竹島領有権確立隠岐の島集会
前回のブログでも書いた通り、去る10月24日(土)に「竹島領有権確立隠岐の島集会」が隠岐の島町のレインボーアリーナで開催され、その集会に参加してきた。
レインボーアリーナは、隠岐島では一番大きな集会場であり、1500人を優に収容できる施設であるが、当日13時30分開演前に大半の席は埋まり、この問題に対する島民の関心の強さを示すものであった。
集会は、主催者である隠岐の島町長の挨拶で始まり、その後、国会議員の先生方のお話しなど延々と続き、予定を30分以上オーバーし、宣言文が承諾されたのは17時過ぎであった。ある意味おっとりムードの隠岐の島時間と云えなくもないが、それだけ集会が白熱したもので有ったとも言える。
ただ集会に参加しての感想は、如何にも日本らしいと云うか、非常に紳士的なもので、歴史を紐解き竹島が日本固有の領土である事、隠岐島民が竹島を占有していた事などを表明するに止まり、竹島奪還の具体的方策が示される事は無かった。また、マスコミも今ひとつ関心が薄いのか、テレビカメラが入っている様子も無く、主催者の意気込みに比し、今少しピントがずれているのでは、と思えない事も無かった。
竹島は、昭和29年以来、韓国が一方的に不法占拠し、軍隊を常駐させている状況からして、現実的には非常に厳しいものであるが、政府の対応は、主権国家とは到底思えない弱腰であり、人権かぶれしたマスコミも、隠岐島民の思いを報道しようとする姿勢すらない。こんなていたらくでは、竹島奪還など夢のまたゆめ、と思わざるを得ない。
そこで小生には、主張し実行したい事がある。でもここでは表明できない・・・・。
話しは変わるが、松ちゃんが帰る(隠岐へ)と云えば、「俺の所、私の処、あちきのお家・・・」と彼方此方から声が掛かって仕方がない。そこで、こっそりお忍びで、と云う事になるが、今回はどうしても観たい所があり、その観たい所に泊めてもらうことにした。
これが一目観たかった松。通称「一億円の松」と呼ばれる樹齢500年の松である。多分バブルの頃の話と思われるが京都の大富豪が、この松を観て、「一億円で譲って欲しい・・」と願い出たと云う。ところが、その時の当主が首を縦に振らなかったらしい。以来誰言うとなく、「一億円の松」と呼ばれるようになったとか。ただ、今の跡取りは大阪在住のサラリーマンで、松の手入れなどはずぶの素人であり、中々手が行届かず、この様な状態である。しかし、流石に一見の価値はある。実はこの当主、小生の囲碁敵であり、当日は夜中の1時まで熱戦を繰り返した。

翌日、当主に隠岐の名所、壇境の滝に連れて行ってもらった。

写真では上手く取れないが、年中枯れることの無い豪壮な滝である。

滝の下から写したら、こんな映像になった。

Posted on : 2010年10月26日 | コメント (0) | トラックバック (0)
竹島問題
「故郷、隠岐ノ島が燃えている」、と云うのは一寸大袈裟かな・・・。
尖閣諸島問題に刺激されてと云う訳では無いと思うが、今週末、隠岐の島町で、「竹島領有権確立、隠岐の島町集会」が開催される。そこで、町長から、帰郷し集会に参加しろ、とのご下命があり、急遽帰ることに成った。
早いもので、我が国固有の領土「竹島」が韓国に不法占拠され55年に成る。竹島は、「日本の固有の領土」と主張できるハッキリとした法的根拠を有し、日本が占有していた歴史的事実も明確である。
国の領土に関しては国際法で、先に発見し、先に占有した国に所属する、と成っており、その国に近い遠いは全く関係なく、先見、先占の問題である。
にも関わらず、昭和27年に、李承晩韓国大統領が一方的に海洋上に線を引き(李承晩ライン)、漁業管轄権を主張し竹島を取り込み、2年後の昭和29年には韓国沿岸警備隊を竹島に駐留させ、以来今日まで力ずくの不法占拠を続けているものである。
一般的にはこうした国際間の問題は、国際法により処理されるもので、国際司法裁判所で争い決着をみるのが最も平和的な解決方法である。ところが、何故か、国際司法裁判所への提訴は、当事者両国の承諾がなければ提訴できない事と成っているらしい。
そこで、日本は韓国に「竹島問題は国際司法裁判所で遣りましょう」と、提訴を呼びかけているが、争うべき法的根拠を持たない韓国は、争えば負けると判っているので、日本の呼びかけに応じない。韓国が応じなければ裁判は開けない。従って、日本は何も出来ず、韓国の不法占拠をただ指をくわえて見ているだけ、と云うのが実状である。
「竹島」と云うのは岩だけの小さな島で、島そのものに何ら経済的価値はない。ところが、漁業に関しては莫大な価値があり、江戸時代のその昔から、鳥取の漁師が国の許可を得て、漁業を行い、明治から昭和にかけては島根県に編入され、隠岐の五箇村の漁師が、韓国に不法占拠される昭和27年まで、アワビやサザエ漁を行っていたものである。
五箇の歴史資料館には、竹島で漁をする猟師の写真が何枚もあり、竹島が日本の占有であった事は一目瞭然であるが、日本の弱腰外交では遺憾ともし難い状況にある。
今年は、島根県が制定した「竹島の日」5周年と云う事もあり、この度、直接の当事者である隠岐島民が集会を行い決起しようと云う訳である。これには何を於いても参加しない訳には行くまい。
因みに、集会は10月23日(土) 13:30から16:00 レインボーアリーナ
隠岐の島出身者諸君に告ぐ!!、願わくば集会に参加せんことを・・・・。
Posted on : 2010年10月20日 | コメント (0) | トラックバック (0)
家庭菜園、我が家のなすび
小生、今の家に転居した3年前から、庭の一部に小さな菜園を作り楽しんでいる。
普通3年にもなれば、何でもそれなりに格好がつくものであるが、我が家の菜園は何とも・・・。ただ、庭の一部を掘り起こして、少しばかり石を拾い、適当に有機肥料を入れただけの畑であり、農夫がみれば、「これでは野菜が余りにも可哀想・・・と、ヨヨと泣き崩れるのでは」と思われるほどのやせた畑である。
しかも、ご主人さまは、自分に優しく他人に超厳しいタイプであり、野菜に対しても、厳しく育てる事を旨としており、一端植えてあげたからには、後は、「自らの責任に於いて各自頑張れ」と、家の中から叱咤激励するのみ。基本、自由放任主義であり、野菜の個性を大切にと、できるだけ干渉しないよう努力している。
ところが、流石に今年の夏は厳しく、ゴウヤは10日ほどで頓死、キュウリは健気に頑張ったが、それでも働き始めて1ケ月でストライキ、それに反し、トマトは素直にスクスクと成長した。ところがイザ戦闘開始となると全く闘う意欲を無くし、“各員奮励一斉努力せよ”との旗艦からの命令にも関わらず、ろくな働きもせず熱射病にかかりあえなくダウン。
ところが、捨てる神あらば拾う神あり。なんと孝行野菜が出現。5月に出生、7月に成人し、直ぐに働き始めた。7・8月の熱波にも耐え、9月の残暑をもろともせず、10月に入るやますます元気。未だ衰えを見せず働き続けている。でも、給金などは殆ど要求しない、親の言いつけに従い、自由奔放ではあるが、自分がナスべきことをキッチとナスている。まさに野菜の鏡である。
今朝収穫したナスビ。余りにも自由奔放に育て過ぎ、何と25センチにも成長。味は保証しかねるが秋茄子に違いはないはず・・・。

丹精こめた菜園。雑草も伸び伸びと育っている。この自然豊かな菜園で、茄子だけは孤軍奮闘しているのである。まさに野菜の鏡・・・・。



Posted on : 2010年10月15日 | コメント (0) | トラックバック (0)
保険金詐欺、養子縁組で借金逃れ
昨日(9月6日)の日経新聞によると、高槻市の淀川堤防で遺体で見つかった宇野津由子さん(当時36歳)の養母、宇野ひとみ容疑者(36歳)ら9人が逮捕された自動車事故の保険金詐欺事件で、宇野容疑者が養子縁組などで改姓を繰り返し、「借金を帳消しにするためにやった」と供述している事が、捜査関係者への取材で分かった、と報じられている。
養子縁組などにより姓の改姓を繰り返し、改姓前の借金など、それまでのマイナスを帳消しにし、新たな姓で借金やローンを組むなどし、目一杯になると、また養子縁組などで改姓し、別人になると云う事を繰り返すらしい。しかも、こうした詐欺事件が各地で摘発されており、その為、法務省は養子縁組の実態について本格的な調査に乗り出した、とある。
「何を今さら・・」、との思いであるが、遣らないよりはましか・・・。今に始まった事ではないが、行政と云うところは何か事件がおき、マスコミなどで大騒ぎされないと、何もしない。予測される事案を勘案して、事前に手を打つと云う事は非常に苦手な様である。
ところが民間企業は、そんな事をしていたら会社などは直ぐに吹っ飛んでしまう。あらゆる危険を事前に察知し、事が起こる前に対処する。所謂、危機管理(リスクマネジメント)を確りやらないと、企業の継続・繁栄など有り得ない。
これは個人に取っても同様のことで、何事もことが起こってからでは遅きにしする。
弊社の仕事はまさにこの事で、企業や個人のリスクマネジメントである。ところが、役所は事が起こってからの調査には理解を示し、事件や事故の事後調査には難癖つける事はないが、事が起こる前の「リスクマネジメント調査」には、人権、プライバシー、個人情報保護などあらゆる角度から疑問を呈し、問題視しようとする。困ったものだ・・・。
前述の詐欺事件などほんの氷山の一角で、現代社会の人間関係の希薄さや個人情報保護による事前情報不足で泣きをみている人は五萬と居る。
人間の性善説、性悪説はともかくとし、基本的に人は、自分の身分(氏名、年齢、住所など)を簡単に隠すことや偽ることが出来るとすると、結構悪巧みをする人は多いと思う。
私はかねてから安全、安心の社会を作ろうと思えば、少なくとも、その人が何処の誰であるかは判るシステムにしておかないと、上手く行かないと考えている。
ところが、現代の社会風潮はそれに逆行し、人権、プライバシー、個人情報を、侵すべからざる神聖なもの、として取り扱い、本人に聞く意外、側面から調べても、何処の誰であるか、判らないシステムを構築しつつある。人の身分を表記する戸籍も住民票も事実上非公開とし、学校も企業も官公庁も、個人の事には一切口を閉ざす。
警察などその典型で、権力で人権無視の調べは幾らでもするが、身内の事は一切公表しない。「俺は30年警察に勤め何々をしていた・・・だから何々・・」などと口にする人が居たとする。しかし、その事が本当かどうか、事前に調べたくとも、警察はその問い合わせには一切応じない。従って、本人が言う事を信じるしかない。結果、騙されて泣きを見る。
こんな事は日常茶飯事に起きている。ところが、一寸した詐欺事件など問題にされることは無い。しかし、警察が第三者取材に応じ、「いや彼は若い頃4年程居ただけで、30年と云うのは何とも・・・」と答えたとする。すると、この元警察官が、「何で俺の個人情報を洩らしたんだ・・」、とねじ込めば、警察は、個人情報漏洩でテンヤワンヤ、下手したら応えた署員は懲戒処分になるかも。そんなのは困るから、事なかれ主義で誰も個人情報の照会には応じない。これが実情である。これってまとも。人権ていったいなに?、プライバシーていったい何?、個人情報っていったい何・・?。
個人情報やプライバシーを保護せんが為、結果的に騙された、など枚挙に暇が無いが、それに怒っているのは私だけなのか・・・。
こんな事を書いていると、またボルテージが上がり、命より大切な健康に影響するので、これくらいとするが、少なくとも、相手が云っている事が正しいのか否か、履歴書など申告事項が正しいか否か、それくらいの確認は出来る社会システムにしておかないと、最も大切な人権を損なうことになるのでは。
口直しに楽しい話し。今朝、何時もの様に妻に見送られて家を出た。「いってらっしゃい・・」「いってきます・・」、何時に変わらぬ我が家の朝の風景である・・・(ほんとかな・・・?)。10メートルも行くか行かないかで、プーンと何ともいえない香りが漂ってきた。アレッ、ふと横を観ると金木犀が黄金色・・・アッ金木犀だ、、それから駅まで15分、ずっと金木犀の香りに包まれた。「香里園って本当に香の里だな・・・」、そんな爽やか気分で、今日の出勤を楽しむことができた。金木犀さん有難う!!。
Posted on : 2010年10月08日 | コメント (0) | トラックバック (0)





