0)

竹島領有権確立隠岐の島集会

 前回のブログでも書いた通り、去る10月24日(土)に「竹島領有権確立隠岐の島集会」が隠岐の島町のレインボーアリーナで開催され、その集会に参加してきた。

 レインボーアリーナは、隠岐島では一番大きな集会場であり、1500人を優に収容できる施設であるが、当日13時30分開演前に大半の席は埋まり、この問題に対する島民の関心の強さを示すものであった。

 集会は、主催者である隠岐の島町長の挨拶で始まり、その後、国会議員の先生方のお話しなど延々と続き、予定を30分以上オーバーし、宣言文が承諾されたのは17時過ぎであった。ある意味おっとりムードの隠岐の島時間と云えなくもないが、それだけ集会が白熱したもので有ったとも言える。

 ただ集会に参加しての感想は、如何にも日本らしいと云うか、非常に紳士的なもので、歴史を紐解き竹島が日本固有の領土である事、隠岐島民が竹島を占有していた事などを表明するに止まり、竹島奪還の具体的方策が示される事は無かった。また、マスコミも今ひとつ関心が薄いのか、テレビカメラが入っている様子も無く、主催者の意気込みに比し、今少しピントがずれているのでは、と思えない事も無かった。

 竹島は、昭和29年以来、韓国が一方的に不法占拠し、軍隊を常駐させている状況からして、現実的には非常に厳しいものであるが、政府の対応は、主権国家とは到底思えない弱腰であり、人権かぶれしたマスコミも、隠岐島民の思いを報道しようとする姿勢すらない。こんなていたらくでは、竹島奪還など夢のまたゆめ、と思わざるを得ない。

 そこで小生には、主張し実行したい事がある。でもここでは表明できない・・・・。

 話しは変わるが、松ちゃんが帰る(隠岐へ)と云えば、「俺の所、私の処、あちきのお家・・・」と彼方此方から声が掛かって仕方がない。そこで、こっそりお忍びで、と云う事になるが、今回はどうしても観たい所があり、その観たい所に泊めてもらうことにした。

 

これが一目観たかった松。通称「一億円の松」と呼ばれる樹齢500年の松である。多分バブルの頃の話と思われるが京都の大富豪が、この松を観て、「一億円で譲って欲しい・・」と願い出たと云う。ところが、その時の当主が首を縦に振らなかったらしい。以来誰言うとなく、「一億円の松」と呼ばれるようになったとか。ただ、今の跡取りは大阪在住のサラリーマンで、松の手入れなどはずぶの素人であり、中々手が行届かず、この様な状態である。しかし、流石に一見の価値はある。実はこの当主、小生の囲碁敵であり、当日は夜中の1時まで熱戦を繰り返した。

 

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翌日、当主に隠岐の名所、壇境の滝に連れて行ってもらった。

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写真では上手く取れないが、年中枯れることの無い豪壮な滝である。

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滝の下から写したら、こんな映像になった。 

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Posted on : 2010年10月26日 | コメント (0) | トラックバック (0)

竹島問題

 「故郷、隠岐ノ島が燃えている」、と云うのは一寸大袈裟かな・・・。

 尖閣諸島問題に刺激されてと云う訳では無いと思うが、今週末、隠岐の島町で、「竹島領有権確立、隠岐の島町集会」が開催される。そこで、町長から、帰郷し集会に参加しろ、とのご下命があり、急遽帰ることに成った。

 早いもので、我が国固有の領土「竹島」が韓国に不法占拠され55年に成る。竹島は、「日本の固有の領土」と主張できるハッキリとした法的根拠を有し、日本が占有していた歴史的事実も明確である。

 国の領土に関しては国際法で、先に発見し、先に占有した国に所属する、と成っており、その国に近い遠いは全く関係なく、先見、先占の問題である。

 にも関わらず、昭和27年に、李承晩韓国大統領が一方的に海洋上に線を引き(李承晩ライン)、漁業管轄権を主張し竹島を取り込み、2年後の昭和29年には韓国沿岸警備隊を竹島に駐留させ、以来今日まで力ずくの不法占拠を続けているものである。

 一般的にはこうした国際間の問題は、国際法により処理されるもので、国際司法裁判所で争い決着をみるのが最も平和的な解決方法である。ところが、何故か、国際司法裁判所への提訴は、当事者両国の承諾がなければ提訴できない事と成っているらしい。

 そこで、日本は韓国に「竹島問題は国際司法裁判所で遣りましょう」と、提訴を呼びかけているが、争うべき法的根拠を持たない韓国は、争えば負けると判っているので、日本の呼びかけに応じない。韓国が応じなければ裁判は開けない。従って、日本は何も出来ず、韓国の不法占拠をただ指をくわえて見ているだけ、と云うのが実状である。

 「竹島」と云うのは岩だけの小さな島で、島そのものに何ら経済的価値はない。ところが、漁業に関しては莫大な価値があり、江戸時代のその昔から、鳥取の漁師が国の許可を得て、漁業を行い、明治から昭和にかけては島根県に編入され、隠岐の五箇村の漁師が、韓国に不法占拠される昭和27年まで、アワビやサザエ漁を行っていたものである。

 五箇の歴史資料館には、竹島で漁をする猟師の写真が何枚もあり、竹島が日本の占有であった事は一目瞭然であるが、日本の弱腰外交では遺憾ともし難い状況にある。

 今年は、島根県が制定した「竹島の日」5周年と云う事もあり、この度、直接の当事者である隠岐島民が集会を行い決起しようと云う訳である。これには何を於いても参加しない訳には行くまい。

 因みに、集会は10月23日(土) 13:30から16:00 レインボーアリーナ

 隠岐の島出身者諸君に告ぐ!!、願わくば集会に参加せんことを・・・・。

 

 

Posted on : 2010年10月20日 | コメント (0) | トラックバック (0)

保険金詐欺、養子縁組で借金逃れ

 昨日(9月6日)の日経新聞によると、高槻市の淀川堤防で遺体で見つかった宇野津由子さん(当時36歳)の養母、宇野ひとみ容疑者(36歳)ら9人が逮捕された自動車事故の保険金詐欺事件で、宇野容疑者が養子縁組などで改姓を繰り返し、「借金を帳消しにするためにやった」と供述している事が、捜査関係者への取材で分かった、と報じられている。

 養子縁組などにより姓の改姓を繰り返し、改姓前の借金など、それまでのマイナスを帳消しにし、新たな姓で借金やローンを組むなどし、目一杯になると、また養子縁組などで改姓し、別人になると云う事を繰り返すらしい。しかも、こうした詐欺事件が各地で摘発されており、その為、法務省は養子縁組の実態について本格的な調査に乗り出した、とある。

 「何を今さら・・」、との思いであるが、遣らないよりはましか・・・。今に始まった事ではないが、行政と云うところは何か事件がおき、マスコミなどで大騒ぎされないと、何もしない。予測される事案を勘案して、事前に手を打つと云う事は非常に苦手な様である。

 ところが民間企業は、そんな事をしていたら会社などは直ぐに吹っ飛んでしまう。あらゆる危険を事前に察知し、事が起こる前に対処する。所謂、危機管理(リスクマネジメント)を確りやらないと、企業の継続・繁栄など有り得ない。

 これは個人に取っても同様のことで、何事もことが起こってからでは遅きにしする。

 弊社の仕事はまさにこの事で、企業や個人のリスクマネジメントである。ところが、役所は事が起こってからの調査には理解を示し、事件や事故の事後調査には難癖つける事はないが、事が起こる前の「リスクマネジメント調査」には、人権、プライバシー、個人情報保護などあらゆる角度から疑問を呈し、問題視しようとする。困ったものだ・・・。

 前述の詐欺事件などほんの氷山の一角で、現代社会の人間関係の希薄さや個人情報保護による事前情報不足で泣きをみている人は五萬と居る。

 人間の性善説、性悪説はともかくとし、基本的に人は、自分の身分(氏名、年齢、住所など)を簡単に隠すことや偽ることが出来るとすると、結構悪巧みをする人は多いと思う。

 私はかねてから安全、安心の社会を作ろうと思えば、少なくとも、その人が何処の誰であるかは判るシステムにしておかないと、上手く行かないと考えている。

 ところが、現代の社会風潮はそれに逆行し、人権、プライバシー、個人情報を、侵すべからざる神聖なもの、として取り扱い、本人に聞く意外、側面から調べても、何処の誰であるか、判らないシステムを構築しつつある。人の身分を表記する戸籍も住民票も事実上非公開とし、学校も企業も官公庁も、個人の事には一切口を閉ざす

 警察などその典型で、権力で人権無視の調べは幾らでもするが、身内の事は一切公表しない。「俺は30年警察に勤め何々をしていた・・・だから何々・・」などと口にする人が居たとする。しかし、その事が本当かどうか、事前に調べたくとも、警察はその問い合わせには一切応じない。従って、本人が言う事を信じるしかない。結果、騙されて泣きを見る。

 こんな事は日常茶飯事に起きている。ところが、一寸した詐欺事件など問題にされることは無い。しかし、警察が第三者取材に応じ、「いや彼は若い頃4年程居ただけで、30年と云うのは何とも・・・」と答えたとする。すると、この元警察官が、「何で俺の個人情報を洩らしたんだ・・」、とねじ込めば、警察は、個人情報漏洩でテンヤワンヤ、下手したら応えた署員は懲戒処分になるかも。そんなのは困るから、事なかれ主義で誰も個人情報の照会には応じない。これが実情である。これってまとも。人権ていったいなに?、プライバシーていったい何?、個人情報っていったい何・・?。

 個人情報やプライバシーを保護せんが為、結果的に騙された、など枚挙に暇が無いが、それに怒っているのは私だけなのか・・・。

 こんな事を書いていると、またボルテージが上がり、命より大切な健康に影響するので、これくらいとするが、少なくとも、相手が云っている事が正しいのか否か、履歴書など申告事項が正しいか否か、それくらいの確認は出来る社会システムにしておかないと、最も大切な人権を損なうことになるのでは。

 口直しに楽しい話し。今朝、何時もの様に妻に見送られて家を出た。「いってらっしゃい・・」「いってきます・・」、何時に変わらぬ我が家の朝の風景である・・・(ほんとかな・・・?)。10メートルも行くか行かないかで、プーンと何ともいえない香りが漂ってきた。アレッ、ふと横を観ると金木犀が黄金色・・・アッ金木犀だ、、それから駅まで15分、ずっと金木犀の香りに包まれた。「香里園って本当に香の里だな・・・」、そんな爽やか気分で、今日の出勤を楽しむことができた。金木犀さん有難う!!。

 

 

Posted on : 2010年10月08日 | コメント (0) | トラックバック (0)

感動、岡田武史監督の講演

 昨日、保険会社の企業セミナーに出席。

 演者は元サッカー日本代表監督の岡田武史氏であった。このセミナーの誘いを受けた時、 正直「岡田さんが何を話すんだ、今更ワールドカップの話を聞いたところで・・・」くらいに思い、二の足を踏んでいた。 ところが帝国ホテルでの食事付きとの事で、セミナーよりも食事に誘われ参加することにした。

 ところが、あにはからんや、帝国ホテルの食事など問題外、それくらい岡田監督の話は素晴らしかった。 講演を聴く機会は年に何回と無くあるが、正直、今までで一番感動したように思う。

 大体が講演セミナーと云えば、 お決まりの政治評論家や経済評論家が大半で、中には、小説家や実業家の講演もあるが、皆講演慣れしており、 話は上手いが心に訴えるものは今ひとつ。あー良かったな、、面白かったな・・くらいの感想が大概である。

 ところが岡田監督は違っていた。話もそこそこ上手いには上手いが、それより何より、 一生懸命に遣ってきた事を一生懸命に話す。話す姿勢の一生懸命さが、一生懸命に対応してきたことの裏づけとなり、 一生懸命に生きてきた事の証となり、何事も一生懸命に遣らなければならない、と云う講演趣旨と合致したものであった。

 そして、「ゾーンに入るとは、無心になること」であり、 「とことん一生懸命になると、瞬間無心に入る事があり、ゾーンに入った状態に至る」と説く。 それが坊主の説教や評論家や学者のご説ご尤もの話と違い、体験に裏打ちされた、一種悟りに近い、信念に基づく素晴らしい内容のものであった。

 私が抱いていた、「単に頑固な岡チャン」のイメージなど、一瞬に吹っ飛んでしまい、 今は岡田さんの追っかけでもしようかと思うくらいである。

Posted on : 2010年09月30日 | コメント (0) | トラックバック (0)

村木厚子

 最近東京出張が多く、ついブログを書き損ねてしまう。すると、何処からか 「マッチャン忙しいんか・・・」等と電話が入って来る。有難いことだ・・こんな拙いブログでも、見てくれる人がいるらしい。感謝、感謝・・・

  そこで今日は少しお堅い話。今話題の村木厚子さんのこと。 彼女が今月号の文芸春秋に長文の手記を乗せている。無罪判決が出る前に、無罪判決を信じ、著していたものと思われる。

 その手記を読んでいてゾッとした。権力の怖さと云うか、権力を前に、 非力な者は全く太刀打ち出来ないのだろうな・・と云う事を思い知らされた。

 容疑を掛けられ逮捕されると、一般には仕事を失う。すると収入は途絶える、 ところが裁判を戦うには弁護士を雇わなければならない。また、戦う為には保釈もしてもらわなければならない。が、その為には保釈金がいる。 何と、村木さんの保釈金は1千5百万円だったと云う。その他に弁護費用も何十万か何百万か知らないが、 小市民ではとても払えるような金額ではない。

 村木さんは、定期預金から何から全てを取り崩し、何とか段取りしたと云う。 たまたま夫婦共働きの高級官僚故に用意できたたのであろうが、普通だと先ず無理。しかし、それが出来ないと裁判に勝ち目は無くなる。

 「地獄の沙汰も金次第」とはこの事か・・。

 特捜が動く検察捜査は、事前に判決までの筋書きをつくり、その筋書き通りに捜査し、 逮捕し、調書も筋書き通りに作られるらしい。こんな話は、今回に限らずで、前々から耳にしており、さも有りなんとも思っていた。だいたい、 検察が動く段階では、大半の事は判っており、捜査は真実を知る為ではなく、判決を得る為の証拠作りである。従って、 今回のような事が起きるのだが、しかし、村木さんが逮捕された頃の報道からすると、彼女を知らない人は百人が百人、 村木さんはクロと思ったと思う。多分検察のリークに基づく報道であろうが、「私は知らない・・」など、「この人は何を云っているの・・・」 くらいに感じていた。

 ところが本当はそうでなかった。

 特捜は何を根拠に動くのか?。多分相当真実味のある告発があり、これは絶対に遣れる、 との確信を元に捜査に入ったと思われ、最終的には政治家と高級官僚がターゲットであった思う。あらゆる情報、告発は吟味に吟味を重ね、 動く段階では既に頂上が見ていると思う。ところが間違いが起こる。

 私などずぶの素人が言うべきことでは無いかも知れないが、証拠のない情報や告発には、 とんでもない作り話がある。

 人が嘘を言う時は、何かそれなりの意図や目的があってと思う。 少なくとも私は長年そう思っていた。ところが60年余生きてきて、必ずしもそうで無いことを知った。この世には、 何の意図も目的も損得も無く、ただ単に嘘を言う人が居ると云うことを。

 私は今までに2人そのような人に出会った。 単に私がそう思っているだけかも知れないが、全くの作り事を延々と話す。しかも見事に具体的にリアリティーに、 聞いているほうは嘘だ等とは微塵も思わない。ところが、半年・1年後に100%作り事であったが事が明らかになる。しかし、不思議なのが、 何のために嘘を延々と話したのか、その理由が判らない。

 ただ、そのような人が居ることも事実であり、裁判は証拠主義でなければならないが、 証拠を調書に頼ると、この様な恐ろしいことが起こるし、また、そうしなければどうにもならない事もあるのであろう。この様な事を考えると、 難しくて訳が判らなくなるが、判ったことは、権力の怖さと、地獄の沙汰も金次第と云う現実だ。

 

 

Posted on : 2010年09月28日 | コメント (0) | トラックバック (0)

マナー

 通勤電車での出来事。

 今朝、何時もの電車に何時ものように乗車。何時も入り口付近は込み合うため、 車両の中央付近に立つよう努めており、今日もほぼ中央に立ち、何時ものように詰め碁の本を手に、沈思黙考(下手な考え休みに似たり)。所謂、 小生の月曜から金曜までの、何時に変わらぬ最近の通勤風景である。

 何時もは、そのまま「なには橋」駅まで、と云うのが普通であるが、 今朝は2つ目の駅で、私の前に座っていた男性2人が降車、2人分の席が空いた。途端に私の横に立っていた20代の青年が素早く座った。 ここまでは何でもない極々普通のシーンである。ところが、この青年、2人座っていた席のセンター部分にドカンと一人座り、 一心に本を読み始める。アレッ何で、2人座っていた席に一人で、と思ったが、この青年、何の違和感もなくごく自然体で本に読みふけっている。 その本を横目に見ると、道徳か倫理か哲学書かよく分からないが、何れにしても「人の道」を説いた本である。

「最近の若い者は・・・」などと云いたくは無いが、行動が伴わないのでは・・・、 余り勉強しても意味が無いのでは。

  

Posted on : 2010年09月14日 | コメント (0) | トラックバック (0)

提言

 「松ちゃんのブログ、最近天風会と郷里の事ばっかしやな・・?」、「もう少し業界や仕事の事を書けよ・・!」、こんな有り難い忠告をしてくれる友が居る。

 自分でもその通りだと思う。ところが業界や仕事の事を書くと、書いている最中に段々腹が立ってきて、言わずもがでなの事まで言ってしまい、アップした後で、また遣ってしもた・・・などと落ち込む事がある。其れに比べ、趣味や田舎の事は気楽のものである。で、ついつい・・・。

 やすきに流れるは・・との反省から、友の忠告を受け、今日は少し業界についての私見を書いてみようかと思う。言葉が過ぎればゴメン・・・。

 探偵業法が施行され今年6月でまる3年を経過。新しく施行された法律は3年を経た後に見直しを検討する、とう云うのが一般的であり、この業法にも、その様な記述がある。ところが、見直しが成されたと云う話しは全く聞こえてこない。何故なのか?、「業界から見直しの要望が上がっていないから・・・」、多分にそんな事では無いかと思う。

 この業法は議員立法であり、極めて荒削りな法律のように思う。また、運用面でも実情に合わないものが多分にあるが、その事についての改善も殆ど手がつけられないままほったらかされている様に思う。

 ところが業界団体は何らの動きもしない。経済的には、政府の緊急融資対象業種からも外され、政府系の保証協会も保証外で、幾ら保証金を積もうが保証はして貰えない。あげくの上、業種そのものが反社会的な存在のように扱われ、蔑視されているのが実情である。

 にも係わらず業界人や業界団体は殆ど声を上げようとしない。業界人が声を上げるのは、業界の悪口と団体攻撃が主流で、他を批判する事によって自分の処の信頼を得ようとする様な者が大半ではなかろうか。実に情けなく思うが内実はそうである。

 そこで提言したい。いい加減に業界はまとまりませんか・・・。嫌と云う程、離合集散を繰り返したのですから。そして業界人による業界人の為の業界活動ができる体制を作ろうではありませんか。

Posted on : 2010年09月08日 | コメント (0) | トラックバック (0)

島根県人会(隠岐ツアー)

 近畿島根県人会で隠岐ツアー。

 今週・日・月・火と3日間、近畿島根県人会が企画した隠岐ツアーに参加。僅か2泊3日の小旅行であったが内容、見所共にムチャ豊富で、楽しい楽しい3日間であった。と云うのが、小生隠岐の出身ではあるが、生まれ育った西ノ島はほぼ知り尽くしているが、知夫、海士、隠岐ノ島町は意外と馴染みが薄く、知夫などは小学校の遠足以来という状況であった。

 企画段階では、「関西隠岐人会の会長としては参加しない訳には・・・」的な、しぶしぶ感覚であったが、意外や意外、自分が一番楽しんでいたのではと思う位に充実したものであった。 参加者は総勢17名。本当は25名を予定していたが宣伝が行き届かず、70%に留まったが、こんなだともう少し無理を言ってでも連れて行けば良かったと思ったくらい。

 隠岐は、知夫、海士、西ノ島、隠岐ノ島町と4島すべてを周り、3町1村の3役さんともお会いし意見交換をすると言う非常に欲張った企画であったが、意外と見どころも多く、食事も盛りだくさんで美味しく、何かと発見の多い旅になった。

 

知夫里の牧歌的風景

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知夫里の赤壁(岩肌が幻想的)

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牛泳ぎシーン。草を求めて島から島へ異動の為、 暑さ故ではなく生きるが為の必死の泳ぎ(結構スイスイト上手に泳ぐ)

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    西ノ島、国賀海岸の絶景

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隠岐の闘牛

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島後の白島の風景(岩肌が白い事から白島)

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Posted on : 2010年08月27日 | コメント (0) | トラックバック (0)

財団法人天風会香里賛助会 講習会を開催

 天風会行事が目白押し。

 最近このブログでもよく案内しているように、夏場は天風会行事が目白押しで、休日の大半は天風会漬けの様相を呈しているが、 多武峰の修練会で一様盛夏の行修は終わり。

 ただ、天風道に終わりとか卒業と云うものはなく、本当は寝ても覚めても行修であり、 生活そのものが天風道に成らなければならないと思っている。

 天風会でいう積極心とは、 「虚心平気」の状態を云い、 「晴れて良し曇りても良し富士の山」 の心境で日々生活できるよう、日常生活に天風教義を上手く組み込ませ生活しなければならない。そうすると、 何時の間にか幸福な人生が自然と送れるようになる。

 その為の基本的な事項を教えるのが、天風会の講習会である。その講習会を9月11日(土)、9月18日(土)、 10月2日(土)と3日間、香里賛助会の主催で実施することにした。その案内パンフを、以下に添付しますので、 もしご興味がありましたら是非ともご参加下さいませ。

  講演会・ 講習会のお誘い

       貴方は、 「幸せの方程式」をご存知ですか?

    人間、何のためにこの世に生まれてきたのか・・

     命とは・ ・健康とは・・幸福とは・・

    そんな事を今一度一緒に考えて見ませんか。

 

人間は生まれながらにして、「明るく、 元気に、活き活きと勇ましく」活きられるよう出来ている。ところがその方法を知らないために、無駄に悩んだり、 病気や苦労を取り込んだりして、一度しかない貴重な人生を価値なく生きている人が多いのでは無いでしょうか。

天風会は、幸せの方程式、 人は如何に生きるべきか、その方法を科学的に組織体系化して、具体的にお教えしています。

その方法とは、故中村天風先生(1876?1968年) がヒマラヤ山脈の麓でヨーガの修行を積み、死病を克服し、波瀾万丈の人生を基に考案されたものです。

一度さわりの話を聞いてみませんか、もしかしたら人生が変わるかも・・・。

 

天風門下には、原敬、東郷平八郎、山本五十六、佐藤義詮、大仏次郎、宇野千代、双葉山、広岡達郎、野村克也、三遊亭円生(6代目)、 松下幸之助、稲盛和夫、船井幸雄氏ら政財界は勿論、スポーツ、芸能、文学界と数多くの人々がおり、 その教えを自らの人生に活かしておられます。

 

公開講演会 

日時 平成22911日 (土)14:00?16:00

テーマ 「強く正しく活きる」 講師 櫻井啓二郎

会費  無料

講演会 平成22918日 (土)13:00?16:00

テーマ 「潜在意識を変える(観念要素の更改法)」、

    「積極心の養成(積極観念集中法)」 

     講師 宮井芳行

会費  会員 無料 、一般 1.000

講演会 平成22102日 (土)13:00?16:00

テーマ 「神経反射の調節法」、

    「心の使い方(精神使用法)」

     講師 森本恵美子

会費  会員 無料 、一般 1.000

 

財団法人天風会香里賛助会

場所寝屋川市東香里園町18-13(藤田記念・香里天風会館2階)

電話072-831-0138 (毎日曜午前中のみ可) 香里園駅徒歩7分

事務局電話090-3940-8813 (柴原)tempukai_kouri@yahoo.co.jp

 

Posted on : 2010年08月19日 | コメント (0) | トラックバック (0)

お盆休み

 お盆は、故郷の隠岐ノ島に帰るのが恒例になっていたが、一昨年お墓をこちらに移した事もあって、2年続けて帰郷せず、昨年は東京本部(天風会)の修練会(5日間)、今年は大阪賛助会主催の多武峰修練会(3泊4日)に参加して来た。小生、天風会に入会して18年になるが、実は地元香里でのみ行修しており、他地区の修練会に参加する事は無かった。ところが、香里のみも如何なものか・・と云うことから、昨年から積極的に武者修行に出ることにした。

 同じ天風先生の教えを行じる訳であるが、「所変われば品変わる」で、夫々の地区により雰囲気は可也違い、それなりに勉強になる。特に今年の多武峰修練会は、多武峰観光ホテルを借り切っての3泊4日の行修であり、通い方式とは随分雰囲気が違い、厳しくはあるがゆったりとした気持ちで行修する事ができた。

 特に朝は気分がよく、歳の所為もあろうが5時半くらいには自然と目が覚める。そこで、朝の散歩と洒落込むが、これが何とも爽快である。ホテルの向かいに在る談山神社にお参りし、そのまま裏山に登る。標高600メートル程の山で、ホテルから頂上まで約20分、途中、中大兄皇子と藤原鎌足が蘇我入鹿を討つために密談したと云われる「談所の森」があり、そこから500m程が山頂(御破裂山)である。この山頂からの眺めが最高、大化の改新が目前に広がるとまでは云わないが、遠くに二子山・耳成山、左手に明日香、中央に藤原宮跡、手前に天香具山、右手に当麻が一望され、その眺めにひかれて3日間とも朝の6時過ぎには山頂に立っていた。

Posted on : 2010年08月16日 | コメント (0) | トラックバック (0)

キャンセル

 弊社は、お盆を中心に前段、後段と2班に分かれて数日前から夏季休暇に入っている。従って、社員は半数しか出勤していない。すると、不思議なもので、出勤しても何となく休みムードが漂い、何時もの張りが感じられない。こんなだと寧ろ皆揃って休んだ方が良いのかも・・・等と思うが、これも小規模なサービス業会社の辛い所で、得意先が営業しているのに休む訳にはいかないでしょう・・・、とつい思ってしまう。 

本当はそんな事もないのだが・・・・。

 それはそうと、台風4号が心配。我が故郷、隠岐ノ島を直撃しそうである、しかも可也の勢力を保ったままでだ・・。実は、小生の友人が2泊3日の隠岐旅行を計画。その為、田舎の友人知人にも連絡し、良しなに計らって貰うよう色々段取りをしていたが全てパー、トホホ・・・・。台風に向かって突っ込む訳にも行かず、今日出発の予定であったが急遽キャンセルと相成った。

 ホテルの予約など、全て小生が手配していたので仕方ない、朝一番にキャンセルの電話を入れた。

「誠に申し訳ありませんが・・・・・」、すると、「イヤイヤ良いですよ・・・、自然には逆らえませんは・・・又の機会によろしく」、何ともあっさりと気持ちよく承諾してくれた。しかも、キャンセル料のキャの字も云わない。2軒が2軒ともである・・・。

 ほんとにこれで良いの、と思ったが、その好意に素直に甘えることにした。それにしても何て隠岐の人はこんなに素晴らしいのだろう・・・、申し訳なさと感謝で小さな小生の胸はいっぱいになった。

 この事で思い出したのが7年ほど前の出来事。多分平成14年9月であったと思うが、娘が大学生の時、単独で屋久島への小旅行を計画。ところが今日と同じく大型台風が屋久島めがけてゆっくりと北上している。娘は不安を持ちながら大阪空港へ、すると空港で「鹿児島までは飛びますが、鹿児島から屋久島へは何とも云えません、それでも良いですか・・・」とのこと。流石に娘もそこで不安になり、鹿児島で足止めになっても、との思いから急遽キャンセル。

 直ぐに屋久島の民宿にも電話を入れ、詳細に事情を話し、キャンセルをお願いしたらしい。

 すると、数日後にその民宿の小父さんから娘に宿泊料100%の請求の電話・・・、娘は今ひとつ納得行かず、値交渉を気弱な声でしたらしい。ところが小父さんは全く聞く耳を持たない。「直ぐに振り込んで下さい」の一点張り。でも、娘は納得が行かずほったらかしていた、、、。すると日々催促の電話が屋久島から入る。で、何回目かに小生が変わりに応対。「台風で飛行機が飛ぶか飛ばないか、しかも鹿児島まで行ってからでないと判らない・・・、そんな状況で、観光旅行を強行しますか。事情が事情なのだから当日キャンセルは100%と云われるの少し酷ではないか・・・、しかも学生の1人旅・・・」、切々と情に訴えるが、その小父さん全く聞く耳なし。

 こりゃダメだ・・・。娘に直ぐに払うよう云い、処理をした事があった。

 その時、小生は思った。屋久島には絶対に行かないと。小父さんは、損して得を取る、と云う言葉を知らなかったのかな・・・。

 

Posted on : 2010年08月11日 | コメント (0) | トラックバック (0)

財団法人天風会香里賛助会 夏期特別研修会NO2

 先週、金・土・日と3日間、香里天風会の夏期特別研修会に参加、無事修練を終えることが出来た。 従って、今週はその余韻で、「心身ともに極めて充実」と宣言したいところだが、 寄る年波には勝てず、と云うか、心は元気モリモリなれど、身体は、盛夏の中、 クーラーなしで過ごしたためか、腕と首にあせもが発生し中々直らない。多分田舎(隠岐ノ島)に帰り、 子供の時の様に海で過ごせば直ぐに治るであろうが・・・。

 帰りたいナー・・・隠岐ノ島。

 そういえば、物心がついた頃から小学校6年頃までは夏休み40日間は、 朝から夕方まで、殆ど海の中で生活していた。海に長くつかりすぎると唇が紫色になってくる、すると上級生から、「陸に上がれ」と叱られる、 で、陸に上がるが、本当はしぶしぶである。そこで子供心にも一工夫する。真夏の太陽で熱々に成っている小石を拾い、唇にあてる、 すると唇は直ぐに赤くなる。赤くなればもうOKである、また海に飛び込む。その海と小石のキスを延々と繰り返す。 飽きもせず40日間毎日同じことの繰り返しであった。でも楽しかったな・・・・。

 何でこんな事を書き出したのかよく判らないが・・・まーいいか。そうー、少々の事は「まーいいか」精神で、 おおらかに遣りたいものだ。

Posted on : 2010年08月05日 | コメント (0) | トラックバック (0)

夏期特別研修会(修練会)

 財団法人天風会香里賛助会夏期特別研修会が、今週末、7月30・31日、8月1日の3日間の予定で開催される。

 この夏期特別研修会(修練会)と云うのは天風会員に取って1年最大の行事であり、万難を排し参加するのが務めである。否、 務めと云うのではなく、参加せずにおられない位の気持ちを持って集まって来るのがこの修練会である。

 しかも、香里が主催する修練会は今年で41回目。ただ、この伝統ある香里の修練会ももしかしたら今年で最後かも(道場の問題・・) との思いもあり、今年は特に力が入っている。

 ご指導頂く先生は、尾身幸次(天風会理事長、元財務大臣)、南方哲也(天風会教務主任、元大学教授)、稲松信雄 (天風会講師、元大学教授)と、天風会のエースにお越し頂く事になっている。

 詳しくは、http://homepage3.nifty.com/tempukai-kori/のホームページをご覧いただきたい。

Posted on : 2010年07月28日 | コメント (0) | トラックバック (0)

石見神楽

 先週、祇園祭りの初日、京都の八坂神社に島根の石見神楽が奉納された。これは京都島根県人会が何年来続けている神楽奉納で、小生にも「一度視に来ないか?」との案内が京都島根県人会よりあり、喜んで妻と2人お招きに預かった。

 石見神楽の期限は定かではないが、平安末期から室町時代に形作られた大元神楽が原型といわれ、江戸時代中期ごろ演劇化され、神職による神事として行われていたものを、明治維新の神職演舞禁止令により、土地の人に受け継がれ、今に至るとされています。

 石見神楽の里と云われる浜田市には48以上もの社中と呼ばれる団体があり、石見神楽の伝承と保存に努めているそうですが、それはそれは勇壮華麗な見事な舞であった。

 出し物は、鈴神楽、天神、黒塚、恵比寿、鐘馗、大蛇で、夕方6時半?9時半まで3時間の大熱演であった。

 

天神(菅原道真と藤原時平の闘い)の一場面、衣装がとてつもなく綺麗であった。

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時平と道真の戦いの場面、非常に激しい動きが延々と続く。

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黒塚の一場面

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大蛇(石見神楽の中でも一番の人気出し物)

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Posted on : 2010年07月22日 | コメント (0) | トラックバック (0)

訴訟社会

 私の周辺で訴訟問題が起きた。直接ではないが身近な人で、しかも当人は身に覚えはあるが訴訟事件になるなど全く思いもしなかったこと。そこで、小生に相談を持ちかけて来た。ところが私は調査のプロではあるが法律は門外漢。

 法律は、社会生活を営む上での最低限のルールであり、ある程度の社会常識と道徳観念さえあれば、裁判など無縁のものと心得ており、日々の生活は自分の感覚で判断し、法的に云々など殆ど考えもしない。被相談者も私同様で、自分也の常識で、何らの悪意も無く行った行為が、今回の訴訟事件と云う訳である。

 アメリカは、訴訟社会と云われ、法曹界に係わる人は非常に多く、弁護士の数も日本の数倍は居るようであるが、法曹人が多いから、事件が少ないかと云えば、そうでなく、平穏な社会かと云えば、そうでもなく、犯罪も訴訟事件も日本の数倍は起きている。これって、一寸おかしいと思いませんか・・?。平穏で安心して暮らせる社会にを願って法律を作り、その法を守る為に、法曹人は居ると思うが、その関係者の多さに比例して訴訟事件も多くなっていくようである。

 私が師事する中村天風先生の講演録の中にも似たような話しがあった。先生は、明治、大正、昭和と生きた人である。昭和30年代当時のお話、「戦前は今と比べ、医者の数も病院の数も極めて少なかった。ところが戦後、西洋医学がもてはやされ、医者の数も病院の数も数倍に膨れ上がり、しかも、病院が赤字など聞いたことがない。病気を治す為の医者や病院が数倍になり、しかも赤字でないと云う事は、病人の数が数倍に増えていると云う事である・・・」云々と。

 所謂、世の矛盾をついたお話しであるが、いいえて妙。法曹界でも、今回の相談を受け、結構同様の事が起こりつつあるのでは無いかと感じた。

 実は、訴訟を起こされると受けなければならない。原告の言い分に反論しなければ、原告の訴えがそのまま通ってしまう。ところが、普通の小市民は裁判などした事がない。答弁書を書こうにも、何をどう書けば良いのかよく判らない。そこで、弁護士さんに相談に行く。すると、相談料が必要となる。で、結果は、自分1人では難しいとの判断になる(99%がそうだと思う)。そこで、弁護士さんにお頼みすると、簡単な事件でも着手料30万円。その上に、交通費、諸経費、結果報酬が必要となり、少なくとも50万円くらいは覚悟しなければならない。

 50万円は小市民にとっては大金である。ところが、自分が何の罪の意識も無く、自分の常識で極普通にした事が、ある日突然告訴され、結果勝っても50万円くらいは覚悟しなければならない。そんな訴訟社会が目前に来ており、私の周辺でも、「エッそんな事で・・・」と驚くばかりの訴訟が提起され、これから戦わなければならい事になっている。全くもってトホホ・・・である。その内に、名誉毀損などの損害賠償訴訟を商売にする様な人物が現れ、「訴訟で儲ける方法・・」などと云う、本が出版されるかも・・・・?。

 戦後アメリカによる日本弱体化政策がボディブローのように功をそうし、国や社会は二の次、義務などは眼中に無く、個人の権利利益のみを主張する、全く嫌な訴訟社会が目の前にチラついて来た。こんな社会は天国から眺めることにしようかな・・・・。

 本年6月の文芸春秋に「日本国民に告ぐ」と題して、藤原正彦氏(御茶ノ水女子大教授、数学者)が出稿しているが、よくぞここまで書いてくれた、と深く感動した。藤原氏は「国家の品格」を著し、品格ブームを起こした人とであるが、私は今の日本では最高の文化人だと確信し崇拝している。

Posted on : 2010年07月16日 | コメント (0) | トラックバック (0)

植物の威力

 植物の威力、生命力に只ただ感動!!。

 「弊社ビル倒壊の危機!」、一瞬そんな思いさえした。と云うのが、ビルの側溝に以前から草が少し生えつつあった。土の部分は全く無く、側溝即ビルであるが、側溝とビルの僅かな隙間から草が芽を出していた。これは何処ででもよく見る光景で、植物の生命力って凄いな・・・とは思うが、特に脅威に感じる程の事は無かった。ところが、流石に今朝はビックリ。

 実は以前から側溝の草は気にはなっていたが、その内ひまな時に取ればいいくらいに考えていたが、ここ2週間の梅雨で急成長し、流石にほって置く訳にもいかず、今朝早々に除草に取り掛かった。そこでビックリ、何と草の根で側溝が壊れかかっており、ビルと側溝の間に2・3センチの隙間ができていた。何たる草力、たまげるばかりであった。

 「水滴は岩をも砕く」と云うが、もしかすると植物がビルを壊す事も十分にあり得るのでは。そんな事から、小なりと言えども継続と忍耐が大を動かす。「信念を持って事に当たれば不可能は無い」、そんな事の啓示なのかな・・・。

  側溝とビルの外壁の間が3センチは開いていた 

    サボテン 001_t 

 サボテン 002_t

 

サボテン 003_t

 

これは側溝の中の隙間から生えていた跡、

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切り倒した草

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Posted on : 2010年07月09日 | コメント (0) | トラックバック (0)

戸籍、住民票の第三者交付に係る本人通知制度について

 小生の得意技炸裂。

以前このブログで書いたものを一部アレンジして関西総合調査業協会の会報誌、「関調協会報」に投稿したが、その記事を再度このブログに添付する事にした。

 

 

戸籍、住民票の第三者交付に係る本人通知制度について

 

この制度は、事前に登録したかたに対して、そのかたの住民票の写しや戸籍謄本等を本人の代理人や第三者に交付したとき、その交付した事実を通知する制度です。住民票の写し等の不正請求や不正取得による個人の権利の侵害の防止を図るために実施する、と云うものである。

【通知の対象となる住民票の写し等の種類】

             住民票の写し(除票、改製原住民票を含む)

             住民票記載事項証明書

             戸籍附票の写し(除籍、改製原戸籍を含む)

             戸籍謄本または戸籍抄本(全部事項証明書または個人事項証明書)(除籍、改製原戸籍を含む)

             戸籍記載事項証明書(一部事項証明書)(除かれた戸籍を含む)

     この制度を利用するには事前に登録することが必要です。

 

上記は箕面市のホームページより抜粋したものです。この通知システムを採用している他の市町村でも運用方法はほぼ同様のものです。

 

 この戸籍・住民票などの本人通知制度は、大阪府箕面市が本年21日、狭山市が6月1日から実施しており、その他では埼玉県内全64市町村で同じく本年6月1日より実施されています。今のところ全国的な広がりは見られないが、最近のプライバシー保護や個人情報保護の流れからすると、他の市町村にも広がる可能性は可也高いものと思われます。

 

 そこで、この制度について私なりの意見を述べてみたいと思う。独善的と批判されることは承知のうえ、否、敢えて批判される事を望んでおります。と云うのは、実はこの問題について多くの方に関心を持って頂き、議論を深めて頂きたいが為であります。私が今一番危惧しているのは、この制度が特に議論もされること無く、何時の間にか右へならへ的な形で全国的に広がってしまうことであります。

 

 私は、この制度には怒り心頭。平和ボケした人権論者の戯言にすら思えるほどです。この制度は、戸籍・住民票の本来の役割や確認が出来なくなった際の社会的影響などは殆ど考えられること無く、管理する役所の立場と、単に不正入手を防ぐ方法論として提案なされたものではないでしょうか。

 

現在の個人情報保護の流れからすると、この制度はもっともなこと。住民票や戸籍の不正請求を防ぐためには、非常に判りやすく、自分の戸籍や住民票が、誰に何時取られたかが判るのであれば一般的には非常に良い制度と思うでしょう。

 

確かに、こういうシステムは、虚偽も何も無い善人のみが生活する社会であれば何も問題はないのでしょう。ところが詐欺師や悪巧みを考える人、相手を騙そうとする人に取っては、これ程都合の良い至れりつくせりの制度はありません。

 

 所謂、商取引の相手や結婚などお付き合いをしている相手が「何処の誰なのか」公的に知る術を無くし、何処の誰なのかは、相手が言う事を信じるしかない社会にし、それを確認しようとすると、「その事を相手にお知らせする」と云うのがこのシステムなのです。

 

 私ども調査業は、事が起きる前に、相手が「何処の誰で、どんな人か」を調べるのが仕事です。所謂、人や物の信用度を事前に調べ、危機管理に務める事を業としており、警察は事件が起きてから調べるのが仕事です。ところが、事件にならないよう、騙されないよう、事前に調べようとしても、調べられないような社会を作り、調べると相手に調べていますよ、とお知らせする懇切丁寧な詐欺師保護法、悪人養護法がこのシステムだと云っても過言では無いでしょう

 

最近の個人情報保護法の流れ、戸籍・住民票の運用(第三者は入手不可能)からすると、氏名も年齢も住所も云いたい放題です。何故なら、第三者は、氏名、年齢、住所、家族構成、学歴、職歴、親子関係、婚姻関係、何一つ確認するシステムをシャットアウトされています。

 

 「そんな事は無いでしょう、そんな事になったら大変じゃないですか・・」そんな声が何処からか聞こえて来ますが、実際にはそうなのです。学歴は学校、職歴は職場で確認するしかありません。ところが学校も職場も第三者確認には個人情報保護を盾に回答しないのが一般的です。また氏名、年齢、親子関係、婚姻関係など、人の身分に関する事項の正確な確認は戸籍でしか出来ず、住所を証明するものは住民票です。ところが、前述の通り戸籍や住民票での確認は第三者は事実上不可能です。その事を知っているワルは、身分詐称のし放題と云うことになります。

 

 第三者の立場で確認できないのであれば、本人に各種証明書を提出させればいいではないか?。そんな意見が何処からかきこえてきます。ところが、最近はパソコンで各種証明書は簡単に作成でき、偽卒業証明書、偽在職証明書、偽運転免許証が出回っています(弊社の調査でも何件か確認されている)。真のワルはこんな事など皆知っています。本人しか入手できない証明書を偽造しても、第三者は確認できないのですから、大手を振って偽造できる訳です。しかも、身分詐称をして行う行為は、相手の一生を左右するような大事に至ることが多々あります。

 

 私は仕事柄、そんな事案を数多く見聞きしており、また弊社の調査で、大事に至るのを未然に防ぎ、感謝された経験も2度・3度ではありません。ところが今の個人情報保護やプライバシー保護の流れからすると、感謝されるほどの正確な調査は、これからは非常に難しくなるでしょう。そうです、行政がワルに「貴方は調べられていますよ」と事前に通知するのですから・・・。

 

 不正請求は防止しなければならない。その為の方策を講じるのはもっともな事です。でも、不正請求が何故起きるのか?。この事も真剣に考える必要が有るのではないでしょうか。「何人も理由を明らかにして戸籍や住民票の交付請求ができる」と法律で定められていたにも関わらず、役所は第三者請求に応じないから、止む無く不正請求が行われたのも事実ではないでしょうか。

 

 これ程個人レベルでも、危機管理、リスクマネジメントが必要な時代に、人事調査(人に関する調査)を罪悪視し、調査を規制しようとするこの姿勢はいったいなんなのでしょう。「本当に安心して暮らせる平和な社会を作らんと、」と、政治家や役人は真剣に考えているのでしょうか。真に政治を志す人は、自分の信念にもとづいて行動して貰いたいものです。

 

私が予ねてから主張しているのは、明治以来何故に戸籍、住民票が公開の原則を貫き、何人も戸籍、住民票の交付を受ける事が出来るシステムを、頑なに行政が護って来たかと云うことです。そうしなければ社会システムが狂い、社会の平和と秩序が保てないからでは無いでしょうか?。

 

 戸籍には氏名、生年月日、親子関係、婚姻関係など身分に関する事項が記載され、住民票には、何処に誰が住んでいるかと云う事が記載されています。所謂、その人が「何処の誰であるか」を証明するものであり、一般的には隠し立てしなければならない様な事項は記載されていないはずです。従って、これを公開にし、必要があれば「相手が何処の誰であるか」が判るようにして社会秩序を維持してきたのです。

 

例えば、住民票や戸籍を役所が見ることが出来なくなったらどうでしょう・・。多分、住民に対する大方の仕事は出来なくなり、一大パニックに陥るでしょう。民間でも個人レベルでも実際には同じ事で、この様な制度が全国的に広まり、完全に第三者の交付請求が出来なくなれば、今の社会秩序は崩壊してしまう可能性さえあります。江戸時代の往時から、「自分が何処の誰であるか」を周囲の人に知られているが為に、社会への規範意識が保たれ、秩序が維持されて来た部分が多分にあると思うのです。「何処の誰であるか」を知る術をなくせば、今の社会秩序が完全に維持されるとは云い難いのでは無いでしょうか。所謂、覆面社会で現在の平和や秩序が何処まで維持されるか、と云うことです。

 

 この事を協会員皆で真剣に考えてみようではありませんか。物言わぬ業界、嵐が来てもジッと頭を下げ、忍の一字で去るのを待つ、そんな従来の業界姿勢では、社会的地位の向上など望むべくもありません。内部抗争からおさらばし、物言う業界に脱皮しようではありませんか。

 

 

Posted on : 2010年07月01日 | コメント (0) | トラックバック (0)

サボテンの花

 サボテンの花、見たことありますか?。「花の命は短くて・・・」の代表的な花で、咲き始めてからしぼむまで約24時間、しかも年に1度と云うのが普通(時には2度・3度咲くこともある)。しかも極めて儚い花で、1人寂しく夜中に咲いて、日の出と共にしぼんでしまう、と云うイメージがある(小生が勝ってに思っていた・・・)。ところが、今年はサボテンの当たり年なのか、我が家のサボテンも会社のサボテンも見事な咲きっぷり、しかも昼日中これみよがしに咲き誇り、小生の目と心を和ませてくれ たのが今日の出来事。

弊社の階段踊り場にて何の手入れもせず、自然のままに放置されているサボテン。でも凄い生命力で毎年数が増えている。そのサボテンが健気にも一昨日(6月17日)の早朝から開花しようと突然頑張り始めた。普通は一つのサボテンから一花しか咲かないが、何故か今年は感じが違う。親サボテンが一挙に4つ花芽を伸ばしてきた(左側のサボテン)、右側4つは子供。

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当日の夕方

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今日18日、朝出勤すると見事に開花していた

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午後3時、徐々にしぼんで来る。

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午後4時

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午後5時、お疲れ様でした。

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これは我が家のサボテン。会社のサボテンの親で、1ケ月程前に撮ったもの。毎年花はひとつしか咲かなかったが今年は一度に4つも咲いた。

以下、24時間のサボテンショー

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Posted on : 2010年06月18日 | コメント (0) | トラックバック (0)

身元調査あれこれ

 身元調査とは、人に関する調査の総称であり、非常に範囲は広い。一般的によく知られる身辺調査、浮気調査、所在調査、家出人調査なども身元調査の範疇であり、結婚調査、採用調査(雇用調査)、会員調査、保証人調査、個人信用調査、尋ね人調査なども身元調査であり、極めて守備範囲は広い。

 ところが使う人によって身元調査の概念は違う。例えば行政が発行する冊子やパンフなどにも身元及び身元調査の語句はよく出て来るが、語句の定義は定まっていないようで、非常に曖昧な使われ方をしている。また、運動団体が使用する場合でも定義はなさそうである。30年ほど前に大々的に展開された「身元調査お断り運動」など、その典型で、「身元調査お断り」の垂れ幕や看板が役所の玄関に堂々と置かれ、堺市などでは戸別にステッカーが貼られたりしていた。ところが、この身元調査がどの範囲の調査をさしているのかハッキリとせず、運動の当事者も今ひとつ明確では無かった様に思う。

 以前、大阪府の労働部と「採用と人権」(労働部発行の企業向け啓発冊子)について話し合いをした事がある。その席で「採用と人権の中に身元調査の語句が頻繁にあり、ここで云う身元調査の定義を教えて欲しい」とお尋ねした事があるが、出席していた行政官の誰もが答える事が出来なかった、と云う事があった。

 所謂、使う人、受け取る人によって身元調査の概念は違うのに、共通の概念を持っているのかの如く一般的に使われているのが、この身元調査と云う言葉である。

 

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関西総合調査業協会

 昨日、関西総合調査業協会の第7回定期総会が無事修了した。特に揉め事を抱えている訳ではないが、総会となるとやはりプレッシャーと緊張感があり、終わるとホッとする。

 そこで今日はゆったりとした気分で中之島公園を散歩。リニューアルされたバラ園をじっくりと楽しむ事が出来た。

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Posted on : 2010年06月11日 | コメント (0) | トラックバック (0)

戸籍、住民票 NO2

 先般戸籍・住民票の公開制限と本人通知システムに疑義あり、との文章を長々と書いたが、知人及び関係者から 「お前が云わんとする事は判るが、具体的事例がないと、あれでは説得力がない。 仕事柄余り具体的には書けないにしても、事例がないと・・・」とのお言葉を複数の方から頂いた。

 ご指摘の通り、私も全く同感である。従って、今日は我が社で最近扱った事例をひとつ紹介してみようと思う。

 これは丁度1ケ月程前の調査案件です。

 弊社のホームページを見た男性からメールが入った。「メールで失礼ですが、 ある人の経歴等について調査して頂きたい。詳しくはお会いしてからにして欲しい」との内容。

 直ぐにメールを返す。「調査は可能と思います。 お伺いするにしても来ていただくにしても、一度お電話を頂けませんか・・・」と、 すると、直ぐに電話が入り、結果、 東京の永田町で合う事となり、早速、東京支社の営業マンが面談した。

 依頼者曰く、「近く独立して会社を立ち上げる計画を持っている。 技術的な事や業界ノウハウに関しては自信を持っているが、自分は営業面が弱く、そちらの方で力になって貰えるパートナーを捜していたところ、 とても有能な人が居ると、ある人から紹介を受けた。お会いしてみると、中々そつの無い人で印象は良かった。そこで、 すっかり意気投合してここ2カ月程一緒に動いている。 実際に顔は広く、未だ会社は準備段階であるが、 彼を通じ企業のそこそこの地位の人ともお会いさせて貰っており、信用出来そうに思っている。ただ、億単位の金が動く仕事なので、 念には念を入れておこうと思い、出来ることでしたら一通りの調査をお願いできたら・・」とのこと。

 ところが依頼者は40歳、相手は10数歳年上の人で、自分としては「履歴書をくれとか身分証明書的なものをくれ、」とは云い難い。しかも既に一緒に動いており、 今更と云う感じもする。従って、アバウトな情報しかないが、調べられるでしょうか?とのこと。

 最終学歴は某一流大学、職歴は外資のコンサルタント会社を3社経験し、3年ほど前からフリーで動いている人だと云う。 住所は埼玉県の某市までしか知らない。名刺はコンサルタントで某コンサルタント会社に所属している形になっているが、 あくまでフリーであるとの事で、名刺の電話番号は携帯番号になっている。

 これでは余りに情報が漠然としており、調査の足がかりがない。せめて住所くらいハッキリしないと調査は受けかねると伝え、 住所が判る何かを手に入れて欲しい、とお願いをする。

 1週間後に運転免許証のコピーが手に入ったとの連絡。早速、その情報を基に調査着手。

 先ず、住所確認から・・・。住所地に行くも、その所番地は10世帯用のアパートで、 表札も2・3軒しか出ていない。郵便受けにも本人の名前は確認できない。何気ない形で、「○○さんのお宅は・・・」、何軒かにお聞きするが、 全く知らないと云う。はて・・・・どうしたものか?。

 事前情報では、子供は3人で一人は学生、一人は医者のたまご、一人は慶応大卒でイギリス在住とのこと。 それにしては不似合いな住所地(アパート)である。

 免許証の住所なので間違いは無いはず。ところが確認出来ない。そこで、 住民票はどうなっているか・・?、確認の必要がある。ところが調査会社に住民票は交付してくれない。そこで、取れる人に取って貰うことに (不正入手になるかも・・・)。ところが「本人の住民票はその住所にはない」との返答、しかも「除票(5年は保存)も無い」との答え。 いったいこれはどう云うこと?、免許書偽造か?。

 そこで、名前、生年月日からあらゆる公開情報を検索してみる。すると、 過去に色々と事件事故を起こしている同姓同名で生年月日の同じ人物がいることが判明。しかも住所は同じ埼玉県。 同人は元会社経営者であったが倒産の憂き目にも会っている事も判明。そこで、この人物を詳細に調べてみると、被調査人と共通点が多々ある。

 全く狐に包まれたような話しである。ザクッと云うと、調べる対象者が誰なのか判らないのである。氏名、住所、 生年月日は判っているが、前述の通り、住所地に対象者が居る確立は少なく、調査を進めると別の所に氏名、生年月日が同一の人物がおり、 しかも、背景に似通ったところがある。

 そこで同一人物か否かの調査を実施したところ、ドンピシャの同一人物。 たまたまこのケースは免許書の写し(偽であろうが写真は本人)があったから確認ができたが、写真がなけっればどうなる。 普通だと戸籍でしょう・・・。今の日本では、身分を証明するものは戸籍しかないのですから。戸籍、 住民票が公開であればこんな調査は簡単なもの。

 この人物、如何にして免許書を偽造したかは判らないが、住所と履歴をでっち上げて、偽の自分で仕事(商売)をし、 家に帰ると本物の自分になって妻子と共に幸せそうな家庭