続 情報化時代のプライバシー研究 |

調査会社の会長ブログ

続 情報化時代のプライバシー研究

2013年02月22日

先週に続き、プライバシーについてふれてみたいと思う・・・。

青柳武彦先生の「情報化時代のプライバシー研究」(書籍)からの抜粋になるが、第一部の結論として記されている部分の一部を要約して転載させて頂きます。

プライバシー権は自然権、またはそれに準ずるものではない。

 プライバシー権は近代以降に人為的に形成された人格権であって、人権主義者に広く信じられているような自然権ではない。中世以前は身分の上下に関わらずプライバシーの意識はまだ無かった。近代以降になって人間社会が複雑化、多様化、及び高度化して市民社会が出現して、ようやく意識されだしたものだ。法益としてのプライバシー権に至っては、認知されたのは19から20世紀である。とうてい、国家成立以前から存在していた自然権やそれに準ずるものとは言い難い。

プライバシー権は貴重なものだが芸術作品のような物で、生活必需品ではない。

 プライバシー権は生活必需品とはいえないが、非常に価値あるものである。しかし、他の種の自然権的な自由や人権と衝突したり競合したりした場合には譲るべきことが多い。プライバシーは、はかないからこそ貴重であるという考え方をすべきである。他の種類の自由や人権と競合・衝突した場合にはプライバシー権は優先順位は高くない。

プライバシー権は主張しすぎると協調・共生という次世代の社会の原理を損なう。

 現代社会には、競争を原理とする冷徹な市場主義から、協調や共生を原理とする方向に転換しようとする大きな潮流がある。プライバシーを主張することは、ソシシアル(他社と融合、協調すること)を拒否することであるから、そうした潮流に反することだ。プライバシーを主張しすぎるのは社会全体のためにならないことが多い。プライバシーについて考えるときは、それを公共の利益のためにどこまで放棄するかを考えることが重要である。

 また、プライバシー権の定義としての自己情報コントロール権説についても疑問を投げかけ、私的領域の自律権や私生活の平穏・静謐を護るプライバシー権にもっと市民権を与えるべきだと説き、特に住所・氏名などの基本的な個人識別情報きわめて社会的な有用性が高いものだから、むしろ積極的に供出して一種の公共財として自由に流通せしめたほうが社会全体としてのメリットは大きい。これを主張しすぎると個人情報の社会的有用性を大きく損なうことになる。個人情報に関わるプライバシー権について考える場合は、社会全体の利益のためにどこまでゆずるべきかをまず考えることが重要である。

 等など、人権論者の多くが主張するプライバシー権の考え方とは可也違っているが、私は青柳先生が説く、プライバシー権のほうが、遥かに社会性、公共性を考えた、正論に思える。

 多くの人権論者は、ただ一方的な権利主張に凝り固まり、社会のあり方や公共性についての配慮を欠き、権利があるからがむしゃらに権利主張をするといった、教条主義的な方向に向かっている様に思えて成らない。

 

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