儚さから感謝へ
「朝に道を聞き夕に死すもかなり」などと云う諺があった様に思うが、先週はそんな言葉通り、つくづく人生の儚さを思い知らされた。 1週間に2人友達が亡くなった。1人はある程度覚悟はしていたが今一人は全くの急死。1日どころか1時間も寝る事無くの突然死であった。 と云う事は、小生も今こうしてブログを書いているが、1時間後に旅たつことも有りうる訳である。 そんな事は理屈の上では重々判っているつもりでいるが、目前でそう云う事が起きると話は別、何となく考えてしまう。 考えると云うよりも少しおかしな気持ちになる。
私が尊敬する天風先生は「死生観が確立しないと人生に最も大切な信念と云う物が確立し得ない」 と述べているが、1週間に2人の友人を亡くし、改めて自分の死生観があやふやないい加減なものであった事を思い知った。と同時に、 2人の友人が死をもって私に大事な事を教えてくれたような気がしている。ありがとう・・・、何となく判りかけて来たことがある。 もう少しで悟るかも・・・?
昨日は関西総合調査業協会が主催する興信・探偵業研修会が開催された。何と参加者90名、 80名は予定していたが10名のオーバーで席が足りずテンヤワンヤであった。また、研修会終了後の懇親会にも35名の参加があり、 過ってない盛り上がりで、主催者としてはこの上ない喜びであった。尚、当日侍ジャパンが世界を制覇。 感謝かんしゃの一日で喜びのあまり2次会3次会と夜のふけるのを忘れ、今日は月一の健診日であったが担当医の顔がまともに見れなかった。
ただそんな出来の悪い主人であるが、我が家の庭には春が静かに忍び寄り、毎朝ご主人様を和ませ癒してくれる。 何ともこの世の春である・・・・。
小生の寝室の窓一面に映える桃の花。毎朝この近くで鶯がホーホケッキョ、ケキョケキョと目覚まし代わりに歌ってくれる。

庭の畑に咲く可憐な大根の花。晩秋に大根を蒔いたが肥料不足か土壌が悪いのか大根ならず小根にて葉ばかりさんの大根となり、 食するに偲びづ花を楽しむことにした。


同じく畑に蒔いた「えんどう豆」が芽を出し可愛らしい花をつけている。これは実をつけてくれるかも?。 とにかく放任主義で我儘に育てているため、文句を言う資格がない。


これは小松菜の花。これも食するに耐えない可憐さゆえ花を楽しむことに・・・。




強い香りを放つ沈丁花


雪柳

万作

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先日はお疲れ様でした。研修は大盛況で、難しいテーマにも関わらず、参考にさせていただくことが多々ありました。アフターでもお世話になりました。ありがとうございました。関調協の益々の発展を心より、お祈り申し上げます。
投稿者 アズ・トラスト 後藤 : 2009年03月28日 01:35





