隠岐島前高等学校
昨日の朝、寝ぼけ眼でリビングに顔を出し、女房に「おはよー」 と声を掛けるや、間髪いれず「お父さん、此れ見て、コレ!」と目の前に押し付けられたのが読売新聞・・・、3面の頭に、大きくふと文字で書かれた「隠岐島前高校」の文字が飛んできた。
何事か・・・もしかして廃校か・・・そんな事が一瞬頭をよぎったが、あにはからんや、離島の高校の驚異的な躍進が報道、紹介されていた。
「島根県立隠岐島前高等学校」は我が母校である。誰が何と云っても我が母校なのだ。
それが実は廃校の危機にあった。島の人口減少と共に生徒数も徐々に減り、一学年一クラスで生徒数も100名を切ろうかと云うところまで来ており、廃校も止むなしか?、しかし、そうなると島前の子供は、高校進学は全て親元を離れ、寮かアパート住まいをして高校に学ぶ事となり、益々高齢化は進むは人口は減るは・・で結構淋しい事になるのである。
その危機にあった高校が島民の知恵と努力で驚異的に飛躍、今春は募集定員を倍増して80名、2クラスにしたと云うのだ・・・・。
小生に取っては今年一番の朗報であった。田舎の皆も頑張っているんだナー・・・
以下は読売新聞の記事
人情、自然魅力の島留学…隠岐島前高校が定員倍増
島根県・隠岐諸島の県立隠岐島前(どうぜん)高校(海士(あま)町)が今春の募集定員を2学級80人に倍増させた。
島の人情味や豊かな自然を求める都会っ子らの“離島留学”が増えているためだ。過疎化や少子化で入学者が減り、一時は統廃合も危ぶまれた島の学校は、「島親」となって県外の生徒の身元を引き受ける住民の協力などで活気を取り戻しつつある。文部科学省によると、島の高校での定員増は珍しいという。
隠岐諸島では、地元の中学卒業者の多くが本土の高校に進学し、同高への入学者は2008年度に28人と、1997年度(77人)の3分の1近くにまで減った。
減少が止まらなければ統廃合の恐れがあることから、町は「高校がないと島から若い人が出てしまい、町の存続にかかわる」と対策を検討。10年度、本土から入学しやすいように、同高の寮(定員56人)に入る成績優秀な生徒の寮費補助を始め、町営の学習塾も開設して東京から講師を招いた。島民は、留学生らの身元引受人になり、「島親」として見守り始めた。
こうした取り組みをインターネットなどで知り、島外からの志願者が増加。同高の生徒数は10年度に34人に持ち直し、11年度は大阪、兵庫、広島などからの13人を含む40人に増えた。今春はさらに志願者増を見込み、2学級に増やす。入学願書の受け付けは2月3日まで。
文科省などによると、離島の多くで生徒数減から公立高の統廃合が進んでいる。広島県・大崎上島(大崎上島町)では98年、木江工業高と大崎高が大崎海星高に統合。山口県・周防大島(周防大島町)でも07年、安下庄高と久賀高が統合し、周防大島高となった。
同省初等中等教育局は「離島で学級数が増えるのは異例。地域ぐるみの支援が学校の魅力を高めているのではないか」としている。
Posted on : 2012年01月31日 | コメント (1) | トラックバック (0)
運転免許更新
今日の午前中は、自動車運転免許の更新講習であった。
朝9時半からの講習で、出社すると直ぐに講習会場に向かった。会場着9時28分(時間ギリギリは小生の得意技)、受付を済ませ席の番号札を貰い、席に着くや否やビックリ仰天!!。
講習の教官とおぼしき人がツカツカっと近づいて来た、その途端、オーと驚きの声を上げてしまった。教官とおぼしき人は、バカ、シッと云う感じで、そのまま教官席に付き、マイク片手に講習を開始した。
何とその教官、小生の高校の同級生で、結構仲の良かったヤツであった。高校を卒業し府警に勤務したのは知っていたが、まさか、こんな形で再会するとは・・・奇遇と云うか縁と云うか、何か不思議なものを強く感じた。
そう云えば、大分前にこのブログに投稿した記憶があるが、大阪の映画館で中学、高校と6年間席を同じくした同級生にバッタリ会った事があった、本当に世の中は広くて狭い、とつくづく思う。
だって、日本海にポツリと浮かぶ隠岐の島からこの広い大阪に出て来ていて、バッタリ顔を合わせるなんて、不思議としか云いようが無い。縁と云うのはそんなものなのか?。
出会いとか縁と云うものは、出来るだけ大切にしなければ・・・今日はつくづくそんな事を感じさせられた。
Posted on : 2012年01月27日 | コメント (0) | トラックバック (0)
調査目的の正当性
何時もの事ながら、「関西総合調査業協会」の会報誌原稿をしたためたので、掲載前にブログに転載させて頂きます。立っている者は親でも使え、などと云う便利な言葉があった様に思うが、利用できるものは全て利用すると云うのが私の主義でして・・・あしからず。
「新春放談」
新年明けましておめでとう御座います。昇り龍、辰年の新春、会員の皆様はどの様なお正月をお迎えでしたでしょうか・・・。
私は、還暦を向かえ早や5年、御歳55歳。人生120年、還暦を折り返しとし、母のお腹に帰るまで後55年。今までの人生を振り返ると長い様で意外と短い。従って、これからは心身の健康に最大留意し、残り55年を「明るく 元気に 活き活きと 勇ましく」生きて行こうと、決意新たに新春のスタートをきりました。
ところが月半ばを過ぎ、何か変わったかと云えば・・・、あいも変わらず時間に追われ、何するで無くバタバタと無為な時を過ごしており、早や反省しきりであります。
ただ、今の調査業界に無為な時を過ごしている余裕は無く、業界人が一丸となって社会的認知を得られる内部改革を行わなければならない、と強く思わせられている所であります。と云うのが、昨年後半に新聞紙上で大きく報道された、調査業者による公文書や個人情報の不正入手問題であります。
私は予てから戸籍・住民票は、公開を原則としたものであり、「交付請求に対する役所の対応にこそ問題がある」と声を大にして来ました。実際に、戸籍法や住民基本台帳法は、人権、プライバシー、個人情報保護などの観点から何度か法改正が行われ、無制限な公開には一定制限が課されたものの、第三者でも、権利行使や義務を履行する為の交付請求は公に認められており、我ら調査業者も権利義務のある依頼者から委任を受ければ、交付申請は可能と解釈して居ります。
ところが業者の多くは、戸籍・住民票は如何なる理由があっても入手不可能と考え(そう思わせる対応を役所がしている事もあるが・・)、正面からの請求には消極的になっている様です。
ただ、被調査人と調査依頼者との関係は様々で、単に権利の行使、義務の履行と云っても思い方、考え方、立場によってその解釈は大きく異なり、役所の運用面でも温度差が相当にある様です。
例えば、結婚を前提にお付き合いしている一方の相手が、お付き合いの過程で相手に疑問を感じ、その疑問を解くために住民票や戸籍を確認する必要が生じたとする。
こうしたケースで、一方の相手(第三者)が役所に赴き戸籍、住民票の交付請求をした際に、権利の行使として交付を受けられるか否か?。云うまでもなく結婚は人生の一大事で、結婚を決めるには相当の決断と信頼関係を必要とするが、その信頼関係に疑問が生じたとすると、それをクリアーにしなければ事を決める訳には行かないでしょう。その為の住民票や戸籍の交付請求は当然の権利行使と考えるが、役所はどう判断するのでしょうか。よしんば結婚を前提とした相手方の交付請求は当然と認められたとしても、今度は結婚前提のお付き合いを役所にどう証明するかである。ただ単に仲良く手を繋いでいる写真では証明になるまいし、もう少し親密な関係をとなると、これもまた一寸・・・。婚約証明などと云われたら、これはこれで大変だし、だいたいは婚約する前に確認、調査の必要性が生じるものである。そんなこんなで、実際は結婚の為の相手確認は極めて難しいのが実情です。ところが、結婚の為の調査依頼は非常に多く、しかも、その依頼にお応えするには、被調査人の住民票や戸籍は必要不可欠とさえ云える。元々、住民票や戸籍の交付規制は部落差別をさせない為の一方策として取られたものである。今では、個人情報やプライバシー問題など、規制のための規制理由を列挙し、規制する事が人権擁護になっていると諸官庁は考えているようであるが、実は、戸籍、住民票の交付規制が人権侵害につながり、いかに多くの善良な市民が泣かされているか、などは役人は勿論、法改正に関わる知識人と云われる様な人は知る由も無さそうである。
差別調査は基本的人権の侵害であり、法的にも道徳的にもしては成らない事であり、特に大阪府下では条例でも規制されており、やれば罰を受けることになっている。従って、差別調査など実施する業者がいるはずも無いのに、何故に十年一日の如く「つながるおそれがある・・」等として、ここまで規制を強化しようとするのでしょうか。
しかし、今回の不正入手の事件は全く別次元の問題です。
我々が行う情報収集にはある意味ダーティーな部分を伴う事も有る。そのダーティーさは良く言えば調査力とも云え、何の特権も持たない調査業者が綺麗ごとのみでお客の依頼に応えようとするのには無理があり、法律スレレスの技法を使う事も有ろうと思うが、それでも情報収集に努めるのは「調査目的の正当性」がバックにあっての事である。
私達調査業者が絶対に犯してならないのは目的の正当性である。目的の正当性が故に、情報収集のダーティーさもある意味許されると、我田引水と云われるかも知れないが、そう考えている。ところが、今回の事件は、新聞報道によると「調査目的の正当性」は微塵も感じられず、ただ金の為だけに動いたとしか思えないものである。こんな反社会的な目的で、戸籍、住民票を入手し逮捕されたのでは弁護のしようもない。
役所の規制が厳しいから迂回入手をした、役所の対応が間違っているから止むを得ず行った等と云えるものではなく、過去の我々の主張が全て水泡に帰す、怒りをとおり越して情けなく成るほどの愚かな行為である。
私は、この仕事を幾ら叩かれ様と自負心を持って続けているのは、調査目的の正当性が背景に有るが故の事なのです。
会員の皆様もこのことだけは肝に命じて、仕事に邁進して欲しく思います。
Posted on : 2012年01月23日 | コメント (0) | トラックバック (0)
近畿島根経済倶楽部
昨日、近畿島根経済倶楽部の新年互礼会が中之島のリーガロイヤルホテルで開催された。
当倶楽部は、近畿地区に在住する島根県出身の経済人で組織され、会員相互の啓発と親睦を図ることを目的とした会である。縁あって昨年、小生にも是非入会せよとのご下命があり、入会したもので、当倶楽部ではホカホカの一年生である。メンバーの中には県人会等を通じ顔見知りの人も何人かはいるが、初の参加であり、緊張しながらの出席であった。
新年互礼会に先立ち、1時間半の講演会があり、その後2時間が新年互礼会の予定であった。
新年互礼会は県知事を始め会長さんや島根県へ進出している企業の社長さん及び県の商工部長さんなど、偉いさんの話があり、その後、宴となり、それはそれでけっこう楽しいものであったが、それより何より、先立って行われた講演会がとても楽しいものであった。
演題は「不良長寿」、不老長寿でなく不良長寿とあり、もしかして書き間違いか、と思ったが、さにあらず「不良長寿」の話しであった。講師は松江市玉湯町ご出身の順天堂大学教授の奥村 康先生。専門は免疫学で、知る人ぞ知る超有名な先生で、テレビにも度々出ているとの事であるが、小生ははじめて聞くお名前であった。御歳70才くらいか?。飄々として演題に立つやいなやボソボソと何か喋りだす。カツレツは余り良くなく、アナウンサーの様な名調子とは程遠い喋り方で、これで1時間半は少ししんどいかな・・等と当初思っていた。でも、4?50名の集まりであり、寝るわけにもいくまい等と・・。ところがところが、話しが進むに従い、目が点になると云うか耳が点になると云うか、先生は表情一つ変えず、相変わらずボソボソと喋っているが、話しの内容たるや非常に興味深く高度なもので、しかも切り口が斬新で的を得ており、その上、落語を聞いている様なユーモアーがあり、それはそれは楽しい講演であった。大学の学者先生にもこんな面白い楽しい先生が居るのかと驚いた・・・。
先般、ある先生から「癌の特効薬は開発済み」と云う本を紹介され、早速購入して読んでみたが、さも有りなんと思える内容であったが、奥村先生のお話も、その本に似たようなところがあり、医学会と製薬会社の儲けの為に、患者が幾らでも作られていく、おもしろい構造になっているのが見え隠れするものであった。
総じて小生の理解では、健康のバロメータのような血液検査の数値など余り気にせず、できるだけストレスを溜めず発散させ、気を充実させて明るく活き活きと生活することが何よりの健康法で、医者が怒る不良人間が長寿の秘訣と心得たほうが良いのかもしれない。そんな事を強く感じさせられたとてもとても楽しい講演会と互礼会であった。
Posted on : 2012年01月13日 | コメント (0) | トラックバック (0)
新年の誓い
新年明けましておめでとう御座います。今年も好き勝手なことを書くと思いますが、時々は覗いてみてやって下さいませ。貴方だけが頼りです・・・。
毎年の事ながら弊社は5日が仕事始め。挨拶回りの関係で、初日は車での出勤を常としており、通勤時の車の混み具合で、その年の景気動向を予測する事にしているが、今年は見事にガラガラ・・・。何と25分で到着してしまった。
近年、阪神高速守口線が渋滞することは少なくなったとはいえ、通勤ラッシュの8時半で前後に車の姿が見え隠れする程のガラガラには驚いた。バブル期は1時間半を要したと云うのに・・・。
でも、今年は辰年、昇り龍。絶対に天に昇る程の素晴らしい年にしようと、心を新たにしています。
人は、右へ行こうと思うから右へ行くのです。左へ行こうと思うから左に行くのです。これは絶対の真理ですぞ!!。 先ずは前へ行こうと思う・・・。
誓いの言葉
「今日一日 怒らず恐れず悲しまず、正直親切愉快に、力と勇気と信念とを持って、自己の人生に対する責務を果たし、恒に平和と愛とを失わざる、立派な人間として生きる事を、自分自身の厳かな誓いとする」
Posted on : 2012年01月06日 | コメント (0) | トラックバック (0)





