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2006年03月22日

我が母校 隠岐島前高等学校

■プライベートな話■

昨日(21日、祭日)ゴルフを楽しみ帰宅すると、我が母校・隠岐島前高校から郵便物が届いていた。早速開封してみると、 何と隠岐島前高等学校創立五十年史であった。今は跡形も無くなった古い木造校舎や通学船 (離島故の船通学)の写真、恩師や懐かしい同級生の言葉などが盛り沢山つづられており、 何とも楽しかった青春の一コマ一コマが走馬灯の様に甦って来た。寝床についてからもその五十年史が離せず、 結局寝ついたのは1時を過ぎていた。

私が卒業したのは昭和41年3月、隠岐島前高等学校の1期生である。同校の創立は昭和30年であるが、 当初は隠岐高校の夜間分校として開校され、同33年には日本最初の全日制分校となった学校である。

隠岐ノ島は本土から約60キロの日本海に浮かぶ離島であり、大きく島前・島後の2つに分けられるが、この島前・ 島後の間でも船で1時間以上を要した為通学は不可能。当時高校は島に2校(隠岐高校と隠岐水産高校)あったが何れも島後にあり、 島前の子供は本土の学校(松江)か島後の学校に進むしかなかったが何れも親元を離れての下宿生活を余儀なくされた。その為、 島前地区の人に取って高校誘致は長年の悲願であった。 その為に一方ならぬ努力をしたのが初代の分校主事を務めた室崎美繁先生である。 とにかく何が何でも島前に高校を、と岩をも砕く信念で、県や文部省に足を運んだと聞く。その努力が実っての50年である。 室崎先生は数年前に亡くなられたが、さぞこの50年史をみたかったのでは・・・。

 

投稿者 ks110 : 2006年03月22日 16:43

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